ジタンはあっけにとられて、目の前の行動を見つめていた。
 既に事切れ、冷たくなったスコールを抱きしめるアルティミシア。その背中
に生えた漆黒の翼が、みるみる色を変えていく。
 黒から、白へと。それはまるで闇が光に浄化されていくかのように。
 浮かび上がったクリスタルが輝いた。翼もまた呼応するように純白の光を放
ち−−あっと思う間もなく、全ての景色を呑み込む。ジタンも、スコールも、
アルティミシアも。
 
−−い…一体何が起きたんだ?
 
 眩しさが幾分落ち着いてきたので、瞼を持ち上げる。そしてジタンはまたま
た仰天する事になった。
 白一色の世界。その中に自分達三人だけがポツンと存在している。まるで空
間から切り離されたかのように。
 それだけではない。スコールをだきしめて座り込んでいた女性は、アルティ
ミシアであった筈だ。赤い衣に烏のような漆黒の翼、白銀の髪に金の瞳の魔女。
 その姿が−−変わっている。スコールを抱きしめて俯いているのは、アルテ
ィミシアではなかった。黒い髪に青い服の、アルティミシアより幾分幼い少女。
多分、スコールと同じくらいの年頃の。
 
「…私ね。ずっと此処に居たの。此処で、あなたを待っていたの。いつかあな
たが来てくれた時…あなたを見つける為に」
 
 眠るように死んでいる獅子に、少女は優しく問いかける。ジタンは気付いた。
少女の声はやや高いものの、アルティミシアのそれとよく似ている事に。
 そして。
 
「でも…それじゃ、駄目だった。私は待ってるだけで、自分からあなたを迎え
に行こうとしなかった。たから…あなたに逢いたいのに逢えなくて逢えなくて
…過去に決められた通り、悪い魔女になってしまった」
 
 語りかけるその眼の温かさが。時折アルティミシアがスコールに対して向け
ていたのと、同じものである事に。
 
「あなたは魔女になった私を見捨てないで…迎えに来てくれたのに。今度は私
があなたを迎えに行く番だったのに」
 
 でもね、とてもとても遅くなってしまったけど。私、あなたを見つけられた
よ。私は私を見つけられたよ。
 少女は歌うように言葉を紡ぐ。
 
「私はアルティ・メシア…最後の救世主。そうなるべく、魔女の悲しい連鎖を
断ち切るべく…その名に誓った魔女」
 
 フワリ、と少女の翼が開く。天使の翼だ、とジタンは思った。否、天使と言
うよりも−−聖母。全ての痛みを、悲しみを超えて尚おしみない愛を与える、
全知の母。
 容姿も年齢も違うけれど−−彼女はアルティミシアなのだ。本当は悪なので
は無かった−−悲劇の魔女。
 
「やっと、一番大事な事を思い出せたから。ね。もう一回…一緒に頑張って貰
っても、いいかな。過去になってしまった悲しい歴史を変える為には…大きな
大きな世界のルールから変えなければならないけど。そうでなければ、未来は
変わらないから」
 
 彼女の顔がスコールの顔に重なる。
 昔聞いた御伽噺を思い出した。眠り続けていた姫が、愛する人のキスで目覚
めるという、いかにもなラブストーリー。
 だけどあれはあくまで御伽噺にすぎない。眠っているだけの人間は起きたと
しても、接吻で死者が蘇る事はない。
 
「現実は優しくない」
 
 そんなジタンの心を読んだように、少女は呟く。ゆっくりと彼女の顔が獅子
から離れていく。
 
「だからこそ、得る幸福は大きなものになる。…あなたとなら、できる。大丈
夫だって、自分を信じられる」
 
 目を疑った。スコールの瞼が震え、かれがゆっくりとその眼を開いたから。
 あれは御伽噺。その筈だったのに。
 お姫様のキスで、王子様が目を覚ました。死者が、生き返るなんて。にわか
には信じられない現実が、ジタンの目の前で起きている。
 再び白い光が溢れて、目を開けていられなくなった。光の洪水の中、ジタン
は誰かを思い出しそうになっている自分に気付く。
 だが、その顔が形になる前に−−記憶の波に押し流され、ガラスが割れるよ
うに霧散してしまう。そのまま景色が収束した時、そこには元の姿のアルティ
ミシアと、その腕に抱かれて戸惑うように瞬きをするスコールがいた。
 ジタンは考える。停止しそうな頭を必死に働かせようとする。
 とりあえず、言う事は言わなければ。
 
