道間違ってない筈−−だったのだが。スコールはピタリと足を止める。
 
−−まさか…また迷ったか?
 
 脱力したくなる。確かに、この星の体内エリアは普段なら避けて通る場所である。
任務でも方向音痴な自分はまずこの方面に派遣されないし、されたとしても必ず誰
かしらと一緒になる。思えば一人でこっちに来た事など無かったような。
 やはり、途中で目的地を変更したのがまずかったのか。
 コスモスの助言を聞いた事で、スコールは進路を変更したのだ。屋敷には、クリ
スタルを手に入れた後で戻ろう、と。アルティミシアを倒せば手に入るというなら、
彼女と戦ってからでも遅くはあるまい。
 しかし。今は、大人しく屋敷に戻る道を選ばなかった事を後悔している。気がつ
けば行けども行けども同じ景色。真っ直ぐ進んでいるつもりでもただでさえややこ
しいこのマップ−−星の体内エリアから一向に出る事ができなくなってしまって
いた。
 
−−くそっ…。こうしている間にも、皆はクリスタルを手に入れているかもしれな
いのに…。
 
 やや焦りを感じ始めている。独りで戦い抜けるだけの力が無ければ、何も守れや
しないというのに。戦うしか能のない自分に出来るのは、ひたすら突き進む事だけ
だというのに。
 仲間達を、うっとおしいと思う事もある。構わないで欲しいと感じる事もしばし
ばだ。
 だけど。無条件に誰かを愛する事ができる、支えようとする強さを持つ者達が−
−どれほど貴いかも理解しているつもりなのだ。自分はそんな存在に、長い事出逢
えなかった気がする。そんな誰かを待っていたようにも思う。−−だから。
 彼らの足を引っ張るような真似だけは、したくない。
 群の王たりうる獅子は、確かに独りではないのだろう。だからこそ王なのだろう。
しかし、戦いの場には独りきりで挑まなければならないと−−コスモスもそう言っ
たではないか。
 孤独で辛い道のりに耐えなければ、自分はきっと戦士たる資格を失う。人間とし
ての価値すら亡くす。何故そう思うのか自分でも分からないけれど。
 スコールが足場に腰掛け、物思いに耽りかけた、その時だった。
 
「お前は道に迷うのが得意技のようだな」
 
−−やかましい。嫌味かそれは。
 
 驚くより先にツッコミが頭に浮かぶあたり、自分もハプニング慣れしてきたか。
バッツとジタンの悪戯で相当鍛えられたに違いない。
 現れたのは、漆黒の甲冑を身にまとった魔人であった。彼の事を信じないわけで
はないが−−一応敵陣営ではある。まさか単独行動をとっている自分を潰しに来た
のだろうか。
 
「そう警戒するな。…なに、お前がどうやら重大な見落としをしているようだから
な。教えてやらなんだはあまりに不憫というもの」
 
 見落とし?
 心当たりの無い単語に首を傾げるスコール。
「気付かないか?…お前を導こうとしているのは、仲間ばかりでない事に」
「…何の話だ」
 ゴルベーザの事は嫌いではないが。たまに、年上や保護者特有の勿体ぶった言い
方に苛々させられる事がある。自陣リーダーのライトをスコールが苦手とする理由
の一つでもあった。
 魔人はそんな獅子を諭すような口調で、静かに告げる。
 
「さきほどお前が出会った女神は…本物のコスモスではないぞ」
 
 獅子の眼が、驚愕に見開かれた。
 
 
 
 
 
Last angels <想試し編>
4-46・獅子と魔女の慟W〜
 
 
 
 
 
 ゴルベーザいわく。
 先ほど自分が出会ったのはコスモスの偽物であるという事。彼女の姿に変じて自
分に語りかけていた者こそ、スコールの宿敵であるアルティミシアであるという
事。
 
