落胆のため息なんて、そうそう他人に見せるもんじゃない。それが分かって いるから、クラウドも差し控えた。その程度の配慮をするくらいには大人なつ もりでいる。
「つまり」
ソファーに深く沈み込んで確認をとる。 「ガーランドがあの“ケルベロス”の中で最古参なことと、神竜に恩があるら しいこと…くらいしか分かってないんだな?」 「残念ながらな」 正面に座る皇帝はまた一口紅茶を啜る。ティナの入れてくれたダージリンが かなり気に入った様子だ。
「ただ、奴の性格からして…本来卑怯な手は嫌う筈だ。また、宿敵とのサシの 勝負にこだわりがある。…クリスタル入手阻止の為とはいえ、ライトと戦えな いのでは…本心では面白くないのだろうな」
確かに。クラウドは今までの世界の記憶を掘り起こす(といっても、自分と ガーランドが戦う機会はそう無かったのだが)。 カオスのリーダーだけあって、その威圧感は半端じゃない。パワーにスタミ ナ、打撃系の攻撃はピカイチだろう。だがそんな彼がイミテーションをぞろぞ ろ連れて襲ってくるのは想像がつかない。
「そもそもさぁ、あいつら本当に、俺達にクリスタルを手に入れて欲しくなか ったのか?」
ジタンからイチゴ味のクッキーを奪い取り、口をもごもごさせながらバッツ が言う。
「それにしちゃ対応が中途半端だよな。大体、ティーダがクリスタルを手に入 れるくらいまで、何にもして来なかったって間抜けじゃん」
彼の言う事は最もだ。カオスとコスモスが争うフリをして手を組んでいる− −疑いにくい話であるにせよ、いくらなんでも気付くのが遅すぎではないか。 奴らが妙な妨害を始めている、それは確か。イミテーション以外に、バッツ が遭遇した“アナザー”の件もある。しかし目的はクリスタルではない?
「クリスタルというより、我々の記憶を封じておきたいのだと…そう思ってい たけれど」
何かを考えこむ仕草をするセフィロス。壁によりかかって腕を組み、俯き加 減になる癖は−−かつてクラウドが慕っていた頃と何も変わらない。 なのにそんな彼を自分は−−。 いや、よそう。今は後悔に溺れて墜ちている時じゃない。 「いつかの世界で。私がイミテーションを大量な率いて、コスモス陣営のホー ムに攻め込んだ時の事は覚えているか?」 「ああ…あれか」 お世辞にもいい思い出とは言えない。特に暴走行動を起こして仲間を手にか けたクラウドとセシルは、痛いところだらけだ。 どの世界も惨劇悲劇のオンパレードだったが−−あの世界が一番キツかっ たかもしれない。
「俺があんな賭に出た理由の一つ…。あの時俺達はガーランドの側についてい たからな、指示の出どころは分からないが…早い段階でオニオンナイトとバッ ツを消せと命じられていたせいだ。その二人を消す為に、めくらましもかねて 大勢で攻め込んでいった」
バッツとオニオン?何故この二人だけ? 名指しされた一人であるバッツは困惑したように英雄を見る。
「何故この二人を早々に消したがったか?理由は…記憶。二人はガーランド… ひいては神竜にとって不利益な事実を知った。それを思い出されて第三者に話 されては困るから、その前に退場させたかったんだろう」
何より優先して口封じをしたいほど、不都合な記憶。それは一体何なのだろ う。セフィロスはその内容まで知っているのだろうか。 尋ねると彼は、“その前に”、と玄関の扉の方を指した。
「お前達のリーダーのお帰りだ」
ティナとジタンが真っ先に飛んでいく。予想だにしていなかった光景−−コ スモス陣営とカオス陣営が仲良く茶を飲んで語らってる姿−−に面食らって か、帰宅した勇者はポカンとした顔になっている。 その様子があまりに子供っぽいので−−クラウドはついつい吹き出してし まった。
Last angels <想試し編> 〜4-63・勇者と猛者の楽園U〜
説明はして貰ったが。ライトはそれでも思う−−自分は夢でも見てるんじゃ ないかと。 ソファーの上で堂々と寛ぐ皇帝。その隣にはアルティミシアの姿が。そのア ルティミシアの姿を見咎める気配もないスコール、壁に寄りかかって立つ彼の 近くには同じく立ってこちらを見ているセフィロス。 ティナを手伝ってクジャは厨房を出たり入ったりしているし、ジタンとバッ ツとティーダは恒例のおやつ争奪戦を繰り広げている。 棚の上の観葉植物に水をあげるフリオニール、彼に横からアドバイスするエ クスデス。こんな景色を目にする日が来るなんて−−何故想像できただろう。 自分達は、どちらかが死に絶えるまで戦い続けなければならない宿命。秩序 と混沌は永遠相容れない敵同士。そう教えられてきたし誰もがそう信じていた だろうに−−。
「ビックリしてるね、ライト」
