銃を突きつけられての脅迫。ドラマや映画ならザラにある展開だ。

しかし、現実でそんな目に遭う奴が何人いるだろう−−海外ならともかく、日本の小学生がだ。

 首筋を冷たい汗が流れる。動くな、と言われた以上何も出来ない。

相手が誰か振り向いて確認することも叶わない−−なんせゼロ距離なのだ。

これでは避けるどころか、即死を瀕死の重傷に変える事さえままならないだろう。

 

「お前、は…誰だ」

 

 スネ夫は辛うじて声を出す。

 

「アンブレラの人間…か?」

 

 のび太は言っていた−−この学校の地下にはバイオハザードの元凶たるウイルス兵器を研究していた施設があり。

それを隠蔽すべく、研究所を運営していたアンブレラ社の人間が、学校関係者の一部を金で協力させていたのだと。

施設を守る為に、監視する為に、カメラなどの設備が用意されていた可能性が高いと。

 T−ウイルスによる感染爆発が何故起こったかは分からない。残念ながらそこはまだ情報が足りない。

だがもし、感染爆発を知りながら学校に残り、モニターで全てを見ている人間がいたとしたら−−それはアンブレラの関係者に他ならないのではないか。

 そしてもし、この脅迫者がアンブレラの人間だった場合。

この一連の悲劇は、奴らが意図的に起こした可能性が出てくるのだ。無論考えたいことではない。

治安の安定した現代日本で、そんな馬鹿な事を考える奴らはいないと信じたいが−−。

 のび太の情報を信じるならば、これはウイルス兵器なのだ。

つまり、いずれは戦場で使用される事が前提として開発されている。

モルモットによる臨床実験はいくらでも行っただろうが、ウイルスがどれだけのペースで、どれだけの範囲に広がるかは−−もっと大規模な実験をして始めて分かる事だろう。

 もしこれが、アンブレラによる実験だとしたら。

 まだ電気や水道が無事なのだから、辛うじて街の外は無事な筈である。だが、何故だか救助が来る気配はない。

もしアンブレラがこの町をまるまる実験場にして、その事実を無理矢理握り潰しているとしたら?

事実が表沙汰にならないよう政府に圧力をかけたりしたら?

 不可能ではない。骨川財閥総帥である父を持つスネ夫は、父の取引先のアンブレラ社のこともそれなりに知っている。

財閥が霞むほどの大企業である事も理解している。奴らなら出来てしまうのではないか−−悪魔のような、人の意志を無視した所業が。

 

「アンブレラ…?」

 

 しかし。意外にも、相手は疑問符をつけてスネ夫の言葉を返してきた。

 

「…ああ。そういえばそうだったな。モニターで見たが、のび太達がそんな情報を拾ってきていた。…この事件は、アンブレラの奴らのせいらしいな。忌々しい」

 

 どういう事だ。スネ夫が混乱した理由は二つある。

 一つは、この人物がアンブレラの関係者ではないらしいということ。

のび太が情報を見つけた様子はモニターで確認して始めて知った−−という事なのだろうか。

ならばそもそも彼は関係者でないばかりか、事件の真相について殆ど何も知らなかったということになる。

にも関わらず、何故だかアンブレラが作ったこのモニタールームで、皆の同行を監視していたらしい。どういう事なのだろう。

 動揺した二つ目は、この声だ。相当若い。否、若いなんてものでもないだろう。

くぐもって聞き取り辛いが、まるで子供のような声をしている。

もしかしたらこの学校の生徒かもしれない。そんな奴が何でスネ夫に銃を向けてくるのか?

