−−西暦1995年8月、学校校舎・1F保健室。

 

 

 のび太と班メンバーは一度保健室に戻ってきていた。かなりの収穫はあった、一度皆で情報を共有すべきと判断した為である。

 先生が無事だったと伝えると、静香は嬉しそうな顔をした。

「良かった…!協力は期待出来ないみたいだけど、今は生きててくれるだけで嬉しいわ。そこは安全なのよね?」

「多分ね。あれだけしっかりバリケードで固めてるわけだし」

 のび太はあえて事実を隠した。実は先生と会った後、隣の教室を覗いてひっくり返ったのである。

そこは化け物の巣窟になっていた。ゾンビにカラスにゾンビ犬に。

どうやら先生達があれだけ頑丈なバリケードを築いたのは、隣の教室の化け物達から身を守る為だったようだ。

 すぐにどうこう、という訳ではないだろう。しかし化け物の中には犬のような小柄なものもいるし、天井にはどうしても隙間がある。そこから這い出してこない保証はない。

 そして頑丈すぎるバリケードは時に中の人間の逃げ場をも奪う。あれのせいで袋のネズミにもなりかねない。

 

−−それに籠城たって…ここは学校。しかも夏休みだったんだ。そんな蓄えがあるとも思えない。

 

 食料は?水は?弾薬は?武器は?考えれば考えるだけ不安要素は挙げられる。

いくら安全な場所でも、それらの解決なしにいつまで同じ場所に閉じこもるのは不可能だ。

 しかし、そんな話を静香にするつもりはなかった。

彼女はのび太が理性を繋ぎとめられる一番大切な存在だ。無駄に不安を煽る真似は避けたかった。

 

「T-ウイルスか…また面倒なものを作ってくれたね。生物兵器なんて作ったら、後で後悔するのは自分自身なのに」

 

 ヒロトが忌々しいという様子を隠しもせず言う。穏やかな気性(多分)の彼にさては珍しい反応だ。

何か琴線に引っかかるものがあったのかもしれない。

「…アンブレラ、か。なるほどそういう事か」

「どうかしたんですか、金田さん」

「…いや。私の家はこの学校のごく近所にあるんだがね」

 思い出す仕草をして金田が言う。

 

「奴らのマークの入った車が停まっているのを見たことがある。

あと、明らかに教員じゃあなさそうな、がっしりした外人どもが学校付近をうろついてのもな。

この学校のどこかに施設があるなら、分からん話じゃない」

 

 確かに、万が一の場合は化け物を力ずくで抑え込む人材が必要だ。

連中も万が一に備えて傭兵を雇っていたのだろう−−実際のバイオハザードで役に立ったかは別として。

 

「それはそうと。…やる事もないんでな。保健室の薬品棚を整理していて奇妙なものを見つけたんだが」

 

 どっこいしょ、と立ち上がり。金田は棚を開く。

 

「……今は1995年だろう。何故こんなラベルが貼られている?」

 

 金田が見せてきたのは、一つの茶色い薬瓶だ。

薬の名前は英語だかドイツ語だかで読めないが、一見何の変哲もない瓶に見える。

 しかし。金田が指し示したのはそこではない。ラベルの下部−−製造年月日が書かれた箇所だ。

 

「ちょ…どういう事だよこれ?」

 

 健治が戸惑いの声を上げる。

 ラベルにはこう書かれていた−−製造日、2010年4月23日、と。

「十年以上も先だ?単なる誤植じゃねぇのか」

「…いや…待ちな、健治」

 何かを思い出したように、綱海が通信機を取り出す。

 

「このトランシーバー、見慣れない型だなぁと思ってたんだけど、もしかしたら…」

 

 やがて目当てのものを探し出したらしい。

トランシーバーをひっくり返し、綱海は自分達にそれを見せた。

 

「…見ろ。こっちには2010年9月製造って書いてあるぜ。これは偶然か?」

 