「…スコール」
 
 涙に濡れながらも、獅子に微笑みを向けるアルティミシア。そんな彼女を見
つめるスコール。その二人の側に盗賊は歩み寄って、言う。
 
「お帰り。…この大馬鹿やろー」
 
 絶対後で一発、ブン殴ってやろうと決める。
 勝手に死んだ挙げ句、見せつけやがって!許さん!
 
 
 
 
 
Last angels <想試し編>
4-50・旅人と大樹の道T〜
 
 
 
 
 
 話は、ジタンがアルティミシア城に駆け込む、少し前に遡る。
 
−−自覚しちゃいたけども。
 
 うーむ、とバッツは内心頭を捻っていた。
 
−−俺ってやっぱ落ち着きないというか集中力に欠けるというか…成人とし
てはマズイのかなーそのへん。
 
 別にいいじゃん、と個人的には思う。退屈が嫌いなのは何も子供に限った事
ではないし、楽しい事は誰だって好きだ。無論その“楽しい”の基準は完全に
個々の趣味に委ねられる事にはなるが。
 要は、暇なのだ。
 クリスタル捜しを始めてから一行に進展がない。イミテーションも、自分と
ジタンのところには大した数出現しない。本来それは幸運な事なのだろうが
(迷子一歩手前のところでジタンに出会えたし、結果的に行動を共にしなかっ
たとはいえスコールにも会えたのだから)、楽しいかどうかは別問題である。
 屋敷の自分の部屋。そういえばフリオニールに片付けろと怒鳴られたのに、
どさくさに紛れて放置したままだ。ティーダに借りた漫画は読みかけだし、そ
ういやこの間コロシアムでとってきた素材どこやったっけ。
 −−どうでもいい事ばかり頭に浮かぶようになった時点で、とっくに集中力
は切れている。するとそんなバッツを見越してか、ジタンが自分を見上げてニ
ヤリと笑った。
「すっかり退屈してるだろ。大きなバトルも無いし」
「…よくご存知で」
 年下の親友の眼は誤魔化せない。バッツは苦笑する他なかった。
「なぁバッツ。勝負しないか」
「勝負?」
「ああ。先にクリスタルを見つけたら勝ち…ってのはどうだ?」
 そっちのがただの調査より数倍盛り上がるだろ!というジタンの顔は、好奇
心でキラキラしている。そういえば元々彼も自分と似た者同士だったな、と思
い出す。
 退屈していたのはお互い様、というわけだ。そんな二人だからこそ気があっ
て、いつも悪戯やら新しい遊びやらに精を出しているのであって。
 
「お宝探しか。余裕で俺が勝つな!」
 
 子供っぽい、と言われても構わない。バッツはゲームじみた趣向が大好きだ
った。ましては隠されたお宝を探し出す、なんて超王道ではないか。
 ここに“お姫様救出”が加わったら完全にRPGだ。
 
「おっと?こっちは本職の盗賊だぜ。負けるわけないだろ」
 
 余裕綽々といった風情でジタンは自らの胸の中心に親指を向け、胸を逸ら
す。なのでバッツも彼の真似をして、そっくり同じポーズをとって挑発した。
「なら俺は盗賊のモノマネで勝利を盗んでやる」
「へっ…言うじゃねぇかバッツ」
 こういう時、様になるのは背が高くて体格のいい方だと知っている。この手
の物真似がジタンの闘争心を煽ると分かった上でだ。
 ジタンが身長をコンプレックスにしているのは周知の事実である。それを突
いても嫌みにならない己の性格と評価を、バッツは自認していた。
 
