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−−被験体No.11、ガーランド。
 
 
 
 外見年齢三十五歳。先のウォーリア・オブ・ライトの項でも語ったが、ラ
イトとコスモスが元は同一人物であるのと同じように、ガーランドもまたカ
オスと同一人物である。
 正確には、元同一人物というべきだが。
 元々、ガーランドは我々がたまたまミネルヴァ(ライト)を送り込んだ世
界にいた住人にすぎない。
 後に彼が、クジャとジタンを苦しめたテラの管理者・ガーランドの生まれ
変わりである事も判明するがまったくの偶然である。
 ガーランドという男は、コーネリア王に代々仕える騎士の一族出身だっ
た。王の役に立ち王と国を護る事こそ使命。高名な騎士であった父に教えら
れ、彼もまた騎士になったのである。
 高潔にしてコーネリアの誇る最強の騎士、ガーランド。その名が国中に轟
くまでさほど時間は必要なかった。
 だが。武人という存在は、戦場に出て人を殺さなければならない。ガーラ
ンドの一族とて例外に非ず。彼は父について、幼くして人死にを目の当たり
にしすぎている。父もまた、彼の目の前で散った。
 心優しい騎士であった彼を歪ませる温床が、その辺りにあった気がしてな
らない。さらには彼は前世の影響もあるのである。
 
−−そんなわしが、ライトと出逢った。記憶を失い、名前すら無い光の戦士
と。
 
 一番最初の時。ガーランドはライトを客人として城に歓迎した。敬愛すべ
き国王と愛しいセーラ姫、この世の為に役立ちたいと言ったライト。猛者は
幸せであった。その筈だったのだ。
 最初は軽い嫉妬。セーラ姫が旅立つ勇者を、彼女にしてはしつこく引き止
めようとしていたのを見たのが始まり。
 彼女はライトに一目惚れをしていたが、ライトはそれに気付いていなかっ
た。長く仕えている自分より一時の客人を選んだ姫と、その好意に鈍い勇者。
ガーランドの中に、暗い感情がくすぶったのは想像に堅くない。
 
−−そんなつもりは毛頭無かった。だが気付けばわしはセーラ姫を拉致する
ように攫っていた。
 
 それが、彼らの長い長い宿命の始まり。
 騎士としての腕に自信があった筈のガーランドは、セーラを助けに来たラ
イトに手も足も出ずに倒され。それは戦いにしか生きられぬ男から、プライ
ドも存在理由も奪う事になってしまった。
 そもそも何故温厚なガーランドが嫉妬だけで凶行に走ったか?残念なが
ら未だその根本的な原因は我々にも分かっていないのだが。
 全てを喪ったガーランドは、その闇を膨れ上がらせて復活を繰り返し、そ
の度にライトに倒された。その度に二人は強くなり、やがて彼らの中にもう
一つの意志と力が形成されたのである。
 それがカオスとコスモスだった。
 我々はカオスとコスモスを切り離し実験場に送り込んだ。だが万が一作り
出された神が消滅する事があっては全ての研究が水泡に帰す。
 神の生みの親たるガーランドとライト送り込んだのは、その為。万が一カ
オスとコスモスが使いものにならなくなっても、ガーランドとライトがいれ
ばまた作り出せる。むしろ彼ら自身を後継者にしてもいい。
 カオスとコスモス。
 ガーランドとライト。
 そして彼らの為の駒として召喚された戦士達、総勢十八名。
 彼らを繰り返し繰り返し戦わせる事で戦力を底上げし、究極の兵器を作り
出す。その為に必要なのは神竜が誇る“無限”の力。何度戦士達が壊れよう
と神がきえようと、永久の蘇りを実現する素晴らしい力だ。
 だがそれを実行するには、さしもの神竜にも制約が必要だった。つまり闇
のクリスタルによる生贄と生まれ変わりの為の器である。
 最初の生贄には、どうしてもライトを含める必要があった。初代の戦士達
で生贄に選ばれたのは、ライトを含め四名。そして闇のクリスタルを埋め込
むには、その身体、魂、精神を極限まで追い詰めなくてはならない。
 
