−−被験体No.18、アルティミシア。
 
 
 
 本名、リノア=ハーティリー。外見年齢二十歳。実年齢は不明。
 上記の情報だけで分かるだろう。アルティミシアという魔女の正体。その真
実を、スコールは最期まで知ることは無かった。自分が一体誰と戦ってきたか
も、何故彼女という魔女が生まれたのかも。
 スコールの愛した女性、リノアこそアルティミシアの正体である。ではなぜ、
世界を巻き込んだ悲劇が起きてしまったのか。
 リノアの父はガルバディア軍の要職にあるカーウェイ大佐。母は既に亡くな
っている。しかし父への反抗心から亡き母の性を名乗って家を飛び出し、反政
府組織「森のフクロウ」に加わった。
 バラムガーデン。スコールがSeeDに就任するパーティにて。彼をダンスに
誘ったことがきっかけで二人は出逢った。
 ありきたりなシュチュエーションかもしれない。しかし−−ほぼ一目惚れに
も近い形で、当時十七歳だった少女は恋に落ちたのである。
 
−−何をしたいか、とか。確かにそれまでの私は、行き当たりばったりに生き
てたかもしれない。だけど…あなたと出逢って、私にも道が見えたの。
 
 魔女との戦いに巻き込まれ、命運を共にするうちに、想いはより一層確かな
ものになっていく。
 世界に災厄を齎す邪悪な魔女、イデアとの戦い。しかしその最中で彼女達は
知る。真の黒幕が、イデアではなかった事に。
 ガルバディアの大統領を殺め、大国の全権を握り、ガーデンにミサイルを打
ち込み−−侵略に乗り出したのは、彼女の意志では無かったのである。イデア
は操られていたのだ−−遙か未来世界の魔女、アルティミシアに。
 アルティミシアは時空を超えて、過去の世界の魔女であるイデアに取り付い
ていたのだ。全ては自らの時間魔法を完璧なものにする力を得る為に。
 
−−SeeDを憎悪し、目の敵にしていたイデア。それは本当はアルティミシア
の意志だった。…それが何故だか、あの時の私は何一つ分からなかったのだけ
ど。
 
 アルティミシアに操られたイデアをリノア達が敗った時。イデアの力は、リ
ノアへと受け継がれてしまう。その瞬間、リノアは望まぬ魔女になってしまっ
たのだ。
 魔女の力の悲しい連鎖。その始まりがどこにあったか、もはや分からない。
 だが。スコール達がアルティミシア本人の場所を探り当て、倒した時。アル
ティミシアはその力を、まだ一般人にすぎなかった時代のイデアに受け継がせ
て消滅したのである。その先にある終着点がリノア−−つまり、過去の自分で
ある事に気づかないまま。
 イデアもアルティミシアも倒され。平和になった筈の世界は−−平和だから
こそ恐れたのかもしれない。世界に遺された最後の魔女の力を−−魔女リノア
を。
 
−−魔女を殺せ。魔女を磔にしろ。…そんな声が世界を包むのも時間の問題で。
私はみんなを守る為に…その全てを、受け入れるつもりだった。
 
 本来は世界を救った英雄である筈の彼女を−−世界はなお糾弾した。魔女で
ある。それだけを理由に。
 仲間達が、スコールが大切だから。エスタでの幽閉を、リノアは受け入れる
つもりでいた。孤独に怯えながらも、たった十七歳の少女は悲壮な覚悟を決め
たのである。
 そこから彼女を救い出したのが、スコールだった。スコールは言った−−魔
女でも構わない。それでも共に生きたいのだと。差し伸べられた手をリノアは
取り−−二人はその瞬間、世界を敵に回したのだ。
 魔女狩りからの逃避行。二人は逃げた−−イデアとの戦いまでは仲間だった
筈の、SeeD達から。SeeDは魔女を狩る者。使命よりたった一人の女性を選ん
だスコールもまた、裏切り者として追われる身になったのである。
 やがて、長い旅路に訪れる終焉。リノアを狙った一発の銃弾は−−スコール
の胸を貫いた。獅子は最期の最期までリノアを護り続けたのである。
 それが破滅へのプレリュードだとは露知らず。
 
−−私の目の前で、スコールは殺された。彼が何をしたの?私が何をしたの?
どうして、スコールは死ななくちゃいけなかったの?
 