「お宝は……こっちだ!」
 
 野生の勘に任せて、走り出すジタン。くるり、と金色の尻尾が愛らしく翻る。
彼と反対の方に行くのもそれはそれで面白いが−−。
 
「俺も……こっちだ!」
 
 ジタンを追い抜く勢いで走る、を選択。既に競争は始まっているのだ。それ
に、追走してくるジタンの様子を観察するだけで愉快ったらない。
 彼の百面相は見ていて飽きない、と自分の事は思い切り棚上げして思うバッ
ツである。
「行くぜ行くぜ〜!」
「マネするなよな〜っ!」
「俺のジョブはモノマネ師です。モノマネするのが本分です〜」
「開き直るなっつの!!
 ギャーギャーと喋りまくりながら、渓谷の石柱を縫うように走る。いつの間
にやら、それは本当の鬼ごっこと化していた。どっちが鬼かも微妙だが。
 次第にやれソリューション9やらスライドハザードやらで暴れまくり、フィ
ールドを盛大に破壊し始める事になるのだが。残念ながらこの場にストッパー
になりそうな人物はいない。
 誰かに叱られる事なく、二人の傍迷惑にして盛大な退屈しのぎは、しばらく
の間続けられたのだった。
 
「……」
 
 と、そこまではいい。
 いや、常識的観念からすればいろいろ問題があるにしても、とりあえず良い
事にしようと思う。
 なので目下現状の問題は−−。
 
「…その後どうしたっけ俺…」
 
 首を捻るバッツ。ジタンと鬼ごっこをした、までは覚えているが。そこから
先の記憶が無い。何かがあった筈なのだ。そうでなければ−−月の渓谷にいた
筈の自分が何故次元城エリアで寝てたのか、説明がつかない。
 寝てた、というより倒れていたのかもしれない。誰かに浚われて来たかのよ
うに−−。
 
「あー…そうだったそうだった」
 
 ポン、と手を叩く。
 そうだ、あの後遊びつかれた自分達は、瓦礫の塔エリアまで来て、そこで一
時おやつタイムにしようという話になったのだ。
 だが良さそうな場所を見つけるより先に、アクシデントがあった。二人で二
階部分の通路を彷徨いていた時だ。
 
「なんだ、あれ?」
 
 見つけたのはジタンが先だった。が、それが何なのかとっさには分からなか
った。通路の中央で、山吹色をした大きな石がくるくると回っている。光を放
ちながら。
「もしかして…クリスタルか!?
「あっ、このっ!」
 抜け駆けズリーぞ!と後ろからジタンの声が聞こえたが、バッツは構わず走
った。クリスタルがどんな形状をしているかなど知らない。でも、きっとこん
な風に−−光輝く大きな宝石なんだろう、とは予想していたのである。
 しかし。バッツがそのクリスタルらしき物体に触れた途端−−それは眩い光
を放ち、逃げる間もなく自分の体はその光に吸い込まれ−−そして気付いたら
此処に倒れていたというわけである。
 
−−もしかすると、いやもしかしなくても…罠にハマったのか俺?
 
 あの偽クリスタルが、触れた者を強制転送するワープ装置みたいなものだっ
たとしたら。こんな離れた場所まで自分が飛ばされたのも理解できる。
 が。納得というと微妙だ。
 カオス陣営の本拠地に飛ばされたならまだしも、なんたってこんな場所に。
次元城エリアという事は、コスモス陣営の本拠地もそう遠くはない。向こうか
らすれば屋敷に戻られては面倒な筈なのに−−。
 
−−いや。もしかしたら飛ばす場所はどうでもよくて…俺達を分断するのが目
的だった?
 
 急いでジタンと合流しなければ。
 バッツは瓦礫の塔エリアを目指して、走り出した。
 
 
 
 
NEXT
 

 

荒れ果てた地に、咲いてしまった華だとしても。