さて、此処は冷静に分析しなければならない。出木杉は考える。今いるメンバーで一番冷静になれるのは自分だと分かっていた。

 ティンダロスは脅威だ。あの突破力、弾き飛ばされたらまともな防具のない自分達では即死さえありうる。少なくとも深刻なダメージを負うだろう。パワーで奴に対抗するのは諦めた方がいい。

 加えてあの牙。噛みつかれたら痛いでは済まない。奴の顎は強靱だ。食いつかれたら速やかに死ねる事を祈るしかない。

 武器以外にも怖い点がある。奴の嗅覚と聴覚だ。ティンダロスは遺伝子操作されているとはいえ、元になっているのは犬(ちなみにラブラドール・レトリーバーらしい)。獲物を嗅ぎ分ける鼻と物音への反応速度は人間とは比較にならない。

 さらに、奴は視野も広い。本来眼が顔の前面についている肉食獣は、側面にある草食動物より視界が狭い。だが奴は頭が三つある為、それぞれの眼が広くそれぞれの視野を補いあうことが出来る。ほぼ360°見えていると考えるべきだ。

 

――だけど、弱点はある。

 

 まず、奴の突破だが。ティンダロスが獲物に勢いよく飛びかかるのは、だいたい奴から5メートルばかり離れた時。それより近くても遠くても飛びかかる事はまずない。

多分、ティンダロスが全力で地面を蹴った時、5メートル前後が丁度落下点になりやすい為だと思われる。つまり行動パターンは読みやすいのだ。

 また通常突破に関しても。このB.O.Wはその巨躯と怪力から、小回りはあまり利かない。

暴れて身体を振り回されれば、攻撃範囲の広さから逃げるのが困難になってくるが、突破はその限りではない。

最初対峙した時が良い例で、獲物に避けられてもすぐに進路は変えられない。壁にめりこんでしまう、なんてお約束も発生しがちだ。

 奴が四つ足でしか動けないのも大きなポイントである。犬は間接の形から、後ろ二本足で立って歩くのに適していない。稀に歩く奴をテレビで見たりするだろうが、よく観察すれば前足でどうにかバランスをとっているのが分かるだろう。訓練してさえ、構造上の限界はあるのだ。

 ティンダロスを見る限り、後ろ足の踵の位置、間接の向きなどは犬と大して変わらない。

つまり奴が犬の枠から出られない以上、二本足の歩行そのものが極めて困難なのである。

 それでも稀にいる通常の犬と同じように、二本足で立てる可能性はゼロではない。

だが出木杉はまず奴が二本足になる事は無いと思っていた。何故ならあの体躯である。

あの重量を後ろ足で支えられるとは考えにくい。

もっと言えば奴はラブラドール・レトリーバーが元になっている。ラブラドールが股関節が弱いのは一部じゃ有名な話だ。

 

――二本足になれないという事は。前足による攻撃が容易には行えない事を意味する。

 

 あの爪が来ないなら非常に有り難い。無理に攻撃しようとしてもバランスを崩す可能性がある。それならそれで好機だ。

 更に。

 奴の視野は広いが、視力はけして高くない。これも上手く利用したいところ。

ある程度は見えているだろうが、犬の特性のままならば色の判別も相当苦手なはずだ。自分達が少し隠れれば、少なくとも視覚で捉える事は難しくなるはずだ。

 その視力の弱さを補うのが嗅覚と聴覚。

けれど強すぎる感覚器官は時にウィークポイントになる。大きな音や強い臭気をくらうと、しばらく耳や鼻が麻痺するはずだ。

 最後に、奴の特性にして難点。

ティンダロスは個人を徹底的に追跡して捉える事に特化されたB.O.Wである。

多人数との戦いは元より得意ではない。

どいつをターゲットにするかで迷う上、ターゲットを決めたら決めたでそいつ以外がフレームアウトしやすいのだ。つまり攻撃が読み易くなる。

 

――これだけ聴くと、付け入れそうな隙はたくさんあるんだけどな。

 