ポカンとして椅子に座っているライトに、セシルが紅茶を差し出してくれ た。ダージリンの仄かな香りが心を落ち着けてくれる。 「無理もないか。ずっと一人でいたんだし…。僕もちょっと前まで考えもしな かったよ。カオスとコスモスが手を取り合う日が来るなんて」 「そうか。…そうだな」 紅茶を一口飲む。とりあえず、寛いでも問題のない状況らしい。そう判断し て重たいカブトを脱いだ。 まだ混乱しているが、セシルやクラウドが現在の細かな状況を説明してくれ た。この世界が約百年もの間同じ時間を繰り返していること。記憶の秘密。こ の世界を支配する真の存在、神竜。 神竜こそが真に倒すべき相手であり、カオス軍とこれ以上争う必要はないと いうこと。他の仲間達は既にクリスタルを手に入れ、宿敵と和解したこと。 神竜に仕えるケルベロスと呼ばれる三人の配下。うち一人がガーランドであ り、ライトに光のクリスタルを入手させない為あらゆる手を打って来るだろう こと。 ガーランドは神竜に恩義があって仕えているらしいこと。神竜の為ならば命 すら投げ出しかねないこと−−などなど。 「で…えーっと…どこまで話してたっけ僕達」 「バッツとオニオンの記憶について、だ」 「ああ、そうそう。ありがとクラウド」 セシルは椅子に座り直し、再び真剣な顔になる。 「僕達が、輪廻の存在を自覚できなかったのは…コスモスが僕らの心を守る為 に記憶を消してたから。これはもう話したよね」 「ああ」 「だから普通に生活してるだけなら、記憶は戻らない筈なんだ。二つの例外を 除いて、だけど」 記憶封じのリミッターが外れる条件は二つ。セシルは二本指を立てる。 一つは今回の世界のように、コスモスが光のクリスタルを解放した場合。光 のクリスタルは彼女の力そのものであり、彼女が封じてきた戦士達の力の結晶 でもある。宿敵の闇と光を受け入れ、互いに真正面から向き合った時に出現し、 戦士達は記憶の一部を取り戻すのだという。 もう一つの条件は不可抗力。精神に過剰なストレス−−仲間の死や自らが死 ぬ寸前まで追い詰められるなど−−に晒され続けると、コスモスの記憶封じの 力が弱まりやすくなってしまう。それでまた記憶が戻ればさらに精神に負荷が かかり、発狂率がハネ上がる−−ようは惨劇フラグだ。
「どっちにしても、記憶が一時的にだが戻る。…中には、輪廻に纏わる重大な 記憶まで思い出す可能性があって…だからあっちも焦ってるんだと思う」
うまく説明できなくてごめん、とセシルは苦々しく笑う。 「で、実際。僕達はクリスタルを手に入れるまでに、ガーランドや神竜が送り 込んだとされるイミテーション軍団に妨害を受けた。クリスタルを手に入れて 記憶を取り戻されると困るからじゃないか…ってみんなで話してたわけ」 「なるほど」 連中は記憶を取り戻されたくない。そう仮定すれば、辻褄が合うという事だ ろう。 では奴らが取り戻して欲しくない記憶とは一体何なのか。ガーランド達の行 動理念は全て“神竜の為”だと予測される。その神竜の望みは多分、この輪廻 を継続させること。 ならば自分達の持つ記憶の中には、“神竜の安全を脅かしかねないもの”や “輪廻継続を阻害するもの”の情報が含まれているかもしれないという事にな る。
「…流石ウォーリア・オブ・ライト。…的を射ているな」
考えを話すと、セフィロスが腕を組み直して告げた。 「いくつか前の世界で、俺達が先んじて殺すよう命じられた二人…バッツとオ ニオン。二人はかつて、神竜と輪廻に関わる重大な事実を目撃している。その 記憶が戻れば奴らも困る…そういう事だ」 「重大な記憶?」 「例えば、バッツ」 名指しされ、ジタンとふざけあっていたバッツがピタリと動きを止める。さ すがにシリアスな空気は読んでいるようだ−−少々遅いが。
「ある世界で…今までにない事故が起きた。…粛正の後に、生き残る人間が現 れたのだ」
セフィロスいわく。世界を巻き戻す直前に、神竜は“粛正の光”を世界に放 ち、この世界に存在する一切の生命を刈り取るのだという。それは今代の戦士 であるガーランドすら例外ではない。一度全ての戦士が死ななければ、時間を 巻き戻す事ができないそうだ。 粛正の光を浴びれば、誰一人生き残れはしない筈だった。にも関わらず、偶 発的な事故によりバッツが生き残った。彼らにとって最大のアクシデントに違 いない。 神竜の判断を仰ぐべく、シャントットとガブラス(彼らは今代の戦士ではな いため、粛正の対象外である)がバッツを神竜の元に連れて行った。つまりそ の時、バッツは神竜の姿を見ているのである−−秩序と混沌を戦わせ、終わり 無き闘争を続けさせていた存在を。 その存在を知られるだけでも面倒だっただろう。しかしその上にさらに大き な問題が彼らにはあったのだ。
「シャントット達はバッツを神竜の元へ連れて行った…。つまり、神竜の棲む 祭壇への道順を、バッツが見ていた可能性があるのだ。…記憶が戻って万に一 つそれを思い出されたら、神竜に危害が及ぶかもしれない」
納得する。それでは、バッツを早く消しておきたいと彼らが危ぶむのも無理 からぬ事だ。 「じゃあ、オニオンの方は…」 「それについては僕が自分で話すよ」 「!」 奥の部屋のドアが開いて、子供が顔を出した。オニオンはやや青ざめ、しか し真剣な表情で自分達を見ている。 その後ろには、心配そうに彼を支える暗闇の雲の姿が。
「オニオン…大丈夫なの?無理しちゃ、ダメだよ?」
ティナが不安げに言うが、少年は大丈夫だから、と微笑む。 無理をする、というのは精神的な意味でも身体的な意味でもあるのだろう。 その表情を見ればなんとなく分かる。
「……思い出したい話じゃない。でも、ライトさんには僕から話さなきゃいけ ないと思う。…“契約者”と呼ばれるものについても」
僕のせいなんだ、と。オニオンは苦痛に満ちた顔で言った。真っ直ぐ、ライ トの眼を見つめて。
「この百年…。僕が、ライトさんを殺してきたようなものなんだ。だって貴方 は、僕の代わりに闇のクリスタルに選ばれてしまったんだから」
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ニヤニヤしながら、振られる賽。