全てが、静かに凍る。 フリオニールは脚を引きずりながらも、どうにか立ち上がった。多分自分 は傷が浅い方だ。既に仲間達の何人かが虫の息になっている事を考えれば。 EXモードを発動し、満身創痍で力を使い果たしたジタンはぐったりと倒 れて動かない。 契約者であるクジャとセフィロスは瀕死だ。喀血した赤にまみれ、微かな 呼吸をするだけで精一杯。 片腕を打ち砕かれ、鎧のあちこちに罅が入っているゴルベーザをセシルが どうにかして支えようとし、しかしそのセシルも頭から血を流してふらつい ている。 全身に傷を負った皇帝は杖を支えにどうにか膝をついている状態で、暗闇 の雲は疲れ果てながらも意識の無いオニオンを背負っている。 そして。 ガーランドの腕に持たれて、自分達のリーダーである彼は息絶えていた。 夥しい血がその遺体とガーランドの甲冑を染め上げている。けして安楽な死 ではなかっただろう。しかしライトの最期の顔は、穏やかなものだった。 涙はまだ、早い。 零れ落ちそうになる滴を、フリオニールは乱暴に拭う。結果的に、ライト の死を回避する事はできなかったが。自分達は彼の望みを、叶えた。ガーラ ンドの元まで道を切り開く事ができた。 かつては出来なかったことを、今度は確かに成し遂げたのだ。 クリスタルは出現した。ライトもガーランドもまた記憶を取り戻した筈で ある。その先、和解できたかどうかはまだ分からない。しかし、自分達が大 きく一歩を踏み出せたのは間違いないのである。
「犠牲は払った。だがこれで…俺達の希望は繋がった」
血の滲む胸元を押さえ、血を吐きながらもスコールがガーランドに歩み寄 っていく。
「俺達全員が、この世界の記憶を受け継ぐ事ができる。…次の世界では、運 命に風穴を開けてみせる」
そうだ。 自分達にとって最大のネックであった、契約者という存在。闇のクリスタ ルを埋め込まれた彼らはどうあっても助からない−−その筈だった。 しかし、ライトとガーランドの記憶。そのクリスタルの光を浴びた事で全 員が理解した。闇のクリスタルは、百年に一度埋め込み直す必要があること。 その儀式を阻止できれば、神竜の復活を防ぎ、三人の契約者の命を救うこと ができるのだと。 その百年に一度のチャンスこそ、次の世界なのだ。 たとえガーランドが、まだ神竜に仕えるつもりであったとしても。自分達 はその暴挙をもはや許しはしないだろう。そして全員で神竜に立ち向かい、 時の鎖を断ち切ってみせる。 自分達なら、きっとできる。
「…本当に…神竜様に勝てるとでも思っているのか」
冷たくなりつつある勇者の遺体を抱えたまま。俯き、猛者はポツリと呟く。 「貴様らは知らんのだ。あの方の力がどれほど強大であるのかを。…いや、 貴様らの力では神竜様どころか、シャントットとガブラスの二人にも…」 「はっ…んなの関係ねぇよバカ」 不適に笑う声。大剣を杖代わりに、血まみれの脚を引きずってなお、ジェ クトの眼は死んでいない。
「俺様達が決めるのは一つ。やるか、やらねぇか、だけだ。挑む前から諦め るなんて退屈な真似する奴ぁ、この中に一人もいねーんだよ」
そうだ。 自分達はもう、やると決めたのだ。悲しい運命を享受して諦めるのは、全 てやりきった後でもいい。 人が絶望に負けるのは諦めた時。自分達は絶望に勝つ為に諦めない事を選 ぶ。目の前にある希望を掴み取ってみせる。 血に染まった茨道でも。その先に野薔薇咲く世界があると信じるならば、 可能性はゼロにはならない。
「…何をしているのか…ガーランド」
ゆっくりと。凍った世界の時間が、動く。 ライトの屍を抱いたまま、ガーランドの身体が横倒しになった。どう、と 音を立てて崩れる猛者。その背中には、一本の剣が生えていた。
