面白くない。
 今の自分の気分を端的に表現するなら、それ以上に相応しい言葉も無いだろ
う。
 
「余計な真似ばかりしおって…」
 
 エクスデスはやや苛つきながら、剣を壁に突き立てた。
 支配者サイドが不穏な動きを見せ始めている。魔力の気配の無い、奇妙なイ
ミテーションが現れ始めた。それも段々と強くなってきている。見つけた端か
ら片付けてはいるが、次第に手間がかかるようになってきた。
 そしてさっき倒した虚構の兵士は、血のように紅い眼をしていた。まがまが
しい色。力も姿も、リアルに近付いてきている気がする。
 今はまだ脅威になるレベルでは無いけれど。あれらがもしオリジナルを越え
るまでに強くなってしまったら−−。
 考えるだけで恐ろしい。連中はカオス軍コスモス軍問わず襲って来るのだ。
自分達の身の安全はまったく保証されていない。
 
−−否…むしろそれが目的、か?
 
 支配者は、カオス軍コスモス軍問わず消し去りたいのだろうか。あの不可解
なイミテーション軍団を使って。
 だとしたら一体何故?
 皇帝達がまた妙な真似をして、奴らの怒りに触れたなら分かる。だが少なく
とも自分は基本的に裏で立ち回ってきた人間だ。派手に不興を買う行為に心当
たりはない。
 粛正が始まる直前ならまだ分からないでもないのたが−−さすがに早すぎ
る。それに現時点では両陣営、ギリギリのところで死者は出ていない(二名ほ
どは一回死んで生き返ったようだが)。粛正開始の条件は満たされていないの
に。
 それにやり方がいつもと違う。普段なら支配者が何かしら手を出してくる場
合、ガーランド派とガブラス&シャントットが代行する筈だ。ガーランドの側
からケフカもセフィロスも離脱した現状、彼自身以外にチームは残っていない
としても−−イミテーションだけ出して来るのは回りくどいし不自然ではな
いか。
 何か理由があるのか。どうにも奴らの意図が掴めない。いや−−そもそもま
だ自分は真実の全てを知っているわけではない。
 足りない情報を、どう仕入れる?皇帝やアルティミシア、ゴルベーザに接触
するのが早いが、奴らは今コスモス軍と共にいる。あまり近寄りたくはない。
建て前だとしても、自分がカオス軍にいる事に変わりないのだから。
 
「…ん?」
 
 ふと顔を上げた先−−次元城の屋上。チラリと目端をよぎる影があった。
 
−−あれは…イミテーション?
 
 気配からして、自分がまさに手を焼いている新型の一種だろうと思われる。
姿からして、“見せかけの旅人”だろう。
 しかし−−何やら違和感を覚えて首を捻る。
 
−−そうだ…あまりにもよく似すぎている…。
 
 血のように赤い眼は新型の特徴。しかし普通のイミテーションなら、どれほ
ど精巧に作られていようとそれ以外の“色”を持たない筈だった。青く透き通
ったガラス細工のような色合いはごまかしようがなかったのに−−。
 今の“見せかけの旅人”は−−白っぽい髪に青白い肌をしていた。まるで本
物の人間のように。
 だがエクスデスがよく観察しようと目を凝らした時には、旅人は風のように
走り去ってしまっていた。
 
−−何なんだ…?
 
 何故だろう。ひどく胸騒ぎがする。
 
 
 
 
Last angels <想試し編>
4-51・旅人と大樹の道U〜
 
 
 
 
 
 安息の地はまだ遠い。
 胃に穴があく前にまともなベッドで眠れるのだろうか、とゴルベーザはやや
真剣に悩む。
 フリオニールに連絡を入れて、コスモス陣営のホームに戻るべく移動を始め
た十人。しかし例によってその道中秩序の聖域エリアにて大量のイミテーショ
ン軍団に遭遇、今に至る。
 奇妙なイミテーションが出現するようになった、という情報はティーダから
得ていた。それが支配者サイドの策略である可能性が高いという事も。
 しかし−−まさか自分達をも襲ってくるとは。ここにいる全員が既にクリス
タルを得ている。今更口封じに走る意味は薄いように思われるのだが。
 
