真実が何処にあるかは分からない。 だが一つ確かな事がある−−自分はガーランドに、それを確かめなければな らないという事だ。 ライトは、膝の上で両手を握りしめる。それは悲しみなのか、憤りなのか。 ただ、やり場の無い感情だけが胸の内に渦巻いている。
「私はこれでも…ガーランドという男の事はそれなりに理解しているつもり だ」
オニオンとティナの涙ながらの告白。それを聞いての、ライトの結論。
「奴は戦いの喜悦に身を堕とした修羅かもしれない。しかし、奴には奴なりの 騎士道があり、卑怯な手を嫌う。宿敵には真正面から、正々堂々と勝負を挑む …」
圧倒的優位でも。彼はサシでの決着にこだわり、味方の援護をよしとしなか った。それがガーランドという男だと−−ずっとそう思っていた。 だが。 「ガーランドのそんな気質については、私もそれなりの評価をしていたが。… まだ幼いオニオンにした非道は…とても赦せるものではない」 「ライトさん…」 オニオンの顔が苦しげに歪む。一度心に刻まれた深い傷はそう簡単には消え ない。 そしてそのトラウマは、自分とガーランドのせいなのだ。ライトはガーラン ド以上に、己の浅はかさが憎かった。 今の今まで気付かなかったなんて。自分が傷つく事で、仲間さえも傷つける 結果になるなんて。 オニオンはどれだけ痛かっただろう。 ティナはどれだけ苦しかっただろう。 多分、他の仲間達だって。
「オニオンの件だけじゃない。…奴はこの非道な輪廻の継承に荷担してきた。 正直、失望していないと言えば…嘘になる」
奇麗事かもしれないが、思うのだ。闘いとは、何かを護る為のものでなくて はならない。確かにその過程で誰かを傷つけてしまう事もある。だが。 誰かに傷を与える事が−−殺し合いそのものが、目的になってしまったら。 それはどれだけ悲しい事だろう。
「……しかし。それでも尚思う。あのガーランドがそれだけの事をしなければ ならなかった理由が、必ずある筈だと。私は直接問いたい。何故自らの信念を 曲げてまで神竜に荷担するのか、そして…」
今こそ。 目を逸らしてきた現実に立ち向かう時。
「お前が戦う意味は、何なのかを」
決意に顔を上げる時だ。
「…あんた、本当に強いな」
スコールが少し、声色に苦いものを滲ませて言う。それは悔恨か、後悔か、 はたまた別のものかは分からないが。 「俺は…そこまで辿り着くのに、受け入れるのに随分時間がかかった。何人も の人の手を借りた。なのにあんたは…」 「私が一人で立っているように見えるなら、それは誤解だな」 前々から思っていたが、どうにも自分は皆より一段上の存在だと見られがち らしい。光の戦士、なんてご大層な称号のせいか、自分の性格に問題があるの か、またはその両方なのか。
「私は弱い…ちっぽけな人間だ。一人で何もかも背負えると思い込んでいた。 自分の身を挺して何かを庇う事が、護る事だなんて甚だしい勘違いをずっとし ていた」
記憶は戻ってないが、分かる。自分が何故オニオンを庇って、契約者になる 道を選んだか。簡単だ。それで彼を、仲間を護れると思い込んだから。 なんて愚かなんだろう。 護れてなんて、いなかったじゃないか。あのオニオンやティナの涙が意味す るところは何だ。自分が彼らの心に癒えぬ傷を刻んだ証に他ならないではない か。 きっと。その件以外でも自分はみんなを傷つけてきたに違いない。身勝手な 自己犠牲。それは全て、未来を恐れる自分をごまかす無意識の自殺願望ゆえの もので。 自分の為でしかないもの。仲間の為、仲間の為と言いながら、自分の事しか 考えてなかった。
「オニオン。みんな。…本当にすまなかった」
こんな偽善者のリーダーだけれど。 先の見えない未来を恐れるばかりの臆病者だけど。
「もしこんな私でも…まだ信じてくれるというのなら」
その赦しを、資格を得られるのなら。
「協力して欲しい。全ては…生きる為に」
仲間達が皆、それぞれの色の視線を向けてくる。涙を滲ませながらも、ティ ナが微笑む。オニオンが小さな手で袖を掴む。バッツが力強く頷く。スコール が無言で強い眼差しを向ける。セフィロスの瞳が静かな闘志を湛える。皇帝が 何も言わずに立ち上がる。 皆がそれぞれの方法で意志を示してくれる。一人一人の優しさと強さで。 「…恩に着る」 「相変わらず堅苦しいなぁ、ほんと」 「まったくだぜ。なぁ?」 クジャが肩をすくめ、ジタンが同意する。そこかしこで笑い声が上がる。 この一瞬一瞬を、全力で生きる為に。自分には自分がすべき事が、自分にし かできない事がある。 ライトはキッと、覚悟を決めて顔を上げた。
Last angels <想試し編> 〜4-65・勇者と猛者の楽園W〜
コスモスが知っていたなんて。 ガーランドはどこか呆然とした面持ちで、彼女の言葉を反芻する。 カオスとコスモス。彼らの存在を、戦士達の多くは“世界を統べる絶対神” である理解していただろう。神という名は安くはない。その力の強大さを見せ つけられれば、崇拝して寄りかかりたくなる気持ちも分かる。 だから。てっきり本人達ですらそう思い込んでいるものと思っていたのに。 何故なら、彼らもまたある程度は記憶を封じられている。先代戦士達の始ま りの世界より前の事は彼らにさえ分からず、自分達がいつから神として君臨し ているかも知らない筈なのに−−。 いつから、気付いていたのだろう、彼女は。自分とカオスに“後継者”とい う名の代用品がいる事に。 自分達もまた、使い捨ての駒にすぎないという事に。
−−その絶望を知ってなお、立ち上がったというのか。
右を見ても左を見ても希望が見えず、光も闇も存在しているか怪しい−−こ んな場所で。
−−傍観者をやめる事を、決意したというのか。
それが−−偽りの神としての最後のプライドだとでも?
