何だか急に、襲ってくるイミテーションの数が増えた気がする。 硝子のような音をたて、砕け散る虚構の英雄−−その姿を見ながら、スコールは 内心で首をかしげていた。 カオス陣営が本気で自分達を倒しに来た−−なら、まだ分からないでもないのだ が。イマイチ対応が中途半端である気がしてならない。面倒にはなってきたものの まだ苦戦するレベルではないし、何よりどいして紛い物以外の戦士達が姿を見せな いのか。 イミテーションでの物量作戦は確かに厄介だ。それでもオリジナルの実力には遠 く及ばない。もし自分があちら側で、確実にコスモス陣営の者達を繊滅したいと考 えたらどうするか。 一番簡単なのは、一人一人各個撃破でツブしてしまう事だ。スコールのように単 独行動をとっている人間など格好の餌食だろう。一人を大量のイミテーションと、 カオスの連中複数名で取り囲んで袋叩きにしてしまえばいい。卑怯だが戦争中なら ばけして咎められる作戦でもあるまい。
−−奴らの意図が、全く読めない。
考えなくてはならない事は山ほどある。コスモスの言う、“クリスタル”の正体。 仲間達の安否。カオス陣営のやけに半端な対応。そして。 情けない事に、現在絶賛迷子中。屋敷に帰りたくても道が分からない。 ああ、よりによってこんな時に、天下無敵の方向音痴を発揮しなくたっていいで はないか!!
−−地図なら見たんだ地図なら!…まさか移動直後にエリア配置が変わるなんて 思ってもみなかったんだよ…っ!
誰もいないが誰かに言い訳したい。そう考える時点で相当虚しいのだが。 屋敷の場所も分からないが、自分の現在地も分からない。イミテーション以外の 誰にも逢わないから道も聞けない。かろうじて分かるのは此処が闇の世界エリアの どっかだという事だけ。 カオスの連中だろうと構わないから、とりあえず現在地くらい誰か教えてくれな いだろうか。
−−…俺はいつからこんなキャラに…。
壁でもいいから話したくなった時(重症)、天の助けはやって来た。それとも渡 りに船と言うべきか−−いや、不謹慎なのは承知だが。 大量のザコに囲まれて困っているジタンとバッツに出くわしたのである。塵も積 もればなんとやら、ザコも積もればラスボスにも匹敵するというか。しかも子供騙 しのようなトラップもセットだったようで、スコールの見ている前でバッツが落と し穴に落っこちた。 残ったジタンはイミテーションにシッポを引っ張られてギャーギャー悲鳴をあ げている。
−−…なんというか。
自分も相当みっともない状況にはいるけれど。
−−こいつらよりは、マシな気がしてきた。
それでも助けに入るべくガンブレードを構えた自分は、案外お人好しなのかもし れない。
Last angels <想試し編> 〜4-43・獅子と魔女の慟哭T〜
「助かった〜!サンキューな!」
トコトコと駆けてくるジタン。その髪の毛はぐちゃぐちゃ、シッポはボサボサに なっている。情けないったらない。スコールは自らの事は思い切り棚上げして思う。 「ん?もしかしてひとりか?」 「ああ。…ここまで誰にも遭遇しなくてな」 「なるほど、一人でずっと迷子ってたわけか」 落とし穴に落ちた上逆さ吊りになって喚いてた奴よかマシだ、とふてくされたく なる。バッツは砂だらけな上、頭にタンコブを作っていた。とてもいい年の大人と は思えない。
「じゃあ、旅は道連れだな。一緒にクリスタルを探そうぜ!」
スコールが不機嫌になったのに気付いてか気付いてないのか(多分後者だろう) あっけらかんと言うバッツ。無言で従うあたり、ジタンにも異論はなさそうだが。
−−どうして…そうなるんだ?
内心、呆れ果てる。彼らの事はけして嫌いじゃない。道を教えて貰った事にも感 謝しているし、それ以外にも礼を言いたい事がたくさんあるのは確かだ。 だが、基本的に自分は集団行動に不向きなのである。戦闘スタイルに加え、性分 というものがやはりある。彼らが一緒にいる時間が一番長い筈なのに、まさか本気 で気付いていないのか。
「あんたたちには悪いが…俺は、ひとりの方が気楽でいい」
苦手だ、とハッキリ言わないのは多少の罪悪感あっての事。彼らがあくまで好意 から誘ってくれているのは知っている。 「それに…どうしても気になる事がある。今回の戦いはどこか妙だ。闇雲に“クリ スタル”という物質を捜しても無意味な気がする…。暫く、調査に徹しさせてくれ ないか」 「そりゃ分かるけど…」 足を止め、二人が振り向く。スコールが頻繁に単独調査や隠密行動任務を任され てきた事を思い出したのだろう。
「危ないぞ?それに、ひとりって…寂しくないか?」
いつも誰かしらと一緒にいて騒いでいるジタンらしい。一人になりたがる心理と いうのがイマイチ理解できないのかもしれない。 多分、彼やバッツはそれでいいのだろう。誰かの笑顔を山ほど咲かせる種−−そ んな役割が、似合っている。 自分とは、違って。
−−寂しいから…一人になりたいんだ、俺は。
分からなくていい。そんな感情なんて。
「…まあ、手分けして探すのもアリかもな」
なんとなく、答えたくないスコールの心情を察したのかもしれない。話題を切り 替えたのはバッツの方だった。こういう時、彼は空気が読める。
「じゃあ、俺達はあっちに行く。真正面から足使っていろいろ捜してみるよ。そっ ちも、新しく分かった事があったら教えてくれ」
