真実と。そう呼ばれるものを、自分はまだ半分も知らない。少なくともエ クスデス自身はそう思っている。 最初はただ、この不可解な世界に疑問を持った事が始まりだった。自分は 全てを無に帰さなければならない。その為に生まれて死ぬのだと信じてきた から。 事実が明るみに出るにつれ、この鳥籠の世界では永遠に目的が達成できな いと知った時。感じたのは不快感。 そうだ。感情の無い魔物である筈の自分は確かに、現状に“不愉快”とい う“感情”を抱いたのだ。その時気付くべきだったのかもしれない−−ただ の魔物がそんな感情を抱く筈が無いという事に。 そして。気が遠くなるほどの年月が過ぎ去り、同じ数だけ悲劇が積み重な って。コスモスの戦士達もカオスの戦士達も変わっていった−−何かを得 て、何かを学びながら。 もしかしたら。彼らに関わる事で自分もまた変わっていったのかもしれな い。小さな疑問と不満が、真実への欲求に変わっていく。 自分が本当にしたい事は何なのか。無に帰す事が望みなら、その願いは何 処から来たものなのか。 真実を、知りたい。確かめたい。そして決めたい。この輪廻を断ち切る事 とこの鳥籠の世界で生きること、どちらが正しいのかを。 だから今、エクスデスは此処にいる。
「遊びは通用せんぞ!」
叫びながら突き出す剣。それはエクスデスの手元を離れて尚浮遊し、正確 にバッツを狙う。 自分と同じ世界から来た旅人。元の世界の記憶がないエクスデスには、彼 との因縁など知る由もないが。 それでも、魂は何か惹かれ合うものを感じているのかもしれない。彼と戦 えば、知りたいものに近付ける気がした。今は見えない何かが見える、そん な気がしたのだ。
「くっ…!」
飛び回る剣を相手に、バッツもよく凌いでいる。握っているのはジタンの 盗賊刀だろう。二刀流なら攻撃を受け流しやすい。 ならば。 一旦刃を手元まで退くエクスデス。そのまま加速をつけて一気にバッツの 元まで飛ばした。奇襲にバッツは反応が遅れる。どうにはガードしたものの 吹っ飛ばされ、盗賊刀は遠くに弾き飛ばされていった。
「戯れに私を倒すことはできん」
そう言いながら。エクスデスはけして、彼が遊び半分でこの場所にいると は思っていない。 ただ、今以上の本気が見てみたいのだ。だからこその挑発。 バッツの本心が知りたい。それもまた望む真実の一つだ。実のところエク スデスは一部始終を見ていたのである−−バッツと、アナザーを名乗る“見 せかけの旅人”の戦いを。 記憶を取り戻しても、彼は彼でいられるのか。それは純粋な興味。
「…分かってるくせに、言うなって!」
キッと顔を上げる旅人。
「最初から俺は……本気だよ!」
飛ばされた盗賊刀を消し、新たな武器を現す。左手にバスターソード、右 手にガンブレードの二刀流。コスモスでも一二を争う怪力を誇るバッツだか らこそできる力技だろう。
「さあ、見せ場だ!」
そして、彼が言葉通り本気になった証。
「いくぞ!」
二刀を振りかざし、駆けて来るバッツ。その刃をエクスデスはミドルガー ドのバリアで防ぐ。 正面から攻めるのは不利と判断したのだろう。バッツの切り換えは早かっ た。素早く距離を取り、武器を握ったまま力強く両手を地面に叩きつけた。 フラッドだ。
「馬鹿め」
吹き上がる水柱。一本目を通常回避で、二本目を磁場転換でかわす。その まま上の階の扉の前へワープ。バッツも壁を駆け上がって追ってくる。 面白い。今、エクスデスは確かに不思議な高揚を感じていた。自分の心で 今、彼との戦いを楽しいと感じている。人あらざる者である筈の、自分が。 「コスモスの奴らは総じて諦めが悪いが…貴様はその中でもさらに諦めを 知らんようだな」 「誉め言葉と受け取っとくよ!」 気のせいか、バッツの方も楽しそうに見える。甲冑の下、エクスデスは笑 みを浮かべた。
「次元の狭間を彷徨うがいい」
自分にも、こんな感情があったなんて。
「それも楽しそうだな!」
旅人は武器を消し、拳を構えて笑った。
Last angels <想試し編> 〜4-54・旅人と大樹の道標X〜
−−被験体No.5、バッツ=クラウザー。
満二十歳。第二世界出身の暁の四戦士が一人・ドルガンを父に持ち、第一 世界の女性・ステラを母に持つ。 しかし、病弱だったステラはバッツがまだ幼い頃に他界し、ドルガンもま たバッツが十七と年に病死。その明るさから周りには悟らせないものの、そ の実天涯孤独な青年である。 悲しみを忘れる為に、ひたすら彼は笑った。太陽のように。明るく振る舞 うことで、その強さに多くの者達が惹かれて集い、その仲間達が彼の笑顔を 支える。バッツは、そうやって生きてきた旅人である。ただ誰もがその胸の 内を知らぬだけで。 彼が生きたその世界。それは人々が古代より伝わる「無」の力に怯える時 代であった。それは後の時代でスコール達を苦しめる事になる、「魔女」の 力の起源とも言うべきものである。 始まりは千年もの昔−−ゆえに資料も多くは残っていないが。ある文献に はこう書かれている。危険な「無」の力を封じる為に、賢者達は世界を二つ に分け、この世のバランスを保つクリスタルを分割したのだと。 その時生まれた世界と世界の狭間に、封じ込められた「無」の力。脅威は 去った筈だった。 しかし長い年月を得て、「無」の力を手に入れんとする魔導士エクスデス が出現。バッツの父であるドルガン達暁の四戦士がエクスデスを追いつめる も倒しきる事はできず、どうにか封印するに止まった。バッツが生まれる十 年前の話である。 そしてバッツが成人式を迎えた年に、運命は動き出す。「世界を旅して回 れ」という父の遺言に従い、相棒のチョコボであるボコと共に各地を旅して いた青年。彼が偶然、隕石落下の現場を通りかかった事が全ての始まりであ った。
