夢の終わり。その場所に踏み込む時はいつも−−何かを思い出さないように、必死になっていた気がする。 皆は気付いていただろうか。この場所にいる時は、ティーダがいつもより大きな声で笑っていた事。いつもよりたくさん喋っていた事。まるで−−胸に詰まる感情を無理矢理忘れるように、振り切るように。 全て思い出した今なら分かる。その感情が何処から来るのか。この泣きたくなるような気持ちの理由はなんなのか。 多分自分は−−もう戻らない時を、忘れていたかったのだろう。十七年という、けして短くない時間を過ごした故郷。機械の街、ザナルカンド。その全てが幻で、もう二度と帰る事のできない場所である事を−−思い出すのが怖かったのだ。 どんなに逃げても逃げても現実は追いかけて来るのに。いずれは追い抜かれて、置き去りにされてしまうかもしれないのに。 ティーダが−−けして父親の存在から逃げられないのと同じように。−−親父を赦せないまま、終わるかもしれない。そのままどっちかが死ぬのかもしれない。…でも。 皆と未来を歩む為に必要な力が、クリスタルだというのなら。自分は絶対手に入れたい。諦めない為の力が欲しい。 それと同じくらい。この不愉快な気持ちを抱えたままでは−−きっと明日を迎えられないから。自分は自分の気持ちにケリをつける為に此処にいる。どんな結末になっても、後悔しないと言い切れるように。「よう……覚悟は決まったのか?」 ジェクトは、大きく柱のごとく突き立った巨大な剣−−その前に、どっかりと腰を下ろしていた。「決まったよ。…気付いてたのか、俺がずっとアンタを避けてた事」 「まぁな」 座り込んだまま、自分を見上げるジェクト。その瞳の中に、ティーダの姿が映っている。「鈍い鈍いって散々言われてっけどよ。これでもお前の父親なんでな」 その眼に−−ほんの少しよぎった、影。それは怯えだった。 何故ジェクトは自分に怯えるのだろう−−そう考え、答えはすぐに出た。簡単だ。 ティーダがいつも、憎しみをたぎらせて父を見ていたから−−だ。今やっと気付く。自分の憎悪が、父にずっとそんな眼をさせていた事に。 今まで真正面から彼を見ようとしていなかったから−−気付けなかったのだ。「このタイミングで来たって事ぁ…お前も闘り合いに来たんだよな?盛大な親子 喧嘩だ…ケリ、つけっか」 喧嘩。確かに、喧嘩なのかもしれない。そして−−本当は、父と当たり前のように喧嘩してみたかった自分がいる。 こんな戦場などではなく、何処にでもいるような父と息子として。「クリスタルだのなんだのってのは…俺にゃよく分からねぇ。神さんはロクに説 明してくれねーしな。だが…俺なりに、どうすりゃ真実に辿り着けるのかって事 くらいは、ずっと考えてたつもりだぜ?」 例えば、とジェクトはティーダを指差す。「お前が何で俺を憎むのか…とかな。記憶が無いから原因がサッパリ分からねー し、お前も記憶が無い筈なのに態度変えやがらねーし…気持ち悪いったらねぇ」 気持ち悪い−−そう感じるのか。やや苦く思った時、父は下を向き、小さく呟いた。「特に…親らしい事なんにもしてやんなかったかもしれないけどよ。一番大事な ガキにそんな眼で睨まれたら…悲しくない親父がどこにいるよ。馬鹿野郎」 悲しい。その一言に、チクリと胸の奥が痛んだ。だが、ごめんの言葉が出ない。言いたくない。罪悪感はあっても−−謝るべき事は何もない筈だ。だって、父は自分に−−。「…記憶なら、戻ってるよ。とっくの昔に」 「な?」「だから理由が分かった上で、アンタを憎んでる。…アンタがそれを覚えてない って分かってても…どうしても赦せなかった。だから…何も知らないって顔で平 然としてるアンタが不愉快で…だから顔、見ないようにしてたんだ」 初めて、本心を語った。父は、そうか、と呟き、俯いて黙り込む。明らかに傷つけたのは分かっている。だけど、言わないわけにはいかなかった。 ここでまた本音を隠したら−−何の為の覚悟か分からない。「だけど…さ。スッキリしないんだ。憎い憎いって思うたびに胸の奥がもやもや して…やっと気付いたよ。俺は俺自身のこんな感情に…ずっと疲れてたんだって 」 シャキン、と澄んだ音と共に、ティーダの手にフラタニティが現れる。「わがままで、ろくでなしで、自分勝手で!だけど…誰にも負けない、世界でい っちばん強い……オレは本当はずっと、そんなあんたに勝ちたかった!」 背中を追って、いつか追い抜かして、ざまぁみろクソ親父、と笑ってやりたいと。そう願っていた頃の気持ちを、思い出した。「アンタはずっと俺の目標だった。…ううん、その気持ちは過去形じゃない。今 だって…アンタを憎むようになってからだって変わってなかったのに…それを忘 れてた」 負けたくない。逃げたくない。「その気持ちの両方にケリつけなきゃ、前には進めない。だから…俺と戦え、親 父!」 もう、これ以上は。「ひょろひょろのガキが、いっちょ前に」 ティーダが臨戦態勢に入ったのに気付いたのだろう。ジェクトも立ち上がり、大剣を握る。「…後悔すんじゃねぇぞ」 「後悔したくないから、戦うんだろ!」 大地を蹴ったのはどちらが先か。俊足同士の闘い。空を裂く一瞬の後、二つの剣は真正面からぶつかっていた。「いっちょやるか!」「やられろよ!」 力比べは圧倒的不利。ジェクトが剣に体重をかけてきたのを見計らって、自ら一歩後ろに引く。