久々に、心から馬鹿騒ぎした気がする。やや酒に酔った頭でジェクトは考え る。 今までの自分が不幸だったとは思わない。むしろこんな世界ですら、長い間 蚊帳の外で何も知らずに生きてこれた。知らなかった事が幸せですらあった。 だからこそ、クジャやケフカとくだらない事で笑いあえていたのだろう。憂 う必要が無かったから。 だけど。 いつも頭の何処かに、ティーダの事が引っかかっていたのである。憎しみと 怒りを宿した息子の眼。その眼がいつも片隅から離れずにいて−−楽しい気持 ちになればなるほど影を落としていた。 自分は本当に、幸せでいいのか。息子を置いてこんな風に笑っていていいの か、と。理由も分からない罪悪感に苛まれ続けていたのもまた確かである。 その理由がやっと分かった今。何もかもが解き離れたわけではないし、別の 問題は浮上したけれど。今なら息子のあの悲しい眼を忘れられる気がした。少 なくとも、忘れるフリくらいなら。
−−俺の償いはこっからだ。…いつまでも悩んでグチグチしてるわけにはいか ねーんだよ。
失くしてしまった過去は戻らないけれど。未来はきっとまだ取り戻せる。残 酷な運命に屈するにはまだ早い。そう信じたからこそジェクトは今此処にい る。 コスモス陣営のホーム。 屋敷はもぬけの殻だったが、とりあえず一同はそこで待機する事になった。 まだ回復が必要なメンバーもいるし、今いない者達が戻って来る可能性がある からだ。 今コスモス陣営で此処にいないのは合流できていないライト、バッツ、スコ ール、ジタン。カオス陣営ではエクスデス、アルティミシア、クジャ。支配者 の配下であるガーランド。 フリオニールと皇帝はまだパンデモニウムにいるとの事だ。 元々個性が強い面子が揃っている。大人しく待機−−ができる筈もなく。気 がつけば食事と称したどんちゃん騒ぎが始まり、ケフカがこっそり酒まで出し てきて騒ぎが大きくなった。 ジェクトもつい飲みまくってしまったし飲ませまくってしまった。息子が酔 ってキス魔と化したのは計算外だったが。 楽しかったのも事実である。わだかまりが解けて、皆が皆が心を裸にして騒 げたのかもしれない。 パーティーはまだ続いていたが、ジェクトは今はその輪を離れてベランダで 物思いに耽っている。考えたい事も、考えるべき事も山のようにあった。
−−クジャの奴、どうしてっかな。
ティーダとの決着をつけるべく、彼から離れて行動した自分。選択は間違っ てなかったのかもしれないが−−少しだけ後悔している。 暗闇の雲もケフカも今こちらにいるのだ。彼はきっと一人でいる。ああ見え て寂しがり屋だ。独りで泣いていないだろうか。不安がらせていないだろうか。 過保護だと分かっているが、どうにも心配でいけない。ティーダに向けるの と近い感情をクジャにも抱いているジェクトだ。クジャの方も自分を父親のよ うに慕ってくれていたと知っている。 本音は捜しに行きたい。だけど。 こうなった以上無断で勝手な行動はできないし、迷惑もかける。何より、テ ィーダから離れたくない。 月を見上げて、溜め息をつく。明日、クラウドに相談してみるしかない。こ の集団で今は彼がリーダーなのだ。ジェクトもそれは認めている。
「…ん?」
気配。かつん、とブーツが石畳を叩く音。殺気はない。誰だろう、と思い、 ベランダから庭を覗き込む。 多分、部屋から漏れる明かりがなければ判別がつかなかっただろう。街灯な んて洒落たもの、この世界には無い。全てをくまなく照らし出すには、月と星 の光だけではあまりに心許なかった。
「皇帝…戻ってきたのかよ」
名前を呼ぶと、暴君もこちらに気付いたようで顔を上げる。フリオニールが いない。一人で来たのだろうか。 彼はしばし何かを考える素振りをした。やがて意を決したようにジェクトを 見る。 降りて来い。話がある。 皇帝の唇がそう動いた。
Last angels <想試し編> 〜4-57・盗賊と死神の奇跡U〜
「何だよ、話って」
我ながらなんて非友好的な声だろう。内心苦々しい思いながらも、止める事 ができなかった。
「言っとくが俺ぁ…お前を赦す気なんかサラサラねーからな」
元々、ジェクトは皇帝に対し苦手意識があった。いつも冷徹に策を練ってい るイメージがあったし、自分以外の全てを見下すような眼が気に入らなかっ た。 それを言えばクジャにも似たような一面はあるが、それは単なる強がりの延 長線上にあると知っている。頭はいいが感情の起伏が激しくて子供っぽいし、 だから親近感も抱く。何より、仲間達を心のどこかで認めているからこそ喋る し馬鹿騒ぎもする。 だが皇帝は。周りを認めない−−あるいは認めまいとしているように感じら れる。最近はだいぶ丸くなったようだが、自分達を駒のように扱って作戦を組 み立てる冷淡さは変わらない。
−−俺達はチェスの駒じゃねぇ。
不愉快だった。同時に、見ていてもの凄く不憫になる瞬間があって−−やは り気持ちのいいものではなくて。 それでも、表立って嫌うほど自分は若くなかった。自分にも有益な作戦の為 なら協力もしたし、実際その実行力は認めてもいた。だけど。 “なんとなく苦手”が。前の世界の一件のせいで“嫌い”に近くなった。
「お前があいつを巻き込まなけりゃ…余計な事吹き込んだりしなけりゃ。あの 泣き虫なガキがあんなに苦しむ事ぁ無かったんだ」
