−−被験体No.20、ジェクト。 満三十五歳。ティーダが十七歳である事を考えればやや矛盾が生じるが、その実これはティーダが七歳であった当時の年齢である。普通の人間として生きて来れたはずの彼だったが−−その外見は三十五歳でストップしている。 機械の街、ザナルカンド出身。そこでブリッツボール界のスター選手として名を馳せていた。 息子のティーダは外見こそ母親に似たものの、その本質や性格は父のそれを見事に受け継いでいる。父が行方不明になった後、人々はその息子に同じ夢を見た。ジェクトは生きた伝説にも等しい存在だったのである。 愛する妻と愛する息子。やや妻の息子の間には微妙な確執があったものの、幸せな家庭であったには違いない。そんな彼の輝かしいはずの人生がひっくり返ったのは、十年前−−ティーダが七歳の時である。海でトレーニング中。ジェクトは偶然、“それ”に遭遇した。銀色の鱗と蠢く 幾多の眼を持つ、魚とも鳥ともつかぬ化け物−−“シン”に。 “シン”のメカニズムについては我々も未だ解明しきれていない。ただ、特異 な召還獣であり、世界を滅ぼす大いなる災厄とだけご理解いただきたい。−−そいつに触れて、意識が飛んで…気付いたら俺ぁ、全然知らない世界にいた 。機械の気配のまるでない世界…スピラに。 そこはティーダが後にトリップさせられたのと同じ世界。そこでは、ザナルカンドという街は千年前に滅ん街である事を知る。 が、そんな話をやすやすと信じられる筈もない。自分はザナルカンドから来たんだ、ザナルカンドに帰してくれ!−−そう主張したジェクトは不審者として投獄されてしまった。 そんな時。出逢ったのがブラスカという男−−後にティーダと共に次世代の“シン”を倒す召喚士の少女・ユウナの父、である。この時ブラスカの友人として 共に現れたのが当時僧兵をやっていたアーロンだった。 ブラスカはジェクトに言った。檻から出してやる代わりに、自分の旅に付き合え。召喚士である自分のガードになれ−−と。 召喚士の旅の終着地点は、今は古代遺跡となっているザナルカンドである。遺跡とはいえ、そこまで行けば元の世界に帰る手だても見つかるかもしれない。ジェクトは二つ返事でOKした−−それがあまりにも残酷な現実の始まりであると気付く事なく。 自分がザナルカンドから姿を消している間に−−妻が心を病み、息子が妻から暴力を受けるようになっていった事など知る由もなく。−−ブラスカについて、旅をするうち。思い知らされた。俺はもう、ザナルカンドにゃ帰れねぇと。 自分の生きたザナルカンドは、祈り子達が千年前の都市を元に作り上げた、幻の街。自分も妻も息子も、最初から存在しない夢の住人だった。 自分達の存在を、証明するものは何もない。 ジェクトは決意した。ブラスカの命を賭けた覚悟に殉ずる事を。 召喚士がシンを倒す唯一の魔法−−究極召喚。その為には、召喚士と苦楽を共にしたガードを一人生贄に差し出さなければならず、召喚士自身の命も犠牲にしなければならない。 ジェクトは自らその生贄に名乗り出た。アーロンにティーダの事を託し、友と共にその命を散らせた。親友達の愛した世界を守る為に。 シンは倒された。しかし、運命はあまりに残酷な結果を彼らに突きつけた。 シンが倒された時、シンを倒した究極召喚獣が新たなシンに成り代わってしまうという真実。この場合−−生贄にされたジェクトが該当する。ジェクトは化け物にされ意識を乗っ取られ−−守りたかった筈の世界を滅ぼす災厄となってしまった。−−ざけんなよ。本当にふざけけんな。こんな事の為に、ブラスカは死んだわけじゃねぇ。こんな事の為に、俺は諦めたわけじゃねぇ! 結ばれる因縁。次世代のシンとなり、自死する事も叶わないまま世界を傷つけ人々を虐殺して回るジェクト。そのあまりにも惨い苦痛の時間を止めてくれたのは−−十年後、同じように夢のザナルカンドからスピラにトリップさせられてきたティーダだった。 災厄を終わらせる為に。大切な人−−ユウナを死なせない為に。ティーダはジェクトを殺し、自らも消滅する道を選んだ。 シンを完全に滅ぼすには、シンになった存在−−この場合ジェクトを消し。シンを召喚し続けてきた千年前の召喚士・エボン=ジュを倒すしかなかった。 だがエボン=ジュが召喚していたのはシンだけではない。ティーダや、ジェクト達夢の世界の住人達と夢のザナルカンドもそう。召喚士を失えば−−ティーダ達も消滅する。 それでも、ティーダは自分を殺してくれた。それがジェクトの望みであったから。ジェクトは愛する息子に心から感謝した。その結果が−−息子の心にどれほどの傷を負わせたかも分からないまま。 二人は二人とも、世界から退場した筈の存在だった。しかしその強き意志が我々の眼鏡に叶って、こたび闘争の駒として選ばれたのである。 ティーダは自分の本当の心に気付けるのか。 息子の苦しみを、ジェクトは知る事ができるのか。 彼らが和解できるとしたら、それが最大の焦点になろう。Last angels <想試し編> 〜4-40・夢想と幻想の物語Y〜 ジェクトはうなだれた。それ以外に一体何が出来ただろうか。 自分は何も知らなかった。何も知らないという事にすら、気付いていなかった。 互いに微妙な距離で座り込んだままだ。気力を総動員して顔を上げる。息子はまだ、俯いたままだった。