本当の気持ちは、言葉にしなければ伝わらないから。ぶつかる事で理解しあえ
ても、あと一歩踏み込むには必要なものだから。
 皇帝は一つ、息をついた。情けないが、我ながら随分気持ちが乱れている。フ
リオニールやアルティミシアが知ったら笑われるだろうか−−そう思って、すぐ
に首を振った。
 彼らは笑わない。自分が望めばきっと笑い飛ばしてくれるだろうが、本当の意
味で馬鹿にしたりしない。それが直感的に分かっている自分がおかしくて、少し
だけ切なくなる。
 
ティーダ」
 
 忘れてきた筈の感情。まだこんなにも強い気持ちが残っていたなんて。自分自
身が一番驚いている。
 動揺してはいけない。身勝手に彼の心を自分に重ねてはいけない。落ち着け、
と皇帝は自らに言い聞かせる。
 彼の物語の中で、自分は脇役でなくてはならないのだ。間違っても舞台の真ん
中に躍り出ては、ならない。
 
「前にも言ったな。憎しみだけで、クリスタルは手に入らん。諸君の祈りが世界
に届くことはない。お前が一番それを、理解している筈だな?」
 
 ティーダは黙ったまま俯く。多分彼は、分かっていながら−−けれど理解でき
たわけではないのだろうなと思う。
 自分もそうだったから。知識としては知っていたが、何故憎悪を向け合う戦い
ではクリスタルが応えないのか、分からずにいた−−実際に、フリオニールと戦
い、クリスタルを手にするまでは。
 最初から、憎しみを望む人間などいない。
 誰もが初めは愛する事、愛される事で生きていきたいと願う筈なのだ。それこ
そがシンプルにして最大の幸せだと、誰もが本能的に理解している。一番最初の
願いは本当にささやかで、ちっぽけな祈りであった筈なのに。
 誰かを憎まずにいられたらと思いながら、一度その泥沼に脚を囚われると−−
抜け出す事は困難である。沈みたくない、沈みたくないと叫びながら、ただで浮
かぶ事もできなくなる自分達。
 それは人間なら当たり前の感情だ。けして恥じる必要はない。今は心からそう
思う。
 だけど。いつまでも同じ沼の中に浸かっているだけの人生なんて−−悲しすぎ
るから。
 
「ここから先は私の予想だが」
 
 墜ちていきそうな瞬間。ふと頭上に広がる空が見えた時。空の美しさに気付い
た時。それだけで、世界は変わる。
 そんな日が、誰しもにきっと来る。
 
「コスモスはクリスタルを放つ事の危険性に気づいていた筈だ。記憶と力を手
にする事が、必ずしも貴様らの光になるとは限らない。それが分かっていながら
賭に出たのは貴様らの幸せを願っていたからではないか?」
 
 この閉じた世界で続く終わり無き闘争。それもまた一つの悲しく冷たい沼の中
なのだろう。沈みゆく身体を諦めていたコスモスもまた、空の青さにやっと気付
いた一人である筈だ。
 その先に、未来という名の光を見て、手を伸ばした一人なのだ。
 
「幸せの定義など語るだけ無意味。それでも。私はこの人生の中で一度も憎し
みで幸せになった人間を見た事がない」
 
 だから、クリスタルという魔法をかけた。
 これまでずっと苦しんできた戦士達が。悲劇に何度もその身を引き下がれてき
た仲間達が。今度こそ本当の幸せを見つけてくれるように。
 
