掛け声と共に、身軽な体が宙を舞う。繰り出されたティーダの蹴りを杖でガー
ドし、皇帝がスペルを唱える。
 出現するは光の紋章。宙に展開された陣から放たれた魔法弾が、体制を立て直
す前のティーダを襲う。
 しかし彼も負けてはいない。器用に身を翻し、着地する前に剣で全ての弾を弾
き飛ばしてみせた。スポーツが本領のティーダだが、それが逆に強みでもある。
胴体視力と反射神経で右に出る者はない。
 そして大地に足が着く頃には次の技を放っている。ウィザーショット。放たれ
たボールはパンデモニウムの壁などに反射しながら皇帝の方へと向かう。
 
「小技は効かん逃げ惑え!」
 
 うまい。影から見守っていたアルティミシアは、素直に賞賛する。狭いパンデ
モニウムで、跳ね回るボールを避けるのは難しかった筈。しかし皇帝はそれを、
フレアを盾にする事で防いでみせた。
 自分の技は自分が一番分かっている、という事なのか。威力絶大の必殺技であ
るフレアだが、その本領は攻撃よりも防御にあるのだ。当たらずとも、ただ放つ
だけで相手に多大なプレッシャーを与える事が出来るし、派手なので陽導にも適
している。
 ボールを飲み込み、爆発するフレア。束の間煙と爆風で視界がゼロになる。
 
「あぶなっ!」
 
 とっさに気配だけで避けたティーダはさすがと言える。ティーダが立っていた
すぐ近くには機雷が転がっていた。いつの間に仕掛けたのだろう。
 
「叩っ斬る!」
 
 先に勝負を決めに行ったのはティーダだ。バック転で暴君のガードを吹っ飛ば
し、上段斬りを仕掛けるスパイラルカット。
「吹っ飛べ!」
「くっ!」
 刃はどうにか防御したものの、蹴りをもろにくらった皇帝が吹っ飛ぶ。そのま
ま追撃しようとするティーダ−−しかし。
 
「がっ!」
 
 その脚を、鋭い電撃が絡めとる。雷の紋章。膝をつく夢想に、壁に激突したま
まの暴君がニヤリと笑う。
 
「悔やめ」
 
 再び光の紋章が発動していた。だが、罠にかかったティーダは逃げられない。
魔法弾が一つ残らず囚われた彼へと向かう。
 
「くっプロテス!!
 
 動けないなら、魔法で防御する他ない。とっさに防御魔法を唱えてガードする
ティーダ。二つの魔法がぶつかり合い爆発する。砂埃再び。観戦者には優しくな
い戦いである。
「まだまだ!」
「ふん、調子に乗るな!!
 どちらも引かぬ勢い。ティーダを導く為の筈が、すっかり楽しんじゃってる様
子の皇帝に、アルティミシアは失笑する他ない。
 
「まったく子供みたいな顔してまぁ」
 
 本来なら−−殺し合いになってもおかしくない戦いで。自分達の最終目標
を考えれば無意味ととられても仕方ない戦いであるのに。
 ただ真正面から自分本音をぶつけ合う。理解し、理解される為の戦
いはどこか清々しく気持ちがいい。魔女と呼ばれる自分にも、何となく分かる気
がする。
 言葉にしなければ伝わらない事はたくさんある。眼と眼だけで通じ合えるなら
苦労はないし−−できたならそれはそれで怖い。
 だけど。言葉にするよりも前の段階で−−理解し合う手段もまた存在する。楽
しげに剣を交える彼らを見ていると、そう思う。
 
羨ましい」
 
 ポツリ。呟いた言葉は戦いの音にかき消される。
 クリスタルを手に入れる為にはいずれ、自分もまたあの獅子と闘わなければな
るまい。闘えば−−今は冷戦状態にも等しいけれど−−自分達もまた、分かり合
う事ができるのかもしれない。
 でも。
 彼は−−スコールはちゃんと、真正面から自分と向き合って本気でぶつかって
くれるだろうか。自分もまた、彼の瞳から眼を逸らさず立ち向かう事ができるだ
ろうか。
 正直−−自信が無かった。
 記憶は無いし、理由も分からないのに。スコールの事を考えるだけで、心が揺
らされる。平静を保てなくなる。酷く−−泣きたくなるのは、何故だろう。
 悲しくて仕方ないのだと、胸の奥のもう一人の自分が叫ぶ。
 
