庭先から、幾つもの足音。それが敵意あるものでないことが、気配に敏感な
ティナにはすぐ分かった。
 仲間達が帰って来たのだ。
 
「お帰りなさ…あれ」
 
 嬉々として扉を開けると、困惑したような顔がちらほら。何やら出かける前
よりかなり人数が増えている。
 
「え…えっと…」
 
 どうしよう、どう対応しようという態度でクジャがチラチラと隣のジタンを
見るので−−何だかおかしくてつい吹き出してしまう。
 クジャ以外にもアルティミシアにエクスデスと、今まで敵だった者達も何人
かいる。しかし真実を理解した今、ティナに彼らを毛嫌いする理由は無い。
 だから改めて、言った。
 
「お帰りなさい」
 
 自分達はみんな、仲間だ。同じ運命を共にし、同じ運命に抗う仲間なのだ。
その意味をこめて微笑む。
「そんなとこ突っ立ってんなよ。さっさと上がれって」
「あ、フリオニールいつの間に」
 クジャの後ろからひょこっとティーダが顔を出す。ティーダが出て行くのと
入れ違いでフリオニールが戻って来たのだ。正確には皇帝に待機するように命
じられたせいだが。
 カオス陣営はまだ遠慮がちだったが、再度ティナとフリオニールが促すと、
屋敷に上がり始める。なんだか新鮮な光景だなぁ、とティナは紅茶の用意を始
める。
 そろそろみんな帰って来る頃だと思って、クッキーを焼いておいたのだ。み
んなが気に入ってくれればいいのだが。
 
「あ、ちょっと静かにしといてね。オニオンとケフカお昼寝中。暗闇の雲が寝
かしつけた」
 
 しーっ、と居間で寛いでいたセシルがジェスチャーする。
「結構疲れてたみたいだからそっとしといてあげてね。寝る子は育つって言う
し」
「ケフカ三十五歳だろ…」
「中身子供だからいーの、野暮なこと言わない」
 クラウドの呆れ顔のツッコミを軽く流す。さすがセシルだ。
 確かに、オニオンもケフカも激戦のダメージが抜けきっていないのだろう。
まあ、彼らの“疲れてる”は、さっき盛大に枕投げ大会をやらかしていたせい
もあるだろうが。怪我人だということを、本人達が一番忘れている。
 そんな彼らの扱いに妙に慣れてるのが暗闇の雲。喧嘩に発展しけた双方をピ
シャリと叱って寝かしつけた。もう完全にお母さんポジである。
 
「部屋に引っ込んでいる暗闇の雲とケフカとオニオン以外は…ここにいるの
が全員なのか?」
 
 エクスデスが緩慢な動作で周囲を見回す。
 
「ゴルベーザはまだコスモスの所に行っている。だから屋敷にいるのはこの十
五人で全員だろう」
 
 人数分の皿を用意しながらセフィロス。この辺り、彼は気が利く。−−あま
り器用でないのか、たまに皿を割るのは置いといて。
 居間に揃うメンバー。
 フリオニール、皇帝、セシル、バッツ、エクスデス、ティナ、クラウド、セ
フィロス、スコール、アルティミシア、クジャ、ジタン、ティーダ、ジェクト。
 ゴルベーザと、部屋で休んでいる三人を除けばあといないのは二人。
 コスモスとカオス、両陣営のリーダーだ。
 
「これであの二人以外全員が、クリスタルを手に入れたわけだが」
 
 一番面倒なペアが残ったな、とスコールが溜め息をつく。
 面倒。確かに。ライトはあれでいて思いこんだら一直線タイプ。つまりは頭
が堅い。本当の敵がカオスではないと告げても、そう簡単に受け入れられるか
どうか。
 何より問題はガーランドだ。あの男は今まで皇帝派の動きを妨害し輪廻を継
続させてきた筆頭である。他の誰が離反しようと彼だけは首を縦に振るまい−
−現状維持こそ彼の望みなのだから。
 