 獅子を撃ったのは、SeeD。リノアにとっては、スコール以外の全てのSeeD
達の方こそ裏切り者だった。
 少女は憎悪する。魔女を狩るSeeD達を。自分から愛する人を理不尽にも奪
い去った、この世界そのものを。
 道を誤った世界は少女を追いつめ、彼女に道を踏み外させてしまった。終焉
の序曲。スコールを殺した者達は惨殺される事になる−−魔女として覚醒し
た、リノアの手によって。
 彼女の白い天使の翼が、闇を得て漆黒に染まる。
 こんな世界を、赦せる筈がない。こんな理不尽な運命など耐えられない。リ
ノアはアルティミシアと名を変えて、時魔法に手を出した。全ては時を巻き戻
し−−全てが壊れたあの日の運命を変える為に。
 そう。リノアが−−アルティミシアが時の魔女になった本当の理由は。時間
を巻き戻し、スコールの死という過去を変える為であったのである。
 
−−気の遠くなる長い年月を生きて。力に呑まれた私は、リノアであった過去
も、愛する人の顔も忘れてしまった。ああなんて、無様。
 
 その結果−−過去の世界で、スコールに倒される事になるのだから、皮肉で
ある。愛を忘れた魔女に残っていたのは、愛する人を奪った世界とSeeD達へ
の憎悪。その暗闇がイデアに受け継がれ、世界に災厄を齎したのである。
 愛した人にトドメを刺されて消滅した彼女は、この鳥籠の世界に召喚される
事になる。互いに、愛する人の顔が分からないまま。
 
 
 
 
 
Last angels <想試し編>
4-48・獅子と魔女の慟Y〜
 
 
 
 
 
 自分のミスだ。よもやこんな分かりやすい罠に引っかかるなんて。
 ジタンは心底己の迂闊さを呪った。よくよく考えてみればあの場所に至るま
での道中、おかしな点は幾つもあったというのに。
 
−−これは戦争なんだ。いつ誰が死んでもおかしくない…そんな場所に俺達は
いるってのに。分かってた筈なのに!
 
 競争なんてしなければ良かった。遊びじゃない。どこか別の場所では仲間が
今も傷ついているかもしれない。理解していながら、それでもゲームにしたが
ったのは多分−−バッツも自分と同じ理由だろう。
 この状況を、楽しむ余裕がある。そう思い込みたかったからだ。軽口を叩け
なくなったら負け。無意識にそう思い込んでいたのかもしれない。
 
−−落ち着け俺。バッツが生きてる保証はないけど…あいつがそう簡単に死ぬ
筈ない。今までだってあいつはピンチを潜り抜けてきたんだから…!
 
 親友の無事を願い。彼の幸運はそう簡単に折れないと信じて、盗賊は走る。
 
−−もしどこか別の場所に飛ばされただけっていうなら。カオス陣営のホーム
…って可能性が高いけど。
 
 自らが弱いとはけして思っていない。しかし、己の力を過信するほどジタン
は愚かではなかった。
 一人で本拠地に乗り込むのは危険すぎる。どうにかして誰か仲間と合流し、
助太刀してもらわなくては。とすれば、一番近い場所にいる可能性が高いのは
−−。
 
−−スコール、方向音痴だからな。迷いに迷って、変な場所行ってなきゃいい
んだけど…。
 
 アルティミシア城エリアに差し掛かった時。上の階から響いてきた爆音に、
ジタンはハッとして顔を上げた。
 すぐ近くで、誰かが戦っている。崩壊した壁をよじ登り、岩影に隠れて様子
を窺って−−目を見開いた。スコールとアルティミシアがいる。だが何やら様
子がおかしい。
 
−−それに…二人とも、イミテーションに攻撃されて…何であいつらが共闘し
てるんだ!?
 
