――そこはどうやら、小さな茶室のようである。
  青みがかった黒髪に群青の瞳、黒いコートの女が一人で茶を飲んでいる。
  丸テーブルの上には何故か二人分のティーセット。
  高い天井に天窓。しかし手の届く位置に窓はなく、ドアが一つあるだけ。
  女の名はキーシクス。
  不死鳥の一族の始祖であり、万年生きた“創造の魔女”。
  時には“二代目次元の魔女”や“終焉の魔女”と呼ばれる事もある。
  どうやら彼女は今客人を待っているところらしい。
  ノックの音に、彼女はその顔を上げる。
 
キー「はい?」
???「すみません。今、お時間よろしいでしょうか」
キー「少しならな。入っていいぜ」
???「失礼します」
 
――ドアが開き、入って来たのは、一人の少女。
  茶色いおかっぱの髪に紫色の眼。特殊な能力を制御する為の杖。
  どうやら召喚士の一人であるようだ。
 
キー「久し振りだな、召喚士サマ」
召喚士「ご無沙汰しております、キーシクス様」
キー「サマとかつけんなよ、堅苦しい。キーシクス、でいいぜ」
召喚士「あなただってつけてるじゃないですか」
キー「オレはいーの。ほれ、そんなとこ突っ立ってないで座れって」
召喚士「はい」
 
――召喚士の少女は、躊躇いがちに椅子に腰掛ける。その表情は、硬い。
 
 
 
 
 
Last angels <夢渡し編>

〜X・とある女帝と召士の会話〜

 
 
 
 
 
召喚士「私が来る事…分かってたみたいですね」
キー「まあ、これでも一応二代目次元の魔女なんで。予知はあんま得意じゃない
んだけどさー」
召喚士「初代の方は…やはり」
キー「ああ。…まあ、あいつは元々死んでる人間だったわけだしな。ってそれを
言っちゃオレも、生まれた時から死んでるような存在だけどよ」
召喚士「やめて下さい、そんな言い方」
 
――不快感を露にする召喚士。どうやら二人は、それなりに親しい仲であるらしい。
 
キー「悪ィけど、あんま時間ない。用件、手短に頼むわ」
召喚士「そうですね。でも…私が此処に来た理由も、ご存知ではないですか?キー
シクス…あなたも見た筈です。彼らの世界が今、どんな現状にあるか」
キー「繰り返し繰り返される、輪廻の世界…か。戦士達が記憶のあるなしに関わ
らず、未来永劫の殺し合いを強制されている。…まあ、実はあのテのパターンって
珍しくないんだけどよ」
召喚士「そうなんですか?」
キー「ああ。…問題は、繰り返してる数と…それが意図的に行われてるってこと
だな」
召喚士「あの世界は、歪んでいます。他世界からの干渉も大きく制限され、下手に
迷い込めばそのまま出られなくなってしまう…。あの世界が人工的に作られただけ
でなく…大きくなりすぎた神竜の力に、世界という器そのものが耐え切れなくなっ
てきている…」
キー「ま、無理やり時間を巻き戻し続けてるわけだからな。歪がでんのも当然だ
ろ」
召喚士「いずれあの世界が、ゆがみに耐え切れなくなり、消滅する…。そうでなく
とも、カオスドラゴンが粛清に乗り出すのは時間の問題です。しかしそうなっては
あの世界の住人は全員…」
キー「命を落とす事になる」
召喚士「そうです。…どちらにせよ、今の時点で既に現状はかなり厳しいところま
で来ています。私のところにも相談が来ました。ヘルパー達の中に、鏡面夢を見る
ようになった子達が大量にいます。既に他の世界にまで悪影響が出ているのです。
先日、ついに鏡面の主まで動きました」
キー「桜庭ネクがか?それなのに問題は解決できなかった?」
召喚士「彼の力は、大きすぎるんです。…だから歪んだ世界からの反発も大きいし、
制約もある。…ネクは基本的に、異世界の住人に直接手出しはできないんです。…
お願いします。私達はこれ以上関わることができないんです!頼みの綱はあなた一
人…」
キー「対価がいるぜ」
召喚士「承知しております。私に払えるものならお支払いします。これ以上…あの
住人達や、ヘルパーのみんなが苦しむ姿を見るのは耐えられません…」
 
