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ジタンには、名前と生活に必要な知識以外、記憶と呼べるものはない。この世界
が何度も繰り返していると言われても実感は沸かないしイマイチピンと来ない。
 質の悪い冗談でした、と言われても納得してしまうかもしれない。
 それでも−−クジャを見て一目で兄だと分かった。自分に連なる存在、縁ある人
物と直感した。彼と過ごした時間なんて覚えてないし、そんなものがあったという
保証もない、なのに。
 
『ね、ジタン』
 
 その景色は−−時折断片的に蘇る。
 
『ジタンはさ…魔法って信じる?』
 
 夕焼けの中、手を引かれて歩いていた。その“欠片”の中の自分はまだまだ小さ
くて、それでも頼りない手で必死に掴んでいた。
 兄の手を握り続けて、いた。
 
『魔法?いつもお兄ちゃんが使う魔法のこと?』
 
 身振り手振りで、兄がよく修行で見せてくれる魔法を真似する。まだ未熟な自分
はまだ発動させる事なんてできなくて、当たり前な事にむくれて。
 
『違うよ。その魔法じゃなくて』
 
 こつん、と。細く白い指先が、幼いジタンの額をつつく。兄は微笑んでいた。向
日葵のような笑顔ではなかったが、白百合の花のようなほっとする笑顔だった。
 
『誰かを幸せにする魔法のことさ。全ての魔法は、自分や誰かを幸せにする為にあ
るんだよ』
 
 本当に、たったそれだけの記憶。記憶と呼んでいいのか、事実かも不確かな、妄
想かもしれないような−−景色。
 ジタンはその景色を、長い事信じる事が出来なかった。自分の知るクジャはいつ
も憎悪に満ちた眼で見てくるばかりで、あんな優しい顔など想像もつかなかったか
ら。
 今も。もしかしたら悲しい幻にすぎないのかも、と思う。あの憎しみから逃れた
いあまりにジタンが作り出した、身勝手な偶像ではないかと。
 それでも、信じたいと願う自分が確かにいる。自分は確かに弟して愛された事が
あったのだと。たとえ過去だとしても真実であると。
 
−−このままお互い逃げ続けても…辛いだけなんだ。
 
 自分が今から助けに行こうとしているのはクジャだけではない。今まで憎しみに
曝されてうずくまっていた自分自身でもある。
 真実を確かめる事で、自分は自分自身を救いに行く。
 
−−そしてもう、身勝手に一人で立ち向かったりも、しない。
 
 仲間を信じるという事は、振り返らず背中を任せるという事。後ろで戦ってくれ
る仲間の安否を気遣いすぎず、その存在を疑わない事。
 盲目になるのは違う。しかし、その心配をしすぎていつも身勝手に過保護な態度
ばかりとっていたら−−それは果たして信頼と呼べるのだろうか。
 答えはNOだ。
 
−−失うのが怖い。だけどそれは俺だけじゃないんだ…。みんなそんな恐怖を乗り
越えて立ってる。今度は俺の番だ。
 
 スコールが死んだ時の、胸が引き裂かれるような悲しみを思い出す。アルティミ
シアの悲痛な涙を思い出す。そのアルティミシアの前で死ぬしかなかったスコール
の無念を思い出す。
 あんな想いはもう二度としない。誰にもさせない。奇跡を起こすものがあるとし
たら、きっとそんな自分達の想いなのだ。
 一度死んだ筈の彼らの魂に命を吹き込んだのは、神様じゃない。無力な筈の自分
達人間。
 
「クジャ!」
 
 クリスタルワールドに辿り着く。兄はまだ無事だった。ガーランドと対峙してい
る。その周りを取り囲むのは圧倒的数のイミテーション軍団。しかしジタンは迷わ
ず飛び込んでいった。
 近付いてきたかりそめの魔女と虚構の兵士を、ストラサークル5で吹き飛ばす。
クジャがこちらに気付き、目を見開いた。
 
「ジ…ジタン!?どうして…」
 
 そこには普段の憎悪はない。というより、驚愕が恨み辛みに勝っている様子だ。
何故弟が此処に来るのか。そんな顔でこちらを見るので−−ジタンは叫んだ。
 届くように、ありったけの声で。
 
