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−−被験体No.15、エクスデス。
年齢不詳。本名不詳。残念ながら彼の正体に関し、我々が知り得た事はさ
ほど多くない。
ただ一人、真実を知り得たであろう賢者ギード。その文献に残されていた
事実だけが全てである。その彼も、本当の意味でのエクスデスの正体に関し
ては、推測にとどまっている。
エクスデスの起源は、五百年以上昔に遡る。ムーアの大森林、と呼ばれる
地。そこは太古から神と精霊が住まう場所と伝えられていた。人々はその地
の神々を敬い奉り、同時に恐れてきたとされている。
言い伝えがあった。どんな邪念を抱く者であろうと、この地で祈ればたち
どころに清らかな心を取り戻せるのだと。つまり、人々の闇を“無”に帰し
てくれると。
それは精霊たちの力によるものとされている。星の声を聴き、その命を保
つ事を使命とする彼らは、人々の心の安寧を護る事で平和を実現しようとし
ていた。それは星の命であったし、彼ら自身の誇りでもあったのだろう。精
霊達は来る日も来る日も、人々の欲望を−−歪みを吸い上げ続けた。
おそらく−−と賢者ギードは語っている。エクスデスは、中でもそうとう
高位の精霊であったのではないかと。もしくは神にも等しい、高次元の存在
だったのかもしれない。
彼の心は世界樹と呼ばれる森の中心の大樹に宿り、その強大な力で人々の
闇を飲み込み続けた。全ての闇を吸い上げれば、全ての人の心が光で満たさ
れると信じて。
−−私はあまりに無知すぎた。愚かにも信じていたのだから…いつか必ず終
わりが来ると。
平和を祈り、闇を飲み込み続ける苦痛に耐え続けた精霊。その代償はあま
りにも理不尽なものだった。
飲み込むすぎた闇に、逆に飲み込まれていく悲劇。気付いた時には、エク
スデスという存在が一人歩きを始めていた。闇の心を宿した世界樹が、清ら
かな精霊を闇の化身へと変えてしまったのだ。
エクスデスは絶望した。自らの行いを悔いて、運命を呪った。
最後の決定打は、彼自身の中から生まれてしまった負の感情。自分に全て
の悲運を押し付けてきた人間達を、こんな役目を与えた星そのものを、エク
スデスは憎んだ。
そして、目を付けたのである。全てを消し去る事のできる呪われた“無”
の力に。
−−創造の為の破壊。憎い全てを消し去ればリセットできると思った。…無
垢な世界ならば、無垢な私に戻れる。そう、信じてしまった。
世界を元の形に戻すこと。
全てを−−全ての時を、始まりの日に帰すこと。もしかしたらその望みは、
アルティミシアの願いとよく似ているのかもしれない。
ただ、帰りたい時間があった。
その日犯した過ちを正したかった。
そして、その後の全ての運命を、変えたかった。ただ、それだけで。
呑まれていく力とマイナスの感情の狭間。運命の悪戯が引き合わせた、バ
ッツとその仲間達との邂逅と戦い。
戦いの最中で、切れ切れの記憶の中で、エクスデスは自らの本心と真の目
的をバッツに語った。
無の力を手に入れて全てを消し去らなければ、こんな憎悪に満ちた世界な
ど救われない。平和など夢のまた夢で終わる。護る為には全てを母なる無へ
と帰し、またゼロから築き上げる他ないのだと。
そう。破綻した感情と闇の中、たとえ矛盾だらけの理論だとしても−−エ
クスデスの真の願いはたった一つだった。
それは精霊だった頃の彼の願いと同じ。その頃の彼が何よりも誇っていた
自らの望み。
そう−−いつか光溢れる平和な世界を実現させる事、だったのだ。
−−その願いを、自分達に叶えさせてくれないか。バッツは私にそう言った。
自分達人間に、償う為の義務と権利を与えて欲しいと。
死の間際。エクスデスはその願いに、全てを託して倒された。憎しみすら
乗り越えて自分の前に立った一人の旅人を信じて。
その瞬間に、エクスデスは自らを縛る“人々の邪悪な意志”から解放され。
しかし、この世界に召喚された事により、大樹の物語は継続したのである。
それは幸運か悲運か。自らの記憶をはぎ取られた中残ったのは、“エクス
デス”という名のアヤカシの本能−−全てを無に帰すこと、のみ。
散り際の真実を忘れた彼は、その本能が導くまま破壊者となり果てる筈で
あった。しかしそれがやがて、真実への欲求に変わっていく。理不尽な世界
と、自らの正体を知りたいと。バッツや暗闇の雲との関わりが彼を変えてい
った。
心とは、一体何なのか。
とある世界の賢者と弟子達が、自らの破滅を招くまで追い求めても掴めな
かった、永遠のテーマ。我々も今、実に興味深く感じている。
暗闇の雲やエクスデスといった、感情など持たない筈の彼らに芽生えてい
るもの。それを人は心と呼ぶのだろうか。
残念ながら、我々−−否、私はその答えを見る事は叶いそうにない。
Last angels <想試し編>
〜4-55・旅人と大樹の道標Y〜
死闘の、決着。
それはけして綺麗な戦いではなかった。互いに、何かを掴み取ろうと無様
に足掻き回っての、泥まみれの一騎打ち。どちらも自らの全てをぶつけよう
と必死になっていた。
端から見れば、何故?と問いかけたくなるのかもしれない。憎いわけでも
ない。殺し合いがしたいわけでもない。なのにどうして命を賭けて戦うのか
と。
その理由を、バッツはうまく説明できる自信がない。多分、エクスデスも。
ただぶつかり合いでしか見えないものがある気がした。その先に答えがあ
