――西暦1995年8月、研究所・地下2F武器庫。
武器庫まではさほど遠くなかった。途中、ゾンビが一体だけ彷徨い歩いていたが、今の自分達にはどうという事もない。
聖奈は武器庫から拝借した弾を詰めながら、溜め息をついた。
――銃刀法違反に窃盗に器物破損に……今日一日で犯罪のオンパレードですよ。
アンデットへの攻撃および討伐行為は、状況が状況なら殺人罪になっていたかもしれない。
ウイルスに侵されたとはいえ、彼らが元々人間だった事に変わりはないのだ。
「一応ちゃんと管理してたんだね。在庫チェック表があるよ」
入口付近に小さな戸棚があった。その中からスネ夫が青いファイルを取り出し、パラパラと捲っている。
本人はさっさと弾込めを完了させたらしい。
「僕らがマイナスした分書いちゃう?名義は聖奈さんで」
「何故に私ですか」
「だって一番年上じゃないかー。先輩の顔を立てるよ」
「先輩に罪をなすりつける酷い後輩なんか要りません」
いつも通りの冗談の応酬をして、棚の中を物色する。
この研究所の様子を見て、どうにも引っかかっていた事があったのだ。何かヒントでもあるかもしれない。
「……こーゆーの、大人でもやるんですねぇ」
聖奈が捜し当てたのは、緑色のノート。使い古しのそれは、表紙には何も書かれていなかったが−−少し中身を見れば分かる。
研究員達の交換日記だ。
「見せて。僕も気になってる事があってさ」
「いいですよ出木杉さん。あ、なんなら声に出して読んじゃいますか」
「音読!研究員の人が聴いたら恥ずかしくて悶絶しそうだなオイ」
「間違いないね!」
武の言葉に皆がくすくす笑う。聖奈はノートを開き、めぼしい箇所を声に出して読み始めた。
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というわけで、息抜きに交換日誌を始めようと思う。上司の悪口もなんでもアリだ。いつも吐き出せない不満をここぞとばかりにブチ撒けようじゃないか!
記念すべき一人目は俺だ、あ、万が一上司に見られたら軽く死ねるので、全員仮名でよろ。
とりあえず俺はあのケツアゴジジイの英語が死ぬほど腹立つ。
機嫌悪いとスラング連呼だ、ふざけんなよ。日本人だからどうせ分かんねーとか思ってんのか!
月光仮面
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お前な、いくらなんでも月光仮面はやめとけ。激しく似合わないぞ。
しかしケツアゴジジイで誰の事かすぐ分かるのもどうなんだ(笑)まああの人、アルコール依存症のケがあるからな…。
上手に付き合うしかないよ。無能ってわけでもないしさ。
とりあえず俺はこの研究所がムサすぎる事に異議を申し立てない。
女!女が足りない!毎日野郎の顔しか見れないとか何それイジメ!?
みちるお姉さんラブ
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誰だよみちるお姉さんて。お前の仮名も充分ドン引きだ、気付け。
しかし花が足りない事には心の底から同意する。たまーにアンブレラの別部署のお偉いさんに女がいたりするけどよ、どうもガイジンは好みじゃなくてだな…。
つーかなんで白人はみんなあんなにデケェんだよ。女に見下ろされるとか最悪なんですけど。
とりあえず俺好みの清純派希望。露出が高くてアピールしてくる女は嫌だ。補給求む。
雑用係A
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このムッツリスケベめ。今のでお前が誰か分かったぞ。
俺はガツガツ攻めてくるタイプが好み。束縛されたいし引っ張ってってもらいたい(ちなみに言っておくが別に俺はMじゃないからな?)。
気が強くて活発な可愛い子、どっかに落ちてねぇかな。
そういや朗報だぞ。この部署に女が来るらしい。期間限定だけど。
例のケツアゴジジイが“リン”って呼んでたから、多分そんな名前だ。
ただ堅物系らしいので俺らの好みには合わないと思う。あんま真面目くさったタイプ駄目なんだよ…小学校の時の学級委員長思い出してだな。トラウマだ…。
もちキング
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いや何があったよ小学校の時。トラウマになるレベル!?委員長にイジメられてたのかお前!?
ってか女!女が来る!やったああ!堅物だろうと女は女だ、目の保養だ!!
多分日本人だし、見た目だけでも美人だといいな〜!