−−それに…支配者サイドが我々のどんな“記憶”を消し去りたいのかが分か
らん。
 
 簡単に話し合ったが、自分達の中に、クリスタルの力でこの世界を覆すよう
な情報を得た者はいなかった。大半が自分に関わる過去を思い出す程度に止ま
っている。連中が何を焦っているのかサッパリ分からない。
 
−−あるいは…まだクリスタルを手に入れていない六人…いや五人のうちの
誰かが鍵を握っているのか…。
 
 ガーランドはそもそも神竜の忠実な僕だ。この場合除外して構わないだろ
う。
 残るはウォーリア・オブ・ライト。バッツ=クラウザー。エクスデス。スコ
ール=レオンハート。アルティミシア。ジタン=トライバル。クジャ。
 この五人の中の誰かが、神竜サイドにとって不利な情報を握っている可能性
がある。それが何なのか、今の自分には皆目見当がつかないが。
 
−−そういえば…ライトとクジャは契約者だったな。
 
 ライトとクジャとセフィロス。この三人が輪廻継続の鍵を握る契約者だ。ク
リスタルの力により、クラウドとオニオンも契約者候補だったのが明らかにな
っている。
 段々とその辺りの謎も明るみに出てきたわけだが、どうしても分からない事
が一つある。
 何故二十人いた戦士達の中で、彼らが選ばれたのか。候補たりうるにはまず
一定の共通点や基準があるらしいと聞くが−−もっと具体的な理由があった
のではないか。
 例えば−−記憶を少しでも完全に封じる為。
 契約者は代償として自らに関するあらゆる記憶を消去される。実際カオスサ
イドにも関わらず、当初クジャもセフィロスも輪廻の存在すら認知できない状
態だった。時が巻き戻るたびに記憶を消されていたせいだ。
 “契約者”になったから彼らは記憶を封じられたと考えていたが−−もしか
したら逆なのかもしれない。つまり、記憶を消す為に彼ら三人、あるいは彼ら
のうちの誰かを契約者にした−−。
 
−−残念ながら…まだ憶測の域を出んな。
 
 溜め息をつきながら掌を翳した。グラビデフォース。そのままかりそめの獅
子の目の前にワープして、掌底を見舞う。胸のド真ん中を突かれた獅子は吹っ
飛び、その身体が浮遊していた重力球にぶつかった。
 身体を押しつぶされる痛みに、イミテーションが耳障りな悲鳴を上げる。ゴ
ルベーザは不快感に眉をひそめた。その声が、いつもの紛い物より遥かに本物
に近かったせいだ。
 魔力の気配なく現れる新型達の外見的特徴は、その血のように紅い眼と−−
オリジナルにぐっと近付いた姿。まだまだ青く透き通った身体もガラスの質感
も残っているが、装飾の細かさや仕草のリアリティが桁違いだ。
 気味が悪い。これも自分達にプレッシャーをかける嫌がらせなのだろうか。
 
「あぅっ!」
 
 オニオンが攻撃に失敗して、転ぶのが見えた。まだ本調子で無かったせいだ
ろう。その隙を逃さず、模倣の義士が少年に襲いかかる。
 まずい。
 剣が振り上げられる。ゴルベーザはオニオンを守るべく技を放とうと構えて
−−次の瞬間、驚愕に目を見開く事となった。
 
「アアアアッ!」
 
 模倣の義士の身体が、光に包まれる。そのままバラバラに砕けていく模造品。
模倣の義士だけではない。断末魔を残し、イミテーション達が次々と真っ白な
光を浴びて消滅していく。
 
「な、なになに!?何が起こったの!?
 