――キーシクスは硬い椅子に沈み込み、ため息をついた。
 
キー「…実はな。同じ依頼で来たヤツが、もう一人いたんだよ。それもあの世界
の住人でな」
召喚士「え?」
キー「祈り子の夢…ティーダ。オレとアイツの間にはちょっとした縁があってな。
夢を渡って、オレに逢いに来た。どうか仲間達を助けて欲しいってな…だが」
 
――ティーカップを置き、キーシクスは無情に言い放つ。
 
キー「答は同じ。オレにはできねぇ。正確にゃできなくはないが…オレがやるに
はあまりに対価が重すぎる。ティーダにもアンタにも、そいつを払うこたぁ不可能
だ。それに、オレが動いたら世界の在り方そのものが変わっちまう。オレもネクと
同じだよ。干渉値に触れるような真似はできねぇ。それが世界を渡る者全ての掟だ」
召喚士「そんな…!不死鳥の始祖の…あなたでも無理なら、私達はどうすればいい
のですか?!ただ黙って、あの子達が苦しむのを見てろと?!そんなこと…私には
できません!」
 
――感情的になって叫ぶ召喚士に、キーシクスは小さく微笑む。
 
キー「…信じてやれよ、あいつらを」
召喚士「え…」
キー「お前が悲観するほど、現状は悪かぁないぜ。ティーダの話を聞いて分かっ
たよ。あの世界の運命は…少しずつ変わり始めている。光と闇が手を取り合った時
…あいつらは自力で、自分達の運命を覆すだろう。カオスドラゴンの粛清が起こる
前に…あいつらなら必ず間に合わせる。オレはそう信じてる」
召喚士「…でも」
キー「召喚士サマ。あんたも分かってんだろ。その世界の揉め事は本来、その世
界の住人達が自分の手で解決するべきなんだ。あいつらはみんな、それだけの力を
持って生まれてきたんだからよ」
 
――その時、ドアの外からノックと足音が。
 
??「キーシクスー!いるのー?」
キー「あ、ラクシーヌ。ごめん今お取り込み中〜」
ラク「誤解招く表現やめなさいよ…。サイクスがキレてるわよ、書類仕事ほった
らかしてどこ行きやがったー!って」
キー「うお、やっべぇ!マジで?!」
ラク「バーサクし始める前に土下座して謝るのね。城壊れたらアンタに弁償して
もらうから。じゃ」
 
――ラクシーヌ、と呼ばれた女性はあっさりと言い放って去っていってしまったようだ。
  キーシクスは青ざめて頭を抱えている。
 
キー「じゃって…えええちょっ…勘弁してくれよ…」
召喚士「…お忙しいみたいですし、私はそろそろお暇しますね」
キー「おお、悪いな、バタバタしててよ」
召喚士「いえ。いつも賑やかで羨ましいです。…あなたの言う通り、ですね。私も
信じてみようと思います。彼らの…無限の可能性、を」
キー「おう。そうしてくれると助かる」
召喚士「ふふ。私も、あなたに救われた一人ですから」
 
――部屋から出て行く召喚士。その背中を見送り、キーシクスは苦い笑みを零す。
 
キー「救われた…か。何言ってやがんだか。…こんなの、ただの罪滅ぼしと恩返し
だよ。一万年前、世界を山ほど滅ぼした…どっかのバカの、な」
 

 

外から見守る者達も、彼らの未来を信じて待った。

BGM
『月下逃避行』&『Fly in the sky
 by Hajime Sumeragi