十二人だ。セシルは頭の中で数を数える。 クリスタルを手にしたのは、フリオニール、オニオンナイト、ティナ、クラウド、 ティーダに自分で六人。その宿敵達は、それぞれ神竜を倒す為自分達に共闘してく れると誓っている。 ケフカなどは明言していないが−−ティナにピッタリくっついて離れない様子 から(たまに暗闇の雲やオニオンと喧嘩になっている)問題なかろうと思われた。 まだ彼も、自らの心に整理をつけている段階なのだろう。 クラウドもようやく精神的に落ち着けて来た。そろそろ動いても大丈夫そうだ。
「ライトさん達…どうしてるかなあ」
やや不安げにティナが言う。
「結構捜してるけど、見つからないよね。エリアが広いからすれ違いになっちゃっ てるのかも…。イミテーションに囲まれて大変な思いとか、してないかな」
実はジタンとバッツがある意味“大変な思い”をしていた事が後々分かるのだが −−そんな事を今の自分達が知る筈もない。 「あとスコールとライトさんあたりさー…うっかりはぐれて単独行動になってそ う。スコールなんて方向音痴だから心配なんスよねー」 「あーありうるありうる」 このティーダの予想も全て当たっていたわけだが、これも後になって分かる話で ある。
「一度お前達のベースに戻ったらどうだ?」
提案してきたのはゴルベーザだ。
「残ったメンバーがクリスタルを手にしているにせよいないにせよ…乱戦になっ てからそれなりに時間は経っている。一度屋敷に戻っている可能性はそう低くもあ るまい」
確かに。メンバーの殆どが、装備も食料も不十分なまま前線に駆り出されたのだ。 今ベース付近に敵がいないなら、一度態勢を立て直したいのも心理である。 「僕も兄さんに賛成。もし誰もいなくても…そのまま屋敷で待ってみた方がいいか も。またすれ違いになるのはヤだし、今後の作戦会議もあるから。…それでいいか なクラウド」 「…何故俺に聞く」 「そっちこそ何言っちゃってるの。クラウドはみんなのサブリーダーでしょ」 ライトがリーダーなのは皆認める事だが。その脇をガッチリ固めているのがクラ ウドとフリオニールなのもまた周知の事実だ。
「今までもこれからも。よろしく頼むよクラウド。…僕らも置いてかれないように ついてくからさ」
クラウドが何に負い目を感じているかは分かっているつもりだ。自分も−−今ま で彼と同じ罪を繰り返し犯してきたから。 つまり。長い輪廻の中で何度も理性を失い、仲間を殺めてきた罪。特にクラウド はその性質上、仲間内でも回数がダントツに多いのだ。
「今まで散々迷惑かけてきたんだ…。さっきだってあんなみっともない姿を見せた のに」
兵士は俯き、呟くような声で言う。
「まだ俺を、認めてくれるのか」
さっき。−−クリスタルにより記憶を取り戻し、半ば暴走状態になりかけた事。 確かにあの時のクラウドは普通の状態になかったと、フリオニール達からも聞いて いる。
「あれは、君のせいなんかじゃないよ」
彼が負った深い深い傷を。どうして彼のせいだなんて言えるだろう。
「むしろ僕は感謝してる。だって君は…傷ついても聞いても立ち上がって、僕らを 導いてくれたじゃない。…みんなそう思ってる。だからクラウドは…必要以上に君 自身を責めたり、嫌ったりしちゃいけないんだ。分かるよね?」
自分もそうだった。兄もそうだった。他の誰もが、そうだった。 自分を責めて責めて責め続けて追い詰めて、それが周りをも不幸にしていると気 付けずにいた。 気付けただけでも−−自分達の旅には意味があったのだ。 大丈夫。−−無駄な事なんて何一つない。
「…ありがとう」
再び、クラウドが顔を上げる。その瞳はもう迷っていなかった。 「この場合は…謝罪よりも感謝、なんだろう」 「よく分かってるじゃない」 チラリと時間を確認する。この腕時計を提供してくれたのはスコールだ。ハイテ クさに恐れ入る。 「出発するのはいいとして…フリオニールが戻って来ないんだけど、どうすん の?」 「皇帝の所だろう」 セフィロスが思い出したように言う。 「元々は幼なじみだったらしいからな。積もる話もあるかもしれない。それに彼は この世界についても詳しいから…訊く事も多いんだろう」 「あー…じゃあまだしばらく戻って来ないかもね。皇帝、アルティミシアの側にい るつもりなんでしょ?フリオニールもお人好しだし、スコールが見つかるまで付き 合う気かも」 オニオンの言葉は的を射ている。義士といえばそんな性格だったなと誰もが頷 く。 「一度連絡入れて、出発するのがいいんじゃねぇか?やっこさんが無線機持ってん なら」 「ジェクトにしてはまともな提案よの」 「うっせぇわ雲!」 「ぼくちんおなかすいたー…」 「お前は空気を読め!」 何やら漫才を始めた幻想、妖魔、道化トリオに苦笑しつつ、ティーダが無線機を 放ってくれたのでキャッチする。ひとまず、屋敷に戻る旨だけでも伝えなければ。
「あ、もしもし…フリオニール?」
Last angels <想試し編> 〜4-44・獅子と魔女の慟哭U〜
道はこっちで正しかった筈−−だ、多分。 バッツに教わったルートを繰り返し脳内で再生する。 現時点では間違っていないだろう。問題は、屋敷に戻るにはこのエリア−−星の 体内を通らなければならない事だった。 この場所は足場も飛び飛びな上、流動的に配置が変わる。方向音痴にとっては天 敵にも等しい。本音は避けたい道だったが仕方ない。 ポケットに手を入れて時計を出そうとし−−指先に柔らかい物が触れる。
