此処から先、自分に出来る事は何も無いのだろう。静香にも分かっていた。

ドラえもんとのび太。この先は彼ら二人だけの領域なのだと。

 

「殺し合うって……っ」

 

 たまらず声を上げたのはスネ夫だ。

 

「いや、セワシがのび太を殺したい理由は聴いてるさ!

だけどそれはセワシの理由であってドラえもんの理由じゃないだろ!?何で、何でそんな……っ」

「スネ夫」

 

 そんなスネ夫を止めたのは、意外にも武だった。

 

「お前も男なら解れ。理屈じゃないだろ、こういうのはよ。

ドラえもんはドラえもんなりに、ケジメをつけに来たんだ」

「……わかったようなクチきくね、君も」

「は、分かったような、じゃなくて分かるんだっつの」

 

 ドラえもんの冷めた口調に腹を立てる様子もなく。武はふんっと鼻を鳴らして笑った。

少し前の彼ならあっという間に導火線に火がついて殴っていた筈だ。それをしないのはつまり。

 彼もまた、変わったと。そういう事なのだろう。

 

「ダチを理解しないで何がガキ大将だ。……それに男なら誰だって譲れない時がある。そうだろ?」

 

 そうだ。そして多分静香も静香で、少し前ならのび太に縋って止めていた。

あるいはただ無力に涙を流すだけだった筈だ。

今そうしないのは静香もまた変わったから、なのだと思う。

 本当はドラえもんとて迷っている。

与えられた存在理由と、自らが持ってしまった感情の狭間で。だから今、強引にでもその答えを出そうとしているのだ。

 きっとのび太も理解している。だから黙ってそこに立っている。臆する事も、逃げる事もなく。

 

「のび兄ちゃん……」

 

 ぎゅっと、太郎がのび太の服の裾を掴む。そして弱々しい声で言った。

 

「死なないよね?のび兄ちゃんは……健治兄ちゃんみたいに死んじゃわないよね?」

 

 健治が死んでから、太郎はずっと怯え続けている。それを表に出さず、前向きに戦う意志を見せたのは彼の強さだ。

それでも簡単には拭い去れないものもある。それほどまでに根付いた、深い深いトラウマ。

もう大事な人を失いたくない。それは太郎が誰より強く願い、畏れている事なのだろう。

 

「心配しないで、太郎」

 

 のび太は太郎の頭を撫でる。びくり、と一瞬太郎の身体が揺れたのは気のせいじゃない。

きっと彼は思い出している。母に、父に、健治に。頭を撫でられたことを――その温もりを。

 

「僕、一番大事な友達と喧嘩しちゃったんだ。だから仲直りするだけだよ」

「仲直り?」

「そ。まあ殴りあいの喧嘩になるのは間違いないし……痛いのはヤだけどさ。それでもずっと友達でいたい奴なんだ」

 

 聴いているだけの静香も、目頭が熱くなる。そうだ。それが本当の友達。

何回喧嘩したって、何回離れたって――心はずっと繋がっていられる。心で何度でも手を繋げる。

 のび太が教えてくれたのだ。それこそが“親友”。

誰かと友達になるのに、本当は畏れる必要などどこにもないという事を。

 

「此処はちょっと狭い。せめて場所を移動した方がいいと思うよ」

 

 出木杉が少し遠慮がちに提案した。彼がある意味一番気まずい立場だろう。

セワシ願いを叶えるのに、“のび太に味方する”ことと“のび太を殺す”ことが矛盾しないのだというが。一体どういう意味なのだろう。

 まだ彼らには、自分達には見えていないものがあるというのか。

 

「妥当な提案だね。確かに資料室で暴れるのは気が引ける。

……スタッフ用の食堂に行こうか。あそこなら派手に戦えそうだ」

 

 ドラえもんは出木杉の案を呑むと、ちょいちょいっと手招きした。

 

「ついておいで。案内してあげる」

 

 

 

 ***

 

 

 

−−西暦1995年8月、ススキヶ原郊外。

 

 

 