父がバランスを崩す隙に距離をとり、素早く連続魔法でブリザドの矢を二連続で放つ。「おおお?お前魔法使えたのかよ。芸達者だねぇ」 ジェクトはそれを余裕でかわす。ティーダも、今のが決まるとは思っていない。たかが初級魔法。こんなのはほんの小手調べ。「このままじゃ、俺の夢は夢のまま…終わらないんだよ」 遠回りしたけれど。今ならそれが答えだと分かる。憎しみよりも愛情よりも強い気持ちが。「あんたを越えなきゃ…明日なんて来ないんだ!」 Last angels <想試し編> 〜4-39・夢想と幻想の物語X〜 −−被験体No.10、ティーダ。 年齢は満十七歳。ティーダという名前は、異国の言葉で太陽を意味する。太陽のように輝き、周りを照らせるような子になって欲しいと願って、両親がつけた名だ。父母に心から愛され、生を受けた彼は、二人の期待通り明るく真っ直ぐな青年に育った。 機械の街、ザナルカンド出身。父の影響と対抗心でブリッツボールを始め、まだ若いながらトッププロへと登りつめる。元気に力強くチームを引っ張るザナルカンドエイブスのエースと聴けば、街で彼を知らない者はいなかったろう。 一見、彼は他の戦士達と比べて平凡で順風満帆な人生を送ってきたように見えたが−−そうではない。書類上にない事実の中に、秘密はある。 うち一つが−−ティーダの家庭環境。母はけして育児放棄などしなかったが−−大好きな夫の気を引こうと必死になるばかりで、多感な時期のティーダに殆ど構ってやらなかった。−−僕は此処にいるよ、って。そう思っても…声にならなかった。母さんに嫌わ れたくなかったから。 彼が父に劣等感と嫉妬を感じるようになる最初の要因である。 いい子になればきっと母は見てくれるようになる。父と同じスポーツで有名なればきっと。それがブリッツを始めるきっかけだった。 忙しい父。彼も心のどこかで、妻と子の関係が歪み始めているのに気付いていたかもしれない。しかしジェクトが現実を知るより前に−−事件は起きた。 詳しくはジェクトの項に記載するが。まだティーダが七歳の時。海に練習に行った父は行方不明になり−−そのまま帰らなかった。 夫を溺愛していたティーダの母は半乱狂になり、緩やかに心を病んでいく。捜しても捜しても愛する人が見つからない。その苛立ちは−−まだ幼い息子へ向けられるようになる。−−ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。いい子になるから…お願い、 もう、痛い事しないで…母さん。 ティーダの行動が何か目に付くたび、叩く蹴るは当たり前。時には熱湯を浴びせられて死にかける事もあった。 それを虐待だと−−ろくに理解できないほど幼い頃である。ただ母に愛される子になろうと必死になって痛みに耐える日々。しかし、その努力が報われる事はなかった。 ただ父の名前だけを呼び続けたまま−−母はこの世を去ってしまった。幼い夢想を一人遺して。−−結局、俺は母さんに愛される子にはなれなかった。それでもブリッツをやめられなかったのは多分…俺にはもうそれ以外、何も残ってなかったからだと思う 。 そんな彼の前に現れたのが、アーロン。ジェクトの親友とも言うべき男である。全てを失ったティーダの後見人になったのが彼であり、二人目の父といっても過言でない存在である。 朧気にしかジェクトの記憶の無いティーダにとって、アーロンの存在は大きかった。時に反発しながらも、本当の息子のように愛してくれた義父。彼の生まれ変わりであるスコールに無意識にティーダが父性を求めてしまうのも、致し方ない事ではある。−−そして、俺もまたザナルカンドから去る日が来る。大事な試合だった。だけど現れた化け物が…シンが、全てを壊していった。 そこで彼が飛ばされた世界−−スピラ。ティーダは成り行きで、召喚士のユウナという少女の旅に同行する事になる。全てはザナルカンドへ帰る為に。 しかし。ティーダを待っていたのはあまりに過酷な真実と現実だった。 スピラは、シンという名の化け物に襲われ続けている事。召喚士は命と引き換えにシンを倒す魔法を得る為、旅をする事。そのシンの正体は、前の代のシンを倒したユウナの父−−そのガードであった父である事。同じくガードでありティーダの義父であったアーロンが、ティーダに会う前から既に死者であった事。 そして−−ティーダが帰りたいと願っていた街、ザナルカンドは千年も前に滅んだ都市であり。ティーダもジェクトもザナルカンドも、ザナルカンドの召喚士・エボン=ジュが作り出した−−幻である事を。 祈り子の夢。ティーダは生まれながらに、存在しない者だったのだ。そして彼は知る。ユウナを死なせずに、シンを滅ぼしスピラに平和を取り戻す唯一の方法。その為には。 シンになってしまった父を殺さなければならず。エボン=ジュを消し−−ティーダ自身が消えなければならない事を。 ティーダは−−自分と父を犠牲にしても、ユウナを救う道を選んだ。−−…後悔してない。でも…これで俺は親父を一生、赦せなくなった。 やっと逢えたのに。自らを平然と殺させた父を、ティーダは憎んだ。親殺しという一番悲しい罪を背負わせた父を。 運命は繰り返し彼らを引き裂く。この世界でもそう−−光と闇という、境界をもって。NEXT |
もういいかい?まだですよ。