−−西暦1995年8月、学校校舎・1F廊下。

 

 

 のび太は一人走っていた。助けを求める友を救う為に。自分にしかできない事をする為に。

 スネ夫いわく。彼と武と聖奈の三人は給食室にて、虫のような人のような変な生き物に襲われたのだという。

とにかく気持ち悪いし酸は吐くし何匹もいるしでもう最悪!なのだそうだ。

なんとか応戦して一匹は倒したが、場所も場所。おまけに余計なゾンビまで湧いてきたとあってはあまりに分が悪い。

三人はそう判断して、一時撤退を選んだそうだが。

 逃げる途中で、三人バラバラに分断されてしまったそうだ。スネ夫は化け物はどうにか倒したものの、ゾンビ達に狙われて追い詰められつつあるという。

なんとか資料室に逃げ込んだはいいが、バリケードももう保ちそうにない。おまけに、弾薬の予備を落としてしまったらしい。

 友達が殺されるかもしれない。そう聞いた時、のび太の心を支配したのは“もう喪いたくない”という恐怖。そしてそれをも上回る強い使命感だった。

 何とかしなければ。

誰か、ではない。

自分が自分の力で何とかするのだ。

今まであまりに他力本願に生きてきてしまったけれど。

甘い考えの奴は生き残れやしない。生き残れても、独りきりでは意味なんてないのだ。

 

『僕が行くよ』

 

 のび太は迷わず名乗り出た。

 

『僕だって…友達を守れるんだ』

 

 太郎を守ることが出来た。その事実はのび太に勇気と自信を与え、それはそのまま誇りへと変わった。

何かを、誰かを守ろうとする気持ち。護れた時の喜び。それが生きる意味にも繋がる事をのび太は知った。

 怖いけれど、それはもうただ死にたくないというだけの恐怖ではない。

喪いたくないという畏れがあるから失わない為の努力をする。恐怖さえ、今の自分には力となる。

 

『格好いいじゃない、のび太君』

 

 ヒロトは笑って、のび太にスネ夫の銃の弾薬(綱海が持っていたものだ)を渡した。

 

『君なら、できる。信じてるから…君も信じてね』

 

 実はスネ夫の通信が入った直後に、聖奈からも通信が入ったのである。

彼女は上手くゾンビ達を撒いて、今は3Fの理科準備室にいるそうだ。そこで新たな生存者を発見したらしい。

 しかしどうやらその生存者は、毒を持った生物に襲われたことで瀕死に追い込まれているようだ。保健室に、効きそうな薬品があれば根こそぎ持ってきて欲しいと言われた。どうやら時間の猶予はないらしい。

 そこでのび太がスネ夫の救出に行っている間に、ヒロトと静香が薬と血清を持って理科準備室へ向かう事になったのだ。

今度は綱海、健治、太郎が留守番である。

 

−−化け物にやられた…ってことは、噛まれるか爪でやられるかした可能性が高い。

 

 走りながら、のび太は思う。

 

−−解毒しても、ウイルスに感染してたら…どうにもならないだろうな。

 

 我ながら冷徹だが、残念ながら事実だった。その生存者が知り合いでなければいい、そう願う自分は酷いと思うけれど。

聖奈はまだ自分達の見つけた資料を見ていないから、知らないのだろう。薄々勘づいてはいるかもしれないが。

 毒を持った生物というのは、資料にあったカメレオンの化け物−−バイオゲラスである可能性がある。

バイオゲラスの毒を解毒する血清ならば保健室の金庫にあった筈だ。

ヒロト達にその事実は伝えてあるし、無論彼らもその血清は持っていっただろう。

 悲しい結末になるかもしれないが。静香とヒロトなら、出来うる限りの事をしてくれる筈だ。

自分がすべきなのは彼らを信じること。そして彼らの信頼に応えて仲間を救出することだ。

 廊下を徘徊するゾンビ達の眉間に銃弾を撃ち込みながら、駆け抜ける。

ヘレブレイズ・改・Z型−−改めて思うが本当にいい銃である。まるでのび太の為に作られたかと思うほど手に馴染んでいる。

 スネ夫の立てこもっているだろう、資料室の前まで来た。

扉の前には、ゾンビ達が六、七人も群がっている。

何に反応して集まってきているのだろうか。知能は相当低下しているようで、彼らはのび太にまだ気付いていない。

ただひたすら扉に折れた手足を叩きつけ(中には鈍器を持っている奴もいる)バリケードを破ろうとしていた。ドアはもうボロボロだ。あれではいつ破れるか分かったもんじゃない。

