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−−被験体No.19、クジャ。
 
 
 
 満二十四歳。ジタンと同じく、感情を持ち、成長する特殊なジェノムである。
 本来ジェノムという一族は、テラの民がガイアを支配する為、その魂を受け入れ
る為の器として作られた存在だ。“特別製”のジタンは例外として、それ以外のジ
ェノムは感情もなく成長もしない−−その筈であった。
 しかしクジャは、生まれつき強い意志を持ち、人間よりやや遅いながら外見も成
長していった。それはジェノムとしては本来致命的な欠陥なのである。それゆえに、
彼の運命は生まれた時から歪んでいたと言っても過言ではない。
 全てのジェノムの父たる存在−−テラの管理者、ガーランド。
 その男を、クジャは父として慕っていた。クジャには“感情”という欠点こそあ
れ、素晴らしい魔法の素質を持っている。それを知ったガーランドは、クジャを特
別扱いして育てた。
 物心ついた時から、ガーランドを敬愛し従っていたクジャ。ガーランドの“特別
扱い”は、“自分は殊更大切にされている、期待されている”と誤解するには十分
だっただろう。実際はその真逆であったにも関わらず。
 ガーランドにとって、テラの復活と生命を循環させる事だけが全て。異端児でし
かないクジャをどう利用するか−−彼がクジャを育てた二十年以上の月日は、その
実験の為だけに存在していたのだ。
 その“教育”は十二分に虐待の域に入るだろう。純粋な暴力から、難関すぎる勉
学の強制、精神的な追いつめに折檻、言葉にするのもおぞましい扱いまで、全て。
 クジャの強すぎる意志がどのように変化するか、その力がどこまで成長するか。
ガーランドはあまりに苛烈すぎる“教育”でクジャを試し続けた。
 
−−僕は愛されてるから厳しい扱いを受ける。期待されているから虐げられる。…
そう信じなければ、耐えられなかった。
 
 父に必要として貰いたい。愛されていたい。その為に、過酷な環境に耐えていた
クジャ。その心に罅が入り始めたのは−−そう、弟ジタンが生まれてしばらくした
後だった。
 赤子で生まれ、人間のように成長していくジェノム。この子はお前の弟。お前が
親代わりになって世話をしなさい−−そう命じられ、その日からクジャはジタンの
“兄”になる。
 生まれて始めてできた、守るべきもの。愛しい家族。長年の虐待で荒み始めてい
たクジャを癒やしたのは、無邪気な弟の笑顔だった。
 クジャはジタンを不器用ながら精一杯愛した。手料理を食べさせてやり、魔法を
教えてやり、熱を出した時はつっきりで看病して。
 その日々は彼にとって紛れもない“幸福”であっただろう。だが、その日々が愛
しければ愛しいほど−−真実に裏切られた時の反動は大きなものになる。
 彼は知ってしまう。ガーランドに本当に期待されていたのは自分ではなく、弟ジ
タンであると。自分は欠陥品として、寧ろ疎まれていた事を。
 
−−愛されてるって、信じてきたのに。必要とされてないならどうして?何の為に
僕は今日まで生きてきたの?
 
 まだ幼いジタンを、憎んでしまい。憎んでしまった自分自身にクジャは絶望した。
ジタンは何も悪くない。悪くないのに、一瞬でも彼がいなければと考えてしまった。
あんなにも愛した弟を。
 壊れかけたクジャを支えたのは、弟の優しい言葉だった。絶望に涙を流すクジャ
に、弟は一緒に泣いてくれた。それが、クジャにとっての全てだった。
 たとえ父に愛されていなくてもいい。これからもどれほど虐げられても生きてい
ける。自分には、ジタンがいるのだから。
 けれど。
 