「助けに来たぜ、馬鹿兄貴!」
 
 うつろいの魔人のグレアハンドをかわし、ダイダルフレイムでカウンターを食ら
わす。気配が極端に薄いのが難点だが強い相手じゃない。一体一体確実に叩いてい
けば、繊滅できる。
「助けに来たって…何で…っ」
「いつも言ってるだろ。誰かを助けるのに理由は要らない!いや…」
 誰か、じゃない。
 確かにお人好しな自分は多分、目の前でピンチになっているのが赤の他人でも、
見ないフリができるほど器用じゃないが。今は、それ以上に大きな理由がある。
 
「あんただから、助けたいんだ!あんたが俺を憎んでたって…俺はあんたを憎んじ
ゃいない。家族を助けたい気持ちに言い訳なんかできねぇんだよ!」
 
 クジャの顔が一瞬、泣き出しそうに歪む。その彼に襲いかかる、偽りの勇者の剣。
大剣で薙払ったのは。
 
「いい事言うじゃねぇか、ジタン」
 
 隆々たる身体で、愛する者を護り続けて来た幻想。呆然とした面もちのクジャに、
ジェクトはニッと笑いかける。
 
「何で…何で何で何でっ!」
 
 さっきまでは泣き出しそうな顔だった。
 今はもう−−完全に泣き顔だった。クジャの菫色の瞳に、みるみる涙が溜まって
いく。
「何でっ…ほんと訳分かんないよ!僕はもうあんた達には要らないじゃないか!
…ジタンには仲間がいて…あんたは本当の息子と仲直りしてさぁ!身代わりはも
う要らないのにっ…要らないのに!」
「確かに俺ぁ今までクジャ、お前にティーダの姿を重ねていた」
 改めて言われ、傷ついた顔になる死神。だがな、とジェクトは続ける。
 
「…お前も、俺の本当の息子だと思ってきた。今も何も変わっちゃいねぇ。…ガキ
のピンチに駆けつけねぇ親が何処にいるよ」
 
 がしゅっ、とイミテーション達が切り裂かれる音。続いて爆発音。スコールが、
アルティミシアが、エクスデスが、バッツが、皇帝が。駆けつけたメンバー達が次々
と紛い物達を撃破していく。
 そうだ。自分達には共に戦う仲間がこんなにたくさんいる。誰もが大切な一人を
助ける為に、駆けつけた。
「悲劇の主人公気取りは見ていて気分が悪いぞ、虫けらめ」
「あなたは相変わらず口が悪いです、皇帝」
 呆れ気味に騎士の斧を放つアルティミシア。その隣ではエクスデスがファファフ
ァと笑いながらグランドクロスをブチかましている。
 
「お前が要らない存在だなんて、誰も思っちゃいないよ」
 
 ジタンはクジャの横に立ち、共にガーランドと対峙する。鎧の大男は動じる様子
もなく、その大剣を構えた。
 
「だから…一緒に闘ってくれ。…俺達と…俺と」
 
 一瞬戸惑ったが。やがてクジャは泣きぬれた顔で、小さく笑みを浮かべた。
 
 
 
 
 
Last angels <想試し編>
4-60・盗賊と死神の跡V〜
 
 
 
 
 
 −−被験体No.9、ジタン=トライバル。
 
 
 
 満十六歳。全てのものは、星の核たるクリスタルから生まれてクリスタルに帰る。
命の記憶は受け継がれ、星を豊かにしていく。そんな命の断りを人々が重んじ、信
じる世界に彼は生を受けた。
 この地に召喚された戦士達が、実は皆時間軸の大きく違う同じ世界の出身者であ
る事は前にも語ったが。その中で最も古い時代からやって来たのが、彼とクジャで
ある。
 ジタンの故郷は若き星、ガイア。ガイアは五千年ほど前に、異星人から侵略を受
けた歴史があった。超文明を築き、他星と融合して永遠の命を得るという“テラ”
の民。彼らはガイアを取り込むべく襲ってきたのである。
 しかし、その静かな戦いはガイアの勝利に終わり、取り込まれたのはテラの方だ
った。ガイアの星に封じられ、眠りにつかされたテラの民は、それでも長い間星を
奪い返すチャンスを狙っていたという。
 
