――西暦1995年8月、研究所・2F食堂B。

 

 

 

 少しずつ見えてきた気がする。セワシの本質も、セワシの感情も。理解出来る、なんて言う資格はないが、それでも分かってきた気はするのだ。

 彼が本当に赦せないのは、のび太本人では、ない。いや、単に“赦せない”と表現するのも正しくない気がしている。

 

「少しばかりの情けも消えた」

 

 顔の半分を血で染め上げて、セワシがギロリとこちらを睨む。

その有様は、自分と同じ顔をしているとは思えぬほど壮絶で、どこか美しくさえあった。

 のび太は銃を握り直す。ここで怯んだら、今までの努力が水の泡だ。

 

「貴様にはあらゆる苦痛を味わわせてやる。楽に死ねると思うな……“Curelra”」

 

 セワシが自らに回復魔法をかけ、片目の傷を塞ぎにかかった。

隙があるとしたら今しかない。どのみちセワシの剣は破壊したから、あとは彼はもう魔法に頼るしか手がない筈だ。

 

「“Hast”!」

 

 動作を機敏にする補助魔法をかけて、一気に攻めいった。ウイルスによる脚力アップに加えてヘイストでスピードを上げれば、もう常人の眼には映らない。

この隙にセワシの両手両足を粉砕し拘束する。

そこで魔法を封じるスペルをかければ後はもう煮るなり焼くなりいくらでもやりようはある。彼を説得するにはまず、説得出来る環境を作る他ない。

 コンマ数秒にも満たない次元で銃を抜き、引き金を引こうとした――刹那。

 

「ぐぁ……っ!!

 

 脇腹に、灼熱。のび太の撃った弾はセワシを逸れて、明後日の方向に向かった。

 馬鹿な、とそう思った理由は二つ。

 一つは動き。いくらセワシでもHastで強化されたのび太の動きは見えない筈だ。それなのに何故、のび太の攻撃に反応出来たのか。

 二つは武器。セワシの剣は破壊した筈なのに。自分の腹を貫くこの光の剣は一体何だというのか。

 

「ライトブレードが使えるのはお前だけじゃない」

「ぐ、う」

「宿命の魔術師は、他の魔女や魔術師と比べてもかなり武闘派に分類される。気付かなかったか?これが俺達固有の能力だと言う事に」

 

 なるほど、セワシのライトブレードは刃が砕けた彼の愛刀から伸びている。

綱海に貰った“ヘルブレイズ改・Y型”の力では無かったという事か。いやはや無知とは怖い。

 なんて、半ば無理矢理意識を冗談じみた思考へと持っていく。そうでなければ痛みが気が変になりそうだった。

刃が肉から引き抜かれるこの不快感を、なんと説明すべきかも分からない。まるで内臓ごと嘔吐している気分だ――とでも言えばいいのか。

 追随して血が噴水のように噴き出した。

 

「のび太さ……!」

「し、静香ちゃん!」

 

 静香の悲鳴のような声と、スネ夫の焦った声。うずくまりながらもなんとか首だけを動かしてそちらを見ると、静香が倒れそうになっていてスネ夫と聖奈に両脇を支えられている。

さすがに彼女には衝撃的過ぎる光景だったようだ。

 申し訳ないな、と思うと同時に安堵した。まだ思考は死んでない。

痛みは吐き気がするほどだが、なんとか耐えられている。

耐えられている自分に気づき、ほっとしたのだ。大丈夫。まだ、戦える。

 

「“Curel”……くっ」

 

 下級回復魔法を唱えると同時に体を横に転がしていた。セワシの刃がさっきまで立っていた場所に突き刺さっている。

やはり回復の暇は与えないつもりらしい。のび太が中位や上位の回復魔法にしたかったのはそれを見越しての事。下位魔法の方が発動が早いのだ。

 しかし下位魔法ですぐ直るような傷ではない。

ウイルスによる回復能力があるのび太だからなんとか動けるレベルまで至っただけだ。治りきっていない傷がズキズキと疼いて、歯を食いしばる。

 

「火達磨になるのと、全身を切り刻まれるのとどっちがいい?好きな方を選ばせてやるよ!」

「どっちもお断りだね!“BAFire”&“Protess!!