アンブレラの関係者でないなら、人間である以上自分達は敵にはならない筈なのに−−。

 

「アンブレラじゃないなら…何で僕を銃で脅したり…するのさ。目的は何だよ」

 

 彼は生存者で、偶々この放送室を見つけて、閉じこもって。

偶々部屋を空けた隙にスネ夫がやって来てしまったので、警戒して銃を向けてきた。ただそれだけなのだろうか。

 それとも。

 

「誰なんだ。少なくともこっちは…人間と争いたくないんだけど」

 

 事件を巻き起こした、あるいは原因を作った奴らはともかく。

それ以外とは本来戦う理由なんてない。もしあるというなら、納得できる訳を聞かせて欲しい。

 暫く、相手は沈黙していた。銃を下ろしてくれる気配はない。

いつ頭を吹き飛ばされるか分からない恐怖は、精神を秒刻みで削りとっていく。

スネ夫は体が震えないよう、必死で自制しなければならなかった。隙を見せたらその瞬間撃たれるような気がしたのだ。

 まったく、見栄を張ってのび太と別れたのに。こんなザマでは世話ない。自分の浅はかなプライドを、今更呪ったところでもう遅い。

 

「…俺は」

 

 その人物−−恐らく少年だ−−は。気が遠くなるような沈黙の後、口を開いた。

 

「俺は…終わらせたいだけだ。全ての悪い夢を…悲しい事を。だからその為に」

 

 がちり、と。撃鉄を起こす音。

 

「その為に…俺は真実を突き止め、野比のび太を…殺す」

 

 とっさに、何を言われたか分からなかった。そういえばさっきも彼はのび太の名前を口にしていた。

つまりのび太を知っているのだ。しかし何故のび太を殺すなんて事になるのだ?

「情報が正しいならば、このバイオハザードの原因はアンブレラ社にあるのだろう。だが…この町に不幸を呼んだ元凶は他ならない、野比のび太だ」

「ちょ…何だよ。どういう意味だよそれ!?

「俺は野比のび太を憎む。奴さえいなければ、俺の世界が滅ぶことは無かった…こんなことにはならなかった。奴は死んで当然の存在だ」

「僕の質問に答えろよ!人の友達を悪く言うなんて最低だぞ!!

 あまりの物言いに、スネ夫は恐怖を忘れて怒鳴っていた。さらには振り返ってしまう。

自分だっていつものび太を馬鹿にしていたくせにと思うが、他人に罵倒されるのがこんなに腹が立つとは思わなかった。

 のび太は馬鹿で間抜けでオッチョコチョイなダメ人間だが。でも、誰かを不幸にするような奴じゃない。ましてや、死んで当然なんて言われる筋合いはない。

 銃弾は飛んでこなかった。スネ夫は眼を見開く。

相手は、黒いコートを来た小柄な人物だった。何故だか仮面を被っているのでその顔は見えない。

体型からしてやはり子供だろう。何故だか彼は、銃を構えた状態で固まっていた。

 

「お前…!」

 

 声が、動揺している。なんだか、何処かで聞いたような声だ。

誰だろう。もしや知り合いなのか。仮面の少年は明らかに、スネ夫の顔を見て動きを止めた。

 

「…ちっ……!」

 

 やがて舌打ちをして、少年はきびすを返し、放送室を飛び出していった。

ブーツの音が遠ざかっていく。スネ夫はあっけにとられてその背を見送った。何だ今の反応は。何故撃ってこなかったのだろう?

 

「あ…」

 

 安心したら、腰が抜けてしまった。よろよろと椅子に座り込む。

一歩間違えれば死んでいたかもしれないのだ。今更ながら全身が震えてきた。

 

−−だ、ダメだ。ビビッてる場合じゃ…ない。

 

 仕事を果たさなければ。スネ夫は通信機を手にとり、スイッチを入れた。

モニタールームを確保できたとなれば、皆の行動を大きくサポートできる。

そもそも自分はその為に危険を犯してここまで来たのではないか。

 それに今の人物のことも話さなければならない。

のび太が元凶だなんて、信じたわけではないが−−どういう意図で彼はそう言ったのだろう。スネ夫の顔を見て逃げたのも謎だ。

 まだ、判断材料となるだけの情報が足りなかった。

 

 

 