「…馬鹿な」
 
 何故ゴルベーザがそんな事を自分に教えるのか。何でそんな事を知っているの
か。その辺りも疑問だったが、それ以上に。
 
「あれがアルティミシアだと…?どういう事だ。俺を騙した?…いや、しかし…」
 
 混乱と驚きが先行している。魔女が自分を騙すべく、コスモスの姿で自分に偽の
情報を与えようとした−−ならまだ分かる。だが実際、彼女が与えたのはアドバイ
スだけ。決定的な話は何一つしていない。
 寧ろ、スコールの背中を押そうとすらしていたようで。
「あれがアルティミシアな筈が…」
「眼を背け、耳を塞ぐのは簡単だな」
 ゴルベーザはにべもなく言い放つ。
「自分の心で考え、判断してみろ。…あの『コスモス』の言葉の意味と、真意と。
あの時の彼女が本当に…本物であったのかを」
 そう言われて、考えこむ。姿形はどう見てもコスモスだったし、アルティミシア
に変化の力があったなど寝耳に水である。
 だが。
 
『あなたを案じてくれる存在が、そんなに珍しいですか?てっきり、理解している
と思っていたのに』
 
 あの時見た、彼女の微笑み。まるで幼子を窘める、母親のようですらあった笑顔。
 確かに今まで、自分はあんな風にコスモスの顔を真正面から見た事は無かった。
彼女の事は信頼していると思う。それでも、やはり彼女の立場は“神”であり、ど
こか遠いものだった。
 高次元の存在たる女神はけして、隣に立つ人物にはなりえない。多分、それは赦
されない事なのだろう。
 だがあの時のコスモスは−−普段ならある筈の距離感が無かった気がする。もっ
と近い所にいた−−この感覚をどう説明すればいいか分からないけれど。
 まるで彼女が至高の女神ではなく、自分達と同じ戦士のような−−年下の自分達
を見守る保護者のように思えたのだ。
 
「まさか…本当に…?」
 
 ハッとする。真の敵に立ち向かわなけばならないと彼女に言われて、自分がアル
ティミシアの名前を挙げた時。彼女は何故言葉を濁したのか。
 
『俺の真の敵……奴か。時を操る魔女、アルティミシア』
『あなたがそう思うのなら…そうなんでしょうね』
『やけに煮え切らない言い方をするんだな』
『……そうかしら』
 
 あの時一瞬見せた顔。その僅かな影がスコールの胸に強い違和感として残ってい
る。どうしてあんな−−泣き出しそうな顔を。
 
「…不憫なものだな」
 
 ゴルベーザの声が、ライフストリームの巡る星の世界に、小さな細波を立てる。
 
「愛する者に気付かれない苦痛は。気付けない悲しみは。…他者の誰もが計り知れ
まい」
 
 自分は奥手だし、鈍い。我ながらその自覚はあったが。
 その言葉の意味が分からないほど−−子供でも無かった。
 
「アルティミシアが…俺を?」
 
 そんな馬鹿な、と言いたい。だが、納得できてしまった自分がいる。あの悲しげ
な眼は、重ねた手が僅かに震えていたのは。
 もし、彼女が魔女として姿を現したなら、自分はその言葉に聞く耳など持たなか
っただろう。自分達は、敵。魔女とは世界の脅威。記憶はなかれどその教えは魂に
刻まれている。
 だから、か。
 コスモスの姿を借りてまで、あんな助言をした?自分を騙す為でなく、導く為
に?
 