 手が痛い!と太郎が悲鳴を上げた。攻撃を受けたわけでなく、攻撃に失敗した為だ。

渾身の力で刀を振るっても、ティンダロスの表皮は堅すぎる。食い込ませることさえ出来ずに弾かれてしまう。

 そもそもさっきから聖奈達が銃弾を浴びせているのに、ろくにダメージを与えられてないのだ。あの防御力もなんとかしなければならない。

 唯一腹の下は柔らかそうなのだが、奴が潜らせてくれるとは思えない。

 

「動きを止めるアテが無いわけじゃないんだけど」

 

 ざっくり出木杉が今の話をすると、ドラえもんは苦い顔をした。

 

「“こけおどし爆弾”なら持ってるから。あれ自体に大した威力はないけど、光と音で昏倒させる事は出来る、かも。でも……」

 

 そこで彼は口ごもる。狙いは悪くない。元々眼の悪いティンダロスだ。閃光を真正面から受ければしばらく眼を塞ぐ事は出来る。また、聴覚も然り。耳が良いからこそ、大きな音に負けて耳をやられ、気絶する可能性は高い。

 が。もし気絶させられなかったらどうなるか。視覚と聴覚を同時に奪われたティンダロスは、闇雲に暴れ出すかもしれない。それが一番危険だった。

行動も読めなくなるし、そもそも奴の攻撃範囲は広い。

 

「わっ……!」

 

 ガゴンッと凄まじい音がした。ティンダロスが振り回した尾が、壁を破壊したのである。大穴の開いた壁を見て、スネ夫が真っ青になった。

 

「く、食らったら潰れたヒキガエルになれそう」

「……まあ複雑骨折じゃ済みそうにないよな」

「さらっと言わないでジャイアン!」

 

 加えて威力だ。打撃によるダメージのみならばウイルス感染の心配はないだろうが――感染しなくても即死の危険性は十二分にある。

 

――何か手があるはずだ!ドラえもんの道具で、何が使える?

 

 出木杉は必死て頭を回す。あまり時間の余裕はない。皆の銃弾が切れたらその時点でゲームオーバーだ。

そうでなくとも騒ぎを聞きつけて、他のアンデットやB.O.Wが集まってこないとは言い切れない。

 資料にあったにも関わらず、まだ姿を見ていないB.O.Wがいるのが気にかかる。奴らはまだ研究所のどこかに隠れ潜んでいるかもしれないのだ。

 

「ん?」

 

 ふとある事に気付いて、床を見た。磨きあげられた床は真っ白だ。隅には埃も落ちているが、汚れらしい汚れはない。

 

「ドラえもん。いくつか訊きたいんだけど」

「ん?」

「天地逆転オイル、さっき撒いてなかったっけ?」

 

 ドラえもんとのび太が戦った時、ドラえもんは天地逆転オイルを使ったはずだ。しかしオイルはもう床に残っていない。

 

「ああ、アレ?揮発性高く設定してあるんだよ。危ないもの。せいぜい五分くらいしか液状化していられないんだ。危ないから……あ」

 

 セワシの言わんとする事が分かったらしい。ドラえもんが目を見開く。

 

「そうか!あれならティンダロスの巨体をひっくり返せる……!!

 

 天地逆転オイルが作用するのは重力だ。重い奴ほど効果は高い。ただし叩きつけたりする力はさほど強くないのだが。

 

「質問その二。室内に“やまびこやま”って何処にいくつセットしてある?あと、耳バンとタケコプター持ってるよね?」

「……OK、その質問で分かった。流石出木杉君だ。大丈夫。タケコプターはあるから」

「理解が早くて助かる」

 

 さっきのドラえもんとのび太の戦い。あの戦いのおかげで、活路が見いだせるなんて。これも運命だろうか。

 

「みんな!」

 

 ドラえもんに“やまびこやま”の配置を聞いて、出木杉は叫ぶ。

 

「作戦を伝える!聴いて欲しい!!