−−ジタンが尋ねた。その怪我はどうしたの、と。僕があの男につけられた傷を見
て。…それで、目が覚めたんだ。
 
 気付いた。気付かされてしまった。
 もしこのままあの男の元にいたら−−いずれジタンも自分と同じ目に遭うので
はないかと。自分のように、身も心も歪み切ってしまうのではないかと。
 自分の傷なら耐えられる。だけどジタンだけは。ジタンだけはなんとしても護ら
なければ。
 クジャは断腸の想いで−−決断した。自分にとって唯一の支えであり、命綱とも
言える存在であった弟を−−リンドブルムに捨てたのである。ガーランドから引き
離し、その暴力からジタンを護る為に。
 
−−身勝手だって分かってる。だけどそれが僕にとって最期の理性で…最期の愛の
証明だった。
 
 ジタンから離れたクジャは−−今度こそ完全に歪んだ。父への愛も弟への愛も、
過酷な環境の中で憎しみへと変わっていく。
 テラもガイアも関係ない。全部全部全部、壊れてしまえばいい。
 ガーランドの指示に従うフリをして、アレクサンドリアを中心に戦乱を巻き起こ
した。愛をくれず、自分を虐げたガーランド。将来を有望視され、幸せに育ってい
くジタン。そしてこの狂った世界の全てを恨みながら。
 嫉妬と憎悪がクジャを狂わし、その壮大な復讐劇が世界を巻き込んでいく。自ら
の命が、ガーランドせいであと僅かでしかない事を知り、その暴走はますます加速
した。
 そう−−真実を知ってなお立ち上がったジタンが、クジャを助けに来るまでは。
 
−−ジタンの大切なものを、たくさん傷つけたのに。ジタンは赦して、手を差し伸
べてくれて。それでやっと僕は…本当は憎んでたんじゃないって事、思い出せたの
に。
 
 戦いが終わり、二人が和解し。クジャの残り僅かな寿命が尽きようとした時−−
彼らは我々が統べるこの地に召喚を受けたのである。
 皮肉にも記憶を失い、再び敵同士。さらにクジャを待っていたのは、闇のクリス
タルの宿主に選ばれるという、残酷な未来である。
 ガーランドと同じ名前を持つ猛者。元いた世界でジェノムの父であった男の生ま
れ変わりである彼により、クジャは身体にクリスタルを埋め込まれた。
 鳥籠の中でも死。外に出ても死。逃れようのない地獄の中、それでも彼にもまた
奇跡が起こるのだとしたら。
 それはやはり、弟・ジタンの力なくしては有り得ないのだろう。
 
 
 
 
 
Last angels <想試し編>
4-61・盗賊と死神の跡Y〜
 
 
 
 
 
「…ねぇ、ジタン。キミだったら、どうするのかな」
 
 討伐を諦めたのか。いつの間にか自分達の周りから、イミテーション軍団もガー
ランドもいなくなっていた。
 クリスタルの光が真実を伝える。ジタンはただじっと、クジャの空っぽになった
ような独白に耳を傾けた。自分はその全てを聞かなければならない。それが分かっ
ていたから。
 
「教えてよ。守るべきものがすべて消え去ったら、キミはどうする?」
 
 その言葉が指すものが何か分からないほど、ジタンは無知では無かった。
 守るべきもの。地獄の中にいたクジャにとって、多分ジタンはその全てであった
のだろう。父の愛という、もう一つの守るべきものは既に失われていたのだから。
 それなのに。彼は守るべきものをあえて手放してみせたのだ。失わなければ、守
れないものもあると知っていたから。たとえ引き換えにどれだけ自分の心が砕け散
ったとしても。
 
「…消えない。どんだけ失ったって」
 
 ジタンはゆっくりと、自らが考え抜いた言葉を紡ぐ。
 
「人はみんな、いつか死ぬよ。出会ったその日に、いつか必ず別れが来る事も決ま
ってる。だけど…何もかも消えるなんて事、本当は無いんだ。だから…見失ってし
まっても俺は捜すさ。いなくなった大切な人が、繋いでくれた希望を」
 
