神竜は必ずしも最善を望まない。その理由をシャントットは知っている。彼の行動原理が一体何処にあるのか も大体理解している。 だが、それでも疑問に思わずにはいられない事もあるのだ。「神竜様」荒れた大地。煮えたぎる溶岩。地獄を体現したかのような玉座の前−−シャ ントットはガブラスと共に跪く。自分とガブラスとガーランド。この三人を、主はかの地獄の番犬に喩えて“ケ ルベロス”と呼んでいた。奈落を護る三人の僕。なるほど、自分達に相応しい 名ではある。「お尋ねしたい事がございます。よろしいでしょうか」「申してみよ、淑女」金に輝く、神々しい竜。敬愛すべき主に深々と礼をし、シャントットは面を 上げる。「恐れながら申し上げますわ。…何故、バッツ=クラウザーの記憶のクリスタ ルを破壊してしまわれなかったのですの?神竜様が最善を望まれない理由は 理解しております。ですがあの男の記憶は…蘇れば厄介なものであった筈」神竜が行う、粛正。それは世界をリセットする為に、一時的にこの地の生命 を全て無に帰すというもの。全員を一度殺してしまわなければ、時間を巻き戻 す事ができなくなるからだ。ちなみにここにガーランドも含まれる。シャントットとガブラスは本来なら この世界から既に退場している筈の駒−−先代の戦士であるから問題はない。 が、今代呼び出された十九人の戦士達と、先代と今代に跨っているガーランド は違う。粛正の光を浴びた者は、強制的に魂と肉体を刈り取られる。例外はない。必 ず死ぬ上、次の世界で蘇っても強いダメージを負う事が多い。ガーランド及び輪廻の存在を知る者が、“後片付け”と称して積極的に戦士 達を殺して回る理由の一つが此処にある。粛正の光が発せられる前に死んでし まえば、少なくとも魂に外傷を負う事は免れられるからだ。つまりあの作業は、彼らなりの思いやりだったのである。魂にダメージを負 えば、輪廻を繰り返す寿命が一気に縮まる。一歩間違えば身体より先に魂が死 んでしまう事にもなりかねないからだ。もう一つ。彼らが“片付け”をする理由は、早く戦士達が全滅すれば粛正も 早まり、次の世界が始まるのもまた早まるからだ。そうすればまた失った愛す る者もまた−−蘇る事になるのだから。どちらにせよ、シャントットには理解し難い。どいつもこいつも情に絆され すぎているとしか言いようがない。話が逸れたが。とにかく、この世界では絶対と言えるルールがある。それは、 “粛正が起きれば二十人の戦士は誰も生き残れない”ということ。 そう、絶対のルールである、筈だった。「バッツは粛正の後に生き残った事のある唯一の人間。そして…彼は…わたく し達“ケルベロス”を除き唯一神竜様のお姿をも目にしているのですよ?」 それが一度。たった一度だけ破られた。不確定要素が重なった結果だろう。その世界でバッツはクリスタルワールド の崖下に転落し、叩きつけられて重傷を負った挙げ句テジョントラップに落ち た。正確には転落してすぐテジョントラップに嵌ったわけではない。たまたま彼 が落ちたのがワールドの中でもかなり脆い地面であった事、それがバッツの重 みで緩やかに罅が入っていったのである。そして偶然。ああ、本当に偶然に偶然が重なったのだ。意識の無い彼の身体 がテジョントラップに落下した瞬間に、粛正が起きた。その結果粛正後も生き 残る人間が出るという異例の事態が起きたのだ。過去百年、無かった事である。シャントットとガブラスは主の意見を仰ぐべ く、かの人の玉座までバッツを連れていったのだった。「神竜様の存在を知られる事に加え…万に一つあの男が、この場所への道順を 覚えていたなら。クリスタルを手に入れたてその記憶が蘇るなんて事態になっ たら…神竜様の身が危険に晒されるかもしれませんのわ。なのに…どうしてで すの?」バッツはあの世界で死ぬ間際に言った。忘れないと。この記憶を忘れてなる ものかと、叫びながら逝ったのだ。秩序軍の記憶はコスモスが消している。それは知っていたが、一抹の不安は 拭いきれなかった。今までのデータからすれば、精神に過大なストレスがかか ると記憶が戻ってしまう確率がぐっと高まる。だからその当時こちらの配下だった者達を使って、バッツを優先的に殺させ たのだ。記憶が戻り、その内容を誰かに口外されてしまう前に。今回こそ、バッツの口を封じる絶好の機会であった筈なのだ。やっと記憶の クリスタルの隠し場所を割り出し、封印を解く事ができたのだから。 なのに何故。神竜自らが危険を犯すような真似をするのだろう。「…奴らごときに、この私が倒されるとでも?」数瞬の後。放たれた重い声に−−シャントットはすくみあがった。隣ではガ ブラスが無言で冷や汗をかいている。 なんて威圧感なのか。そうだこのプレッシャー。この力、この強さ。 だからプライドの高い自分がかの人に仕えているのだ。「私が最善を望まぬ理由を知っていると申したな、シャントット」「……はい」「ならばそれ以上にどんな説明が必要か?」 という事は−−やはり。「それが貴方様のお仕えする方の御命令…なのですね」自分達が敬愛する神竜を、さらに従えし偉大な存在。そのお方が命じたとい う事か−−それも“実験”の一環だと。「…私はただあの方のご意志を全うするのみ」 神竜は静かに、感情の窺えぬ声で言った。