馬鹿みたい」
 
 笑い飛ばそうとして震えた声に。魔女は必死で、気付かぬフリをした。
 
 
 
 
 
Last angels <想試し編>
4-37・夢想と幻想の物V〜
 
 
 
 
 
夕焼けだったら、もう少し格好ついただろうに。クリスタルワールドの空はい
つも藍色に滲んだ曇り空だ。これもこれで趣はあるかもしれないが−−たそがれ
たい気分にはちょっと微妙だと思う。
 水晶の柱に腰掛け、ジェクトは一人物思いに耽っていた。
 
「暇、だなぁ」
 
 いつもなら。そろそろ退屈にシビレをきらしたケフカが悪戯を始めて、クジャ
がキレて騒ぎ出す頃だ。皇帝とアルティミシアはいつもさりげなく安全圏に避難
し、エクスデスは逃げ遅れて巻き込まれていたりして。
 セフィロスは騒ぎの渦中でも平然と昼寝を続行するし、面倒見のいいゴルベー
ザは騒ぎを阻止しようとして被害に遭う。最終的にはガーランドが城を壊すなと
怒鳴りつけ、それを暗闇の雲と自分が仲介する事で収める−−そんな日常だった
筈なのだけど。
 どうにもここ数日は毛色が違うらしい。それが良い事なのか悪い事なのか自分
には分からないが。コスモスが光のクリスタル集めを命じ、カオスがそれを傍観
すると言ってから−−緩やかに、確かに何かが変わっていった気がする。
 少なくとも。コスモス陣営のティナとオニオンにちょっかいだしに行ったまま
、ケフカが戻って来ない。そのケフカを追うようにして暗闇の雲までいなくなっ
た。おかげでホームがやけに静かで−−それがなんだか落ち着かない。
 
−−皇帝とアルティミシアが二人でデートに消えてるのはいつもの事だけどよ。
いつの間にかセフィロスの姿も見えやしねぇ。どうなってんのかね?
 
 いや、あのセフィロスの事だから、どっかでボンヤリしてたりうっかり昼寝し
ている可能性もあるのだけれど。
 何となく−−彼もまた、このまま帰って来ない気がしている。そう思うと少し
だけ寂しい気もした。ケフカもセフィロスも、どこか子供っぽいところがあって
−−ジェクトは結構気に入っていたりする。
 
「暇そうだね。ものすごく」
 
 声の主は分かりきっている。振り向かず、よぉ、と片手を上げて挨拶した。靴
音。今日は珍しく歩いてきたらしい。
「退屈?お馬鹿な奴がいないとさ」
「さりげなく酷ぇなクジャ」
「事実でしょ。まぁ別の意味で馬鹿な人はケフカ以外にもいっぱいいるけど」
 よいしょ、と隣に腰を下ろすクジャ。
「いなくなった連中さ、みんなコスモスの奴らと一緒にいるみたいなんだよね。
見かけたんだ。暗闇の雲とケフカがオニオンナイトとティナの二人と一緒に
いるとこ」
「あんだって?」
 流石に驚く。いや、戦いにいったまま戻って来ないのだから、可能性としては
考えられたが−−。暗闇の雲とオニオンはともかく、ティナとケフカが一緒にい
るとはどんな状況だ?
 
「我が目を疑ったね。まるで兄弟にでもなったみたいに寄り添って寝てるんだ
もの。訳分かんないよ」
 
 ジェクトは考えこむ。
 あの二人の仲はお世辞にもいいとは言えなかった。ケフカは一方的にティナに
嫌がらせを連発するし、ティナもあからさまにケフカを嫌っていた筈だ。それが
どうすればくっついて休むような事になるのだ?
 