 見えないけれど、見えるもの。
 見えるけど、見えないもの。
 それは必ず側にあると信じて、探し続けるだろう。出会ったたくさんの人達が教
えてくれた。
 ジタン=トライバルは、けして一人では無いと。
 
「そして今の俺は、まだ何も失っちゃいないからな。あいつらが俺の希望そのもの
だから。希望がある限り、オレは消えない。あいつらがいる限り、負けるわけには
いかないんだ。…自分にも、自分の中の絶望にも」
 
 振り向いた先。共にクジャを救う為に戦ってくれた仲間達を振り返る。
 バッツ、スコール、ティーダ、エクスデス、アルティミシア、皇帝、ジェクト。
少し前までは敵だった者達も、今は背中を預けて戦う事ができる。
 人は生きるたびに失うばかりではない、たくさんのかけがえのないものを得てい
く。
 
「…羨ましいな。キミの強さが。自分の無力さを知ってなお、キミの心は砕け散ら
ない…か」
 
 自分は無理だったよ、と。クジャはどこか寂しそうに笑う。
 それは遠い記憶の中、クジャが自分に最後に見せてくれた笑顔に、とてもよく似
ていた。
 
「お前も、信じればいいんだ。何か一つ、誰か一人。…それだけできっと強くなれ
る」
 
 裏切られ続けた者には難しい選択かもしれない。それでも自分は言いたい。
 信じられる人がいる。それはとても素晴らしい事なのだと。
 
「…なあ、クジャ。誰かを信じるってそんなに難しいことか?自分の心の眼で見つ
めれば、きっと真実だって見える…違うか?」
 
 自分の心の眼を信じて。その先にある“信じられる”何かを見つければいい。
 クジャは今でも、本当は兄としてジタンの事を愛してくれていると知れたから。
彼にならきっとできる。
 もう一回。誰かの手をとる事が。未来を信じて進む事が。
 
「…キミを捨てて。全部失った後は…ずっと思ってたよ。孤独な自分をごまかす為
に、人間達を見下してた。“他人を信じて…何になる?ひとりで何もできないから
…集まるんだろう?”ってね」
 
 悲しくも優しい死神は、俯き加減で呟く。
「だけど本当は分かってた。…他人を信じられないんじゃなくて…裏切られる事に
勝手に怯えてただけ。他人を疑う事しかできない自分を、僕は一番信じられずにい
たんだって」
「誰だって多かれ少なかれ、そう思ってるさ。…俺だってずっと、そうやって怯え
てたしな」
 過去を恐れて、自らすら疑った自分がいた。仲間を心配しすぎて、信じられなか
った自分がいた。
 
「でもみんな、いつか気付くんだ。信じてれば、自分の道だって見えてくるって」
 
 信じて、待っていてくれる人がいる。だから自分は、どんな試練にも立ち向かえ
る。 今までも、そして、これからもきっと。
 
「少なくとも…クジャ、お前を信じて助けたいと願ってる奴が今、此処にいる」
 
 座りこんでいるクジャへと手を差し出す。自分達がいつか同じ場所に帰れるのな
ら。その時は今度こそ、二人で手を繋げるように。
「それとも、オレの助けじゃ物足りないか?」
「…馬鹿だね、本当に。昔から全然変わらないんだから」
 クジャの顔が泣き出しそうに歪む。
「僕はまた、キミを傷つけるかもしれない」
「何度でも来い。…たくさん喧嘩しようじゃないか。せっかく兄弟なんだからよ」
「…ほんと、馬鹿」
 震える指先が、怯えるようにジタンの手に触れ。その手をジタンは力強く引き上
げた。
 
「帰るのは、同じ場所だろ。なあ、兄貴」
 
 自分達はもうとっくの昔に、手を繋ぐ事ができていた。それを思い出せたのだか
ら、もう何も恐れる事なんてない。
 一緒に運命に抗おう。
 二人なら、きっとできる。
 
 
 
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BGM
Requiem for XXX
 by Hajime Sumeragi