ティーダは頭を抱えたくなった。 あの後。近くにイミテーションが大量に押し寄せてきているとオニオンから連 絡が入った。 まだ不安定なクラウドとセフィロスの側に敵を近づけるわけにはいかない。よ ってオニオン達の助太刀をすべくセシル、フリオニールと共にパンデモニウムエ リアに赴いたのだが。
「よっし!こっちは片付いたぞ!」
そう喜びいさんで振り向いた先には−−誰もいなかった。
「あれ?フリオニール?セシル?」
一瞬、ティーダの思考は完全に停止する。
「おーい…のばら〜出てこ〜い!」
もし近くにフリオニールがいたなら、のばら言うな!とツッコミが入る筈だが 。 返事はなし。辺りはシーンと静まり返っている。 ああ、やっぱりこれって。
「……はぐれた?」
というか自分、迷子?
「マジかよ…スコールじゃあるまいし何やってんだって俺…どうしよ」
スコールが聞いたら120%憤慨するであろう呟きを漏らし、ガックリと肩を落と す。いや実際、スコールの方向音痴ぶりはなかなか凄まじいものがあるのだが。 ふと思い出す。 そのスコールだ、まさか今頃一人で戦場をうろついてやしないだろうか。彼の 帰巣本能ほどアテにならないものはない。運はいい方なのか、うっかり帰って来 れないまま夜を越す−−事は今まで無かったのだが。 ただでさえ両陣営混乱している今だ。正直昨晩も帰投できたかどうか。 何だろう、考え出したら心配で仕方なくなった。余談だが後に心配は全て当た っていた事が発覚し、ティーダはより頭を痛める事となる。
「…いやいや、今はそれより自分の事考えないと…!」
ブンブンと首を振って思考を切り替える。自分、どっちから来たっけ−−と思 い出そうとして、まったく意味を成さない事を知る。 ティーダの戦闘スタイルはドッジアタッカー。足でかき回して相手を混乱させ るのを得意としている。即ち−−戦闘中はとにかくあっちゃこっちゃ動き回るの だ。壁も走りまくるものだから、戦闘前に歩いていた方角なんて−−分かる筈も ない。 困った。真面目に困った。ティーダがオドロ線を背負った時だった。 「一体何を百面相しているのだ、貴様」 「あ」 聞き慣れた声。見上げれば、上の階の通路から見下ろす二つの人影があった。
「敵地で迷子になるな虫けらが。マップリーディングくらい、戦いの前に勉強し とけ」
呆れ果てました、という顔の皇帝。その隣にはため息をつくアルティミシアの 姿が。 どうやらかなり格好悪い姿を見せてしまったらしい。正論をぶつけられ、ティ ーダはぐうの音も出ない。 「こんな所で何油を売っている?もう何人も仲間はクリスタルを手に入れている のだろう…?すっかり出遅れてるぞ貴様」 「うわ…辛辣…。分かってるッスよそんな事。仕方ないだろ、仮設基地にいきな りイミテーションが大量に押し寄せてきたんだから。疲れてる奴もいるし、近付 けないようにしないとさぁ」 「何だと?」 暴君の顔色が変わる。自分、何かマズい事でも言っただろうかと一瞬ビクつい たが、どうやら違うらしい。 彼は険しい表情で、隣のアルティミシアに声をかけている。 「…アルティミシア。気付いていたか?この近辺に大群が押し寄せていた…など 」 「いいえ」 心なしかアルティミシアの顔も青ざめている。
「パンデモニウムの主のあなたが気付けない気配に、私が気付けたと思います? 」
その会話に−−ティーダも事の重要さに気付き、ハッとする。 どうやら彼らはずっとこの城にいたらしい−−が、あれだけいたイミテーショ ンの気配を感知してなかったという。幻?そんな馬鹿な。自分はついさっきまで 嫌というほど三下相手に戦っていたのだ。 大して強くは無かったが−−思い出してみれば、いつもの紛い物とは何かが違 った気がする。何か−−そう、纏うあの無機質な魔力の気配が、今回は嫌に薄か ったような。 「…ちっ。どうやら支配者が動き出したらしいな。クリスタル探しを続行させる のはマズいと気付いたらしい」 「どういう事ッスか?」 どうにか平静を保ちつつも−−内心、かなり驚いていた。あの皇帝が、焦って いる。
「我々に残された時間は少ない…という事だ。少しは頭を働かせろ、虫けらめ」
Last angels <想試し編> 〜4-36・夢想と幻想の物語U〜
皇帝の説明はこうだ。いや、彼もまだ推測の範疇は出ないようだが。 今まで、ガーランド派−−ひいては輪廻続行を望む支配者サイドが手を出して こなかった訳。それは神々が謀ったように、彼らの意志を以下のように誤認して いたからと考えられる。 つまり。コスモスは“カオスに勝つ為”、戦士達にクリスタル探しを命じた。 記憶と共に彼らに力を取り戻させ、戦力の底上げを図る為に。 逆にカオスは、コスモスサイドがクリスタル探しを始めるように、大群を送っ て彼女の危機感を煽った。コスモスが光のクリスタルを放つ事で、彼女の力は一 時的にダウンする。また、クリスタル探しは諸刃の剣。記憶が戻れば戦士達のう ちいずれかが暴走する可能性は極めて高い。自滅してくれる可能性がある分、カ オスサイドにとっても“コスモスを倒す”チャンスになる。 神々は支配者サイドに対し、そのように見せかけた。 偶然ながら−−戦士達の利害が全て一致するのが、今回のクリスタル探しだっ たのだ。皇帝派は記憶を取り戻したいから妨害しないし、結局戦争を続行させる だけの力ならば神竜サイドも邪魔をする理由が無かった。 −−そう。今までなら。