「一番厄介なのは、ガーランドが完全に“逃げ”に入ることだ」
 
 ティナの入れた紅茶を飲みながら、皇帝が苦い顔で告げる。
「我々にクリスタルを手に入れさせたくないなら、光の戦士を潰すより簡単な
方法がある。…奴が光の戦士と戦わないことだ。あの二人があいまみえなけれ
ば、クリスタルはいつまで経っても出現しない」
「そりゃ言えてる」
「極端なことを言えば…ガーランドに自殺でもされようものなら我々は打つ
手がない」
「な…!?
 爆弾発言に、一同に動揺が走る。ティナに至っては危うくクッキーの入った
バスケットを落としかけた。いくらなんでも−−そこまでするだろうか。
 だがそんなティナの考えを余所に、アルティミシアが暗い顔で呟く。
 
「やりかねませんね…あの男なら。一度死しても、輪廻とともに蘇るのがこの
世界です」
 
 カチャン、と紅茶のカップが固い音を立てる。静まり返った屋敷にその音は
思いの外大きく響いた。
 まるで不吉な鐘の音のように。
 
「そうでなくともガーランドは神竜に誰より心酔している。神竜が命じさえす
れば、命など容易く投げ出してみせるでしょう」
 
 どうやらアルティミシアや皇帝は、自分達も知らない情報を握ってそうであ
る。考えてみればたった二人で、運命に抗ってきたのだ。積み重なる悲劇の記
憶にも耐えながら。
 当然、運命を破る為にあらゆる手を尽くしてきた筈である。
 
「…オニオン達は寝てるけど…まあ後で知らせればいいか。とりあえず情報交
換といかない?そのへんの話、詳しく聞かせて欲しいな。君達がクリスタルを
手に入れた時の話も含めて、ね」
 
 セシルの言葉に、異論のある者はいなかった。
 
 
 
 
 
Last angels <想試し編>
4-62・勇者と猛者の楽T
 
 
 
 
 
「“ケルベロス”?」
「ええ。…彼ら三人を、私達はそう呼んでいます」
 コスモスは躊躇いがちに口を開いた。
 
「ガーランド、ガブラス、シャントット。…彼ら三人は神竜に長く仕え、巡る
輪廻を監視し正常に保つ役目を担ってきました」
 
 ゴルベーザは彼女と共に、星の体内エリアへとやって来ていた。記憶の保管
庫は、コスモスがさらに厳重な結界を施して、さらに入口を隠したようだ。今
度はたとえあの淑女でもそう簡単には破れまい、と彼女は言う。
 
「三人ともが元からその役目であったわけではありません。ガーランドは…お
そらく、この世界が始まった当初から神竜の僕だったのでしょう。しかし、あ
との二人は違うのです」
 
 黒陽石のごとく鈍い輝きを放つ岩場に、コスモスは腰掛ける。何かを憂うよ
うに。
 
「シャントットもガブラスも…とても魂の清らかな、心優しい戦士でした。で
ももはやそれを覚えているのは…私とカオスだけ、なのでしょうね」
 
 彼女は語る。この世界。秩序軍と混沌軍。今のメンバーで戦いが始まる−−
それよりさらに前の物語を。
 
「だけど…繰り返される悲劇の記憶を背負い、生き続けるには限界がありま
す。彼らは優しすぎた」
 
 シャントットは秩序軍として。ガブラスは混沌軍として。神に仕えて戦える
ことを光栄に思い、理不尽な世界にも屈せず抗い続けたという。この戦いの無
意味さを知らぬまま−−いつか本当に決着をつけることのできる日が来ると
信じて。
 だが。当時コスモスもカオスも、戦士達の記憶を封じる事をしなかった。そ
れがどれだけの意味を持つか、気付いた時には手遅れだったのだ。
 異変はゆっくりと、しかし確実に戦士達を蝕んでいく。二百年ほどが過ぎた
頃だったか。ある戦士が気が触れて、仲間を殺した。その戦士は翌日には、こ
の世界のどこにもいなくなっていた。
 失踪したのではない。この世界から逃げる方法などありはしないのだ。コス
モスとカオスは見ていた−−その戦士が、突如現れた謎の水晶の人形に襲われ
−−消滅していったのを。
 それが、自然発生した最初のイミテーション。魂が砕け散った者に未来はな
い。戦士は光にも闇にもなれず、狭間の世界へと生きたまま溶かされてしまっ
たのだ。
 そうやって一人、また一人と戦士達が消えていく。戦士達が消えるのに反比
例してイミテーションの数が増えていく。
 最終的に。狭間に溶けずに済んだのは三人。神竜に仕えてその加護を受けて
いたガーランドと、強い精神力で耐え続けたシャントットとガブラスのみだっ
たそうだ。
 