 

 ティンダロスの知能はさほど高くない。日本語を理解する能力などないのが幸いした。堂々と作戦を伝えても悟られにくいのは実に有り難い。

 出木杉の作戦を聴いた皆の表情はまちまちだ。眼を丸くする者。渋い顔をする者。考えこむ者などなど。

 

「最終的にやる事はシンプルだけどよ」

 

 武が唸る。

 

「本当に上手くいくのかよ。角度計算とか出来ねーぞ俺ら」

「そこは僕が指示するから大丈夫。君達はただ言われた通りやってくれればいいよ。細かいタイミングは全部こっちで合図するから」

 

 細かい場所を省けばシンプルな作戦だが、リスクは大きい。一つタイミングを間違うと、あとはドミノ倒しよろしくバタバタと崩れてしまうだろう。

 だが、恐らく他に方法はない。今は戦線離脱しているのび太が目覚めた時――自分達は笑って迎えてやらなければならないのだ。

 そしてセワシのことも。

 彼らを、そして世界を救えるのは−−自分達だけだ。

 

「四の五の言ってる余裕はなさそうですよ皆さん。マガジン、残り一個になっちゃいましたから」

 

 吹っ切ったように聖奈が笑う。

 

「どうせなら生存率高い方に賭けません?私は乗りますよ」

「……聖奈さんが言うなら僕も。これ以上女の子に格好良くなって貰っちゃ困る。なあ太郎?」

「だよねスネ兄ちゃん」

 

 臆病だったはずのスネ夫と太郎が、悪戯っ子のような笑みを浮かべて銃を構えた。武も反対していた訳ではないのだろう。仕方ねぇな、とランチャーを肩にかけ直す。

 

「のび太さんの事は心配しないで」

 

 そして、静香も。

 

「あたしが絶対、守るから」

 

 決まりだ。出木杉は頷き、一人一人に指示を投げた。指示を出すと同時に必要な道具を渡すのも忘れてはならない。無論その間もティンダロスは大人しくしていてはくれないので、誰かが囮になって牽制していなければならないのだが。

 主にそれは聖奈かスネ夫の仕事である。彼らは時々交代しながらティンダロスの顔面を撃つ。戦って分かった事だが、ダメージはないまでも弾幕には一定の効果はあるようだ。撃たれればちょっとは痛いらしく、ティンダロスの注意がそちらに向き足が止まる。これだけで十分意味がある。

 聖奈とスネ夫が耳バンを受け取ったところで、本格的な作戦開始となる。全員に重要な役目があった。誰がミスしても作戦は成功しないだろう。

 

「節約したってあと十分くらいしか弾保たないぞ」

「私もです。後でアンブレラの武器庫からかっぱらうしかないですね」

 

 スネ夫と聖奈が顔を見合わせて肩をすくめた。聖奈は泥棒する気満々らしい。なんとも逞しいというかなんというか。

 二人は冗談混じりに言いながらも撃つのをやめない。撃ちながら移動し、ティンダロスを部屋の中央へ誘導していく。

 視野の広いティンダロスには、本来なら部屋の全てが見えている筈だった。しかし、先述した通り、その視力は人間より遥かに弱い。加えて今は聖奈とスネ夫に意識を持っていかれている。

 テーブルの横を、身を屈めて移動する出木杉や皆の姿は、眼に映っていないだろう。静香も意識のないのび太の身体をなんとかカウンターキッチンの裏に移動させている。これで彼らはしばらく安全だ。

 

「太郎、そっちのやまびこやまはもう少し右に傾けて。隣のはあと10cmばかり右。ジャイアンはそのテーブルの裏で待機。ドラえもんはもう一歩下がって」

 

 出木杉は指示を出しながら、自身も傍のやまびこやまの角度を調整する。よし、あとは。

 

「出木杉!」

 

 スネ夫が自分を呼ぶ。ティンダロスは見事、自分の狙った場所まで誘き出されていた。出木杉は叫んだ。

 

「今だ!」

 

 

百十六

 戦術

供達のオペラ〜

 

 

 

 

言葉一つ届かない叫び。