る予感がした。その直感が、生死すら賭けるに値すると考えた−−言うなれ
ばそんなところだろう。
第三者に納得して貰おうとは思わない。その必要もない。
ただ、自分達さえ理解できていればそれでいい。自分達が自分達自身に打
ち勝つ事さえできたなら。これは、そんな戦いなのだ。
「ぐっ…」
がくん、とエクスデスが膝をついた。見た目はさほど酷い怪我に見えない
が、疲労が激しいのだろう。魔力を限界まで使い切ったと見える。魔力の源
は生命力。それは時に命にすら関わる。
「ファファ…この痛み…久遠なる無の世界に溶ける感覚…。懐かしさなど覚
える時点で、私も重症だな」
「エクスデス…」
きっとこの大樹は。遥かな昔から“死”を知っていたのだろう。人の負の
感情を吸い上げ続けて、自らを歪めてしまった精霊。護ろうとした筈の世界
の敵となり、護ろうとした筈の人間達に追われ−−何度悲しい“終わり”を
経験してきたのか。
この世界でも、痛みは繰り返された。
だが。彼に真の終わりは訪れない。狭間に封じられ、死して尚蘇り、それ
こそ無間地獄のよう。
ひょっとしたら。彼が無を求めた理由は、植え付けられた憎しみによるも
のだけではなくて。
誰かに、終わりにして欲しかったのだろうか。
その瞬間を、孤独に耐えながら待ち続けていたのだろうか。
だとしたら、あまりに。
「…やっと全部、理解したよ。あのイミテーションの言ってたこと、思って
たこと…全部、嘘じゃなかった」
バッツは脚を引きずりながら、エクスデスに近づいていく。エクスデスほ
どではないが、バッツのダメージも相当だった。ただ魔力のペース配分を考
えたか否かの差だろう。
多分左足首は捻挫している。後で冷やさなきゃなぁ、とどこか他人事のよ
うに思った。
「でも俺、乗り越えるんだって決めてあんたの前に立った。憎む事は罪じゃ
ない。でも、自分の中の汚い感情も全部受け止めて、認めて立ち上がった時
…。人は憎しみを、過去にする事ができるんだ。俺はもう、とっくにそれを
知っていた」
薄れていく記憶の中で、確かに忘れてしまっていたけれど。思い出した今、
もう一度胸が痛くないと言ったら嘘になるけども。
それ以上に、大事な気持ちを取り戻せた。あの頃の誓いを。あの頃受け取
った願いを。
エクスデスの前に立ち、バッツは手に持ったポーションとエーテルを同時
に振りかけた。光に包まれ、エクスデスの傷が癒えていく。大樹は驚いたよ
うにバッツを見上げた。
「いいのか?…私はお前の大事な物を山ほど奪い去った…憎い敵だろう?」
「憎かったさ。でもそれはもう、過去形」
醜い、ドロドロに崩れたもう一人の自分は、確かに今も胸の中に存在する。
きっとこれからも、何か悲しい出来事のたびに顔を出すのだろう。そのたび
に自分は彼と−−アナザーと向き合っていかなければならないのだろう。
だけど。
「答えは、アンタのおかげでちゃんと見つかったよ。だからそれで充分。ア
ンタはどうなんだ、エクスデス?ちょっとは吹っ切れたか?」
その全部ひっくるめて、“バッツ”だから。自分は受け入れて、今日も生
きていく。仲間達が認めてくれたように。
多分。今の自分こそが最強だ。あの頃の誓いと今の強さが両方備わってい
るのだから。
「…まだ、答えと言えるほど明確ではないが」
必死に頭を整理しているのだろう。考え考え喋るエクスデス。
「思い出せた気は、している。私が真に望む願いが…何だったのかを。再生
の為に無を欲したことを」
きっと、誰もが今スタート地点に立っている。自分と同じように、エクス
デスも。
「何か変わった事があるなら…うん。嬉しい。今はきっとそれでいいんだ。
そっから全部始まるんだからさ…ってなんかエラそうな事言うけど」
バッツは次元城の青い空を見上げる。そして、クリスタルを掲げた。
「だって俺、決めたんだから。世界を救うってなら…救われる中にアンタも
含めるって。アンタの事も救ってみせるんだって」
紫色の光がキラキラの手の中で輝いている。死闘の最中に現れた希望の象
徴。それは、自分がずっと持っていた幸運の御守りから出現したものだった。
その瞬間、思ったものだ。
なんだ?こんなとこにあったのか?と。
「ずいぶん遠回りしたけどさ。長い距離歩く分、たくさんの景色を見た筈だ
ろ。それはきっと無駄じゃないんだ」
大事なものはいつも側にある。けれど近すぎては見えなくなってしまう事
もあるから。
時には離れたところから眺めてみるのも必要なんだろう。自分達はその時
間を与えられる為に出逢ったのかもしれない。だとしたら。
きっとそれは、幸せなこと、だ。
「お前は、強いな。…やはり間違いではなかったようだ。お前に…私の本当
の願いを託した事は」
エクスデスの願い。その意味することを知るバッツは、笑顔で振り向く。
「託すんじゃなくてさ。今度はアンタも一緒に叶えてみようぜ。そっちのが
絶対楽しいし!」
きっとできる。
今の自分達になら、きっと。
バッツの差し出した手に捕まり、エクスデスが立ち上がる。その背中ごし
に、笑って手を振るジタンと、腕組みして立つスコールの姿が見えた。
「野薔薇咲く平和な世界…それがお前達の目標だったか。私も…もう一度、
あの頃と同じ夢を見てもいいか…?」
「勿論。歓迎するよ、エクスデス」
今は亡き父に向けて、旅人は今思う。
見ていてくれますか。
これが今の俺。俺の選んだ道です。
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