 ケフカがびっくりしたようにキョロキョロと辺りを見回す。
 こんな力が使える者など一人しかいるまい。ゴルベーザは一つ息をついて、
言った。
 
「さすが、神の名は伊達ではないといったところか…コスモス」
 
 すっ、と一本光の柱が立った。そこから現れたのは白と黄金の色を纏った青
い眼の女神。
「しかし意外だな。この戦いの最中、あなたは手を出してこないと思っていた」
「私もそのつもりでした」
 心なしか、その顔は強張っている。何か面倒が起きたらしい、と魔人は悟っ
た。
 
「事情が変わりました。…ゴルベーザ、少しばかり付き合って下さい。お話が
あります」
 
 付き合って下さい、とは言ったものの、それは明らかな命令である。逆らう
余地も理由も無いと知り、より億劫な気持ちになった。
 
 
 
 
 
 
 
 その場所を、コスモスは“記憶の保管庫”と呼んでいる。
 
「この場所には以前にも、あなたを招いた事がありましたね」
 
 後ろをついてきていたゴルベーザは、黙って頷く。
 あの時は、アルティミシア達に襲撃され意識をなくした彼の夢に介入し、そ
の精神だけを此処に呼んだ。だから目が覚めている状態でなら初めてだと言え
る。
 実際。彼以外の人間に、この保管庫を見せた事は無かった。コスモス自身も
殆ど訪れるのを避けていた−−現実から、目を逸らす為に。
 だけど今は。この世界に、彼らの心に、真正面から向き合うと決めたから。
その為に表舞台に立ったのだから。迷いは捨てなければならない。少なくとも、
己の為にはもう、迷ってはならない。
 
「形なき記憶という名の結晶。それを強くイメージし、制御する為に…私が選
んだ媒体こそ、光のクリスタルでした。それは、星の命そのものの根源と言え
ます。ある時代ではマテリアと呼ばれ、また別の時代にはスフィアと呼ばれて
いたものです」
 
 闇一色の世界に、自分とゴルベーザの二人きり。コスモスが手を振ると、そ
の闇を切り裂くかのごとくいくつもの光が弾けた。
 自分達を取り囲むように、光の、記憶のクリスタル達がくるくると廻る。
 細かな、小さな欠片は数え切れないほど散らばっていたが、中でも目立つの
は二つの大きな結晶だった。
 水色の細長い形のクリスタルと、黄金色の角張ったキノコのようなクリスタ
ル。その根元にも、同色の小さな欠片は山ほど輝いている。
「…既にクリスタルを手にした者達の分の力は、此処にはありません。しかし
彼らに全ての記憶を明け渡す事はできない…その理由、あなたには分かります
ね?」
「精神崩壊の危険性をより高めてしまうから、だろう」
「そうです」
 前代の戦士達は、あまりに多くの記憶を引き継ぎすぎたゆえ正常な思考を保
てなくなり、狭間に溶けてしまった。今回の賭のせいで、今の戦士達に同じ徹
を踏ませるわけにはいかない。
 
「この小さな欠片達は、私が彼らに返さないと決めた記憶達。…そしてこの大
きな結晶が…まだクリスタルを手に入れていないライトとジタンの記憶と力
です」
 
 彼らが決意し、真実を恐れず向き合う覚悟を決めた時。このクリスタルは彼
らの元に現れ、力と記憶を与えるのである。道を選ばせる為に。
「スコールは既にクリスタルを手に入れました。問題は…バッツ。彼のクリス
タルが…無いのです」
「何?」
 コスモスの失態だ。女神は唇を噛む。自分さえもっと強固な決界で此処を守
っていたなら、こんな事にはならなかったのに。
 
「盗まれたのです。このままでは彼とエクスデスはクリスタルを手にできな
い。…お願いします、ゴルベーザ。大至急、奪われたクリスタルを捜して下さ
い。このままでは、全てが水の泡になってしまいます…!」
 
 
 
NEXT
 

 

この手の中に残る、小さな希望の欠片よ。