「コスモスは貴様らに思い出させたいのではないのか。愛する事こそ幸福であ
ると。ティーダ。貴様が一番にそれを理解できる筈だ」
 
 自分は。自分をけして、不幸だったなどと思ってはいけない。どんな理由であ
れたくさんのものを奪い、数え切れないほど傷つけた自分に、己を哀れむ資格な
どない。
 夢幻のよう儚い存在でも、どんなにすれ違う事になっても−−互いを心から愛
し合えるティーダとジェクトを。羨ましいなんて、思ってはならないと分かって
いる。
 それでも。
 自分も父母も周りの貴族達も−−あの頃自分の世界であった彼らは皆。幸
せなんかではなかったのだと今なら言えるのだ。憎しみを招き、悪意を礎とし、
その連鎖を子の代孫の代まで引き継ごうとした−−あまりに悲しすぎる一族。
 彼らの笑みが歪んでみえた理由が今なら分かる。
 愛する事を幸福にできない彼らが、幸せになれた筈がないからだと。
「貴様は父を愛したくて仕方がない。それなのに、憎むしかできない理由がある
その理由までは、貴様が言葉にしない以上私に知る由は無い」
ごめん」
「ブン殴るぞ貴様。拷問尋問で無理矢理部下の口を割らせるほど、私は愚かな王
ではない」
「俺、いつの間にアンタの部下になったんだろ」
 苦笑するティーダ。やっと、作らない顔で笑ったな、と皇帝は思う。それだけ
余裕を取り戻してきた証拠だ。
 
「父をどうしても赦せないならお前はお前の憎しみに、真正面からケリをつけ
てこい。この際クリスタルは二の次でも構わん」
 
 自分は、手に入れる事ができなかった。当たり前のように注がれる親の愛。世
界で最も尊い心を。
 ティーダは、手にする事ができる。その資格も権利もある。だから−−今この
時を、逃してはならない。
 でなければ一生後悔する事になる−−自分のように。
 
「ジェクトに罪があるなら。それを裁くのはお前の役目だろう。糾弾してやれ。
罵ってやれ。思う存分喧嘩して来るがいい」
 
 自分が願っても叶わなかった事を。ティーダには悔いなく叶えて欲しいから。
 
「皇帝。……ありがと」
 
 皇帝は無言で背中側の通路を指さす。あっちが出口だ、という意味で。彼がう
っかり迷子になっていたのは知っている。
 ティーダは苦笑し、そちらに向けて駆けて行った。皇帝は振り向かない。−−
振り向けなかった。隣にアルティミシアが立つ気配。
上司というより、保護者ですね」
「黙ってろ」
 みっともない。どうして見せられるだろう?涙を堪える、王の姿など。
 
 
 
 
 
Last angels <想試し編>
4-38・夢想と幻想の物W〜
 
 
 
 
 
思った通り、仲間達には捜されてしまっていたらしい。合流するやいなや、フ
リオニールにこっぴどく叱られた。迷子だなんてスコールじゃあるまいし−−と
いう彼に、ティーダは笑うしかない。きっと本人はどっかでクシャミをしてる事
だろう。
 説教が一区切りついたところで、ティーダは皆に告げた。この短い旅の中で、
いつの間にか増えている仲間の数。フリオニール、オニオン、暗闇の雲、セシル
、ゴルベーザ、ティナ、ケフカ、クラウド、セフィロス。
 それは自分達が手に入れ、勝ち取った絆の数にも等しい。
 
ちょっとさ。聴いて欲しい話が、あるんだ」
 
 皇帝に、感謝しなくてはなるまい。彼のおかげでやっと気持ちに踏ん切りがつ
いた。
 
「このメンバーの中で、俺だけがクリスタルを手に入れてない。でも俺には、
既に記憶があるんッスよ。もう知ってる人もいるけど今、全部ちゃんと話して
おきたい」
 
 最後かもしれない、なんて言わない。もう言う必要がない。
 たとえこの世界が本当に最後になったとしても、それが自分達の望むようなエ
ンディングでなかったとしても。
 最後になんかしない。そう覚悟する事が一番大切なのだと今なら分かる。自己
満足の自己犠牲はもう要らない。案じてくれる人がいるなら、その想いを裏切る
ような事はしてはいけない。
 何より。
 罪を罪だと思うなら。最後まで背負って生き続けなければならないのだ。裁く
事からも裁かれる事からも逃げてはならないのだと。
 