 奴らの注意が資料室に向いている今、あれを全部倒すことは不可能じゃない。

問題は弾薬だ。全部にトドメを刺していたら、かなり弾数を使ってしまうだろう。一網打尽にする、いい手はないか−−そう思ったのび太の視界に入ったのは、見慣れた真っ赤な消火器だ。

 

−−そうか。うまく行けばあれで…!

 

 のび太は消火器を掴む。ズッシリと重い。ピンを抜く必要はなかった。自分が今やりたいのは消火活動ではないのだから。

 

「僕、だって…っ!これくらいいいっ!!

 

 火事場のなんとやらだ。雄叫びと共に、のび太はそれをブン投げた−−ゾンビ達目がけて。のび太の声に気付いた一匹が振り返ったが、もう遅い。

 重さに痺れる手に鞭打って、のび太は銃を構え、引き金を引いた。銃弾は宙に投げられた消火器の中心を見事に貫く。

 次の瞬間。

 

 バゴンッ!!

 

 消火器が小爆発を起こした。銃弾の摩擦熱で中の気体に引火したのである。

至近距離で爆発を食らったゾンビ達はたまったもんではないだろう。頭、もしくは上半身を吹き飛ばされた体が折り重なるようにして倒れる。

 

「や…やった!消火器最強っ!!

 

 まあ、ゾンビ達と一緒にバリケードも吹き飛ばしてしまったようだが−−まあ良しとしよう。

 ドアのなくなってしまった資料室。煙に噎せながら、こちらに歩いてくる人影が見えた。特徴的な髪型は見間違えない。スネ夫である。

 

「げほっ…けほっ……また派手にやってくれたね…おかげで助かったけどさあ」

 

 変な知恵は働くんだから、とスネ夫。彼なりの誉め言葉で、照れ隠しだろう。

のび太は肩を竦める。相変わらずのツンデレだ。

「怪我は無いみたいで何より。化け物に傷をつけられたら、その時点でアウトって事も確定したしね」

「そうなの?」

「うん。職員室でいろいろ資料見つけたんだ。この騒ぎがウイルスと…アンブレラ・コーポレーションのせいで起きたってのも分かったよ。詳しくは後でまた話すけど」

 のび太は掻い摘んで、自分達が見つけた資料−−主にT−ウイルスについてを話した。話を聞けば聞くほど、スネ夫の顔が青くなる。

 

「マジかよ…僕らの学校の地下に、殺人兵器の施設があったなんて…先生達が僕らを騙してたなんて」

 

 兵器そのもののことより、教員の一部が協力していた事実の方がスネ夫にはショックだったようだ。

気持ちは痛いほど分かる。未だに自分だって俄かには信じがたい事なのだから。

「…なぁのび太。こんな酷い事になってるのに、何でドラえもんは助けに来ないんだよ!まさか一人だけ秘密道具で逃げちゃったんじゃないだろうな!?