 

 

 

 

−−西暦1995年8月、学校校舎・3F理科準備室。

 

 

 安雄は、静香もよく知る人物だ。自分は際立ってというほどでもないが、武達は違う。

武達が作っている野球チームのメンバーのレギュラーだ。空き地で一緒に遊んでいるのもよく見かける。

武に知らせてやろうと思い、さきほど通信機で連絡した。やや現在地は遠かったようだが、そのうちやって来るだろう。

 そういえば彼は銃を持っていない。一人きりで大丈夫だっただろうか。

バッド一本で戦えるだけのパワーが彼にはあるが、それでも近接武器であることに変わりはない。

通常のゾンビならともかく、化け物相手では流石に分が悪い。ならば尚更、早急に合流した方が良い気がする。

 

「ありがとう…ホント助かった」

 

 安雄は壁にもたれかかり、ふう、と一つ息を吐いた。血清を打ったのが効いたらしい。だいぶ顔色がマシになってきたように思う。

 

「改めて確認したいんだけど」

 

 落ち着いたところで、静香は切り出した。

「安雄さんを襲ったのは…緑色の大きなカメレオンみたいな怪物だったのよね?」

「ああ」

 安雄が頷く。

 

「ビビりな俺には、ゾンビもかなり怖かったが…あれは別格だった。チビるかと思ったぜ」

 

 ゾンビ達に追われて仲間達と離れ離れになってしまい、どうにか理科室に逃げ込んだ矢先だったという。

理科室に、奇妙な金庫があったそうだ。

何か武器になるものでもないかと弄っていたらあっさり開いてしまい、中を物色したらしい。

そして物色中、背後から化け物に襲撃されたのだという。

 安雄いわく。金庫の中にはかなりの数のファイルが入っており、ざっくり見た感じ文字がぎっしり書かれた文書ばかりだったのだそうだ。

「何で理科室に…金庫なんて」

「俺も初めて知ったよ。部屋の隅っこにあったからな…いつも丁度棚の陰になってて、見えなかったんだと思う」

 理科室は授業で何度も利用しているが、全然気付かなかった。

思えば薬品や器具が危ないから、と最低限しか棚に近付かないよう理科教師に言われていたような。無論他意は無かったのかもしれないが−−。

 

「多分、管理してた奴が杜撰だったんだろ。ナンバーの一番端の桁適当に回してたら開いちまうんだもんな。持ってこれたのはコレだけだけど…」

 

 ファイルを一冊。手渡され、静香はパラパラと捲ってみた。

自分で言うのも何だが、国語の成績は悪くない。

本を読むのも好きなので、平均的な小学生が知らない漢字も読めると思う。

あとは英単語も、基礎の基礎なら読めるものがある。

 目についたものを読んでみて、顔をしかめた。どうやら研究施設は学校の地下だけではないらしい。

自分達がいつも遊ぶ裏山にも隠されているようだ。

自然がいっぱいで、地域に馴染み深いあの場所を兵器開発に使うなんて−−不愉快な気分になるのは否めない。

 

「…その金庫が原因かもね。安雄君が襲われたのは」

 

 じっと理科室のドアを見つめて、ヒロトが言う。

「その中身を見られたくない誰かが、理科室に潜んでいた。だから安雄君に化け物をけしかけて、内側から鍵をかけた…」

「でも…それは、おかしくないですか。その誰かは、化け物と二人きりで密室に取り残されちゃうんですよ?

ここは三階だから窓から出るのは難しいし、正面の入口は打ちつけられてるし…。

自分が化け物に食べられてしまうと思うんですけど…」

「そう、だよね…」

 聖奈の意見は実に正論だった。静香はヒロトと顔を見合わせ、首を傾げる。

化け物に襲われる事なく、密室から抜け出す方法。そんなもの、あるんだろうか。

 

 

十七

端児はかく語る〜

 

 

 

 

 

誰が否定しても、それが自分達の生き方だ。