「そろそろ語っておくべきだろうな。…私も知ったのはそう前ではないが」
 
 皇帝は少し考えこんだ後、そう切り出してきた。
「今回の世界から、コスモスとカオスは裏で手を組んでいる。このクリスタル
の一件は、コスモスだけではない。カオスの意志でもあるのだ」
「カオスの?」
 やや訝しげに、ジェクトは暴君を見る。カオスに組する側でありながら微妙
な話だが、実のところジェクトは大してカオスの事を知らない。会う機会自体
が少ない。ただ漠然と“闇と混沌を好む破壊神”だと思い込んでいた自分がい
る。
 
「元々…この戦いで神々は無力だ。我々に力を与える立場ではあるが、いざ戦
いが始まれば前線に立つ事は少ない。そして始まった戦いは神ですら止められ
ないものだった」
 
 皇帝は語る。ジェクトが知り得なかった事実を。神々の真実の立場を。
 
「…我々は皆、この世界に至るまでの記憶が無かった。それは神々が我々の記
憶を消し続けてきたせいだ。…まあ、一部失敗していたがな。とにかく…実は
我々同様神々にも、戦いが始まる前の記憶は無かったのだ」
 
 いつからこの戦場にいるのか。いつから戦い続けているのか。何の為の争い
なのか。そして自分達は本当に“神”なのか。
 物心ついた時には、互いに刃を向けあっていたコスモスとカオス。目の前の
敵を滅ぼすのは本能に近かった。倒さなけばならぬ相手。そうでなければ世界
は滅び、自らの理想が叶う事は無いのだと。
 だが。何度死んでも殺しても争いは終わらない。無残な死を遂げた戦士達は
蘇り、消滅した神も復活する。一体何故そんな事が起きるのか。
 此処は終わりの見えない修羅地獄。気付いた神々は絶望し、それでも自らの
本能が命ずるまま戦い続ける他無かった。そうすればいつか勝利の女神が微笑
んでくれるに違いないと信じて。
 秩序と混沌。そのどちらが倒れても世界は成り立たない。その事実に目をつ
ぶりながら、ただひたすらに。
 
「やがて神々は知った。自分達を召喚し、使役し、戦わせ続けている存在がい
る事を。神すら超える、神なる竜が在る事を」
 
 その存在が自分達を生み出したのか、それとも呼び出しただけなのかは分か
らない。
 たが、神竜に会えば、自分達の秘密が分かるのではないか。倒す事ができれ
ば、この悪夢のような戦いの日々から解放されるのではないか。
 そんな一縷の望みは、あっさりと打ち砕かれた。神竜は凄まじい力を持って
いる上、不死身だった。何度死んでも蘇る事のできる能力は、異世界の支配者
クラスのヘルパー達にすら破れないほど強固だった。
 コスモスの光も、カオスの闇も、神竜には遠く及ばなかったのである。
 神竜と邂逅して神々が知ったのは、結局自分達の運命に逃げ道は無いのだと
いう事。さらなる絶望を思い知っただけであった。
 
「そこで神々は完全に諦めてしまった。この鳥籠の世界で生きる事に甘んじた
のだ。…神々が無抵抗になった事で、輪廻は順調に繰り返された。私の代だけ
でも…百年ほどはな」
 
 皇帝やジェクトより前にも、召喚された戦士達がいたという。しかし彼らは
記憶を消されなかった為に気が触れて、最後は狭間に溶けてしまった。
 神々が戦士達の記憶を積極的に消すようになったのは、そんな哀れな結末を
阻止する為。だが結果的に記憶を失った事は、神竜の思惑をさらに円滑に進め
る事になる。
 
「…そうやってただ諦めて傍観するにとどまってた神々が…この世界でやっ
と腰を上げたのだ。何度倒れても立ち上がる者達の意志が…神すらも動かし
た」
 
 クリスタルを使い、戦士達の記憶と力を蘇らせる。その為に互いに示し合わ
せて一芝居打ったのだ。神竜を倒し、この終わり無き闘争に終止符を打ちたい
のは、コスモスもカオスも同じだったから。
 