 この役目って地味に大変だったんじゃなかろうか。

オレンジのバンダナにサッカーウェア姿の少年、円堂守は一人、うんうんと唸っていた。

 仕事を持ってきたのは“どっかのバカ”だが、最終的な役割分担を決めたのは自分と、鬼道、一之瀬、春奈の四人である。

司令塔組が文句を言わなかったのだから、きっとこの分担は間違っていない筈だ。否、そうであったと信じたい。

 円堂や他の仲間達の主な仕事。それは街から溢れんばかりになっているアンデット達を蹴散らし、街の外にウイルスが漏れないようにする事である。

練馬区ススキヶ原はそこまで広い街ではないが、人口はそこそこ。当然アンデットの数も相応なものになる。

 延々と目についた端からアンデットを倒していく。これがまた地味ながら面倒な作業だった。

中にはウイルスの暴走から奇怪な動きや行動をしたり、変異を起こすゾンビもいる。

奇行種アンデット――俗称・タミフルゾンビという奴だ。

 

――俺達異世界の人間はウイルスに感染しない。唯一の救いだな。

 

 そんな事を考えながら、グローブを嵌めた拳を一発。腐ったゾンビの頭が一撃で砕けた。

 自分達の力にもかなり制限はかかっている。しかし、元の基本値がまずバカ高いのだ。

小柄なナリから意外に思われがちだが、円堂はサッカーでは一番頑丈さを要求されるキーパーを務める。

腕力とディフェンスにはかなり自信があった。握力計を壊してしまう為、正確な握力が分からないほどだ。

 

『こちら第三班。定時報告させて貰うよ』

 

 無線から連絡が入る。受信、と円堂は短く呟く。

仲間の吹雪士郎からの通信。彼の聴力なら充分聞こえている筈だ。

 

『現在A3ブロック。アンデット複数と交戦中。今のところB.O.Wの姿はなし。

ちなみにアンデットは一般人ばっかりだね。アンブレラ関係者は地上に出てこなかったのかな』

「やっぱ地下から脱出してようとしてんじゃないか?三歩歩くたびバトルじゃさ」

『言えてる。引き続き掃討作戦続行でいいよね?ちょっと面倒になってきたんだけど、制限解除許可出ない?』

「あー……そろそろ潮時か。おっけ、制限レベルAまで許可。

もしアンデット以外を目視確認できたら即連絡な」

『イエス、マイロード。円堂君も気をつけて。オーバー』

「オーバー」

 

 通信終了の挨拶を待っていたかのように、今度は別の班から連絡が入る。タイミング的にこっちは定時ではなさそうだ。

 

『こちら鬼道。現在エリアC2。応答願う』

「受信。どうした」

『下水道、上水道ともに封鎖完了だ。が、どうにも此処には面倒な奴が棲んでたらしい。アリゲーターだ』

 

 円堂は眉を寄せる。我がチームの頭脳が言うんだから間違いないだろう、ワニ型のB.O.Wだ。アンブレラの傭兵から奪ったフロッピーにデータがあった。

まだ未完成のB.O.Wだったはずだが、まさか外に出ていようとは。

 下水に沿って学校の方から這い出してきてしまったのだろうか。

 

『距離300。まだ気付かれてなさそうだが放置すると厄介だ、俺達の班で叩いておく。

120で交戦に入る。少々担当を外れるからな、風丸の班には連絡済みだ』

「さすが。分かった、応援要るよな?」

 

 あまり脳みそが強くない円堂だが、実は方向感覚は悪くない。

地理関係は一番最初のミーティングで全部頭に入っているし、当然それ以前のマップリーディングの基礎は完璧に会得している。皆の配置もちゃんと覚えている。

皆の状況や位置を鑑みると、一番いい場所にいるのは――。

 

「佐久間の班に行かせる。それまでちゃんと凌げよ。

あと、もしアリゲーター以外のB.O.Wを確認したら行動中止。佐久間達と合流するまでその場で待機」

『イエス、マイロード』

 