−−ライトはいくら痛めつけられても、涙すら流さず耐えた。その姿を見て
思い出したのだ…わしはけして、奴を憎んでいたわけでは無かったのだと。
 
 実は“闇のクリスタルは百年に一度埋めこみ直す必要があり”、“生贄も
その際選び直される”。その作業を怠ると、闇のクリスタルは力を失い、神
竜は無限の力を行使できなくなってしまうのだ。
 世代交代の際、ガーランドはライトを生贄候補から外す事を願っていた。
これ以上好敵手を卑怯な方法で痛めつけたくなかったのだろう。だから彼の
代わりに、性質のよく似ていたオニオンナイトを選んだ−−筈だった。
 ライトがオニオンの身代わりを望み、その身を差し出すまでは。
 
−−それもまた必然だったのか。結局わしは二度…唯一と認めた好敵手を汚
した。全ては、輪廻の地獄にとらわれたわしを救ってくれた神竜様に報いる
為に。
 
 全ての始まりであった二人。
 混沌と秩序の元たる二人。
 彼らの真の夢は、手を取り合って平和を築く事であったと我々は知ってい
る。知っていながら、彼らを闘わせる道を選んでしまった。
 今更ながら筆者は−−シド=ルフェインは思う。
 我々は多分最初から、道を踏み外してしまっていたのだと。
 
 
 
 
 
 
 
Last angels <想試し編>
4-67・勇者と猛者の園Y〜
 
 
 
 
 
 ガーランドの目の前に、倒れているライト。二人の周りを取り囲むたくさ
んのイミテーション。ライトの仲間達もまた辛うじて生きてはいるものの、
満身創痍には違いなかった。
 全てが今、時を止めている。ガーランドが意志を放棄した事でイミテーシ
ョンですら完全に動きを停止させている。
 全員が固唾を飲んで見守っていた。クリスタルに映し出された光景と、佇
んでいる二人を。
 絶対に阻止しようと思っていたクリスタルの出現を、止める事が出来なか
った。だがそれ以上にガーランドは、自らも知らなかった真実に呆然とさせ
られていた。
 
「ウォーリア・オブ・ライト…まさか貴様の正体が、本物の神であったとは
…!」
 
 元いた世界で。輪廻の始まりの最初の戦いで。
 勝てなかった筈だ−−自分はまさしく神を相手にしていたのだから。騎士
とはいえ所詮普通の人間にすぎなかった自分には、到底及ぶ筈もない相手だ
ったのだから。
 
「神、なんて…存在しないさ」
 
 血を吐き、全身の傷から赤い色を噴き出させながら。それでもライトは、
光の戦士の姿をした光の女神は立ち上がろうとする。
 
「私は、無力だった。世界を変えるのは神などという偶像に非ず……たゆま
ぬ人の強き意志である事を、仲間達が教えてくれた」
 
 だが、骨が砕け、肉の抉れた足では立てない。倒れそうになった勇者を、
ガーランドはとっさに支えていた。
 何がそうさせたのかは分からなかった。しかしその瞬間ガーランドの頭に
あったのは敬愛すべき主の事ではなく、目の前で死にかけている宿敵の事だ
けであった。
 
「…輪廻を、解く方法など存在せぬ。何をしようとすべて無意味。たとえ…
貴様らが神竜様を倒す事ができたとしても…」
 
 血で滑りそうになる手に力をこめ、その肩を支える。ヒューヒューとか細
い呼吸音だけが、青年がまだ生きている事をガーランドに伝える。
 
「わしらが輪廻にとらわれた原因は不明なまま。神竜様の力を失えば我々は
また最初の輪廻に引き戻されるだけよ…。それが、永遠の闘争。終わりなき
戦いの輪廻なのだからな…!」
 