 状況が把握できない。ジタンはパニックになりかけた。
 
 
 
 
 
 
 
「そん、な…」
 
 スコールが呆然と呟くのが聞こえた。
 
「アルティミシア…あんたが…リノアと同一人物…!?
 
 動揺する瞳と眼が合う。しかし、アルティミシアは何も答えられなかった。
パニックを飛び越えすぎて−−頭が回らない。クリスタルに与えられた光。飛
び込んできた記憶が強烈すぎて−−衝撃的すぎて。
 
「思い出し、た……私は……!」
 
 全部。全部思い出してしまった。全ての記憶を、全ての悲しみを、全ての悲
劇を。
 時の魔女。そう呼ばれながらも、この鳥籠の世界では何一つ見えなかった。
記憶を失い、その記憶を取り戻し、輪廻を断ち切る事そのものが目標になって
いたせいだ。
 その先の未来など考えられなかった。自分の本来の目的が何であったか。何
故時魔法に手を出したかも思い出せなかったから。
 何故スコールに恋い焦がれていたかって?
 当たり前だ−−自分は、リノアは彼と恋人同士だったのだから。
 百年に一度の恋。そう信じるほど、彼を愛していた。どれだけ年月を得よう
とも、他の伴侶など考える事すらできなかった。
 多分それは−−ただ甘い思い出だけではなくて。スコールが−−自分を庇っ
て命を落としたから。その悲劇の記憶のせいで、思い出はどんどん美化された
−−そうだ、それが耐えられなくて、自分は自分の記憶を“一時的に”封じ込
めた筈だったのに。
 寄り代を失った力は暴走し、アルティミシアの目的は歪んだ。時間を戻して、
愛した人を生き返らせる−−最初はそんな、誰もが願う、しかし叶えてはいけ
ない、小さくも悲しい望みであった筈なのに。
 
「…私は、“リノア”が憎かった」
 
 気が遠くなる年月を得て。過去の世界で、まだ生きているスコールとリノア
に再会した時。アルティミシアはほんの一瞬ながら記憶を取り戻した。
 そして、自分が失った愛を当たり前に手にし、その貴さに未だ気付かずにい
る“リノア”に−−過去の自分に嫉妬した。憎悪すら抱いた。
 
「だって…そうでしょう!?リノアが…私がいなければ!スコールは死なずに
済んだ!私に関わらなければ…あなたは仲間に追われて殺されるなんて…そ
んな最期を迎えずに済んだ筈なのに!!
 
 皇帝は言っていた。ずっと取り戻したいと願っていた筈の過去なのに−−い
ざ記憶を取り戻してみれば、後悔する他無かった、と。
 自分には何も無かった。そう気付いた時の絶望は計り知れなかったと。今な
ら−−彼の言っていた意味がよく分かる。
 挫けそうだ。深い−−深すぎる絶望から逃げ出したくて仕方ない。記憶を取
り戻さなければ、気付かずにすんだ。自分が犯した罪の重さ。そして。
 
 元の世界に戻った時−−スコールを待つのは死である、と。
 
 時魔法を会得し、長く生きた魔女だからこそ分かる。スコールの死はもはや
確定された未来だったのだ、と。因果律そのものを覆さなければ、あの世界で
スコールの命は無い。
 
「どうしてっ…!」
 
 何千回、何万回と繰り返した問いかけ。だけど。
 叫び声。ハッとして振り向いたアルティミシアの眼前に迫る“たわむれの盗
賊”の刃。 
 
「やめろ−−ッ!!
 
 スコールの絶叫とアルティミシアの悲鳴が重なった。待ち焦がれた温かい腕
に抱かれて−−それなのに涙が止まらない。
 
 もし神様がいるなら、教えて下さい。
 彼が何をしたの?
 私が何をしたの?
 どうして世界は私達を裏切るの?
 
 
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生まれた唄は、気付けば遥か遠くに。