「スネ夫…!やめろよ、ドラえもんが僕達を見捨てたりするもんか!」

「けどさあ…!」

 この騒ぎが起きてから、比較的落ち着いているように見えたスネ夫。

しかしそこには少なからず強がりと、現実感の無さゆえの逃避があったのだろう。

 本来なら心はとっくに限界を超えている。

ましてや自分達は普通の小学生なのだ。そのストレスがいつ決壊して泣き叫んでしまってもおかしくは無かった。

スネ夫は涙こそ無かったが、ほっとした事で溜め込んでいたものが吹き出したらしい。

 

「もう嫌だ…死ぬとか化け物になるとか…!何でこんな事に……僕らが何したって言うんだよ…」

 

 最後は弱々しい呟きに変わる。スネ夫は床に力なく座り込む。

出来る事なら自分も立ち止まってしまいたい、とのび太は思った。

これは夢に違いないと、現実から目を背けてしまいたい。いっそ自殺した方が楽かもしれないとすら思う。

 でも、それをしないのは。

 愛してくれた母の死を無駄にしたくないから。

 愛している大切な彼女を守りたいから。

 愛しい仲間達がいて、まだ独りじゃないから。

 そして。

 もう一度逢いたい、大好きな大好きな一番の親友がいるからだ。

 

「…もしかしたら、ドラえもんも襲われたのかもしれない。

もしくは、僕達を助ける準備があるのかもしれない。…こんな事になって…未来が変わって、消えちゃった可能性もあるけど」

 

 心折れない為。折らせない為に、のび太は言う。

 

「でも僕は、ドラえもんを信じてるよ」

 

 これが自分の真実で。

 今の自分の、強さだ。

 

 

 

「だって僕の…世界で一番最高の、親友だもの」

 

 

 

 ドラえもんはけして、自分を裏切ったりしない。

 

 

 

「ドラえもんの力をただアテにしてたら、迎えに来てくれた時笑われちゃうよ。

だから僕は、ドラえもんが助けに来てくれるまで、自分の力で頑張るって決めたんだ」

 

 

 

 もう、助けてドラえもん、なんて情けなく呼んだりしない。

 

 

 

「だから…スネ夫も諦めるなよな。

ドラえもんが来てくれるまで…それまで僕達は生きないといけない。そうだろ?」

 

 

 

 スネ夫は座り込んだまま、目を丸くしてのび太の顔を見上げていた。その反応は理解できるが複雑である。

のび太は苦笑いをして、スネ夫に予備の弾丸を投げた。キャッチしたスネ夫が、深々と溜め息を吐いた。

「のび太のくせに格好いいなんて…狡いや」

「どういう意味さ、もう」

 普段自分がどれだけ情けないかを示され、もはや笑うしかない。

これからは“のび太のくせに”なんて言わせないくらい活躍してやろうと思う。自分だってやる時はやる男なのだ。

 

「……なぁ…のび太。僕はみんなの役に立ってるか?」

 

 さっき少しだけ復活したスネ夫は、また落ち込むように俯いてしまった。激情は去ったようだが、別のことがショックだったと見える。

 

「ノロマなお前の足まで引っ張っててさ。お荷物になってないかな、僕」

 

 いつも自慢ばかりするスネ夫が、初めて吐露した本音だった。のび太は首を振る。

確かに自分はスネ夫を助けたけど、それは彼が足手まといだったせいじゃぁない。

「パソコンできるじゃない。僕やジャイアンには無い技術だもん。凄く助かってるよ」

「ははっ。パソコンを自慢する為だけに、叔父さんに習ったハッキングだったんだけどさ。こんな技術でも少しは役に立てたなら、嬉しいよ」

 スネ夫はパンパンとズボンを叩いて立ち上がった。

「さっき逃げる時、放送室の前を通ったんだ。鍵がかかってたけどガラスごしに中が見えた。

多分、監視カメラをモニターしてるのはあの部屋だ。鍵を見つけたら、僕はあそこに籠もってみんなをサポートするよ」

「助かるよ!スネ夫がいつも見ててくれるなら心強いから」

「…ありがとな。今更だけど、お前って結構イイ奴だよな」

「すっごく今更。もっと早く気付いてよね」

 取り留めない会話。自分達は顔を見合わせ、くすくすと笑った。地獄のような場所で、それでも得られた安息の時間。

 友達がいて、良かった。

 スネ夫と友達で良かった。

 のび太は心からそう思った。

 

 

十四

救出劇

からの一撃〜

 

 

 

 

 

僕には僕にしか出来ないことがあるはずなんだ。