「クリスタルを入手させるな、勇者と戦うなと…あれほど口を酸っぱくして 言い聞かせたものを」
その巨体の後ろ。憮然とした顔で立つのは、裁きを下す武人。 フリオニールからすれば、予想された展開。仲間達も、驚いた顔をしてい る者は少ない。その代わり皆が一様に、悲痛な表情か不快感のどちらかを貼 り付けていたが。 「ガブラス…って事はシャントットもいるな。出てこいよ」 「本当に記憶が戻ってしまいましたのね。まったく面倒な」 柱の影から姿を現す小柄な淑女。やれやれと呆れて肩を竦める姿は、戦場 の異様な雰囲気にはまるっきり場違いだ。 それは全て、絶対的強者としての余裕の表れなのだろう。 フリオニールは不愉快だった。次には哀れに思った。彼女達がその場所で 得ているもの全てが虚しいと感じる。 ループするだけの寂しい時間に退屈すら感じなくなってしまった、可哀想 な神竜の駒。 「いつだったかは人をよくも感電死させてくれたな。…他にもいろいろ世話 になった気がするぞ?」 「私なんて首を切られて殺されたんじゃなかったかなぁ。…酷い真似するよ ね、ほんと」 「私は焼き殺された事もありますがね」 フリオニールに続き、ティナもアルティミシアも恨み言を述べる。 シャントットとガブラスの二人。この強固な運命を護る番人にして、神竜 の最強の僕。彼等に何度自分達は殺され、希望を絶たれてきた事か。 ティーダ達と、犠牲を払ってでも未来を切り開こうとした、あの世界でも そう。あと一歩のところでこの二人に全てを阻まれたのだ。
「…いいぜ。殺したければ殺せよ」
ぎちり、と錆びたからくり人形のような音を立てて、ゆっくりと周りを取 り囲むイミテーション達が動き出す。シャントット達が再び紛い物達の主導 権を握ったのか。 いずれにせよ、こっちは満身創痍。勝負は最初から見えている。自分達は 全員、二人の手で殺されるだろう。 だけど。
「でもな…。俺達の希望まで殺せると思ったら大間違いだ!」
そして、簡単に殺されてやるのも真っ平だ。無駄な足掻きと嗤いたければ 嗤うがいい。 フリオニールは剣を構える。 今度こそ−−奴らに一矢報いて、悔しがらせてやろうではないか。
Last angels <想試し編> 〜4-68・秩序と混沌の幕間劇X〜
ふとした瞬間に、バッツの脳裏に浮かぶのは一つの光景。 自分の目の前にいる、黄色いフワフワのチョコボ。黒や青のような高い品 種ではない。しかしバッツにとっては絶対無二の存在。相棒の、ボコ。 そのボコが、愛らしい顔に怒りマークをつけて鳴いているのである。多分 自分以外には分からないだろう、表情の変化。だがバッツにはすぐに分かる。 ボコが自分に対して怒っているのだ、と。 けれどバッツも謝らない。こっちもこっちで怒り心頭だったからだ。理由 は忘れてしまったけれど、その日自分とボコは喧嘩した。それもいつになく 尾を引く長い喧嘩だ。 どうせ些細な事が原因だったに違いない。きっと怒り続けていたのも“そ のもの”に対してではなくて−−単に引っ込みがつかなくなったからだ。 お互いに意地を張って、しらんぷり。仲間達にもかなり迷惑をかけた。
−−でも…寂しくなったんだよな。隣にあいつがいないと。