これ、とバッツが投げたのは無線機だった。クラウドが提供してくれた文明の利 器だ。スコールの世界では無線機どころか携帯電話も珍しくなかったが、バッツや ジタンの世界には機械そのものがレアだったらしく、かなり驚いていたのを思い出 す。
「どうせスコールのは屋敷に忘れてきちゃってるだろ。貸してやるよ。旅人たるも の、旅の備えはいつでも万全なんだぜ」
旅の備えは万全でも、生活の備えはからきしじゃないのか。バッツの部屋の汚さ を思い出し、思わずツッコミたくなる。 が、無線機には純粋に助かる。正直また道に迷わない保証もなく、この先誰とも 連絡がとれないのは不便だったので。 「助かる…が、いいのか?俺が持っていても」 「いいっていいって。ジタンも持ってきてるし、俺達当分一緒に行動してるだろー し。スコールの方向音痴のがよっぽど心配だ」 「…悪かったな」 ここでムッとしてしまうのが良くないのは分かっている。しかしどうにも素直に なれない。気恥ずかしいというのか、ついキツイ態度をとってしまいがちだ。 もしや自分は“ツンデレ”というヤツなのだろうか。
「クリスタルを手に入れたら、また会おうぜ!ま、俺が一番最初にゲットしてやる けどな〜」
お宝お宝!とジタンは何やら楽しそうである。この不可解な状況を理解してるの かしていないのか。 「あぁ、そうそう」 「どうした?」 そのまま彼らは立ち去りかけたが、ふとバッツが何か思い出したように振り返っ た。
「せっかく会えたんだから」
彼はポーチの中から、それを取り出した。
「持っていけよ!」
黄色い、大きな鳥の羽根。根元に小さな宝石のついたバンクルがついている事か ら、装飾品として加工されているのが分かる。 そういえばバッツの趣味は羽根飾り集めだったような。よくコロシアムやら何や らで珍しい素材を手に入れては、換金せずに部屋に溜め込んでいた。 彼の部屋がジャングル化するのはその為だ。基本的に物の数が多すぎるのであ る。その上整理整頓が壊滅的に下手なのだからどうしようもない。 この羽根も、そのコレクションの一つだろうか? 「なんだ?この汚い羽根は…?」 「『汚い』って…ハッキリ言うな。感想が素直すぎて痛いんだけど」 ズッこけるリアクションをするバッツ。
「こいつは幸運のお守りなんだ。俺と一緒に、たくさんの危機を乗り越えてきた相 棒さ。…元いた世界の事なんか、全然覚えてないのにさ。この羽根がすっごい大事 なものだって事だけ、分かるんだ。…俺にとって…そうだな。クラウドのバスター ソードみたいなもん、かな?」
スコールは目を見開く。その喩えで理解したのだ−−これが彼にとってどれほど 大切な“宝物”であるかを。 酷く後ろめたい気持ちになる。そんな大切なものを自分は見た目だけで“汚い” と言ってしまった。思っても、口にするべき言葉ではなかった。 「…そんな大事なもの…俺に渡していいのか?それにここは戦場だ。人のことばか り気にしている場合か?」 「俺、こう見えて結構チキンだぜー?」 自慢するこっちゃないけどな、とバッツは笑う。
「自分が危ないと思ったら速攻逃げちゃうタイプ。自分の事もしっかり心配してま すからご心配なく…ってなんか言葉おかしいけど」
そこまで言って、彼は真顔になる。
「スコールのことが心配なんだよ。結構、身を構わず無茶しちゃうだろお前。その 点俺はジタンと一緒にいるから大丈夫。うっかり暴走しかけても、アイツがブン殴 ってでも止めてくれるから」
そこには、ジタンという親友への絶大な信頼が見てとれた。その彼はというと、 少し離れた場所の柱に寄りかかって立っている。目が合うと笑って手を振られた。
「スコールだから、安心して貸せるんだ。そのへん察しろって」
そのままバッツは、スコールの手に半ば強制的に羽根を握らせた。
「次会う時、返してくれればいいから!約束な!」
そのまま走り去ってしまうので−−スコールは柄にもなく、苦笑したくなる。 一方的だと、怒るのは簡単だったけれど。
−−勝手な……約束だな。
それはつまり、それまでお互い無事に切り抜けようという事で。必ずまた逢おう という誓いで。 スコールなら−−大切な“宝物”を傷つけたり失くす事なく、返してくれるだろ うという信頼で。
−−無茶苦茶だ。そんな事されたら…裏切れないじゃないか。
手の中の黄色い羽根を見る。バッツが託してくれた、幸運のお守りを。 本当は−−目的の為なら、多少なりふり構わず突っ走っても構わないと思ってい た。無茶を恐れてギリギリのラインで走っていても、それなりの結果しか出せない だろうから、と。 彼らと共に行かなかった理由がそこにある。 仲間達の目があると、無茶が出来ない自分がいる。それを自覚している。あの優 しいたくさんの手に、どうすれば逆らえるのか分からない。 それに。彼らといればきっと頼ってしまう。寄りかかってしまう。それはきっと −−弱さの証だ。戦いにしか生きれない自分はその時点で存在理由を無くしてしま うだろう。
−−俺も、お前達を信頼している。
だからこそ。
−−必要なんだ。一人でも戦い抜ける力が…誰にも頼らない力が。
そうでなくばきっと護れない。大事なものを、何一つ。
−−そうなったら俺は…俺自身の価値を赦せなくなる。
やってやる。 たとえどんな茨の道でも。
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力が欲しい、護る為の力が。