「なるほど…そういうカラクリだったのか」
 
 ジェクトはようやく得心する。自分もクリスタルを手に入れた身ではあった
が、世界の真実について知れた事などほんの僅か。それはジェクトに限らず、
皆が皆得た知識がバラバラなようだったが。
 それとも皇帝は、クリスタルとは別のルートから情報を仕入れたのかもしれ
ない。ゴルベーザが前々からコスモスに通じているらしいという噂もある。
 
「…だけどよ、今の話が、あんたがクジャを捜している事とどう繋がるんだ?」
 
 今更彼がクジャに危害を加えるとは考えにくいが。それでも前回の一件から
警戒したくなるのは自然だろう。
「…コスモスとカオスが手を組んだ事に…そしてクリスタルの秘密に、神竜サ
イドが気付いた気配がある」
「…ヤバいんじゃねぇのそれ。大将は神さんより強いんだろ」
「いきなり神竜が出て来る事はないだろうが、その僕が充分に脅威なのだ」
 やや焦りを滲ませた顔で言う暴君。
 
「奴らが畏れているのがクリスタルによる“記憶”なのか“力”なのかは分か
らない。しかし、奴らは残ったメンバーにクリスタルが渡らないように妨害し
始めた」
 
 クリスタルを手に入れさせない為に−−そこまで考えて思わず、あっ、と声
を上げた。
 クジャとジタンはまだ、クリスタルを手に入れていない?だとしたら。
「あいつが危ねぇ…!」
「そういう事だ。…クリスタルを手にする前にクジャが死ねば、神々の計画は
水泡に帰すだろう」
 そして皇帝はひとかけらの躊躇いもなく言い放ったのである。
 
「クジャがいそうな場所を教えろ。助けに行くぞ。…まあ、我々は後発組にな
りそうだがな」
 
 
 
 
 
Last angels <想試し編>
4-59・盗賊と死神の奇W
 
 
 
 
 
 同時刻。ジェクトが皇帝にしたのとほぼ同じ話を、ジタンは聞かされていた。
唐突に現れた−−ティーダから。
 
「実際俺も、妨害された一人ッス。ただ、俺はずっとフリオ達と行動してたか
ら」
 
 彼いわく。ティーダがクリスタルを手にする直前辺りから妨害が始まったと
いう。最初はいつもと同じようなイミテーションの群だと思っていたという。
 だがパンデモニウムエリアで皇帝に逢って奇妙な点に気付いた。あの紛い物
達にはイミテーション特有の、魔力を帯びた気配がない。パンデモニウムの支
配者である暴君が気付かないくらいに。
 それは、自分達を襲ってきたイミテーションの制作者が、カオス陣営の誰か
ではない事を意味する。カオスの戦士達は、魔力を使った紛い物の精製方法し
か知らないからだ。
 実際、いくつか前の世界でセフィロス率いるイミテーション軍団がコスモス
陣営のホームを襲った時は、様々な種類の魔力で溢れていたという。
 一人で行動していたら数で囲まれて危なかったかもしれない−−そこまで
考えてジタンは思い出す。そうだ、アルティミシアとスコールも。
 
「神竜がついに動き出したのは間違いないでしょう。…私とスコールを、クリ
スタル入手前に潰しに来たのも同じイミテーションでしたから」
 
 苦い顔になるアルティミシア。スコールが死にかけた事を思い出したのだろ
う。実際−−彼は死んでいた筈だったのだから。
 神竜。そいつがカオスとコスモスを召喚し、この戦いを裏で操り−−輪廻を
繰り返す元凶。しかしこれだけの数の戦士達を無限に生き返らせ、時間さえ巻
き戻すなんて。一体どれだけの力だというのか。
 
