−−西暦1995年8月、学校校舎のどこか。
またしても予想外の展開だ。俺は、頭を抱えた。
「…独断専行だぞ……出来杉」
闇に向かって声をかける。すると、足音もなく一人の少年が姿を現した。
大きな目に整った利発そうな顔立ち。底の知れない笑みを浮かべた彼。名前を、出来杉英才という。
のび太は彼を、学年トップの出来の良いクラスメートだとしか思ってないだろう。
その正体を知れば驚くどころではあるまい。まだ教えてやるつもりはないけれど。
「のび太をうまくバイオゲラスとのタイマンに持ち込んでやったってのに。
何でアドバイスなんてした?あのまま放っておけばのび太をあっさり始末出来たのに」
「ごめんね。分かってたけどね、君の思惑は」
肩を竦める出来杉。
「最終的に…結果は悪くないものになったじゃない。安雄君が死んでくれたんだからさ」
動揺も焦りもなく、あっさり言ってのける。驚いたのは俺の方だ。
まさか全て、出来杉の計算通りだったとでも言うのか?
「のび太君をある程度まで生かし、このバイオハザードの真実を探らせた後…始末する。
それが君の計画にして実験。…そうだったよね」
放置されていた椅子の一つに、どかりと腰掛け肘をつく。
気障ったらしい所作だろうが、出来杉にはやけに似合っていた。
優等生の顔をしているより、黒い面を覗かせてくれた方がいい。個人的には、ずっと気楽だ。
「君達二人は、のび太君を始末し時と判断したようだけど…僕にとってはまだ不十分だ。
二ノ宮蘭子という女が本当に黒幕だったかも分かってないし、この事件が事故か人災かも怪しい。
これじゃあ、まだ君の望みを叶えるのにほど遠いんじゃないの?」
「まだのび太を殺すには早い…と?」
「焦る必要ないじゃない。僕達にはいくらでも時間がある。
これ以上…リテイクを重ねたくない気持ちは分かるけど」
リテイクと、彼はそう表現した。なるほど、この実験には相応しい言葉かもしれない。
望んだ結果を弾き出す為に、何度でも何度でも繰り返す。それはまさにドラマや映画の撮影現場のようだ。
「それに。今回はいつもとは随分違ったルートを辿ってる。…安雄君の気持ちが動きつつあったのは、君も気付いてただろう?
いずれにせよ彼は早急に始末したい人間だったし…きっとのび太君を助けに来ると踏んでいた。武器をあんなに隠し持ってたわけだしね」
だから、のび太の始末より安雄の始末を優先させたのか。漸く合点がいった。
なるほど、そう考えれば理に叶った判断だと言えなくもない。
それに、安雄の武器を武が入手し、戦力は大幅に上がった。
かのガキ大将は水を得た魚のように暴れ回ってくれることだろう。
のび太本人はともかく、その仲間達の生存率が上がるのは喜ばしい事には違いない。
「問題は、ここから先だよ」
出来杉の陰から、親友たる彼が顔を出す。その手には、のび太達の映像を中継しているモニターがある。
「のび太君達は裏門から、あの旅館に偽装された施設に向かう筈だ。
…手がかりを見つけてくれるのは有り難いけど…どうにも嫌な予感がするね」
そうだ。俺は顔を歪める。理科室の金庫。中身はまとめて自分達がかっさらった筈。
本来ならば空っぽであるべきだったのに−−あの日記の断片は、一体いつ出現したのだ?
さっきから何度かモニターが映らなくなる瞬間があった。もしやそれが“第三者”による妨害だったとしたら。
その隙に理科室の金庫に日記を放り込んだなら。
相手は22世紀の道具を狂わせるだけの科学力を持ち、かつ俺達の存在に気付いているという事になる。
「…第一…緑川聖奈。奴が給食室で裏門の鍵を拾うのがまず不自然だ。何で給食室に鍵が落ちてるんだ?」
それがまず、何者かの誘導だったのだろうか?
のび太達を、あるいはあの中の誰かを、旅館へと誘い込む為の。だが一体何の為に?
誰かがのび太達を罠に嵌めようとしている?あるいは、彼らをモニターしている俺達を?
「…このまま行くと、高い確率でいつもと同じ“イベント”が起きる…!」
ギリ、と俺は唇を噛み締めた。ここに来るまでにケリをつけたかったし、出来る事なら全員が旅館に向かうのは避けさせたかった。なのに。
誰かが余計な真似をしてくれたおかげで、また犠牲が−−増える。
「放っておけば…片瀬健治が、死ぬ」
まるで死刑宣告のように、出来杉が言った。
「決めるのは君だよ、我らが創物主サマ」
−−西暦1995年8月、学校校舎・3F廊下。
のび太はちらちらと後ろを振り向く。やっぱりだ。やっぱり誰かに見られてる気がする。
首筋が痒いような、変な感じだ。振り向いてもどうせ誰もいないのは分かってるのだけど。
「のび太、あんまキョロキョロすんなよ」
武に咎められる。うん、と一応返事はするものの、どうしても背中が気になってしまう。
−−理科室の声…。
バイオゲラスはアルコールが大好物。それを利用して勝機を掴め。そうアドバイスしてくれた、誰かの声。
あれが無ければのび太は安雄の助けを待つ事なく、やられてしまっていたかもしれない。
助けて貰ったのはこれで二回目だ。よく知った声だった気がするのだが、一体誰なのだろう。
知り合いだから自分を助けてくれるのだろうか。しかしなら何故姿を見せてくれないのだろう。
そもそも理科室の時、あの声がどこから聴こえたかがまずよく分からない。
障害物は多かったので、隠れる事も不可能ではないが−−まさか密室でバイオゲラスと籠城していたわけでもあるまいし。
籠城と言えば。あそこの鍵をかけた人間が誰でどうやってどこに行ったのかも謎のままだ。
まさか本当にドラえもんが犯人なわけでもあるまいし。というかドラえもんもいい加減姿を見せてくれたっていいではないか。
ロボットのくせにゾンビにやられたなんて言ったらアホとしか言いようがない。
大体、自分達は何と戦ってるんだろう。
アンブレラの名前が出たから奴らが元凶だと思いきや、今度は魔女だの宗教だのという話になってくるし。
もう訳が分からない。頭がパンクしそうだ。
−−うー…僕の頭はぐだぐだ考えるのに向いてないんだってばー…。誰か代わりに考えてよう…。
知恵熱で死んだら誰を恨めばいいのだろう。安雄が死んだ事で、焦りが生まれたのは否定しない。
ならば安雄を恨めばいいのか?しかし安雄は自分を助けてくれたわけで−−ああもう、だから考えるなってば自分!