−−幸運のお守りか…。
バッツが半ば押しつけるように渡してきた羽根だった。大事な物だろうに、何で 自分なんかにと思う。 いや−−分かっているのだ。彼が“約束”を作る事で、スコールに生きて帰る理 由を与えようとしている事。無茶をしないか、心配してくれている事は。 分かってはいるけれど−−うまく納得できない、というのか。無条件に与えられ る好意に、あまりにも慣れていない自分に気付く。損得勘定だけで人間は動くわけ じゃない。仲間達にいたってはそんなお人好しばかりだとは知っているけれど。
「仲間からの贈り物ですか?」
光の気配。振り向くと、コスモスが笑いながら立っていた。
「無理やり押しつけられただけだ」
そう−−無理矢理だ。約束を押しつけて、勝手に心配して。 でも、けして不愉快だったわけじゃなくて。むしろ嫌だと思ったのは−−。
「顔に出ていますよ、スコール。仲間と行かなかったこと、後悔しているのですね」
後悔?そうなのだろうか。自問自答する。ただ−−罪悪感が無いと言えば、嘘に なるのも確かである。 一人でいると気楽だ。誰かといると不安になる。どうしてだろう−−仲間達に優 しくされればされるほど、寂しくなるなんて矛盾しているではないか。 いつか必ず置いていかれる、なんて。そう思う理由が自分でも分からない。
「…悔やんでなどいないさ」
素直な思いが口にできない。何かをうまく伝えられるほど、スコールは多くの言 葉を持っていなかった。
「ただ…俺の身を案じてくれる奴がいるとはな。同情なら面倒な荷物だ。だが、有 用な後衛なら助けにはなる」
嘘は言っていないつもりだ。それでも、優しい言葉が選べない。有用な後衛、な んて−−そんな仲間を駒のように扱う台詞に、自己嫌悪する。 嬉しくなかったわけじゃない。なのにありがとうの一言すら言えない。 ただ、怖くなっただけで。
「誘いを断ったのは…悪かった、かもな」
断るなら断るで、もう少し違う言い方ができたのではないか。あんなに冷たくて ウザッたらしそうな態度をとる事はなかったのに。 そんな自分の不器用さが、時々本当に嫌になる。
「あなたを案じてくれる存在が、そんなに珍しいですか?てっきり、理解している と思っていたのに」
コスモスは苦笑する。 彼女もこんな風に−−母親が子供を窘めるように−−笑うのか。なんだか意外だ った。そういえばこんな風に、彼女と二人きりで話す機会は無かった気がする。
「あなたは…いつも皆に感謝されていますよ。ティーダには、特に。一人で戦おう とするあなたを誰もが心配しているし、想っています。…私も。あなたがいつか一 人きりで背負いすぎて、壊れてしまうのではと不安になる」
思わず目を見開くスコール。いつも皆に感謝されている?バッツ達だけではな く?特にティーダに? そんな事、考えた事も無かった。 何よりコスモスにそんな風に心配されていただなんて。
「あなたの判断の中には、正しい事もある。あなたの仲間の中には、同情だけで他 人を労る人間は一人もいない。…そして」
彼女は遠い何かに想いを馳せるように、眼を閉じる。
「クリスタルを手にするには、それぞれが心に潜む本当の敵と戦わなくてはならな い。ひとりで真の敵に立ち向かうべきなのです。…それもまた、事実」
真の敵。そう言われて思い出したのは、自分と最も因縁の深い魔女の姿。 「俺の真の敵……奴か。時を操る魔女、アルティミシア」 「あなたがそう思うのなら…そうなんでしょうね」 「やけに煮え切らない言い方をするんだな」 「……そうかしら」 一瞬表情を曇らせ−−顔を上げた時、彼女はまたいつもと同じ穏やかな微笑みを 浮かべていた。 スコールは首を傾げる。今の眼−−どこかで見た事があるような。コスモスでは 無い誰かが、そんな眼で自分を見ていたような−−。 一体、誰が?
「…ただ、ね。忘れてはなりません。真の敵に立ち向かえるのは自分自身だけ。で も…どんな人であろうと、人は一人では生きていけない。同時に、独りきりで生き ている人などいない」
コスモスの水色の瞳の中に、スコールの姿が映っている。迷える孤高の獅子が。
「獅子は独りではないからこそ王たりえる生き物。あなたも同じ。…この先に待つ のは…孤独で辛い道のり。それでも、あなたはあなたを想ってくれる人の存在を、 どうか忘れないで」
そのお守りを授けてくれた彼らのように。スコールの手のひらにある羽根に、コ スモスはそっと手を重ねる。
「その心こそ、どんな闇の中でもあなたを照らす光になる。私にとっても…あなた の存在が光であるように。独りである事ではなく、独りでない事こそ強さだと、ど うかあなたも気付いて」
手が離れる。その感触に、デジャビュを覚えた。そんな風に、手を握ってくれた 人がいたような−−。 なんだか、さっきから変だ。今日の自分はおかしい気がする。 「さあ、お行きなさい。私は、常に見守っています」 「あ、コスモス…!」 クリスタルの正体だとか真意だとか−−尋ねたい事は山ほどあった筈なのに聞 きそびれた。そのまま女神は姿を消してしまう。
「…俺は」
じっと手元に眼を落とす。不思議な感覚。掌にはまだ、コスモスの手の温もりが 残っていた。
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彼は未だ、気付かない。