記憶が無い。それに気付いてから、誰もが同じように気にかかっていた事だろう。 自分は何処から来て、何処に行くのか。 どんな人生を送り、どんな未来を歩むのか。
−−自分のルーツなんか、どうでもいい。どんな俺でも俺は俺。…そう思っていた。
だけど今。心から、スコールは自分の正体が気にかかって仕方ない。何かとてつ もない罪を犯した気がする。何か大切な事を忘れてしまった気がして−−怖くて仕 方ない。 アルティミシアが本当に自分に特別な感情を抱いているのなら。それはもしかし たら、この世界に召喚される前の事が関係しているのではないか。自分とアルティ ミシアの間に、何かがあったのでは。 そうでなければ。敵対関係しかない自分に恋愛感情を抱く理由がない。いや、あ くまで可能性は低いだろう、という話だが。
−−それに俺は…ずっと、独りで戦い抜く事に拘ってきた。そうでなくば、護れな いと。
何故そんな風に考えるようになったか、それすらも分からないのだ。自分自身の 行動に説明がつかない歯がゆさを今、嫌というほど味わっている。 ポケットの中の羽根が教えた。スコール=レオンハートは、けして独りきりなど ではないと。自分を想ってくれる誰かがおり、それだけの価値を認められていて。 それはけして独りきりで戦ってきたゆえの結果ではないのだ、と。
『獅子は独りではないからこそ王たりえる生き物。あなたも同じ。…この先に待つ のは…孤独で辛い道のり。それでも、あなたはあなたを想ってくれる人の存在を、 どうか忘れないで』
もし、コスモス−−否、女神に扮した魔女の言った事が正しいのなら。 そして自分が今まで信じてきたものの中に、間違いがあるとしたなら。
−−俺は、真実を知りたい。
スコールがアルティミシア城に足を踏み入れた、その時だった。
「くっ!?」
反射的にガンブレードでこめかみをガードする。驚愕。偽りの猛者の大剣に刃が 軋みを上げた。ニヤリ、と紛い物が歪んだ笑みを浮かべる。
−−イミテーション…それもエキスパートクラスだと!?馬鹿な…気配はまったく 感じなかった!
いつもの敵なら、ここまで接近されるより早く察知できた筈だ。イミテーション はカオス陣営の誰かしらの魔力を核にしている。その気配を消しきるのは極めて困 難である筈なのに。
「逃サンぞ」
ノイズの混じったような紛い物の声と共に、猛者の巨大が跳び上がる。そのまま 投げつけられる武器。津波−−その技の通り、大剣が水流を発しながらスコールに 迫ってくる。 元より自分とガーランドでは腕力の差が歴然なのだ。その紛い物ならば多少の威 力は落ちれどエキスパートクラス。 結論。受け止め切れない−−スコールの判断は早かった。すぐさま回避行動に入 る。ほんの僅か左の壁が、刃と水流で粉微塵になった。相変わらずなんて馬鹿力な のか。
「決める!」
長引かせれば不利。すぐ様体制を整え、ヒールクラッシュをかました。不意を打 たれて沈み込む偽りの猛者。その背に第二激を加えようとして−−スコールは動き を止めた。
「綺麗ダろウ?」
紫に輝く魔法の光。たわむれの死神−−そのストライクエレジーが、すぐ足元に 炸裂していた。避けられたのは運が良かったとしか言いようがない。あのまま偽り の猛者に攻撃を仕掛けていたら、直撃していただろう。 軋んだ笑い声が二つ上がる。ぎょっとした。たわむれの死神だけではない−−そ の隣で、たわむれの盗賊が二本の剣をくるくると回している。
−−あ…アルティメットクラスが、二体…だと!?
レア中のレアでありアルティメットが何故二体もこんな場所に。さらにこの二体 の気配もまた感じる事が出来なかった。何かがおかしい。もしや自分は−−罠にハ マったのだろうか。
『究極ノ光ヨ…!』
混乱が判断を遅らせた。幽玄の少女のグラビガ。気付いた時には、頭上に黒い重 量球が迫っていて。
−−駄目だっ…回避できない…!
