哀しい、と思う。
うまくは表現出来ないけれど、ただ哀しい。
セワシの刃はまるで叫んでいるようだった。救われたい、なのに救われてはならない。
どうにもならなくてただ、ただ。想いを振りかざすかのようなその攻撃が、のび太には哀しくてならなかった。
自分も今日この日、初めて知った絶望がある。しかしそれはセワシからすればほんの絶望の一端に過ぎないのだろう。
お前に何が分かる、とセワシは言う。まったくもってその通りだ。
自分にはとても、彼の気持ちが分かるだなんて言えないし、言う資格もない。
そもそも他人の気持ちを本当の意味で理解する事など不可能なのだ。
真実はいつだってその人の中にしかない。その真実でさえ、言葉にした途端疑わしくなってしまう。
他人に出来るのはただその気持ちを予想し、さも真実であるかのように決めつける事だけなのだ。
だから、時に“探偵”と名乗る奴らは傲慢になるのである。無論全てがそうとは言わないが、彼らはその“探って決めつけること”が仕事だ。
真実を愛でもって見つめる心が無ければ、正義の味方はいとも容易く知的強姦者に成り下がるのである。
人間に、猫箱を開く力はない。
その人間に無い唯一の力を持つ存在こそ、“魔女”であり“魔術師”なのだ。
だが、その魔女や魔術師にでさえ、自らの潔白証明に赤き真実は使えない。どんな事にも例外はあるが、少なくとも今は不可能なのだ。
今この場ではセワシにものび太にも出来はしない。
自分の心を、絶対の赤で語ることなんて。セワシがそうしてくれたらそれだけで自分達は疑う事なき彼の真実を理解出来るのに――便利に見えて魔法という奴は悉く不便だ。
「はっ!」
のび太は立て続けに銃弾を三発放つ。二発を避けるべく横に飛んだセワシを、最後の一発が追い詰める。
銃弾は観葉植物の枝を抉り、その破片や葉がぱらばらとセワシに振り注いだ。
「くっ……」
セワシが顔を覆ったタイミングを見計らい、距離を詰める。
綱海からもらい受けたこのヘル・ブレイズ改Y型。どうやら形状変化させて、ライトブレードを出す機能があったらしい。
だが知ったのはついさっきだ。何故だか急に使えるようになったのである――これも覚醒の影響なのだろうか。
胴払いの要領でブレードを横になぐ。相手がセワシ以外の人間なら絶対やらない。
ウイルス完全適合者である彼ならば死なないと分かっているからこその攻撃だ。
「ナメてんじゃねぇぞ……“Protess”ッ!!」
刃が見えない壁に弾かれる。セワシが怒りの眼でこちらを見ていた。のび太の攻撃が当たる寸前、彼もまた防護壁を展開させて身を守ったのだ。
−−真面目な話をすると。能力的に、不利なのは僕の方なんだよね。
深追いは禁物。一撃入れたら離れるのは基本。のび太は素早く距離をとる。
今までの行動で既にいくつかハッキリしていた。自分とセワシでは、基本的な身体能力はほぼ互角。しかし、このまま戦いを長引かせれば負けるのは確実に自分の方だ、と。
セワシと自分ではやはり戦闘経験に大きく差がある。
どうやって動けば効率が良いか、体力を消耗せずに済むのかという力学。こんな場面で相手はどのように動くかを予想する力。
それら全てを総合した経験値が、のび太には圧倒的に足りない。
また、魔法の使い方もセワシの方が良く分かっている。魔力の総合値も負けているに違いない。
百年磨かれた魔術師としてのキャリアは馬鹿にならないものだ。
さらには、セワシと自分はつまり同一人物なわけで。のび太の癖も性格も当然知り尽くされている筈だ。
おまけにセワシにはそれらを応用するだけの頭脳がある――のび太とは違う。
――うわあ……考えれば考えるほど勝てる気がしないヨ〜。
「食らっておけ!“Triple−Fire”ッ!!」
考察している間もセワシは休ませてくれない。三連ファイアなんて、また高度な技を使ってきてくれる。
三連続で飛んでくる火球をドッジロールでかわした。熱風が髪を焦がして少々熱い。
ふと、ある事に気付く。さっきからセワシはやけに炎属性魔法を好んで使ってきているような。
多分彼は火属性が得意なのだろう。実は魔法を使う者には多かれ少なかれ得手不得手があるのだ。
雷属性や得意地属性が得意な者、攻撃魔法より回復魔法に長けた者――まさに千差万別である。
のび太はといえば。さっき特に意識もせず放ったのが、氷属性の魔法だった。という事は恐らく。
――僕が得意なのは、氷属性?