 それが、真実。
 自分とライトは結局、殺し合いを続けるしかないのだ。あの世界で、自分
は終わりの見えないループする時間に地獄を見た。いくらライトを殺しても
ライトに殺されても終わらない。原因も分からない。ただ闇だけが膨れ上が
っていく。
 神竜は。そんな自分を救ってくれた。誇りも愛も失った自分に、新たな世
界で新たな役目をくれた。
 存在理由を教え、ガーランドという存在を認めてくれた。神竜がいなけれ
ば自分は永遠に絶望をさ迷うしかなかっただろう。
 
「神々の闘争が永劫久遠であるように、我らの戦いも無限に繰り返される!
それがこの世界の真実!変えようのない宿命よ!」
 
 輪廻から逃れられない。ならば。
 ならばせめて。
 
「くだらぬ希望など捨てるがいい。輪廻を受け入れ、せめて戦いを楽しもう
ではないか!それが何故受け入れられぬ!?何故諦めぬ!?
 
 どうして、自分にも思い出させたのか。
 人として当たり前に生き、当たり前に幸せになりたいと願う心を。
 自分にはもう、神竜しかいないのに。
「…哀れだな、ガーランド」
「……なんだと?」
 霞む眼で。それでも光を讃えた瞳で、ライトはガーランドを見上げる。
 
「お前は戦う宿命に縛られ、絶望に染まった。…諦めてきたのだな…人とし
て、幸せに生きる未来を。それが哀れだというのだ。まるで…いつの自分を
見ているかのようでな」
 
 ドキリとする。まるで考えを読まれたかのようで。
「元の世界で一人きりの輪廻に縛られていた頃と。この世界で大勢の駒たち
と輪廻に拘る現在。…その違いはなんだ?お前が真に望むのは…変わらぬ退
屈な殺し合いの時間ではないのだろう?」
「な…何を…」
「お前にとって今と過去の違いを教えてやる。それは…」
 トン、と。勇者の血塗れた指が、ガーランドの額を突く。事実を突きつけ
る。
 
「孤独か、否か。お前の存在を認める存在がいるか、否か。そのたった二つ
だけで…お前は満足したフリをした」
 
 顔から血の気が引く思いがした。満足したフリ?違う。自分は満足してい
るのだ、神竜に認められて、孤独から解放されて、ライトと永劫の戦いを−
−。
 戦い。それは自分が本当に、望んでいたものだっただろうか?
 
「…いい加減、気付け。例え敵同士であったとしても…私はとうにお前の存
在を、強さを認めている。あの頃には、既に」
 
 お前は、独りではない。
 苦悶に汗を滲ませながらも、ライトは微笑んだ。相手を安心させたいとい
う、願いを込めた笑みで。
 
「たとえ…この鳥籠の世界を脱してもまた、我々が戦いの輪廻に囚われたと
しても。今度は…お前だけに悲劇は背負わせない。私も共に…抗ってみせる。
真実を知った今なら乗り越えられる。だから…」
 
 力を失いつつあるその手を、猛者は反射的に握りしめていた。憎しみはな
くとも、嫉妬の対象だった筈だ。殺す為だけの宿敵であった筈だ。なのに。
 
「諦めるな…幸せを、誇りを、世界を」
 
 どうして、視界が滲むのだろう?
 
「言っただろう。…何回でも言う。私は…お前を救いに来たのだ。それが戦
友というものだろう?」
 
 ああ、そうか。本当は知っていたのだ。
 終わりなき輪廻の苦しみ。誰にも理解されないと絶望していた悲しみを。
 たった一人だけ分かち合えた相手がいたことに。
 自分は、孤独などでは無かった事に。
 
「ライ…ト…。わしは…」
 
 何か、告げなくてはと思うのに。すっ、と勇者の手が力をなくして落ちた。
瞳から、光が消える。
 そして猛者は、その血を全身に浴びた。
 
−−何故なのだ。起きろ。わしに教えろ勇者。泣き叫びたいこの衝動はどこ
から来るのだ。
 
 声は嗚咽の中。言葉になる事は、無かった。
 
 
 
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悲劇を、今。

BGM
『君に一言、“お帰り”を。』
 by Hajime Sumeragi