「神竜が何故こんな事を繰り返してるかは分からない。今はそれよりも、全員
の身の安全の確保が最優先…そうだな?」
 
 スコールの言葉に、頷くティーダ。
 
「みんなに会えて良かったッス。これでハッキリした。…クリスタルの残りは
あと二つ。ライトさんとガーランドのペア。そして…ジタンとクジャ」
 
 全員の眼がジタンに集中する。
 
「ライトさんの事も心配だけど…対となってるのがあのガーランドだ。あいつ
の性格からして、ライトさんを多数に無勢で攻め落とすのは考えにくい。…だ
がクジャは違う、か」
「察しがいいッスねバッツ。…ケフカ、暗闇、オヤジ。クジャがいつもツルん
でたような面子がみんなこっちに来ちゃってる。あいつが今一人になってる可
能性が高い。つまり非常にまずい」
 何が言いたいか、分かる?と。ティーダの眼に、俯くジタン。
 分かる。分かるが−−心のどこかでまだ躊躇いがあるのだ。ジタンを憎んで
いるクジャ。そのクジャを自分が助けに行っていいのか。
 嗚呼−−いい加減言い訳はよそう。自分は怖いのだ。再びクジャに、あの憎
悪に満ちた眼を向けられるのが。その理由をクリスタルの力で知ってしまうの
が。あの暗い感情に、耐えきれる自信がまだ、ない。
 いや。恐ろしいのはそれだけでもなくて−−。
 
「俺、は…」
 
 だが。そんな臆病な自分に、スコール達は優しい言葉をかけてくれた。逃げ
てもいいと。最後に立ち上がる為に逃げるのは恥ずべき事ではないと。
 人は皆そうやって強くなるのだと−−教えてくれた。
 だからこそ今ジタンは思うのだ。彼らが逃げてもいいと言ってくれたから、
逃げずに戦う道を考えてもいる。本当にこのままでいいのかと悩む事ができて
いる。
 光の射す方に進みたいと、願っている。
「俺…まだ怖いんだ。真実は重いから。重すぎるから」
「そうだな」
 バッツが頷いてくれる。慈しみに満ちた優しい眼差し。彼が自分より四つも
年上だった事を思い出した。
 親友として。同時に一人の大人として、自分を見守ってくれていた事に、気
付いた。
「臆病だから。自分の罪を知るのが怖くて。…逃げたくて」
「うん」
「俺が行く事で余計クジャを傷つけるのが嫌で。でも俺は卑怯だから…本当は
…それを見て自分が傷つくのに怯えているだけかもしれなくて」
「うん」
「そんな自分がますます嫌で…だって俺いつもそうなんだ。本当はそうだった
んだ」
「うん」
「仲間が、大事な誰かが傷ついたり喪ったり…考えるだけで死にそうだ。でも
それはみんなの為じゃなくて、やっぱりそれで自分が傷つくからで」
「うん」
「助けに行きたい。誰も失いたくない。だけど…うまく言えないけど…」
「ジタン」
 
 ポン、と。両肩に温かい手。目の前にバッツの笑顔。
 
「大丈夫だ。俺達は誰もいなくなったりしない。死んだりしない。どんな真実
だって結末だって受け止めてやる。…仲間だろ」
 
 不覚にも。
 涙が出そうになった。
 
「だから迷うなよ。躊躇うなよ。お前が心で選ぶ道が正しいんだからさ!」
 
 そうだ。結論なんてとっくに出ていた。たとえ恨まれていても、たった一人
の兄だから。その先にどんな真実が待とうと、どうして見殺しになどできるだ
ろう。
 だけど。スコールの一件でハッキリした。たった一人では護りきれないかも
しれない。敵は強大で、助けに行った結果目の前で喪うかもしれなくて。
 それでも仲間に助力を求めたら、仲間達がそうなるかもしれない。一度は確
かに命を落とした、スコールのように。
 しかし。
 
「…俺。クジャを捜す。もしピンチになってたら…助けたい。だから…」
 
 心配しすぎるのは、仲間の力を疑う事ではないのか?それは信頼と呼べるの
か?
 
「力を貸してくれないか」
 
 さあ、立ち向かえ。
 
 
 
 
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心と心で手を繋いで、冷たいセカイにサヨナラして。