「あの女神の言葉を、アルティミシアが言ったと思ってもう一度思い返してみろ。
…その先に、答えを出すのはお前自身だな」
 
 ゴルベーザはそう言って、緑に満ちた世界−−その向こうを指さした。
 
「魔女の城はすぐそこだ。お前自身の真の敵とは何か。理解できたなら、立ち向か
ってみるがいい。…その光がお前を、クリスタルへと導く」
 
 そのまま魔人は身を翻し、夜色の光の中へと消えていった。一人残されたスコー
ルは、考える。ゴルベーザに騙されている可能性が無いでもなかったが、何故かそ
うは思えなかった。
 心は既に、何かを確信し、決めている。
 
『あなたは…いつも皆に感謝されていますよ。ティーダには、特に。一人で戦おう
とするあなたを誰もが心配しているし、想っています。…私も。あなたがいつか一
人きりで背負いすぎて、壊れてしまうのではと不安になる』
 
 分からない。自分達は敵同士ではないか。自分は彼女に敵意の刃しか向けた事が
無い。好かれる要素なんてまるで無い。なのに。
 
『獅子は独りではないからこそ王たりえる生き物。あなたも同じ。…この先に待つ
のは…孤独で辛い道のり。それでも、あなたはあなたを想ってくれる人の存在を、
どうか忘れないで』
 
 彼女が、スコールを想っていたから。本当は言いたかったのかもしれない。
 私は此処にいる。此処であなたを想っている。それをどうか忘れないで欲しい−
−と。
 
 
 
『その心こそ、どんな闇の中でもあなたを照らす光になる。私にとっても…あなた
の存在が光であるように。独りである事ではなく、独りでない事こそ強さだと、ど
うかあなたも気付いて』
 
 
 
−−どいつもこいつも…勝手すぎる。
 
 自分は光なんかじゃない。誰かの光になれるほど強い人間じゃない。綺麗な心な
んか持っちゃいない。
 なのに、勝手に期待して。勝手に傷ついて。勝手に支えにして。
 誰かを深く深く傷つけている事にすら気付けない、後悔するしか能のない−−自
分はこんな人間なのに。
 
−−だけど。
 
 そんな誰かがいるから、生きてこれた。自分自身の価値を見失わないでいられた。
 
−−確かめに行こう。
 
 亡くした記憶の中に、答えはあるかもしれない。そしてアルティミシア自身にも、
確かめなければ。クリスタルを手にする方法などまだ分からない。分からないけれ
ど。
 
−−やっと分かった。
 
 真の敵は、自分自身の中にいる。眼を逸らし、真実から逃れようとする己の弱さ
こそが、自分の戦うべき相手なら。
 立ち向かわなければならない。恐れず、ただ前を見据えて。
 
 
 
 
 
 
 
 ふと、何かを感じて−−アルティミシアは振り返る。
 
「…何でしょう」
 
 胸の奥がスッキリしない。嫌な予感がする。漂う黒雲は−−まだ遠いけれど。
 
「誰かに、呼ばれたような気が」
 
 直感?第六感?−−分からない。でも。
 パンデモニウムの壁に隠れて、外の世界の景色は何一つ見えない。しかしその向
こうをどうにか見透かそうとするように、魔女は天井を見上げる。
 
「時は来た、という事か」
 
 カツン、と杖で壁を叩く皇帝。
「とうに心は決まっているのだろう、アルティミシアよ。…行くがいい」
「…でも」
「貴様らしくもない優柔不断さだな。いつもなら…奴に何かあれば真っ先に飛んで
いくのに」
 からかわれ、つい赤面する魔女。自覚は無かったが、確かにそうだったかもしれ
ない。スコールに何かあったらといつも気が気でなかった。これで−−自らの恋心
に気付いてなかったのだから、我ながら鈍い。
 
「後悔しない道を選べ。お前はお前自身として…逢いに行って、その後の事は後で
考えろ。…それでも遅くはあるまい」
 
 その言葉で、背中を押された。アルティミシアは顔を上げ、ゆっくりと立ち上がる。
 不思議だ。さっきまであれだけ身体が重かったのに。それが嘘のように、動ける。
 もしかして。自分はずっと自分自身を、裏切ってきたのかもしれない。
 
「ありがとう。…行ってきます」
 
 気配を探る。どうしてだか、彼の居場所が分かるような気がする。
 目指すは自分の支配域−−魔女の牙城、アルティミシア城。
 
 
 
NEXT
 

 

本当の私は、本当の貴方は。