「燃え尽きろ、“Figae”!」

 

 全属性魔法防御であるShellでは防げない魔法が来る。その予想は正しかった。セワシは炎属性の上級魔法をぶつけてきた。炎属性を一度だけ無効化できるBAFireで対応して正解だったらしい。

 

ーーこの狭い屋内でガ級を使うなんて…!

 

 セワシもだいぶ冷静さを欠いてきているようだ。あまりよろしくない展開である。この狭い地下で彼の魔力が暴走したら、最悪此処にいる全員が生き埋めになってしまう。

 

――でも、完全に理性を失ってはいない。

 

「“Curel”……」

 

 再び下級回復魔法を呟き、仲間達を振り返る。静香、太郎、武、スネ夫、出木杉、ドラえもん、聖奈。不安げな彼らと眼が合った。

 

――セワシ君はあれで、みんなに魔法が飛ばないよう必死に制御してる。さっきファイガを使ってきた時は、僕がどう避けてもみんなに当たらない位置だった。

 

 無論同じ事を、自分も気をつけなくてはならない訳だが。恐らくセワシは自分以上に、仲間を傷つける可能性に過敏になっている筈だ。今までの、彼の経緯を観察する限り。

 その良心と罪悪感を利用する。とても誉められた真似でないのは百も承知だ。

それでも使えるものは使わなくては。普通に戦って、勝てる相手ではない。

 

――悪いけど。勝たせて貰うよ、セワシ君。

 

 負ける訳にはいない、なんとしても。のび太にとってセワシという存在は、単なる未来の可能性でもなければ自分を殺しに来る敵でもない。

最も相応しい言葉を選ぶなら――壁。彼はのび太が乗り越えなければならない試練なのだ。

 セワシの絶望も、傷も全て受け止めて前に進む。のび太の中で静かに固まった決意。

彼らが自分の幸せを望んでくれたから。自分は何が何でも、みんなで幸せになる方法を探し出す。その為にはセワシに負けてられないし、何より彼の理屈を認めるわけにはいかない。

 自分が死んで悲しむ人がいるのに。易々と生きる事を諦めてなるものか。今はもういない人達もそう願ってくれた。だから自分はまだ生きて呼吸をしている。

 息を止めるには、まだ早い。

 

「はっ……!」

 

 のび太は近くにあった椅子を、思い切り放り投げた。

今ののび太の腕力ですら実は聖奈に及ばないのだが(恐らくセワシも同じだろう。残念ながらウイルスは脚力は強化しても腕力には殆ど作用してくれなかったらしい)それでも投げられない重さではない。

 

「無駄な足掻きを」

 

 向かってくる障害物を前に、セワシがどんな行動に出るかは読めていた。

剣術にさほど秀でていないのび太なら正直に避ける。しかしセワシなら、多分。

 

「はっ!」

 

 思った通り。彼は椅子を剣で粉々に砕き、舞う破片を隠れ蓑にして接近を試みた。

よほど腕に覚えがなければ出来ない芸当。

恵まれない体格と恵まれない腕力でありながら、それほどの技を身につけるほどの経験を積んだ彼。

どれだけ努力をすれば、修羅場を潜ればその域に達する事が出来るのか。自分には到底、想像さえつかない。

 薄々のび太も気付いていること。セワシが何故、銃ではなく剣で戦う戦士となかったのか。

彼も元々は“野比のび太”。本来射撃に関しては右に出る者がないほど得意としていた筈である。

 それをわざわざ捨てて、剣を選んだセワシ。そこに見え隠れするのは或る強い感情だ。つまりは罪悪感と――意地。

 闘いの中で段々と見えてきていた。自分が読み解き、越えるべき彼という存在が。

 

「!」

 

 セワシが驚きに目を見張る。当然だろう。超速で接近した筈の場所に誰もいなかったばかりか、ほぼ完全にのび太の姿を見失ったとあっては。

 

――障害物をブライドにしたのは君だけじゃないって事さ、セワシ君。

 

 セワシの意識が障害物に向き、切り刻み突進する僅かな間。その瞬間のみ、セワシの眼からのび太は完全に消える。その隙にのび太は、気配を絶って障害物の散乱した室内、テーブルの陰に隠れたのだ。

 今まで小さな体格に何度も悔しい思いをさせられてきたが。今だけは小柄で良かったと心底思う。

 

「くそっ……コソコソ逃げ回りやがって!何処だ、出てこい!!

