作戦は単純明快だ。
まず聖奈とスネ夫がティンダロスの顔面を撃ちまくり、注意をひきつつ食堂の中央まで移動する。この時弾切れまでに事を運べなければ、あるいはティンダロスの攻撃を食らってしまったら、まずはこの二人が殺されてしまうだろう。
そこでもうゲームオーバーだ。限られた条件で囮を続けるのはかなりの度胸と技術が要求される。
二人がティンダロスを誘導している間、彼らと静香以外のメンバーはテーブルなどの陰を利用して移動する。
この時スネ夫達が失敗していてこちらの動きを悟られると、それもやっぱり終わり。このB.O.Wは視力は弱いが視野は広いし聴力はかなり高いのだから。
また、自分――出木杉と、太郎には別に仕事がある。
ドラえもんがのび太を倒すべく設置し、そのままになっているいくつもの改良型やまびこやま。その位置と角度を調整することだ。
これも失敗すると、作戦の決定力を欠く事になる。出木杉が全て指示を出すが、太郎がどこまでその指示通り動けるかは一つの賭けだ。
一方、武はドラえもんに“管理者権限”を発動してもらい、天地逆転オイルの入った樽(のように見えるバケツ)を受け取り、所定の位置まで移動して待機。
ティンダロスを誘き出す位置に最も近い場所。攻撃を受けないよう最新の注意を払うのは勿論、ここで武がバケツをうっかりひっくり返そうものなら全て水の泡になってしまう。
――変だな、僕。こんな綱渡りやってるのに。
指示を出し、時に冷や汗をかきながらも。出木杉は笑っていた。
――何でかな。すごく今、ワクワクしてる。
ドラえもんとのび太達が繰り広げた数々の冒険。自分はいつも参加出来ずにいた。
それがオリジナルの史実だったのだから仕方ない。でも本当は出木杉も、彼らの仲間になりたかった。彼らと一緒に冒険したいと、ずっとずっと思っていたのだ。
此処は過去を再現した箱庭。今はまだ本当の世界じゃないし、何より悲劇の真っ只中だ。何かを楽しむなんて不謹慎で、そんな余裕など無い筈なのに。
気分がこんなに高揚するのは、きっと。
「やっと夢が、叶ったんだ」
今、僕は。
君達と一緒に戦えている。
「ありがとう」
誰にも聞こえないだろうけれど。
出木杉は小さく呟いていた。
「ありがとう。……忘れないからね」
自分はけして忘れない。たとえすぐ死ぬ事になっても。まだ望む未来には遠いとしても。
皆と仲間になれた今日この日を、けして忘れはしないだろう。
世界が変わるのは、今この瞬間だ。
「今だ!!」
出木杉の声と共に。出木杉以外の全員が耳バンを耳に貼り(普通の耳栓より遙かに効果がある。耳に貼り付けることで音を殆ど遮断する事が出来るのだ)眼を覆って地面に伏せた。
出木杉はドラえもんに借りた“こけおどし爆弾”のピンを抜き、二つまとめてティンダロスに投げる。
爆発するまでのわずかな間。その間に出木杉も耳バンを貼って、眼を堅くつむり地面に伏せた。
「――ッ!!」
恐らく、凄まじい音がした筈だ。
瞼の裏に閃光を感じてすぐ、伏せた地面が揺れるほどの衝撃があった。こけおどし爆弾はその名の通り、爆弾としての威力はほとんど期待出来ない。爆風もない。
ただ光と音で相手を昏倒させる為だけの手榴弾だ。そしてその光と音も、来ると分かっていれば耐えられないほどではない。
だから、“やまびこやま”の力が必要だったのだ。やまびこやまの向きと位置を動かし、その反射が全てティンダロスのいる部屋の中央に集まるようにし向けたのである。