『旅館へ行くのはいいが』
声が響く。金田からの通信だ。
『全員で行くのも危険じゃないか?エレベーターは化け物一体分しか入れない…なら、君達の場合四人くらいが限度な気がするんだが』
それもそうだ。綱海、金田、スネ夫を除くと自分は七人。正直半端な人数である。
ここはチームを分けるべきかもしれない。
仮に三人四人で分けたとして、片方のチームがエレベーターに乗っている間、どちらかが襲われでもしたら助けようがない。
それに、いくら他より頑丈な場所にいるからといって、いつまでもスネ夫を一人にさせておくのは気が引けるのだが。
「学校の方も、探すべき場所はまだまだ多い気がするわ。未だに四階、五階へは行ってないのよね…」
天井を見て、静香が言う。四階五階へ行っていない最大の理由は、シャッターが降りていて通れない為である。
ひょっとしたら上へ上がるルートもあるのかもしれないが、いかんせんまだそこまで手が回ってないのが現状だ。
となれば。この学校をもう少し探索するチーム、旅館へ行くチーム、スネ夫のいる放送室に行く人間と金田のいる保健室に行く人間。
そんな感じで分かれる必要があるだろう。そして充分休んだであろう綱海はそろそろ表に出て貰うべきか?
でもって多分学校より旅館の方が危険そうだから旅館の探索人間を増やした方が−−。
−−あーだからだから!僕が考えたってぐるぐるするだけなんだってば…!
結論。こういうのは頭の良い方々に任せるに限る。のび太はあっさり思考を放り投げた。
ガチで熱を出しかねない。勇気を出したからといって頭が良くなるわけじゃないのだから。
伊達に0点のオンパレードは決めてない。−−自慢できるこっちゃないけど。
「こういう時の為に用意してみました。はい、皆さんくじ引いて下さい」
「せ、聖奈さん…その箱はどこから…?」
「細かいツッコミはなしです!こーゆーのはノリが大事なんですから!!」
聖奈はにっこりと、くじ引きの箱を振る。それ、一体どこから出したんですか。ってゆーかいつの間に用意したんですか。
何より聖奈サン、キャラ崩れてる気がするけど大丈夫?
「前に班分けした時話し合いがもう長くて長くてすっごくイラついてウザかったんで、さっさとこれで決めちゃいましょう!」
「え…ええー…?」
あなたいつからそんな腹黒に?いや、でもこれが素なのかもしや?
「太郎。…お前は簡単にイラつくとかウザいとか言うなよ。ってかあーゆーブラックな人間になるなよ」
「ぶらっく?」
「健治さーん。聴こえてますよー?」
太郎の肩を掴み、真面目に教訓を教える健治。
意味が分からず首を傾げる太郎と、絶対零度ブリザードの笑みを浮かべる聖奈。
空気はすっかりコントだ。聖奈が怖すぎることを除いては。
だだだだだ、という連射音。見れば静香が超小型マシンガンをぶっ放していた。
そういえば此処は廊下のど真ん中である。いつの間にかゾンビ達が迫っていたらしい。
「みんな、真面目にやって。…次はみんなの頭にミシン穴開けたげるわよ」
「うわああんっごめんなさいい!」
静香までブラックに!といいか女の子って怖いです。
静香はいつの間にあのヘルブレイズ改・[型を使いこなせるようになったんだろうか。心強いような恐ろしいような。
聖奈に逆らうのも静香に逆らうのも、軽く死亡フラグが立つので。
全員大人しく用意された箱からくじ引きをした。スネ夫と金田と太郎のポジションは固定だが、綱海は違う。彼の分はヒロトが代わりに引いた。
結果はというと。
旅館探索班
のび太、静香、ヒロト、健治、太郎
学校探索班
綱海
放送室
スネ夫、武
保健室
金田、聖奈
「…さすがくじ引き…いくらなんでも偏りすぎじゃない?」
確かに小柄な太郎が一緒なら、五人で同じエレベーターに乗れそうだが。
綱海に一人で学校探索をさせるのも何だし、安雄の仇討ちに燃える武は心の底から不満そうである。
『でも、これも何かの縁かもしれないし…相談したらまた時間食うだけかもしれねぇぞ』
綱海が尤もな意見を言う。全員が考えこんでしまった。でも結局、これで本決まりになりそうな気がしている。
まあ、のび太的には、静香と一緒に行けるのが嬉しいのだ、やっぱり。
−−自分で言うのも何だけど…男って単純かも。
あとは武が、ストレスで暴れ出さない事を祈るばかりである。
第二十九話
独断専行
〜彼と彼と彼〜
それを嘆く暇はない。