来る手が分かってれば、対策は立てられる。ましてや自分はドラえもんのことをよく知ってる。
知らないこともたくさんあったけど――“普段のドラえもん”の様子は誰よりよく知ってるつもりだ。
のび太は五感を研ぎ澄ます。勝負は一瞬で、決まる。
――馬鹿正直に僕をショックガンで撃っても、避けられる。ならドラえもんがとる方法は一つだ。
部屋中に配置した“やまびこやま”をフル活用する。
“やまびこやま”が反射したレーザーには攻撃能力などない。が、その光が本物か偽物かを見極めるのは、極めて困難だ。
――だから第一撃や第二撃は、僕じゃなくて食堂内の“やまびこやま”どどれかに向けて撃つ。
予想は当たった。ドラえもんが撃った三発のレーザーは、のび太ではなく三カ所の秘密道具へ向かう。
当然“やまびこやま”はすぐそれを反射。さらに反射された光と音を得た別の“やまびこやま”を反射し、光と音は部屋中に無数に飛び交うこととなる。
攪乱させ、混乱させ、相手に居場所を掴めなくする。ドラえもんにとっては絶対のチャンスだ。
――そこで必ず来る……ドラえもんの、トドメの一発が!
無数の反射された音の中。今までと同じように、ドラえもんの攻撃を音で聞き分けるのは困難だった。
だが、いくらドラえもんが“いしころぼうし”で姿を隠しても、ドラえもんの手を離れた途端レーザーは可視化する。真っ直ぐ飛んで来る光は、一つだけ。
それに。
――発射音以外の音なら、聞き分けられるッ!
音が、した。のび太は迷わずパイプ椅子をそちらに投げつけていた。レーザーは椅子に当たり、弾ける。その上で。
「ギャッ…!」
短い悲鳴と共に、投げられた椅子が不自然に跳ねた。カラカラと音がして、ドラえもんの手を離れたショックガンが地面を転がる。
のび太は地面を蹴っていた。惑わすものは何もない。その場所に、君はいる!
「そこまで、だ!」
銃を振り下ろした。何も見えない空間に、確かな手応え。びり、と何かが破ける音がして、もんどりうって倒れたドラえもんの姿が露わになる。
今の一撃はドラえもんにダメージを与える為というより、いしころぼうしを破壊する為だった。
“いしころぼうし”は僅かでも破ければ、その効果をなくす。そして耐久力も高くない。魔界を冒険した時など、今まで散々使った道具だ。把握している。
「そこまでだよ、ドラえもん」
ドラえもんが立ち上がるより先に。その頭に銃口を突きつけていた。
「僕の勝ちだ」
ずっと無表情か、僅かに苦い笑みを浮かべるだけだったドラえもんの顔に――初めて強い感情が浮かんだ。信じられない。そんな思いを隠す事もできず、彼はのび太を見上げる。
「なん、で…」
「ん」
「何で避けられた!?計算は完璧だったのに!」
驚愕。ただひたすら驚愕。あらゆる因縁を忘れたかのようなその顔に、のび太は苦笑するしかない。
「足音」
まさか本気で分からないのだろうか、彼は。
「ドラえもんの足音……正確にはシッポの音、なのかな。凄く特徴的なんだよ。気づいてなかった?」
いつもドラえもんが部屋に来ると分かる。時には昼寝してても気付く。それだけ腐れ縁だったのだ。時間の長さというより質。彼はいつも、当たり前のように自分の景色の一部で。
口うるさいと思っていても、本当は心のどこかで安堵していた。
彼がいれば何が起きても大丈夫だと思えた。きっと彼が何とかしてくれる筈だなんて思い込み、依存していた。
親友というより、家族。甘えすぎていた自分。それがどれだけ迷惑をかけるかなんて、考える事も出来ないで。
「それに、ドラえもんずっと不機嫌だろ。これ以上ないってくらいに。……シッポがずーっと動いてるし、鳴ってる」
「う……」
本人さえ気付いて無かったのか。あるいは図星か。やや赤くなって目をそらすドラえもん。
ドラえもんのシッポがピコンピコンと音を立てて動いている時は、すこぶる不機嫌なのだ。知ってる人間はそう多くはないけれど。
「最初の一撃を僕に向けてこないこと。最後の一撃以外はダミーだってこと。それが分かってて、ドラえもんの位置まで分かるんだから、そりゃね?」
ついでに言うなら。勝負を決める一撃となれば、自然と腕に力は入るし足を踏ん張る。普段より身動きする音が大きい。体重が重いドラえもんなら尚更だ。
「知らない事、確かにたくさんあったよ。見えてない事もたくさんあった。でも……知ってる事もあるんだよ」
例えばちょっとした癖。
ちょっとした好み。
少し甲高いて、でも優しい声だとか。
何だかんだ言っても自分達に甘い事とか。
おだてられると弱くて、可愛いものにも弱くて、意外と怒りっぽいし口が悪い事だとか。
「だから……宿命の魔術師の名のもと、赤で宣言する。【例え君が姿を隠しても、僕は何度だって君を見つけられるよ。だって君は僕の一番の親友だから】」
赤い文字がのび太とドラえもんの周りをくるくると回って、雨のように降った。
そう。これはもう揺らがぬ真実。だれが否定しようとこの盾は貫けない。自分がドラえもんを友だと想う気持ちは揺らがない。揺らがせやしない。
赤き真実は、絶対だ。
「見えてない事もあったさ。気付いてない事もあったさ。
でも……みんな最初は教えて貰わなきゃ分からない事だらけなんだ。
だから僕が君に怒るとしたら、一つだけ。……君が、打ち明けてくれなかった事だ」
自分は何も知らなかった。ドラえもんが未来から来た子守ロボットだと信じていたし、此処が現実の世界だと思い込んでいた。