こけおどし爆弾の光と音が、幾つものやまびこやまに反射され、何十倍もの威力でティンダロスに襲いかかったのだ。いくらティンダロスとはいえ、視覚と聴覚に甚大なダメージを負った筈である。
振動が収まってきたタイミングを見計らい、出木杉は眼を開け耳バンを外した。強烈過ぎる光を直視した結果、ティンダロスの眼は焼かれだらだらと血を流している。
同様に耳からも出血していた。つんざくような音が鼓膜をブチ破ったのだろう。あれなら三半規管にも深刻な影響が出た筈である。
「グガ、ガ……」
ぐらぐらと揺れるティンダロスの身体。出木杉は鋭く仲間を呼ぶ。
「ジャイアン!」
「わーってる!とりゃっ!!」
武が天地逆転オイルをティンダロスの足下にぶちまけた。発生する斥力に、B.O.Wの巨躯が浮き上がる。
「裏返れ、犬っころ!!」
オイルの力で浮き上がったティンダロスは、仰向けにひっくり返された。弱点の腹が、今なら丸見えだ。
「行くよ!」
「おうっ!!」
ドラえもんと武が頭にヘリコプターをつけ、宙へ舞い上がった。この食堂の天井が高くて幸いした。タケコプターで飛んでも、低い天井だとすぐぶつかってしまうところだった。
腹を見せて昏倒するティンダロスの真上で、ドラえもんは空気砲、武はロケットランチャーを構える。全てを見守っていた静香が叫んだ。
「ドラちゃん!武さん!!ぶっ放せぇぇっ!」
二つの武器が、火を噴いた。
片方の武器だけでも相当な威力なのに、それが同じ方向の同じ場所を狙ったのだ。しかもティンダロスの弱点である腹。
炸裂した一撃は、真っ直ぐ魔犬の胃のあたりをブチ抜き――爆発する。
「グギャアアアアアアアアアアア!!!」
魔犬の断末魔は長く長く尾を引いた。
まるで潰れたトマトのように、臓物が破裂する。否、ただ破裂しただけではない。肉を引き裂き背骨を砕き。破裂した腹から、魔犬は真っ二つに避けていた。まるで強大な力に引きちぎられたかのように。
「こ、こいつ!まだ生きてやがる!!」
スネ夫がぎょっとしたように言った。ティンダロスは舌をだらりと垂らし、身体を痙攣させていたが−−まだ、その呼吸を止めてはいなかった。
しかしもう、まともに動く事は出来まい。瀕死のB.O.Wの前に、つかつかと歩み寄ってきたのは、静香だ。
「貴方も被害者。B.O.Wとして産み出された貴方に……罪はない」
最後に然るべき恩寵を。
静香が銃の撃鉄を起こし、その銃口をティンダロスの固い目玉の中に押し込んだ。
「でも貴方はあたし達ののび太さんを傷つけた。その罪、万死に値するわ」
命を殺める事は罪だ。でも戦場では僅かな躊躇いが死に直結する。
静香の眼に曇りはない。彼女ももう、迷ってはいなかった。
「死になさい」
銃声はほんの少し濁っていた。ゼロ距離で目玉を撃ち抜かれては、さすがのティンダロスも為す術がない。魔犬は弱々しく鳴き声を上げると、そのまま今度こそ動かなくなった。痙攣ももう、消えている。
しばしの静寂。
やがて太郎が、おずおずといった様子で呟く。
「終わった……の?」
「そうみたいだね」
念の為、出木杉はもう一発ティンダロスの眼に撃ち込む。血なのか脳漿なのか分からないものが飛び散ったが、もう反射も起きない。
どうやら、目的は達せられたらしい。
「……さて」
ふう、とドラえもんが一つ息を吐いた。
「次。どうしよっか」
頭の中で、出木杉は考えをまとめる。自分達が今すべきことは二つだ。脱出路を見つけること。それに際し入るであろうセワシの妨害を退け、かつ彼を説得すること。