−−…理解、できんな…わしには。
いや。コスモスだけではない。“理解できない”のはもっと前からだ。 皇帝達は。何度運命を前に地に伏せても立ち上がり、鳥籠からの脱却を図り。 それ以外の者達も記憶は無いとはいえ、何度無残に散っても生きる事を諦めな かった。 諦めてしまえば、楽なのに。 確かに自分や神竜の目的を考えれば、簡単に諦められても困る。戦いに無気 力になられたら、目的が果たせなかった。だがそんな思惑を抜きにしてただ、 純粋に疑問に思うのである。 彼らは何故、運命に屈しないのか、と。 今だってそう。状況は絶望的だ。真の敵が神竜だと分かったから、記憶を引 き継げたから、力が蘇ったから−−それがどうした? どう足掻こうと連中の力では神竜に遠く及ばない。倒せたところで契約者の 身体と魂に埋め込まれた闇のクリスタルをどうにかしない限り神竜は復活す る。ましてやその契約者を救うなんて真似できよう筈もない。 それでも根性で諦めないなんて精神論は続きはしないのに。
−−そろそろ…行くしかない、か。
いずれ終わる世界なら。せめてライトと真正面から決着をつけたかったのが 本音。本能だけではなく、心が叫ぶのだ。彼との戦いこそ自分が求めていたも の。 そして彼と真正面から向き合う事ができたなら−−自分を縛っていた“最初 の輪廻”からは解放されるかもしれない。あの世界ではどう足掻いても出なか った答えが出るかもしれない−−と。 今となっては、叶う筈もない願いだけれど。
−−わしは直接手出しはできない。だが。
イミテーションを呼び出す。虚構の兵士、幽玄の道化、たわむれの盗賊−− etc。紛い物達は虚ろな瞳で召喚主たるガーランドを見つめ、跪く。
−−せめて貴様の最期は、この目で見届けてやる。
それが自分の、せめてもの情けだ。
ハッとした様子で、気配に敏感な何人かが顔を上げる。 その中の一人であるティナは、涙を拭い、窓の側へと歩み寄った。
「来るね。城攻めってヤツかい?」
クジャの厳しい声が後ろから聞こえる。 「今度はちゃんと魔力の気配があるッスよ。しかもいっぱい」 「つまり、神竜ではなくガーランドの手管という事だな」 ティーダが、エクスデスが立ち上がる。振り返り、ティナは頷いてみせた。 時間が経つにつれ魔力察知が得意でない面々も分かるようになってきたのだ ろう、一様に窓の外を睨みつけている。
「始まるみたいだね〜お祭りが」
“騒ぎ”の気配を嗅ぎつけてか。眠っていたケフカも起き出してホールに出 て来た。 「大暴れ?大暴れしていいんですか〜?」 「不謹慎な事言うなよケフカ」 「堅い事言わないで下さいよ〜」 どこか楽しげですらある道化に妖魔が釘を刺す。
「しっかしねぇ…見たとこザコばっかじゃないの。お山の大将は…来てるみた いだけどあーんな遠くでふんぞり返っちゃって。つまらーん!!」
お山の大将−−ガーランドの事か。 ケフカの言葉は正しいようだ。ガーランドは確かに来てはいる。しかしイミ テーションの群の向こう−−随分離れた場所で待機しているではないか。 戦いとなれば真っ先に飛び出していく戦闘狂の彼らしくない。 それは自らの信念をねじ曲げてでも神竜の為に尽くしたいという、彼の心の 表れなのか。
「ライトさん、どうしますか?」
どのみちイミテーションとは戦わなければならないだろうが、ガーランドが 出て来てくれないと意味がない。ティナが当事者であるライトに指示を仰ごう とした、その時だ。
ガタン。
ドサッ。
椅子と、 何か重いものが倒れる音、が。
「ら…ライトさんっ…!!」
床に、横倒しの姿でライトが倒れていた。その顔色は真っ青。身体を抱きか かえるようにして丸め、苦痛の呻きを漏らしている。
「ま…まさか…」
アルティミシアの声に被るように、勇者が激しく咳き込んだ。床に、真っ赤 な飛沫が飛ぶ。 まさか。 契約者としてのタイムリミットが−−。 「かはっ…」 「−−っ!」 クジャとセフィロスが、ライトと同じようにうずくまる。 決定的だった。ついに、この世界でも発作が始まってしまったのだ。このま までは彼ら三人はあと一時間も保つまい。
−−嫌だ。
決意が崩れそうになる。ティナは身体をガタガタと震わせて、力の入らない 膝をつく。
−−嫌だよ…やっと…やっと此処まで来れたのに。
また自分は目の前で喪うというのか? あの日と、同じように?
「みんな…」
皆が絶望に沈みかけた時。喀血しながらも、どうにかといった様子でライト が口を開いた。
「頼みがある。…私を」
その眼はまだ濁っていない。その魂はまだ死んでいない。 光が、仲間達の心を射抜く。
「私を…ガーランドと逢わせてくれ。その為に力を貸して欲しい。今度こそ… 生き抜く為に」
ティナは知った。 その瞬間ライトが初めて、生きる為の選択をした事を。
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涙少しでも、ほんの少しでも。