「それこそが、私が神たる竜として生を受けた証なのだから」 Last angels <想試し編> 〜4-58・盗賊と死神の奇跡V〜 澱んだ色の空を、不快に思ったことは無い。何故ならクジャにとってこの場所は、狭いながらも自らの支配域であり、唯 一心安らげる所でもあるからだ。一人になりたい時、あるいは一人になるしかない時はいつも此処に来てい た。独りであることがこの地でなら安らぎになる。寂しくないわけではないが、 余計な不安は感じずにいられた。元いた世界の記憶なんて無いけれど。元の世界でもきっとこのクリスタルワ ールドは特別な場所だったのだろう。−−何であいつらみんな…戻って来ないのかな。 あいつら−−カオスの戦士達。普段のこの時間なら。クジャお手製の菓子類を強奪しようとケフカが纏わり ついてきて喧嘩になったり、それを暗闇の雲とジェクトに止められたりしてい た。 なのに。 コスモス陣営にちょっかい出しに行った全員が戻って来ないなんて。確かに秩序軍の連中は侮れない。それは認めよう。だが全員が全員倒されて しまったとは考えにくい。伊達にこっちもラスボスは張ってないのだ。そこでこっそり調べに行ってみて、知ったのは全滅よりも驚くべき事態。コ スモス陣営と戦いに行った連中はあろうことか奴らに懐柔されて、半ば仲良し こよしになっていた。一体全体どうなっているのだ。クリスタルのせいである可能性は高い。ジェクトにそんな話をしたところ、 ジェクトもいなくなってしまった。息子と戦いに行って、彼もまた“洗脳”さ れてしまったのだろうか。しかし、彼の息子はジェクトを憎悪していた筈である。他のメンバーはとも かく、まともに考えれば有り得ない展開だ。自分もジタンを憎んでいるから、分かる。憎しみを乗り越えるのは容易な事 ではないと。−−僕はもう、要らないのかな。 知っていた。知っていたのだ。ジェクトが無意識に−−ああ、悪意は無かったに違いない−−自分をティー ダの代わりにしていた事を。息子に憎まれて、けれどその理由が分からないせいでいつまでも和解できず にいた−−そんな彼だったから。息子に注ぐ分だった愛情を、クジャに注いだ。息子を愛するのと同じだけク ジャの事も愛してくれた。まるで本当の我が子のように。「僕、分かってたよ。でも…それでもいいって、思ってたんだよ…」 愛してさえくれるのなら。 それが誰かの身代わりでも構わないと思っていた。だけどあまりに温かすぎる愛情は、冷たい人形に熱を与えてしまった。その 優しさに溺れて、愛の意味を錯覚してしまった。 やがて。 本物になりたいと、願ってしまうようになった。−−あんたの、本当の息子になりたかった。…なんて馬鹿げてるけど、さぁ。 罪な男。 そんな罪な男に儚い夢を見た、愚かな自分。クジャは身体を丸めて、子供のようにうずくまる。分かっていた事だ。どれ ほど憎んでいようとティーダはジェクトの血の繋がった息子。いつか必ず父親 の元に帰って来る事を。そして実の息子が戻って来た時、クジャという身代わり人形の存在意義は喪 われる。ジェクトは迷わず息子を迎えに行くだろう−−クジャを置き去りにし てでも。−−嘘でも良かった。束の間の夢でも良かった。そう思ってた筈なのに、何で。何で涙が出るのだろう。覚悟が足りていなかったというのか。それとも、錯 覚しすぎて既に溺死していたのか、自分は。 有りもしない感情の海で溺れ死ぬなんて、本当に馬鹿みたいだ。どうしてジェクトが戻って来ないかなんて?とっくに出ている答えを何回 練り直せば気が済むのだろう。考えるたび失望して、答えを出すたび絶望する。 分かりきった事なのに。「……!?」 突然。頭蓋を走った奇妙な感覚に、クジャはハッとして顔を上げた。 まるで静電気でも流し込まれたかのよう。これは−−。「何、この気配…!?」 クリスタルワールドに、敵意を持つ何者かが侵入してきた。仮にもこのエリ アの支配者であるクジャには分かる。敵意の無い存在は見落としてしまう事も あるがこの感じは間違いない。カオス軍が作った後、野良化したイミテーションではなく。もっと強い害意 を持つ何者かが近付いて来ている。 クジャは涙を乱暴に拭って立ち上がった。何処だ、何処にいる。紛い物ではない、オリジナルの濃い気配。そして秩序 軍の清らかで偽善的なオーラではない。 だとすれば。「何の用なわけ、ガーランド?」クリスタルの丘の向こう。重たい甲冑を纏った大柄な人影が、闇の中から姿 を現した。ガーランド。その名は口にするのも嫌だった。元々好意など無きに等しいが、 彼の人格云々というよりその名前が嫌なのかもしれない。 虫酸が走る。何かを、思い出しそうになる。「嫌われたもんだな、わしも」 高々と笑い声を上げる猛者に、ますます不快感が募る。「あからさまに殺気剥き出しにしといて、歓迎されるわけないだろ。そんな事 も分かんないのかい?」ガーランドは自分を殺しに来た。それは直感で分かる。だが理由に全く心当 たりがない。不仲とはいえ、自分達は同じカオスの軍勢ではないか。「安心しろ、“お前”を殺しに来たわけではない」 ジャキン、と。ガーランドの重い太刀が固い金属音を立てた。「わしは、我らケルベロス以外の“全員”を始末しに来たのだ」 NEXT |
ローリング、もういいんだな?