−−タイクーンの王女様だったレナと記憶喪失になっていたガラフ。二人の クリスタルへの旅に同行したのがきっかけだった…な。
クリスタルへの道を歩むうちに、バッツは幾つもの真実に巡り会う事にな る。世界を今まさに襲っている危機。その元凶がエクスデスという一人の魔 導士であること。そして、父がかつて英雄と呼ばれた戦士であった事を。 父が全てを投げ打ってでも護ろうとした世界を。仲間達の笑顔を、自分も 護りたい。やがてバッツは成り行きではなく自らの意志でではなく、父と同 じ道を歩む事を決意する。 世界を司るクリスタルを守り、エクスデスを止めるべく異世界に旅立つバ ッツと仲間達。だが運命は過酷だった。戦いの最中、やっと出会えた父の盟 友達との死別。長き旅路を共にしたガラフの死。 しまいには故郷の村すらもエクスデスの力で消されてしまう。
−−おれは憎んだ。運命を。エクスデスを。…自分を護る為の笑顔すら亡く してさまうほどに。
理性を失い、飛空挺を暴走させてしまったこともある。 それほどまで、一時は強い憎悪に捕らわれていた彼。だが−−そんな彼を、 仲間達は否定しなかった。憎しみに溺れて進むしかないバッツすらも受け止 めて、支えようとしたのだ。 仲間の一人、ファリスが言った言葉がその背中を押す。
『男でも女でも、おれはおれだってお前は言ってくれたろ。…今はその言葉、 そっくり返すよ。笑えなくなったって、バッツはバッツだ。ただ…自分に胸 張れる生き方だけは、忘れんな』
憎んでもいい。恨んでもいい。そう言ってくれる人達がいたから、青年は 憎しみを乗り越えられた。ただ悲しみを忘れないことだけを選んだ。 そう。フリオニールやクラウドが何百回と世界を繰り返してもできなかっ たことを、バッツはたった一度の人生で成し遂げてみせたのである。 赦すことを覚えたバッツが次に求めたのはさらなる真実だった。無の力の 正体とは一体何なのか。エクスデスとは一体何者なのか。何故無の力を求め、 世界を消し去ろうとしたのか。 事実の一面だけ見て道を選んではいけない。それはまた、誰かを不幸にす る鎖となるから。 そして全てを知った上で、バッツはエクスデスを倒すことを決めた。詳し いことはエクスデスの項で説明しよう。ただ、エクスデスの真の望みを叶え ることをバッツは選んだのである。 すなわち、悲しき意志からの解放を。
−−戦いが終わった直後だった。平和になった筈の世界を見ることなく、俺 がこの神々の戦場に召喚されたのは。
一番最初の世界でだけ、バッツは記憶を持っていた。それはコスモスの判 断である。彼の人生は他の戦士達と比較しても相当波瀾万丈である筈だが、 バッツが既に“乗り越えた者”だとコスモスは知っていたのだ。 いずれは消す他ない記憶だとしても。彼はその全てを重荷ではなく財産と して生きていける人間である、と。 またエクスデスの方も最初の世界では自らのことを覚えており、すぐに二 人は再会を果たすことになる。
−−恨み言がないと言ったら嘘になる。だけど、俺は俺の心で決めたんだ。 エクスデスのことも、助けてみせるって。たとえこの記憶が近く霧散したと しても。
バッツは怯えていた。新しく得た仲間を、新しく得た居場所を、また失う ことなどきっと耐えられないと。だからこそ皆を照らすように笑い続けた。 そんな彼の下に、新たな仲間も惹かれ集った。 だが彼の本当の魅力は。怯えも恐怖も殺意も、あらゆる闇を内包していた がら目を逸らさずに受け止めてみせたことなのだろう。段々とその大きな闇 の存在を、本人すら忘れていくほどに。 確かに彼には弱さがある。ゆえにクラウドやセシルほどではないにせよ暴 走行動に出る可能性もある。だが。
−−どれほど記憶が擦り切れても、何度心が砕けても。俺は俺の魂に刻んだ 誓いだけはけして忘れない。忘れてなるもんか。
どんな時でも光を諦めない。どんな憎んでも同じだけ赦す心を忘れない。 真実を追い求める気持ちを持ち続ける。 それは『猫騙し』の世界で、ジタンを目の前で殺されてなお、セフィロス に真実を問い続けた事からも窺えるだろう。 あの時、彼はセフィロスを憎んでいた。殺意を抱いていた。また迫り来る 死に怯えてもいたし、全身を襲う痛みにもがき苦しんでもいた。 その上で加害者であるセフィロスに“何故”を問いかけたのだ。それがバ ッツという男である。 いつか。そのバッツが再び忘れかけていた自らの中の闇に巡り合う事があ るかもしれない。二度目の大きな壁にぶつかり、選択を迫られる事があるか もしれない。 だが。彼ならきっと大丈夫だと、見る者に思わせる何かがバッツにはある。
−−何か一つを選んで捨てる必要はない。この空みたいにさ、大きく両手広 げて、受け止めてみてから考えたっていいんだ。それが全てのスタートなん だから。
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限界を、超えていけ。
BGM 『運命を打ち破れ!』
by Hajime Sumeragi