もしかして、クリスタルが関係してる、のか?いや俺もイマイチ理解してね
ぇけどよ」
 
 コスモスがこの戦争に勝利する為、戦士達にクリスタルを捜させているのは知
っていた。それはどうにも危険な賭であるらしく、逆にこちらにとっては好機で
あるからと、カオスには黙認するように言われているが。
 自分が知っているのはそこまでだ。そもそもコスモスの言うクリスタル
何なのか、どうやって入手するのか、どんな効果を持つのか−−サッパリ分かっ
ていない。
 カオスも意地が悪い。それくらい教えてくれればいいものを。
 
「多分ってこれは僕の予想だけど。クリスタルを手に入れる為には、コスモス
の駒だけじゃ無理なんじゃないかな」
 
 くるくると髪をなぶりながら、クジャは言う。
 
「最初は奴らがクリスタルを手に入れて、その力でケフカ達を洗脳したから
奴らが戻って来ないんじゃないかと思った。けど、それだと明らかにこっちが不
利になるだけ。カオスの言う好機ってのがサッパリわからなくなる」
 
 それに、と彼は続ける。実に不本意だ、といった顔で。
 
あの偽善者ぶったコスモスらしくないんだよね、それじゃ。第一これはれ
っきとした戦争だってのに、あのお人好しの連中はやたら綺麗なやり方にばかり
拘る。敵とはいえ僕達の意志をねじ曲げて勝つようなやり方に、賛同するとは思
えない。少なくともジタンは反対するだろうね」
 
 なるほど、合点がいった。ジェクトは息子の顔を思い浮かべる。泣き虫で、お
人好しで、空気を読まないと見せかけて−−誰より気ぃ使いな、甘ったれ少年を
 ティーダもきっと嫌がるだろう。真正面からぶつかって答えを出すやり方じゃ
なければ納得できないと叫ぶに違いない。
「だけどじゃあ何でケフカ達は戻って来ないとか、和解してるっぽいのか
て話になるよね。だから意志を操るわけじゃないにしてもクリスタルが関わ
ってるのは間違いないと思うんだ。だって、無理だもの。簡単に憎んでる相手
を赦すことなんてできっこない」
「お前ジタンが憎いんだっけか?」
「憎いよ」
 一瞬。死神はぞっとするような暗い眼をした。
 
何で憎いかも、覚えちゃいないけど」
 
 憎悪。殺したいほど、壊したいほど激しい怒り。ジェクト自身は知らない感情
だった。誰かを殺したいほど憎むような経験が、自分には無かったのではないか
と思う。だからこそ、理解したくても見当がつかない。実の兄弟を−−家族をそ
こまで恨む彼の気持ちが。
 しかし。憎まれた時の背筋が凍るような冷たさや−−胸が締め付けられるよう
な悲しみと恐怖は、知っている。
 息子が−−ティーダが自分を見る時、その眼にスッとよぎる黒い影。それこそ
が憎悪と呼ぶべき感情なのだと、クジャを見て気付いた。ティーダは自分を憎ん
でいる。なのに−−ジェクトにはその心当たりがない。記憶が無いのだから当然
と言えば当然だが。
 
−−簡単に、憎むべき相手を赦すことなどできないか。
 
 息が苦しくなるような錯覚。戦い続ける限り、ティーダにあんな眼で見られ続
けなければならないのか−−そう思ったら、悲しくて仕方がなくなった。
 ティーダを愛している。父親らしいことは何一つしてやれなかったけれど、そ
の想いだけは揺るぎないものと断言できる。たとえどれだけ憎まれていたとして
も。
「ジェクト?どうしたの?」
何でもねぇよ」
 できることなら本当の意味で家族に戻りたい。それが無理でもせめて−−理解
しあえるくらいにはなりたい。そう思うのはワガママだろうか。
「あいつもお前みたいに素直だったら楽だったのにな、クジャ」
「何それ」
 真実を知りたい。だけど、その為の手段を、ジェクトはまだ見つけられずにい
た。
 
 
 
 
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歪み歪んで、誰かの運命。