「だが…実際は、コスモスとカオスは裏で手を組んでいる。クリスタルを手に入 れさせて、力と記憶を取り戻させるのは対になる神を滅ぼす為ではない…神竜を 倒し、輪廻を断ち切る為だ」
なるほど、これでようやく謎が解けた。今度はティーダがため息をつく番だっ た。コスモスもカオスも、いやに理屈に合わない行動をすると思ったら。 「神竜がどの時点で、神々の目論見を知ったのかは分からん。しかし…気付いて いたとしても、手を出す必要は無かった筈だ。自滅の可能性も高い作戦であるし 、闇のクリスタルという問題は解決できていないのだから。…だが」 「どうやら…我々がクリスタルを探し続けると、あちらにとって何か不都合があ るようですね」 皇帝の言葉をアルティミシアが引き継ぐ。
「実物を見ていないので断言しかねますが…私達が過去けしかけてきたイミテー ションは、魔力によって精製された物。気配を消しきる事など不可能だった筈で す。ましてや、支配者エリア……皇帝ならばこのパンデモニウムに侵入した敵を 把握できない筈はない…これがどういう事か分かりますか?」
ティーダは考える。 カオスサイドのイミテーションは魔力によって精製される為、気配を感知しや すい。にも関わらず、ティーダ達が先ほど戦ったイミテーションを二人は感知で きなかった。何故か。 「…理解した。最悪だ。…つまり、さっき俺が戦ったイミテ軍団は、魔力によっ て精製されてない…つまり、ガーランドあたりがけしかけてきたもんじゃない。 つまり……神竜が直接送り込んできた可能性があるって事だ」 「そう考えておくのが無難かと」 やや強引な推理だが。クリスタル探しをやめさせる−−あるいは妨害する為に 、神竜サイドがまだクリスタルを手に入れていないメンバーを襲いに来たとすれ ば、筋が通ってしまう。神竜サイドが精製したイミテーションは、気配察知が困 難なタイプであるとするならば。 この場合、今回のターゲットは高確率で、パーティー内で唯一クリスタルを未 収得なティーダだったという事になる。 背中を冷たい汗が流れる。自分はまだいい−−仲間達と大勢で行動していたの だから。 しかし、他の皆はどうだ? 現時点でまだ所在の知れないスコール、ジタン、バッツ、ライト−−彼らの誰 かがもし一人で行動していて、さっきのような大量の紛い物に襲われでもしたら −−。
「…クリスタル、ちんたら探してる場合じゃないって事か」
早く彼らと合流しなければ、非常にマズい事になる。ましてや神竜が神々の意 図に気付いたのなら、場合よっては強引に粛正を早めかねない。
「分かっているなら」
やや苛立ったように暴君は告げる。
「さっさとジェクトと戦って来い。光のクリスタルを手にする方法はとっくに分 かっているだろう?」
それが出来れば苦労はない。つい怒鳴りそうになり、どうにか感情を押さえ込 む。分かっているのだ、この状態で父と逢っても−−虚しい結果を招くだけだと 。 「貴様はまだ、憎しみだけで戦おうとしているわけか。神も難儀だな。それでは 奴らの計画は意味をなさない」 「…煩い」 「父が憎いか、そんなにも」 「煩いっつってんだろっ!」 叫んでいた。これではいけないと分かっていても、心が言う事をきかない。
「何故そんなにも憎いのだ。実の親子だろう?ましてや…」
一瞬、躊躇うように口を閉ざす暴君。
「…本当は、分からないでもないのだ。私も…ずっと実の両親を憎んでいたのだ からな」
ティーダは目を見開く。アルティミシアも驚いたような顔で皇帝を見ていた。 暴君の眼にあったもの。それは恐ろしいまでに静かな−−悲壮。 「あの扱いを虐待と呼ぶのだと、今なら分かる。…だがそれだけなら、私は両親 を憎む事など無かっただろう。奴らが……フリオニールをくだらん娯楽に巻き込 むまではな」 「……!」 思い出した。皇帝の過去を。彼とフリオニールの因縁−−彼が幼少時にどんな 深い傷を両親に負わされたのかを。
「…自らが虐げられても、実の親を憎むのはなかなか難しい。貴様もそうではな いのか?…自分自身の事ではなく…他の理由があって、父を憎んでいるのではな いか?」
黙り込むティーダ。彼の言う事は、当たっていた。自分はジェクトに虐待され た事などない。長い間離れ離れになっていたが、僅かに残る幼い頃の記憶では− −彼は、確かに自分の父親だった。愛されている−−それは今でも変わらないと 知っている。 だけど。否−−だからこそ。
「…言えないよ」
口になんてできない。あんな激情は−−あんな深い悲しみは。
「……ごめん」
皇帝は特に気分を害した様子もなく、そうか、と引き下がった。しかし。 「ならばその想い、私にぶつけるがいい」 「え?」 カシャン、と音がした。皇帝が杖を構えた音だ。 「言葉に出来ないなら、別の方法で語ってみせろ。自分の本心を、真実を。…一 人でため込まれては、何の解決にもならん。手を貸してやると言っているのだ、 有り難く思え」 「皇帝…」 想いを、憎しみを。力にしてぶつけて来いと。全てはティーダが前に進み、ク リスタルを手にする為に。 アルティミシアが一歩下がる。仕方ないわね、といった風情で。
「…サンキュ!」
自分は、恵まれている。ティーダは剣を構え、ようやく笑った。
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奥底に秘められた、最期の真実。