「……分かってたよ」 息子の小さな声が聴覚に届く。「オヤジがさ…本気で俺を愛してくれてる事、分かってた。スピラに飛ばされて 、いつザナルカンドに帰れるかも分かんない旅の中で…ずっと俺とお袋を心配し てくれてたって、知ってたよ」 そうだ。自分はスピラでの旅の中、スフィアカメラで様々な記録を残して回っていた。その日楽しかったこと。その日辛かったこと。二人の親友と誓ったこと。彼らと約束を交わしたこと。 ティーダはユウナとの旅で、自分達と同じ道のりを辿っている。その道中で、自分達が残した記録を見ている。−−だから、たとえほんの一部でしかないとしても−−知った筈だ。スピラで父がどんな生活をしていたかくらいは。「だから、さぁ…だから赦せないんだよ!憎いんだよ!何でそれが分かんないん だクソオヤジ!!」 殆ど絶叫に近い声だった。下を向いたまま、青年は叫ぶ。地面に爪を立て、肩を震わせて。「愛してるのに!息子に散々心配かけて母さんをボロボロに追い詰めた挙げ句っ…平然と親殺しさせるなんてふざけんな!」 ティーダの、本心。その言葉がジェクトを抉る。心臓の奥を握りつぶされるような痛み。 それでも自分は、聴かなければならないと分かっていた。懺悔の代わりにその痛みに耐えなこればならないと知っていた。 償う事など、もう出来ないのだから。「世界の為だってアンタは言うかもしんない!俺だってそう信じて戦うしか無かったさ!俺自身の為の…ユウナを死なせたくない俺の自己満足な戦いが世界の為 になるならそれしかないって思った!だけどっだけどだけどだけど!!」 あれ以外に、選択肢は無かったのかもしれない。ジェクトは死に、ティーダも消滅という名の死を迎え、その結果彼らの愛した世界が護られる。ティーダの大切な人は死なずに済む。 しかし、それは結果論。いや、果たして自分達の守りたかったものは守り切れていたのか。世界から退場してしまった死者には知りようがない。 過ちはずっと前から犯されてきたのかもしれない。 ジェクトとブラスカ、二人の親友を同時に失って。その死が世界を救えなかったと知ったアーロンはどうなった?究極召喚が滅びの魔法と知りながらそれを授けたユウナレスカに切りかかり、命を落として死人になった。 そしてあの戦いでも。母が心を壊してまで探し続けた父を、世界の為に殺さなければならなかったティーダの痛みは計り知れない。 そのティーダを−−愛する人を世界の為に失わなければならなかったユウナはどれほど苦しかっただろう。 分かってる。どうしようも無かったかもしれない。それでもまだ心が叫ぶ。本当にそれが最善だったのか−−と。 だからティーダは父を憎んだ。愛していると言いながら最悪の罪を犯させた父を、恨むしかなかった。 ジェクトは考える。壮絶な感情の嵐の中で、自分が今すべき事、伝えるべき事を。 それはきっと、使い古された謝罪の言葉でもなければ、土下座して罪を詫びる事でもない。それはきっと息子をもっと傷つける。簡単に謝れてしまう程度の覚悟だったのか、と。 だから。「あ…」 頭をグシャグシャと撫でて、抱きしめた。言葉より何より、あの時一番したかった事を、選んだ。「背ばっか伸びて、ヒョロヒョロなくせによ…随分とまぁ、強くなったじゃねぇ か」 頑張ったじゃないか、と。「ありがとな。全部、ブチ撒けてくれてよ。やっと俺も理解が追いついた」 謝ってはいけない。だから代わりに、過酷な環境に耐え、精一杯今日まで生き抜いてくれた君に、感謝の言葉を。「俺を赦せなんて言わねぇ。…だけどよ、お前自身の事は、赦してやれや。お前 のやった事は罪なんかじゃない。お前が苦しんで考え抜いて出した答えを、否定する権利が誰にあるよ」 スコールの死に発狂して、ジタンを巻き込んで死なせてしまった過去。 仲間達を助けたい一心から一人で抱え込み、ライトやセフィロスを手にかけた過去。 ユウナを救いたい自分自身の為に、ジェクトを殺し自分を殺し愛する人に悲しい想いをさせた、過去。 ようやく、分かった。ティーダが本当に憎んでいたのはジェクトではなく、罪を犯し続けた自分自身である事を。「…お前を誉める奴はいても、責める奴ぁいない。それでも迷ったら、一旦受け 入れちまえ。よわっちい自分も、歩んじまった道も。わけわかんねぇこの世界も…ゼーンブ受け入れろ」 父の腕から、ティーダは逃げなかった。ただ嗚咽を漏らしていた。優しい泣き虫なのは−−小さな頃から変わっていない。「ドーンと受け止めたら、そん中から見つけていきゃあいい。自分が進みてぇ、本当の明日を」 泣き顔を見られたくないのか、顔を伏せたまま息子は言う。「明日なんか…来るのかよ。だって、俺達は…」 「随分諦めが早いんだなオイ。…考えろや。考えて考えて…諦めるのは死んでか らでも遅くねぇだろ」 かつて親友が−−アーロンが言った言葉を思い出す。「真のエースってのはな、ギリギリまであがくもんなんだよ。…賭けてみようぜ 。生きてる限り続く…無限の可能性って奴によ」 それを信じられなくて、あの時自分は間違った道を選んだけれど。「……うん」 やり直すチャンスを与えられた。それこそが可能性だから。 憎しみも涙も夢も笑顔も、全部背負って。生きてみよう。その先に、明日へ続く道がある。 NEXT |
無限の可能性が、広がるなら。
BGM 『願い』
by Hajime Sumeragi