向こうも同じ気持ちだったのかもしれない。気付けば無言で、くっついて 夕陽を眺めていた。綺麗な光。広い広い空を見ていたら、なんだかとても馬 鹿らしい事をしていた気になって−−。 その晩はもう、くっついて寝ていた。ちゃんと謝りあったわけじゃないが、 お互い水に流していた。やっぱり自分はコイツがいなきゃ駄目だなぁ、と実 感したのもある。 幸運のお守り。 あのボコの羽根は、その喧嘩の翌日に貰った。それが仲直りの証で、これ からもずっと一緒にいようという約束になった。 ボコは今、どうしているのだろう。 この世界は百年近くループを続けているらしいが−−そもそも時間その ものが戻り続けているわけで外もそうだとは限らない。 同じように百年経ってしまっていたら、帰れても完全に浦島太郎だろう。 けれど、バッツは何故だか確信に近く、それは無いと思っていた。何年か は経っているかもしれない。けれど自分達はきっと、元いた場所に帰れる筈 だと。
−−待っててくれよボコ。それに、みんな。
長い時間かかってしまったけれど。気付くのがあまりに遅かったけれど。 自分は必ず、この世界を脱してみせる。運命に負けるのはこれで最後だ。 次の世界では、絶対。
−−必ず…帰るからな。
ポケットの中、スコールから帰して貰った羽根を握りしめる。その光が自 分を強くする。生きている今を教えてくれる。 だから。
「くぅっ…」
すぐ側で。クラウドがうずくまるのが見えた。既に片腕を失い、大量に血 を流したその身体は意識を保つのもやっとだっただろう。 そこに容赦なく、数体のイミテーションが襲いかかる、 偽りの勇者が、虚構の英雄が、幽玄の少女が。三つの刃が次々と、動けな いクラウドの身体に突き刺さった。三本の剣に串刺しにされ、兵士は絶命す る。 彼は最後まで戦ってみせた。その命尽き果てる瞬間まで。
「さあ…最後は貴方一人だけですわよ?」
荒い息を吐き、膝をつくバッツの前に立つ小さな影。シャントットは余裕 綽々といった様子で、くるくると杖を回す。 「俺一人…か…ははっ」 「何がおかしいんですの?」 「いや…」 こいつの前で、絶望に満ちた顔など見せてやらない。運命を嘆いてもやら ない。最後まで笑っていてやろうと決める−−彼女にはそれが一番不愉快だ ろうから。 この程度の嫌がらせなんて可愛いものだろう。
「思い出すよなぁシャントット。…いつかの世界で…俺が神竜の姿を見た時 のこと」
予想通り、シャントットの顔から笑みが消える。それはバッツが重要な記 憶を握った事への焦りか、自分の思惑通りの顔をしない男への苛立ちか。 「そういえば…あの時も貴方が最後の一人でしたわね。悪運の強いこと」 「ラッキーの星の元に生まれたバッツ様をなめんなよー」 ニヤリ、と笑う。自分は幸運がついている。その言葉に嘘はない。
「あの時俺は言ったよな。絶対に、この記憶を忘れてたまるかって。なぁ、 覚えてんだろ?」
『仮に忘れたって、何度でも思い出してやる!無駄になんかさせない!!』
「思い出してやったぜ。…んでもって今度は本当に忘れない。この記憶の力 で、手に入れた真実で、次こそあんた達に打ち勝ってやる!!覚悟しときな!!」
言い切った瞬間、バッツは大量に血を吐いていた。シャントットの杖がバ ッツの胸を刺し貫き、肺を突き破った為である。 だが、旅人は嗤い続けた。淑女の目が見開かれる。その頬が小さく血を噴 く。 事切れたと思われていたジタンが、彼女の隙をついて背後から短剣を投げ つけたのだ。 意識が途切れる瞬間。目があった旅人と盗賊は、不敵に笑って、言った。
「ざまあみろ」
次はこの程度では済まさない。必ず、勝つ。 その一矢こそ、二人が叩きつけた宣戦布告に他ならなかった。
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全てを捧げて、誓い合う未来。
BGM 『Utopia of sorrow』
by Hajime Sumeragi