試しておいた方がいい。のび太は手を翳し、叫ぶ。
「“Fire”!」
放ったのは確かに火属性の最下級魔法だった。しかしこれはあまりにお粗末だ。飛距離もなければ威力もない小さな火の玉がふらふらとセワシに向けて飛んでゆく。
そして届く前に、ぱちん、と消えてしまった。
「……火の玉だってもう少し元気だと思うな」
「……やかましい」
ドラえもんが呆れたように言うので、のび太はジト目になる。予想はしていたがまさかここまで酷いとは。
「……馬鹿にしているのか?」
セワシが明らかに苛立った声を出す。いえすみませんそんなつもりでは、と慌てて言い訳しかけて、気付いた。
まさかセワシは気づいていない?今ののび太の行動と結果が意味するところに。
――う一つ試してみよう。
これでハッキリする筈だ。のび太は魔法を詠唱した。
「“Thunder”!!」
雷属性最下級魔法。細い雷が、セワシに向かって打ち下ろされた。
セワシはギリギリで身を翻してかわす。地面が焦げていた。下級ながらそれなりの威力はあったという事だが――最初に放ったBlizzardほどではない。
結論。どうやら自分は、氷属性魔法が最も得意であり、対となる炎属性が死ぬほど苦手であるらしい。
――でもそれはおかしい。だってセワシ君は炎属性が得意なのに。
何故同一人物である筈の自分達の得意属性が異なっているのか。これは一体何を意味するのだろう。
もし得意属性を返る何らかの要素があるとしたら――その分岐点を自分は知らず知らず通過していた事になる。
それが何かなど、分かる筈もない。
ただ確かなのは。氷属性と火属性の相性は最悪だということ。属性の上で不利なのはこちらだ。
自分は多分、炎で大ダメージを負う。そしてミディアムになるまで焼かれたら、ウイルスに適合しきってない今だと復活できない可能性がある。
――た不利な点が増えちゃったよ。もう、どうするかなぁ。
唯一のび太に勝機があるとするなら。この場がドラえもんと戦ったのと同じ食堂であるという事。
部屋中に設置された“やまびこやま”はまだ回収されていない。なんとかこれを利用出来ないものだろうか。
何が問題って、セワシと一瞬たりとも気の抜けない攻防をしながら、その策を考えなければならないという事である。
元より頭脳労働の苦手なのび太からすれば苦痛以外の何物でもなかった。どうせならウイルスが脳細胞まで活性化させてくれれば良かったのに。
「疾ッ!」
「くっ……!!」
元の魔力に差がある事を考えると、あまり防御に力を割きたくないのが本音。セワシの刃を、ソードでなんとか受け流す。
――やっぱり。魔法が使えるとはいえ、セワシ君の本領は剣術だ。
あまり回転の早くない頭で必死に考える。魔法と格闘(ここにおける格闘とは単なる肉弾戦の意味ではなく、物理攻撃全般を指す)の両方が出来る戦士の場合、どちらかに能力が偏る事はままある。
RPGのゲームと一緒だ。魔法が得意な奴は剣が苦手で、剣が苦手な奴は魔法が使えなかったりするものである。
セワシは多分、剣術寄りのオールラウンダー。両方それなりのレベルで使えるが、魔法はあくまで補助的に使いたいタイプだろう。恐らくのび太も同系列に分類される筈だ。
――なら!先に武器を破壊した方が断然有利に立てる…!!
セワシの刀を破壊し、戦力と戦意の両方を削ぐ。そこから一気にたたみかける他ない。
――行くよ、セワシ君!いや……もう一人の、僕!!
のび太は立て続けに二発の銃弾を撃ち込んだ。二発はどちらもセワシの刀の刃を狙っている。
のび太の射撃能力は飛躍的に向上していた。単にコントロールに磨きがかかっただけではない。
見えるのだ。相手や物体の“急所”が。
そこを貫けば、本来より遙かに大きなダメージが与えられるのが、本能的直感的に分かる。この“眼”こそ、宿命の魔術師たるのび太の真価と言っていい。
「当たるか、ウスノロが!」
普通の人間なら避けられる筈もない攻撃を、セワシは身を翻してかわしてみせた。予想の範囲内。のび太とて初撃が当たるとは思っていない。
今のはセワシに“距離をとらせる”のが狙いの攻撃だった。セワシの剣術がどれほど優れていようと、結局は近接武器。距離を離されればまず届かない。
そして刀が届かないとなれば、セワシの攻撃は自然と魔法に頼らざるをえなくなる。
「“Triple−Fire”!」
思った通りセワシは三連ファイアを投げてきた。
炎属性の特徴として、攻撃スピードが遅い代わりに暫く滞空し、相手を暫し追尾するというのが挙げられる。つまり普通にかわすのは少々手間がかかるのだ。
セワシの考えは読めている。自分が三連ファイアの対応に苦慮している間に距離を詰め、一気に勝負を決めてくる気だ。
だがそうはいかない。こっちにも意地というものはある。簡単にやられてなるものか。
「“Reflec”!!」
「何ッ!?」
セワシが驚愕の声を上げる。ドーム状に展開したのび太の防護壁が、セワシの三連ファイアを弾いたのだ。
Protessとは似て非なる魔法である。あちらは物理攻撃を“防ぐ”事に特化した防護壁。
こちらは特殊攻撃を“反射”させる、いわば鏡のようなものだ。
弾かれた火球はさっきより速いスピードで空気中を泳ぎながら、セワシの元へ向かう。
「くっ……!」
このタイミングならすぐに防御魔法は展開出来まい。セワシは刀を使ってなんとか火球を凪払った。面白いほど狙い通りである。
「“Blizzara”!!」
のび太は詠唱破棄で氷系中級魔法を放った。狙いはセワシの刀。
火球で熱せられたセワシの刀にぶつけられる冷たい一撃。しかもさっきのBlizzardよりワンランク上の魔法だ。
「ぐぁぁっ!」
熱疲労を起こした刃は、甲高い音を立てて砕け散った。破片がセワシの顔の方まで飛び、悲鳴が上がる。
眼にあたったら失明モノだ。しかし今、のび太は余計な情は振り払っていた。多少の怪我ならセワシはすぐ回復する。必要以上の情けは自分の身を滅ぼすだけだ。
「小賢しい真似を……ふざけやがって」
低く、唸るような声でセワシが言った。右目のあたりを手で抑えている。ポタポタと血の滴が散った。
「まともな死に方が出来ると思うなよ、貴様ぁ!」
吼える声。気圧されるな、とのび太は自分に言い聞かせながら、キッとセワシを睨み据えて言った。
「それくらい本気で来てくれなきゃ、意味ないよ」
本番は、ここからだ。
第百二十四話
悲哀
〜溺れた人魚〜
照らすは熄み 僕らの歩き慣れていた道はどこだ。