 2010年。自分達にとっては15年も先の製造年月日。

のび太は静香と顔を見合わせる。二つの品で同じ年が重なるなら、偶然とは言い難いのではないか。

 自分達にとっての、未来。そう思い至った時、のび太が思い出したのはドラえもんのことである。

彼は22世紀の未来からやって来た存在だ。無論、2010年よりさらに先ではあるが−−。

 

「もしかしたら…だけど」

 

 未来から人がやって来る。その力を持った者達がいる。それもまた、事実だ。

「このトランシーバーとか薬ってさ…未来の世界から持ち込まれたものだったりして…」

「あ…!」

 その可能性に行き着いたのだろう。静香がはっとしたような顔になる。

「お、おいおい。未来って…SFじゃないんだぞ?タイムマシンなんて幻想だ」

「そうでもないんだよ、健治さん」

「あ?」

 説明して、理解して貰えるかは分からない。しかし話す以外にないだろう。

自分達は未来を知っていて、そこに時間旅行の手段が確率される“強い可能性”を知っている。

その理由を、頭から話して分かって貰うしかない。

 

「冗談に聞こえるかもしれないけど…ホントの話なんだ。実は…」

 

 のび太は、健治達に話した。自分の一番の親友である猫型ロボットのこと。

彼がタイムマシンを使って22世紀から来たこと。そのタイムマシンで自分達は幾度となく時間旅行をしてきたこと。

自分の子孫であるセワシや、ドラえもんの妹であるドラミに会った事があること。

不思議で頼れる秘密道具の数々のこと−−。

 思いつく限り語りながら、のび太の中でも考えが整理されていくのを感じた。

疑問が浮かび上がり、まとまっていく。なるほど、誰かに説明するのは時に自分にとっても有益であるらしい。

 

「……すぐに信じてくれって言っても無理かもしれないけど…本当のことなんだ」

 

 のび太はそう言って話を締めくくった。馬鹿な、と金田が言う。

しかし意外にも“馬鹿馬鹿しい”とは言わなかった。信じられないのだろうが、のび太の話を鼻で笑う気はないらしい。

 ヒロトと綱海は驚きもなければ発言もない。

驚くほど真剣に話を聞いてくれたようだ。太郎は純粋に受け止めて、目をキラキラさせている。そして、健治は。

 

「…ぶっちゃけ、信じがたい。でもお前が意味もねぇ嘘で俺らを騙す奴じゃないのは分かってる。目を見りゃ、それくらいはな」

 

 頭を掻きながら、彼はそう言った。

「つまりだ。お前はこの薬品や通信機が、十五年後からタイムワープしてきた“誰か”が持ち込んだんじゃねぇかと、そう思うわけだな?」

「はい」

「でもなぁ…十五年だぜ?そんな短期間にタイムマシンなんか発明されっかな?」

「あ…」

 言われてみれば、それもそうだ。

たかが十五年ともされど十五年とも言えるが、たったそれだけの期間で時間旅行の技術が確立されるかと言えば、少々現実的でない気がする。

 

「…薬を持ってきたのが、十五年後より後の世界の人間だったら?」

 

 けれど意外なところからフォローが入った。ヒロトだ。

「例えば、二十二世紀の人間が二十一世紀に寄り道して…無論寄り道の理由は分からないけど…最終的にこの時代に辿り着いたとしたら?」

「有り得ない話じゃないけど…」

「この薬は多分、アンブレラ側が持ち込んだものだ。もしかしたらT−ウイルスもまた、未来から持ち込まれたんじゃないの?」

!!