 怯えてばかりでは−−本当の意味で、誰かを愛する事なんて出来ないから。
 
 ティーダは仲間達に全部を話した。自分の元々いた世界の事。自分とジェクト
祈り子であり、おそらくこの戦いが終われば消滅するさだめである事。そ
れらの記憶をティーダ持っている理由。
 そして−−前の世界で、ティーダが犯した罪を洗いざらい。輪廻を断ち切る為
に皇帝達と手を組み、ライトとセフィロスを殺し、クジャの事も騙して殺そうと
した事を−−全て話した。たとえ軽蔑されても、話さなければならないと思った
のだ。
 そうでなければ、償いにならないから。
 
俺のやった事、言い訳なんかできない。なんて罵られたってしかたない。で
俺は自分のした事を、反省はしても後悔しちゃいけないんだ。そんな軽い
気持ちで自分やみんなの大事な人を、傷つけたわけじゃないから」
 
 ごめん、は言わない。謝って楽になる事は赦されない。悔やむ事は、あの時殺
したライトやセフィロスに対する最大の侮辱だから。
 
やっと。やっとさ、自分の中で答えが見つかった気がするんだ。誰かを犠
牲にするんじゃなくてみんなで生き残れる方法を考えるって覚悟が。俺の戦う
理由親父と決着をつける意味が」
 
 それでも頭を下げた。謝罪ではなく、頼み事をする為に。
 
「許してなんて言わないから。だから。一緒に頑張って欲しいんス。俺も俺に
できる精一杯をやりに行くから」
 
 だんだん自分でも何言ってるのか分からなくなってきたが。想いを一生懸命、
言葉に乗せて吐き出した。伝わるように。伝える事ができるように。
 ポン、と頭の上に優しい手が。
 
「誰が恨んでいると言った」
 
 セフィロスだった。あの時、ティーダに惨たらしい殺され方をした筈の彼が−
−穏やかに笑って目の前にいる。その眼が言っていた。最初から憎んでなんかい
ない、と。
 
「殺す決断をしなくてはならなかった一番辛かったのは、お前だろう」
 
 その声が優しすぎて、泣きたくなる。スッ、と手を握られた。右手と左手、両
方。ティナとオニオンだ。
「あなたも一生懸命、頑張ったんだね」
「正しかったか間違ってたかなんて誰にもわかんないけどさ。今僕達はみんな生
きて此処にいるんだもんきっと無駄じゃなかったんだよ」
 背中に温もり。フリオニールだ、と直感した。誰より彼の手は温かいと知って
いたから。
 
「俺も思い出したよ、ティーダ。あの時間違った決断をしたのは、俺の方だ」
 
 夢を追う義士の、深くて力強い声と。背中に触れる手の温度を感じながら。
 
「未来は、消去法で考えちゃいけないんだ。夢と一緒さ。自分が一番望む明日に
、怯えないで手を伸ばさなきゃ。俺達が一番望む世界は此処にいる誰が欠けて
も叶わない。そうだろう?」
 
 全員で見よう。
 全員で叶えよう。
 光も闇も関係なく、ただ生きて生きて生きて。
「若造のくせに、諦めの早いのはどうかと思うぞ」
「同感だな」
さっさと壊しすぎたら、ツマンナイし」
「迷いながらだって進んでいいんだ。俺達に教えてくれたのはお前だろう」
 暗闇の雲が、ゴルベーザが、ケフカが、クラウドが。それぞれの言葉で激励す
る。
 
「今度は僕が背中を押す番、だね」
 
 最後ににっこりとセシルが微笑んだ。
「行って、どんな結末でもいいからぶつかってきなよ。これは君の物語なん
でしょう?」
ああ!」
 憎しみだけじゃ生きれない。でも。
 憎しみと一緒に抱ける愛があるなら、きっと大丈夫。
 
 さあ、物語のクライマックスを始めよう。
 
 
 
 
NEXT
 

 

もう誰かのシナリオで、踊らない。