「二人は最後まで狭間に溶けなかった。だけどその強さが、神竜に目を付けら
れる結果になって…」
 
 ギリギリまで弱った精神に。神竜の術に耐えるだけの余力は無かったのだと
いう。
 ゴルベーザは目を見開いた。てっきりシャントットもガブラスも、望んで神
竜に仕えているものと思っていたのに。その物言いでは、まるで。
「まさか…あの二人は…」
「察しの通りです、ゴルベーザ。神竜に望んで付き従っているのは…ガーラン
ドのみ。あとの二人は、洗脳されているにすぎないのです。私は…彼らを救え
なかった…」
 コスモスの苦悩に満ちた顔が物語る。全てがまごう事なき真実である事を。
 
「シャントットは言いました。心を失うその直前に…私の前に現れて」
 
『…いいですこと、コスモス。まがりなりにも貴女はわたくしの主だったので
す。これだけは忘れてはなりませんことよ』
 
「どんなに残酷な世界でも、捨ててはならないものがあるのだと」
 
『未来は、力づくで奪い取るものですわ。望みがあるなら、自分から迎えに行
きなさい。開くのを待っているだけでは扉は閉じたまま…。未来を願うなら、
その手でこじ開けてみせなさいな』
 
「道を切り開く志を、忘れてはならないのだと」
 
 膝の上で、女神はぎゅっとその手を握りしめる。
 
「…彼女達が…命懸けで教えてくれたこと。危うく私は無駄にするところでし
た」
 
 そして、キッと顔を上げる。
「礼を言います、ゴルベーザ。未来を切り開かんとする貴方達の強さが、私を
悪夢から目覚めさせてくれたのです」
「私は何もしてないさ」
 それは本心だった。自分も結局は何も出来なかった。
 神の魂すら揺り動かしたのは他でもない、とびっきり諦めの悪い連中が揃っ
ていたからこそ。
 
「しかし…分からんな。シャントットとガブラスはそれでいいとして…ガーラ
ンドは何故そうまでして神竜に従うのだ?」
 
 ゴルベーザの知るガーランドという人物は。一見戦闘狂に見えるが、実際の
ところ喧嘩っ早いわけでも浅はかなわけでもない。
 元はどこかの王族に騎士として仕えていたらしい、と聞いて納得したもの
だ。洗練された戦い方もさながら、一般常識にも長け、アンフェアな手段を嫌
う。ある方面から見れば紳士的と言っても過言でない。
 そんな彼が、神竜に心酔する訳とはなんだろう。彼は知っている筈だ、同じ
“ケルベロス”の二人が卑怯な手で配下に置かれている事を。
 なのに、一体どうして。
 
「ガーランドについて…私も知る事はさほど多くはありません。彼が戦士達の
中で最古参であること、神竜に何かとても多くの恩があるらしいこと…。それ
以外に私が理解しているのは、たった一つだけ」
 
 彼女は眼を閉じ、一つ息を吐いた。何かを思い出すかのような仕草で。
 
「彼は…真の意味で、ウォーリア・オブ・ライトの対を成す存在であり。混沌
の化身たる男神、カオスの真の後継者」
 
 驚愕する魔人に、女神は続けた
 
「いわばガーランドとカオスは、同一人物と言っても過言ではないという事…
それだけです」
 
 
 
 
NEXT
 

 

誰かの手で転がされる、人生ゲーム。