 ついさっきの定時連絡を思い出す。佐久間の班の報告は既に聴いていた。どうにも彼らの担当エリアは極端にアンデットが少なかったらしい。原因は分からない。

もしかしたら奴らはただ生者を求めて彷徨っているように見えて、何か他にも行動理念があるのかもしれない。

 すぐ様佐久間に通信を入れる。やや音が悪く、アウトブレイク(この場合はウイルスの感染爆発のことではなく、ノイズが極端に酷い時を指す)が始まると手に負えないという難点はあるが――すぐに繋がるという意味では無線は便利だ。

戦闘時はその“繋がりやすさ”が命運を分けるのだから。

 

「こちら円堂。ちょっと話せるか、佐久間?」

『佐久間は交戦、もとい暴走中だ。何かあったのか円堂。俺は暇だぞ』

 

 応答したのは佐久間ではなく、その親友の源田だった。女の子みたいな見た目に反し気性が荒く喧嘩っぱやい佐久間のストッパー役である。

また佐久間に手を焼かされるだろうな、と思いつつ、ガチ暴走に入った佐久間を止められる数少ない人間の一人なので同じ班にした。

 これが終わったらちゃんと休ませてあげないとな、と思う。

きっとめっちゃくちゃ疲れているはずだ。

 

「鬼道の班がアリゲーターを発見した。もうじき交戦に入る。まあ鬼道なら大丈夫だろうけど……念の為だ。C2にブロックまで応援に行って。ASAP

『了解。おい佐久間、雑魚相手にいつまでも遊ぶな。B.O.Wが出たから鬼道の応援に行くぞ』

『マジ?了解っ!暇だったんだ。化身使ってもいいかって円堂に訊いてよ』

『……だそうだがどうなんだ円堂』

「聞こえてる。レベルAまで許可。アームドは駄目だぞ、強化はマイティガードでやれ。ってか佐久間の本領はそっちだろ」

『直接殴る方が爽快なんだもん!……って佐久間はぶーたれながら先行ったぞ。まったくあいつは』

 

 最後まで指示を聴いていかないあたりが佐久間らしい。兵士としてそれはどうなんだと思うけれど。

 

「気をつけろよ。いつ何が起きるか分からないんだからな。オーバー」

 

 

 ちなみに、ASAPとはAs soon as possibleの略。

可能な限り迅速に、を意味する軍用語である。

 

「あー俺ももっと暴れたい!……って顔に書いてあるよ、円堂君」

 

 トン、と。軽い音を立てて地面に降り立ったのは、長い金髪に赤い瞳の少年だ。

円堂と同じ班に所属する中学生。亜風炉照美――通称アフロディ。

どこからどう見ても美少女にしか見えない容姿だがれっきとした男であり、戦力でもある。

 

「まあ暴れたいのはヤマヤマだけどさ。実はゾンビは苦手なんだ」

「激しく同意。生理的にダメだよねぇ。絶対触るのヤだからさ、さっきからゴッドノウズ連打で蹴散らしてるんだけど」

 

 どうやらさっきからやたらと鳴っていた爆音、原因は彼だったらしい。

ゾンビに触りたくない一心で必殺技を連発していたようだ。まったく、生存者がいないからいいようなものの。円堂はひきつり笑いを浮かべる。

 

「家屋倒壊っていうか器物破損オンパレードじゃん……」

 

 細かい事は奇にしないの!と照美はむくれる。可愛らしい容姿と裏腹に、彼は結構大雑把だ。

 

「ヒロトや綱海や……のび太君達が頑張ってるんだもの。

僕らも裏方仕事はきっちりやらないとね。

実はさっきあっちでクリムゾンヘッドの群を見かけまして」

「げ」

「僕の獲物だ。ちょっと遊んでくる」

 

 照美の目は完全笑っている。

 

「召喚。……化身、魔宰相ビショップ」

 

 照美は化身を召喚すると、翼を生やしてあっという間に飛び去っていってしまった。

円堂は肩を竦める。

 そうだ。自分達も負けてはいられない。一番大変な場所で、戦っている者達がいる以上は。

 

百二

 対決

〜二人のだけのワルツ〜

 

 

 

 

 

諦めることをやめよう。