 ぎょっとするのび太。T−ウイルスが未来の産物?もしそうなら、これは。

 

「じ…時間犯罪ってこと!?いくらなんでもタイムパトロールが黙ってないよ!」

 

 ドラえもんから話は聞いているので知識はある。

タイムマシンが発明された当初、深刻な時間犯罪が頻発した。

ゆえに歴史の秩序を守る特殊警察が未来には存在すると。

 未知のウイルスを過去に持ち込んでのバイオハザードなど、犯罪の規模があまりに大きすぎる。タイムパトロールが関知しないとは思えない。

 

「じゃあ…こんな推測はどう?この薬も、T−ウイルスも…」

 

 何かを探るような目で、ヒロトは全員を見回した。

 

「…未来ではなく…異世界から持ち込まれたものだとしたら」

 

 一瞬、何を言われたか分からなかった。未来やら何やらという話をしておきながら何だが、まさかここでパラレルワールドの話をされるとは思わなかったのだ。

 

「…ごめん、今のは忘れていいよ。ただこのラベルが誤植でないなら、未来か異世界かぐらいしか可能性はないんじゃないかと思ってね」

 

 ため息を吐くヒロト。

「ただ気になるのは…今起きてるバイオハザードが、未来世界にとっても予定調和だったのかってことだ。

このウイルスは下手したら人類全てを滅ぼしかねない代物だよ。

ドラえもんとやらも君の子孫君も、未来に存在する日本で生まれたものなんだろうけど。

こんなモノのアウトブレイクが起きて、日本の国が生き残れるものなのかな」

「どういう意味なの…?」

「もし日本の現状を知ったら…世界に広まる前にアメリカあたりが手を打ちそうな気がしてね。

大統領の判断次第では東京に核ミサイルが落ちるよ」

 さらりと恐ろしい事を言ってくれたので、のび太は真っ青になる。

確かにウイルスを死滅させる為には万全を期する必要があるだろうが−−まさかそこまでするだろうか?まだどれだけの人が無事かも分からないのに。

 しかし、ヒロトの疑問はのび太の疑問でもあった。

日本が滅ぶだなんて信じたくもないが、滅びかねない事態になってるのも確かである。

その上でドラえもんやセワシが当然のように存在するなら(のび太が死ねばセワシも消滅してしまうだろうが)、これは未来にとって定められた事件という事になる。

 だが、もし予定調和でないのなら。最悪この事件によってドラえもんが消滅してしまう可能性が出てくるのだ。

 

−−もしかしてドラえもんが見つからないのは、もう消えちゃったからなんじゃ…。

 

 首を振り、考えを慌てて否定した。駄目だ。まだ決まってもいない事で絶望するべきじゃない。

諦めるな。ドラえもんが簡単に消えたりするものか。

 そうだ、武だ。彼はタケコプターを持っている。電池の残量からしてあまり頼りにできない代物だが、御守り代わりくらいにはなる。

タケコプターが消えてなければ、22世紀の未来はまだ存在している。ドラえもんだって無事な筈だ。

 

−−だけど…ならどうしてドラえもんは助けに来てくれないんだろう…?

 

 何でもかんでもドラえもんをアテにするべきではないが、現状を考えれば流石に不自然だ。

そもそもロボットの彼はウイルスに感染しないし、普通のゾンビ達なら補食対象にもならない筈なのに。

 秘密道具があれば、バイオハザードを防ぎ、町を元通りにする事も不可能ではない筈だ。

 

−−そういえば…タイムマシンもスペアポケットも無くなってたんだよな…。

 

 タイムマシンは無かったが引き出しから時空の狭間が覗けた。

つまり少なくともあの時点ではまだ22世紀は消滅していなかった筈で、タイムマシンとスペアポケットを消したのはドラえもん本人としか思えないのだが。

 あの二つはいつから無かったのだろう?何故ドラえもんはこのタイミングでその二つを隠したのか?

『…ぁ…のび太!』

「!」

 はっとして顔を上げる。ノイズ混じりの音声が流れてきていた。通信機からだ。

 

『助けてくれ、のび太!』

 

 スネ夫の声だった。

 

 

 

十三

情報

〜未来からの警

 

 

 

 

 

どんな先の見えない未来だとしても。