よし俺マジで仕事頑張るわ。
月光仮面
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お前のモチベーションの上げ方がおかしい。嬉しいのは分かるが、女がいようがいまいが普通に仕事はちゃんとやってくれ。
お前まだ今月の請求書打ち終わってないだろ。
早くしないと経理にまとめて弾かれるぞ。
ただでさえ最近予算きちーんだからよ。
みちるお姉さんラブ
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日記の殆どは、彼らの他愛ない雑談や日常で埋め尽くされていた。
下らない、馬鹿馬鹿しいと切って捨てるのは簡単だが。聖奈が思ったのは、別の事だ。そして恐らく、他の仲間達も。
アンブレラのこの研究所にいたのは。悪魔に心を売り渡した狂信的な科学者たちなどではなかった。
自分達と同じ、普通の人間。楽しみにしてるテレビだとか、綺麗な女の子のことだとか、仕事が大変だとか馬の合わない上司の愚痴だとか。
垣間見えたのは、そんな普通の研究員達の日常だった。
最初は思っていたのだ。この悪夢の切欠を作ったのはアルルネシアだが、関わった者達もきっと悪魔のような人間ばかりに違いない。
アンブレラの会社そのものが悪だったのだ、と。
だけど。一つの組織を丸ごと一つの概念で括るのは、非常に盲目で危険な事なのだ。一つの学校の中に、誰一人として同じ生徒はいないように。
意地悪な奴、優しい奴、気の利かない奴、器用な奴。それらが全て集まっているのが国であり世界なのだから。
「……愛がなければ、見えない」
聖奈は呟く。
「愛がなければ……真実を見失うんだ」
日記の中に答えはあった。
彼らが普通の人間であり、そして。
全ては彼らの“誰かを救いたい”という善意から始まっていたことを。
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また失敗!
もう嫌だほんと嫌だ!あのマウス可愛がってたのに何で死んじゃうんだよ…。
理論上じゃ、下半身不随が大きく回復する見込みだったのに酷い酷い酷い。
もちキング
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落ち着けよ。焦ってもしょうがないだろ。
ってかつくづくお前この仕事向いてねぇよ。動物大好きすぎだろ。ここにいたら毎日マウスを死なせる事になるんだぞ。
まあ俺だっていい気しないけどさ。腹括るしかないだろ。あいつらが命がけで働いてくれるお陰で新薬は生まれるんだ。
感謝、しないとな。
みちるお姉さんラブ
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お前にしちゃ真面目だな。ありがとう、ちょっと落ち着いた。
だよな、自分でも向いてないって思う。
でも、筋ジスや早老症に役立つ薬が作れるかもしれないって聴いたらいても立ってもいられなくてさ。俺んち貧乏だから医者になる金無かったし。
アンブレラには感謝してるよ。勉強の機会も知識を役立てる機会もくれたし、補助金も出してくれたんだから。
もちキング
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ま、その点俺らみんな似たようなもんだよな。
うちの家内も、難病で倒れて、今でも寝たきりのまんまだ。あいつに約束したんだよ。始祖ウイルスで薬作って、絶対また歩けるようにしてやるって。
道は長いけど、俺らの仕事って凄く意味ある事だと思う。
アンブレラはまぁ胡散臭い噂もいろいろあるけどさ。この薬が出来たら、医学界に革命が起きるって話だ。燃えるじゃねぇか。
この手で何万人、何十万人、何百万人救えるかもしれないと思ったら、諦められないよな。
雑用係A
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ちょっと待った、お前結婚してたわけ?初耳なんですけど?あとで奥さんの写真見せろ、美人だったらぶっ飛ばす。
しかしウイルスが薬に変わるなんて、一般人はびっくりすんだろうなぁ。早いとこ革命起こしたいもんだ。
あれが形になったら。犠牲になったもんもきっと報われるよな。
月光仮面
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「……本当に」
ドラえもんが声を詰まらせる。
「この人達は信じてたんだ。T−ウイルスで人を救える筈だって。病気に効く薬を作る為に、研究所でずっと頑張ってた。
アンブレラもそれを精一杯バックアップしてたんだ」
日記から読み取れるのは、彼らの純粋な熱意ばかり。人の心を侵し、踏みにじり、全てを蹂躙しつくす生物兵器を作ろうなんて――考えている人間は、一人もいなかった。
彼らが望んでいたのはただ。
大切な人と、世界中の名前もないたくさんの人々を救いたい、ただそれだけだった。
それだけだったのに。
「アルルネシアは……その全部をぶっ壊しやがった」
ドンッと武が壁を殴る。
「あいつがアンブレラを乗っ取り……方針を全転換させたってわけだ。自分がただ楽しみたいだけの為に!」
日記の様相は、ある時を境にガラリと変わっていた。ある時、煮え詰まっていたウイルスの研究を、180°方向転換する指示が下された時だ。
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何でこんな事になったんだよ。
細菌兵器って聞こえたぞ。俺の耳がおかしくなったのか?
なあ俺らは人を救う薬を作ってたんだぞ。なんでそれが、人を殺す兵器になんか荷担しなきゃならねぇんだ!?
雑用係A
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あくまで噂だけど。アンブレラの上層部でクーデターが起きたって聴いた。
会長も視察に来なくなったしおかしいとは思ってたんだけどな。
不本意極まりないけど、俺はこのまま残るぞ。やっと光明が見えてきたところなんだ、諦めてたまるか。
兵器だろうとなんだろうと研究するのは同じウイルスなんだ。薬にできる糸口、絶対掴んでみせる。
アンブレラが兵器に転換しようとしてる正確な理由は分からないけど、なかなか薬としての成果が上がらなかったのもあると思う。
成果を出せば必ず会社だって認めてくれる筈だ。
もちキング
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「……」
目を閉じて、聖奈は日記を閉じる。そして考えた。
日陰の勇者だった彼らの為に。自分達が出来る事はなんだろうかと。
第百十八話
真意
〜逃げられなかった善意〜
起死回生 絶対諦めない。