アルルネシアの妨害も入るかもしれないが、ここであの魔女と決着をつけるつもりは無かった。彼女を倒すのは“鍵”の示した通り、時間を巻き戻し−−アルルネシアがこの世界にやってきた、そのタイミングでだ。ここにきて魔女を倒しても、既に起きてしまった悲劇は変えられないのだから。
「やらなきゃいけない事はたくさんあるけど、まず弾の補充をしたいかな」
スネ夫がヘル・ブレイズ改[型を振りながら言う。
「まずは武器庫を探そう。幸いこの銃も、この世界の銃弾でもサイズさえ合えば使えるみたいだし」
「あら便利」
「……でないと詰むから、作者なりの救済処置だと思われる(笑)」
「なるほど」
いつの間にあんなに仲良くなったのやら。絶妙なタイミングで会話のキャッチボールをするスネ夫と聖奈。なんだかお花が飛んでいる。
「…目的、ではないんだけど」
静香が苦い顔で言う。
「のび太さんや出木杉さんの言ってた……あたしの偽物が気になるの。このまま引っ込んでいてくれるとは思えないんだけど」
間違いない。出木杉はSMサイボーグと名乗ったあの少女を思い出す。B.O.Wを呼び出し、自分とはる夫を追いつめ。本物の静香と入れ替わり、自分達を混乱させようとしたあの娘。
まだ何か、手を隠しているように思えてならない。そしてアルルネシアがセワシの正体を知っていた以上、彼女達がこのまま手をこまねいているとは考えにくい。
自分達に歴史を修正されて。彼らにメリットなど何一つ無い筈だから。
「……ヒロトさんか綱海さんがいたら。もう少しアルルネシアについて詳しい話も聞けたかもしれねーんだけどな。ってか聞いておくべきだったぜ」
「そうね。ヒロトさん、無事かしら」
武と静香が不安そうに眼を伏せる。基山ヒロトと綱海条介。この世界に介入したイレギュラーな異世界人。物語を変化させたのは此処にいる皆の力と言っていいが、変わる切欠を作ったのは彼らだ。
出来れば彼らとも話をしたかったな、と出木杉は思う。彼らにとって大事なのは自分達ではなくあくまでアルルネシアを倒す事だったかもしれないが。彼らのお陰で、今まで見えなかったものも見えるようになったのだ。
綱海はもうこの世界から退場している。生命反応以前に肉体が消失しているので、恐らくこの世界からログアウトしたのだと思われる。多分死んではいないだろうが、もう一度戻ってくることは期待しない方が良さそうだ。
そしてヒロトだが。彼はまったく生死も所在も分からない。自分達が補足出来たのは、ヒロトがネメシスを引きつける囮をかって出たくらいまでだ。その後何故かレーダーに引っかからない。この世界は自分達が管理している筈なのにおかしな話だ。
もしかしたら彼も。既に退場させられている可能性がある。
実は同じようにレーダーにかからない人間がもう一人いるのだが。
「結局、リュウジ君にも会えてないです」
聖奈が俯く。
「何処にいるかも分からない。運よく会えたらいいな、なんて思ってたんですけど。そう都合良くはいかないみたいですね」
そう。その緑川リュウジだ。彼が一番謎である。なんせ“ほぼ一番最初から補足出来ていない”のだ。辛うじて生体反応だけは見える事から、生きてどこかにいるのは間違いなさそうなのだが。
何かあるのだろうか。自分達の監視をかいくぐる方法が。
「……立ち止まってても仕方ない。行こう」
出木杉はズボンを軽く払うと、やまびこやまを抱え上げてドラえもんに渡した。
「軽く後片付けして、まずは武器庫だ。どうあったって僕達は前に進むしかないんだからね」
待ち人に会えない者達。だけど待っていたって奇跡は起きないのだ。自分の足で、歩き出さない限りは。
第百十七話
撃破
〜最高の宴を〜
どんな絶望の雨に打たれても。