彼が何に苦悩し、どんな景色を見ていたか。何一つ、気付いてなどいなかった。
でも。教えようとさえしなかったのはドラえもんだ。
「話してくれたら…僕だって考えた。君の力になれる方法考えたよ。それだけは怒る。一人で抱え込まないで欲しかった」
じっ、と。まるで睨むような目つきでドラえもんはのび太を見上げる。
「……勝手な事ばかり言わないでくれる?不愉快極まりないね」
「ドラえもん……」
「君にはどうせ何も出来やしないさ。君が無力なのも弱虫なのも、一番知ってるのはこの僕なんだからね!」
「てめぇ!まだそんな事を!」
ついに導火線に火がついたのか、武が殴りかかろうとする。それをのび太はそっと制した。
「いいんだ、ジャイアン。本当の事だから」
「のび太、でもよ……!」
自分の為に本気で怒ってくれる彼の気持ちが、嬉しくてたまらなかった。自分は本当に恵まれている。
自分を愛してくれたのは父母や恩師だけではない。こんなにも想ってくれる仲間達に出逢えた。何物にも代え難い、とても愛しい仲間達。
神様なんかいやしない。いるならばきっと自分達は一生恨み続けるに違いない。
だけどただ一つ。彼らに出逢わせてくれた事だけは、感謝してもいい気がしている。
誰にお礼を言っていいのかもわからないくらい。幸せな事だ。まるで奇跡のようだとすら思う。
「……君達はまだ、何かを隠してる。そうだろ?」
意を決して、のび太はそう切り出した。
「そろそろ教えて欲しい。この世界と、君達の真実を」
どうしても疑問に思う事があった。
セワシは何故、ああも必死に世界を救おうとしているのか。いや、ただ世界を救うだけならまだわかるが。のび太の仲間にここまで固執する意味が分からない。
無関係な一般人を死なせたくないから。そんな善意だけでは図れないものがある。セワシは明らかに、静香達を特別の存在として見ている。
だが。自分達はセワシについてそこまで多くを知らない。辛うじて知っているのも彼が演じた未来人の“セワシ”についてのみ。
本当のセワシをよく知る人間など身内には一人もいない――それなのに、何故。
「全部知った後で……決めたっていい筈だ。これから僕達がどうするべきなのかをさ」
知らない事は罪ではない。だけど知ろうとしなかった事を、たくさん後悔してきたから。
のび太は真実に手を伸ばすのだ。それがどれだけ棘だらけの辛い真実であったとしても。
「……あたしはアルルネシアと話したわ」
傍観を続けていた静香が、口を開く。
「アルルネシアは赤を使った。だから確定された事が幾つもあるの」
静香いわく。アルルネシアは言ったそうだ。
【静香の知るセワシは、のび太の子孫ではない。でものび太ちゃんが消えればセワシちゃんも消える。】
【ゲーム盤を作ったのはセワシだが、シナリオは一度たりとてセワシの思い通りになった事はない。】
【セワシはのび太を本気で殺そうとしている。のび太が消えると、セワシとあのドラえもんや出木杉も消えるがそれは承知の上。】
【あの出木杉は、セワシの作ったアンドロイド。】
【出木杉もあのドラえもんも、オリジナルの存在じゃない。オリジナルの出木杉は人間だったし、オリジナルのドラえもんを作ったのもセワシではない。】
【この世界に出木杉英才と名のつく存在は、静香の知る出木杉一人だけ。ドラえもんも同様。この世界の静香達はオリジナルの存在を一度たりとも見たことがない。】
「……もう一つ情報があります。これはさっきのび太さんと静香さんが来る前に出木杉さんから聞いた事ですが」
やや青ざめた顔で聖奈が言う。今の情報を頭の中で必死に整理しているのだろう。
「出木杉さんは言いました。この世界は過去を再現したもの。そして……ある“情報”を手に入れれば、世界を救うことができる、と。ドラえもんさん。これらの話は本当ですか?」
ドラえもんは一瞬忌々しいといった様子で舌打ちした後、告げた。仕方ないな、と一言呟いて。
「…そこまで知ってるなら否定しても無駄か。いいよ。宿命の魔術師“セワシ”の代理権限で赤き真実を使ってあげる」
「!」
「【今のアルルネシアの赤は全て真実。そして出木杉君の言った事もね。この世界は過去を再現して作った箱庭。ただしある条件を満たす事で現実に上書きされる世界だ。だから架空の世界であり、本物の世界でもあるのさ】」
そんな。まさかドラえもんが赤を使って来るなんて。赤い槍は全てのび太の周りに落下した。今の言葉に攻撃意志がなかったからだろう。だがそれより問題は。
宿命の魔術師・セワシの代理権限――ドラえもんがそう言ったことだ。
「【そうだよ!セワシ君も君と同じ力を持つ魔術師!】君達ごときが勝てる相手じゃないんだ!!」
不意を打たれた。ドラえもんが至近距離で放ってきた赤い矢を、のび太は慌てて回避する。
だが、結果ドラえもんから離れてしまった。せっかく拘束できたと思ったのに。
「……確かに、同じ称号を持つ存在が二人以上いる事もあるけど」
のび太は呻く。これで振り出しだ。しかしチャンスでもある。
真実の扉を開けるのは、今しかない。
「過去を再現ってどういうこと?それに……君がオリジナルじゃないって」
ドラえもんは暫し沈黙した。まるで痛みを堪えるように。
第百五話
本気
〜分かち合う為に、剣を〜
そうとだけ、決めていた。故はわからない。