あいつ。ティーダ。 道は自分で選んだのだと、きっと息子は言うのだろう。自分のした事で皇帝 を責めるのはお門違いだと。 分かってはいるのだ、理屈では。 それでも思わずにはいられない。 どうしてティーダを選んだ。どうして彼を巻き込んだ。 皇帝さえ余計な真似をしなければ、息子がたった一人で過酷な運命を背負い 込む事はなかったのに。愛する仲間や罪なき者を手にかけて、追い詰められる 事は無かったのに。 自分が、生まれながらの幻だなんて。 思い出さずに済んだかもしれないのに。
「偶々だ。…私は何も知らなかった。偶々目についたのが貴様の息子だった。 …それだけの事だ。悲劇の主人公でも気取るつもりか。うっとおしいぞ虫けら め」
皇帝が無感動に、恐ろしいほど素直な言葉を吐くので。ジェクトの中で何か がプツンと切れた。
「ふざけんなっ!」
悲劇の主人公?それの何がいけない? ティーダがどれほど苦しんだかもしれないで!! 考えるより先に手が出ていた。振りあげられた拳は正確に暴君の左側頭部を 捉える。皇帝の身体が吹っ飛んで転がるのを見て、やっと気付いた。自分が彼 を殴りとばしたのだと。
「勝手な事言うんじゃねぇよ…。全部、全部全部お前一人の都合じゃねぇか! ナメんのもいい加減にしやがれ!!あいつの痛みも何も知らねぇくせに…っ」
殴った拳が痛い。じんじんと熱を持って痛む。こんな事初めてだ。
「…悲劇を背負ったのが貴様一人だと思ったら大間違いだ」
切れた唇を伝う血を拭って、皇帝は身体を起こす。 「貴様こそ、息子の何を理解している?何も分かっていなかったではないか。 息子が何故自分を憎むのか。そこまで息子を追い詰めた原因が何だったのかす ら」 「…っ!」 反論しようとしたが、言葉が出ない。 皇帝の言っている事は正しい。ティーダはずっと父親を憎んでいた。親殺し をさせた父を。それ以外の道を捜さなかった父を。 自分は彼の憎悪を理解しようとしなかった。故に、自分達の道はまた引き裂 かれてしまった。 分かっては、いるのだ。 それでも彼の言葉が認められない。認めたくない。
「誰かがやらねばならない事だった。それがどんな深い傷を追う行為だとして も。だからティーダは自らその任を買って出た。それだけの覚悟を決めた。… ジェクト、貴様はその覚悟を否定するつもりか」
煩い、と口の中で呟く。 分からないほど子供じゃない。だけど、納得できるほど幼くもない自分。 イライラする。 一体、誰に?
「もし、どうしても理解できないと言うなら…教えてやる」
やや緩慢な動作で皇帝は立ち上がる。忌々しい。そんな感情を隠しもせずジ ェクトを見る。
「貴様が今抱いている感情こそ…その悲しみこそ。貴様がかつて息子に味あわ せたものである事を」
冷水を浴びせられた気になった。 さっきまで石炭のように熱くなっていた身体が一気に冷える。 そうだ。自分は、悲しくて仕方なかった。息子が自らを犠牲にしてまで仲間 の幸せを願った事。それは誇らしくもある筈なのに、親としては悲しくて悲し くて。 やっと、実感した気がする。 同じだったのだ。世界の為に自分を殺させたジェクト。仲間の為に悲劇を負 ったティーダ。その立場がこの世界でひっくり返っただけで。 理不尽な悲しみが憎しみに変わって。その憎しみを向ける対象が自分と息子 では違った、それだけの事だ。 息子は、自分を殺させたジェクト本人を憎悪した。自分は、息子を巻き込ん だ者を憎悪した。矛先は違えどその感情は、同じ。 自分はこれと同じ想いを、息子にさせていたのだ。
「私を糾弾したいなら好きにしろ。それも確かに貴様の権利ではある。私もあ の世界で…貴様らを騙してクジャを殺そうとした件については非を認める」
また不愉快な感情を思い出し、ジェクトは顔をしかめる。クジャ。そうだこ の男は結果的にあの死神の事も苦しめた。切り捨てる駒として扱った。 だが。今それを責めても仕方ないと分かっている。罪悪感が無かったわけじ ゃないと、暴君の眼が語っていたから。 「だが…貴様の息子の件に関しては謝罪しない。してはならない。それが奴の 覚悟への礼儀。謝罪して非を認める事は冒涜に他ならない」 「ちっ、カッコつけた事言いやがって」 悔し紛れの舌打ち。明らかに今カッコ悪いのは自分の方だ。格の違いを思い 知らされた気分である。戦闘ではない。だからこそ。 言葉だけで勝敗を決する事ができるのもまた、王の証なのだろう。
「…だったら俺も謝らねぇからな、殴った事」
やっとの思いで言った一言は皇帝に、鼻を鳴らして一蹴された。
「そんな顔するくらい罪悪感があるなら、最初から殴らなければいいものを」
やっぱりもう一発殴ったろか。そう思ったが踏みとどまる。 彼の事はどうやっても好きになれそうにない。でも。 暴君の言葉でやっと、真実の奥に触れられた気がするから。それだけは感謝 してやっても、いい。 ジェクトはため息をついた。空気と気持ちを切り替える為に。
「…で。話って結局何なんだ。お前の方が何か用があったんだろうが」
危うく忘れるところだったが。話を始めたのは向こうが先なのである。 「話を脱線させたのは貴様だろうが。…単刀直入に言う。クジャの居場所を知 っているか?」 「あ?」 何故ここで彼の名前が出て来るのか。 嫌な予感は胸の奥に垂れ込める。それはまるで暗雲のように。
NEXT
|
まだ青い、月を抱きしめて。