−−最初はそんな古い物語は、御伽噺程度にしか思ってなかった。…まさか自分達
がその渦中にいるだなんて、思いもしなかったんだ。
 
 ジタンはそのガイアの星に生まれた。親はいない。四歳の時、リンドブルムに捨
てられていた孤児である。そこを旅芸人の一座“タンタラス”の団長バクーに拾わ
れ、十六まで育てられたのだ。
 タンタラスにはもう一つの顔がある。ジタンの二つ名からも分かるように、“盗
賊団”としての顔が。その並外れた行動力と器用さから、どちらの仕事でも才覚を
発揮。若くしてメンバー達にも一目置かれる存在となった。
 
−−俺は一体誰なのか。不安で不安で仕方なかった時もあったけど…仲間達はどん
な時も俺の事、温かく迎えてくれた。
 
 たとえ本当の故郷が別のどこかにあるとしても。自分には“いつか帰るところ”
がある。居場所がある。それがどれほどの幸福か、ジタンは幼くして理解していた。
 一生出自が判明しなくても構わない。皆と過ごし、役に立てるならそれでいい−
−そう考えていたジタンの人生をひっくり返したのは、一人の少女との出会いだっ
た。
 盗賊としての仕事で誘拐したアレクサンドリア王国王女、ガーネット。誘拐は彼
女自らの依頼だった。全ては義母・ブラネの侵略行為を止め、原因を突き止める為。
 彼女の力になりたい。そう思ってジタンが力を貸したのが、全ての始まりであっ
た。
 突然豹変した女王ブラネ。世界中を巻き込み、始まった戦乱。それはガイアに取
り込まれたテラの民が、ガイアを取り込まんと動き出した為だった。
 その先頭に立ち、世界中に災厄を撒き散らした者こそ。死神と呼ばれたクジャそ
の人である。
 
−−まさか、あいつが俺の兄貴だなんて。俺もあいつも…テラがガイアを乗っ取る
為に作られた人造人間だったなんて!
 
 ジェノム。テラの民の器として、テラの管理者・ガーランドに作られた存在。長
い尻尾はその証。ジタンはそれを知らされていなかった−−幼い頃、クジャに捨て
られた事によって。
 ジタンとクジャ。不思議な事に、二人の関係は、セシルとゴルベーザのそれに酷
似している。
 兄弟は、侵略者の一族だった。弟はそれを知らず、兄は知っていた。知っていた
兄は支配者の操り人形として戦乱を巻き起こした。
 そしてどちらの兄も、幼い弟を憎み、嫉妬し、遠き地で捨てた。その事を心の奥
底で悔やみ続けていた。どちらの弟も、最後には兄との和解を望んだ。
 クジャとゴルベーザの唯一の違いを挙げるならば、クジャはゴルベーザのように
ほぼ完全な洗脳下に置かれていたわけではないという点だろうか。
 運命は兄弟の道を二つに分け、敵対させたのである。
 
−−大陸の戦乱。クジャが呼び出してしまった永遠の闇との決着。全てを終えた時
…俺は絶望の中で一つの答えを見つけた。
 
 愛する人。愛する仲間達。自分には帰るべき場所がちゃんとある。きっと、兄に
も見つけられる筈。
 ガーランドに有望視されていたジタンを妬み、捨てた筈のクジャ。最後の最後で、
自らを犠牲にしてでもジタンを生かす道を選んだ。
 彼はジタンを憎んでいたけれど。同じくらい愛してくれていたのだと知った瞬
間。
 ジタンは迷わず彼に手を差し出していた。今度こそ兄弟として一緒に生きよう、
と。
 
−−貴方は、覚えてくれていますか。俺はどんな時でも、忘れきる事なんて無かっ
た。
 
 二人はまた、同じ道を歩む事ができるだろうか。
 
 
 
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独りぼっちで、泣いてた君に。

BGM
Be alive for XXX
 by Hajime Sumeragi