少しでもダメージを軽減しようと、ガンブレードで防御体制を整えた時だった。
「射抜け!」
高らかに、女性の声が響き渡った。赤い矢が一直線に飛び、幽玄の少女の両腕を 射抜く。大したダメージにはならなかったようだが−−不意打ちにイミテーション が怯んだせいで集中力が切れ、重量球が消滅していた。 迷っている暇はない。すぐさまエアダッシュで少女に近付き、ブリザドバレット を放つ。衝撃で僅かに吹っ飛んだ紛い物はそのまま氷漬けになり、壁にその身を磔 られた。
「…正直、場所が場所だからな」
やや溜め息まじりに−−それは少なからず安堵が含まれていた−−スコールは 言う。
「お前が差し向けたのかと思ったが」
バサリ、と黒い羽根を羽ばたかせてスコールの隣に降り立った魔女は、静かに首 を振る。
「あなたが罠にハマったのは本当のようですよ。ただし…黒幕は私じゃないけれ ど」
どうやら本当らしい。アルティミシアは腕をクロスさせ、蒼く光る騎士の斧を打 ち出した。歯車の影から飛び出してきたまやかしの少年が、悲鳴を上げて地面に叩 きつけられる。 気付かないうちに一体どれほどの数のイミテーションに囲まれているのか。スコ ールの頬を冷や汗が流れる。 「お前じゃないなら、誰が仕向けたんだ?」 「この世界の真の支配者」 「何だと?」 サンダーバレットで、たわむれの盗賊を撃ち抜く。しかしアルティメットクラス のイミテーションがそう簡単に倒れてくれる筈もない。肩に穴を開けたまま起き上 がる紛い物に舌打ちする。
「詳しい事を話している余裕はありません。ひとまず…この包囲網を突破してか ら。…話はそれからです」
本当に味方と見ていいのか。信用していいのか。疑いかけて−−しかしスコール はその言葉を口にするのをやめた。 彼女が先に、自分に背を向けたから。スコールを信頼すると−−そう言うかのよ うに。
「…後できっちり話して貰うからな」
覚悟を決めるしかないらしい。スコールはガンブレードを握り締める。 不思議な構図だ。魔女と、魔女を狩る者が共闘するなんて。だけど。 何故だろう。 前にもこんな風に彼女と−−共に闘った事があるような気がしているのは。
Last angels <想試し編> 〜4-47・獅子と魔女の慟哭X〜
−−被験体No.8、スコール=レオンハート。
満十七歳。彼が生まれたのは、太古より受け継がれる「魔女の力」が存在し、人々 に恐れられる−−そんな時代であった。 彼が生まれたまさしくその頃まで、魔女アデルが大国エスタを支配し侵略戦争を 繰り広げていた。彼の父・ラグナ=レウァールがアデルを封じた事で、世界は一時 的に平和になったのだが−−以来、世界は一層魔女という存在に怯えるようにな る。 そんな中。スコールは魔女に対抗するべく設立された傭兵養成学校、バラムガー デンに在籍していた。バラムバーデンの特殊部隊SeeD。その中でもスコールの才知 と戦闘能力は極めて抜きん出ていた。 元々孤児であり(母とは死別、父とは生き別れになっていた事が後に判明する)、 自律エネルギー体・ガーディアンフォースの影響で幼少時の記憶を失っていたスコ ール。しかし、過去に負ったトラウマが消える事は無かった。
−−馴れ合いも仲間意識も…嫌いだった。いつか必ずいなくなるなら、失うなら。 最初から友情も愛情も…無ければいい。そう、思っていたんだ。
それは孤児院時代、姉のように慕っていたエルオーネという少女との別離が原 因。唯一心開ける相手だった彼女が突然いなくなった事で、幼いスコールは誤解し たのである−−置き去りにされた、と。どんなに大切に想う人でも、いつか必ず失 ってしまうのだと。 また、こうも考えた。 自分が弱いから。他人に甘えて、頼るような弱い子供だったから失ったのだ、と。 だから、独りきりで強くならなければならない。そうでなければ何も護れはしない のだ−−と。 実は彼の根本には、“愛する者を護るべく強くなりたい”という心がある。これ は彼の前世からの影響でもある。 スコールの前世は、ティーダの義父であるアーロンその人であった。アーロンは 親友達を護り切れない事を悔やみ、死人になり、せめて親友の息子であるティーダ だけは護りたいと願っていた。 無論スコールにその記憶は無い。それでも魂は、何かを覚えている。 他人に対しどこまでも頑なだったスコール。そんな彼を変えたのは、一人の少女 との出逢いだった。 彼女の名は、リノア。大胆で変わり者な、反政府組織のメンバーであった。
−−最初はただうっとおしかった。土足で人の心に踏み込んでくる、空気の読めな い女だと思った。…なのに。
その関係はやがて、少しずつ形を変えていく。 くしくもその頃、世界には新たな脅威が迫っていた。軍事大国ガルバディアが、 新たに世に現れた魔女・イデアと手を組み、平和を脅かそうとしていたのである。 イデアはガーデンを激しく敵視していた。無論、魔女に対抗すべく設立された養 成学校なのだから危険視されるのも致し方ないのであるが。まるでイデアはSeeD という存在を憎悪しているかのように猛攻を仕掛けてきたのである。 否応無しに、イデアとの戦いにリノアと共に巻き込まれていくスコール。戦いの 日々の中−−強い意志と温かさを兼ね備えた彼女を知り、段々とスコールの中でそ の存在は大きなものになっついった。
−−あいつに出逢って、やっと止まっていた俺の時間は動き始めた気がする。礼は …いくら言っても言い足りない。
だが。過酷な運命は、最後の最後で大きな悲劇を齎した。 リノアや、バラムバーデンの仲間達と共に、イデアと−−彼女を操っていた未来 世界の魔女・アルティミシアを倒したスコール。世界はそれで平和になり、脅威は 去った−−筈だった。 魔女の力。それは現代の魔女が、力を認めた女性に受け継がせるものである。魔 女は力を宿したままでは消える事ができない。望まずしてイデアの次の力の継承者 になってしまった女性こそ−−リノアだったのである。 魔女になってしまったリノアを、世界は恐れた。エスタに幽閉されかけた彼女を 助けたのは、スコール。世界を救った英雄である筈の彼女が何故こんな目に遭わな ければならないのか−−スコールは激しく憤った。
−−魔女でも構わない。俺は彼女と…共に生きたい。今度こそ、護り抜く。そう決 めた。
そんな彼の決意が、道を選ばせた。リノアの手を引き、世界から逃げるスコール。 追ってくるのは、かつては仲間だった筈のSeeD達で。 リノアを庇い、スコールは凶弾に倒れ、たった十七歳の若さで命を落とした。死 んだ彼の魂を我々が引き上げ、この世界に召喚するまでは。 これが彼という獅子の物語。しかし、スコールはその裏に隠された真実を知らな い。 彼が戦った魔女という存在。その真の正体。そして。 彼が命懸けで護った筈のリノアが、その後どうなったのかを。
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守れた筈で、護れなかったモノ。
BGM 『Waltz of The tragic witch』
by Hajime Sumeragi