 

 声を張り上げるセワシ。当然、のび太が「はいここですよ」などと返事をする筈もない。

 

――僕が隠れ続ける事には、メリットとデメリットの両方がある。

 

 のび太にとってメリットは、少しばかり体を休ませ作戦を練る時間を与えられる事。セワシを焦らせるという意味でも効果はあるだろう。

たとえのび太の隠れた場所がなかなか見つからなくても、セワシは無差別攻撃はまず行わない。何故なら室内には静香達がいるからだ。

のび太もまたそれを見越して、仲間達のすぐ近くに隠れていたりする。

 デメリットは、この状態が時間稼ぎにしかならないこと。

休む事は出来ても回復魔法は使えないから、傷を癒やすことが出来ない。

何故なら、魔法を使えばその気配と光で居場所が知れてしまうから。そしてセワシはのび太より頭も勘もいい。

闇雲だろうと、いずれはのび太が隠れた場所を探し当てるだろう。恐らくそう長くは保たない。

 

――だけど、それでいい。セワシ君の隙を突く奇襲。たった一度、そのたった一度のチャンスを実らせる事が出来るなら!

 

 のび太はセワシが背を向けたタイミングを見計らい、小石を投げた。セワシにではない。

部屋の反対側、カウンターキッチン前に隠されたままになっている“やまびこやま”に向けて。

 

 かつん、と。高い音が反響した。

 

「そこか!」

 

 セワシがすぐ様反応し、刃を振り下ろした。ガシャン、と何かが壊れる音。

“やまびこやま”が破壊されたのだろう。セワシが事態を悟って振り向くより前に、のび太は素早く飛び出していた。

 

「“Blizzara”&“Bline”!」

 

 氷属性中級魔法の矢が、セワシの足下を凍らせる。次いで視力を一時的低下させる暗闇魔法が、セワシの眼を奪っていた。

 

「畜生ッ!てめぇぇ!“Fire!!

「当たらないよ!!

 

 足を凍らされたセワシはその場から動けない上、視界は塞がれている。悔しまぎれの下位魔法など当たる筈もない。

そして先述したように、室内で見守る仲間達がいる以上、セワシは部屋を焼き尽くすような大技も無差別攻撃も出来ないのだ。

 

「これで終わり……“BlizzardShot!!

 

 のび太は銃を構え、氷属性の魔法弾を精製。立て続けに四発、撃ちはなった。動かず、動揺する標的を仕留めるのは容易い。

 

「ぐあああっ!!

 

 セワシの両腕と両足を貫き、凍傷を齎す四連打の攻撃。絶叫とともに、セワシの体が崩れ落ちた。

 命に別状はない。だが手足を砕かれた上に凍らされ、おまけに視界まで塞がれたとあっては−−もはや彼に成す術はないだろう。

悔しげに呻く“未来の自分”に、のび太は静かな声で言った。

 

 

 

「僕の勝ちだよ、セワシ君」

 

 

 

 未来がどれだけ残酷だとしても、これだけは確かなこと。

たった今、希望の小さな欠片が絶望の大きな可能性に打ち勝ったのだ。そう、これはのび太自身と――のび太を想ってくれる仲間達が授けてくれた勝利。

 のび太が拳を高々と上げると同時に。太郎達から、わあっ、と歓声が上がっていた。

 

百二十六

 物語

わるモノ、代えられぬモノ〜

 

 

 

 

行かなくちゃ、ぼくのかみさま。