−−西暦1995年8月、学校・裏門前。
祭だ祭だ、と言わんばかりである。ゾンビの御一行に真っ先にサブマシンガンを乱射したのは静香だった。
まるで、もやもやしたモノをぶつけるかのよう。何かあったのかとのび太は少々戸惑った。
元は人間だったモノ。犬だったモノ。イキモノだった筈のアンデット達に刃を、銃を向けること。
誰もがどんどん抵抗を無くしていっている。のび太はそれが恐ろしかった。
生きる為には仕方ないことだけど−−この戦いから生き残ったあと、自分達は以前までの自分達に戻ることができるのだろうか。
否。きっと無理だろう。家族や友人を失ったことだけじゃない。
自分達は知ってしまった。絶望も、地獄も、罪も。知る前にはきっと、戻ることなどできないだろう。
「俺もできれば、長距離なよろしい武器が欲しーわ!」
キャインッ!と犬の鳴き声。健治がその長い脚で、ケルベロスの一体を蹴り飛ばしていた。
脇腹を蹴られた犬は情けない悲鳴を上げて転がる。その先には、静香の弾幕が。
「だってほら、いつまでもこーゆー人任せは性に合わないっつーの?」
「よく言うわよ。計算づくでしょ、全部」
健治のリクエスト通り、静香のヘルブレイズ改・Y型が犬を肉塊へと変える。
いくら不死身のアンデットでも、粉微塵にされてしまってはひとたまりもない。
その頃にはもう健治は次のターゲットに向けて行動を開始している。
犬の脳天に刃を突き立て抉る様を、半ば感動的な気持ちでのび太は見つめた。
何故不良なんかやってるのだろう。ピアノも上手いし、頭も悪くなさそうだし、運動神経だって凄いのに。
「ねぇ健治さん」
気になったので聴いてみた。思っていた以上に余裕のある自分に驚く。
「健治さんってさあ、何で不良やってるの?」
やや安直で、空気を読まない質問だったかもしれない。隣の静香に、肘でこずかれた。
だが疑問に思ってしまったんだから仕方ないではないか。今訊かなければもう訊けないかもしれないし。
言いながらものび太とて仕事は忘れない。近付いてきたゾンビの額にまっすぐ三発撃ち込む。
弾込めスピードが肝心だとわかったので、練習した通り素早く次弾を押し込む。
「不良ねぇ…まぁ、なんて言うかねぇ」
健治は苦笑いした。
「…なんか決めつけられるのが昔から嫌いでさ。ああに決まってる、とか。こうするのが絶対正しい…みたいな言い方されると、
その逆を考えてみたくなるわけよ。昔からひねくれてんだよな俺」
太郎が小さく悲鳴を上げた。健治は素早くその身を引き寄せる。
彼らがさっきまで立っていた位置に、ケルベロスの一体が突進していた。空ぶった犬は悔しそうに唸り声を上げて健治を見る。
さりげなく子供を庇って、さりげなく誰かに気を使う。
どう見たって彼は、のび太の知る“不良”のイメージとかけ離れているのである。
「…イイ学校入れ。勉強しろ。友達は選べ。遊ぶなら外に行け。
…親がさ、色々言うのは結局全部俺達を思ってのことだ。それが本当に正しいかは別としてもな」
「……うん」
「でも…俺は馬鹿だからさあ。親が強く言えば言うほど反発しちまうし、自分の為だなんて思えなくなるんだ。
親だって人間だから間違いもやらかす。その間違えたとこばっか、見ちまう」
分かる、気がした。今の自分になら。
母はいつものび太に勉強しろ勉強しろと言った。0点をとるたび(思えば0点そのものより、0点を隠す行為を叱られていた気がする)雷が落ちるがごとく説教された。
自分はそれが、嫌で嫌でたまらなくて。いかに叱られないようにするか、そればかり考えていたように思う。
けれど本当は知っていたのだ。全て、のび太の為を思うからこそだったのだと。
勉強して良い学校に入れば必ず収入の良い仕事に就けるわけでもない。でもその確率は上がる筈だと彼女達は信じている。
だからのび太に勉強しろと言うのだ。その先に、幸せな未来があると信じているから。いつか誰かと幸せになって欲しいから。
たくさん叱られて、嫌な思いもした。母が間違ってると確信できる時もあった。
けれど、その根底にはあるのはいつだってたった一つ。息子への、愛情。
自分は気付いていた筈だったのに、その愛情をまったく返そうとしなかった。
お礼の言葉も何もかも、今日言えなければ明日言えばいいだけだと−−そう思っていた。
今日と同じ明日が来る保証なんてどこにも無かったのに。
明日も当たり前のように傍にいて叱ってくれるだなんて、そんな保証神様さえしてくれやしないのに。
せめてたった一言、言えば良かった。
ありがとう。
大好きだよ、って。
「…頭が良くて行儀良い奴は、人間としても“デキた”奴だって…親はそう信じててさ。
そういう奴らの中に放り込もうと、俺に山ほど習い事させたり塾行かせたりしたんだけどな」
健治が一瞬、どこか遠い眼をした。もういない人に、想いを馳せるかのように。
「俺知ってたんだよ。当時の…中学のクラスでイジメがあったこと。
イジメてる主犯が、学年で一番頭の良い優等生とその取り巻きだってこと。
…頭がいくら良くたってな、真人間とは限らないって知っちゃってたんだよな」
静香のサブマシンガンの音が、まるで何かのメロディーのように聴こえた。
健治の声を、言葉を主旋律に紡がれる曲。彼の想いを、穏やかに空気中に溶かし込んでいく。
「だから…一般的に“不良”って呼ばれてる奴らのが、よっぽど優しい人間に見えたんだ。
だからそいつらの仲間になりたくて髪染めて…無免許でバイク乗り回したりして。
ま、やったのはそのくらいだし、補導されなかったから後で普通免許とれたんだけど」
「だから…不良みたいな格好したわけですか」
「おう。俺は恵まれてたよ。煙草吸ったり喧嘩したりばっかな奴らだったけど…いい奴らに出会えたもんな。
…喧嘩別れしたっつーダチは、その頃からの付き合いだ」
そうか。のび太の中で、何かがストンと落ちる。理解して、納得したのだ。健治がこんな性格なのに、不良じみた真似をしていた訳。
彼は優しいから−−同じ優しいひとを求めたのだ。頭と育ちの良さが人の価値と信じてる親に背を向けて、表の世界に否定されるからこそ不良達の場所に足を踏み入れた。
逆こそ真実だと。彼らの中にこそ本物がある筈だと、そう信じて。
「…健治君は」
ずっと黙っていたヒロトが口を開く。
「出逢えたのかい?君が求める、優しいひとに」
切なくて、少し懐かしむような口調だった。まるで誰かを思い出すかのように。
健治は再びケルベロスを蹴り飛ばして昏倒させると−−笑顔でこちらを振り向いた。
「おう。最高だぜ」
それだけで、充分。彼が幸せだと知るには充分だった。
本当はもっと色々なことがあったのかもしれないけれど。それも含めて、彼が今を“幸福”と定義できるのなら。
それ以上に−−素晴らしいことは何もあるまい。
「…そっか」
ヒロトはそう呟き、黙ってしまった。何を想ったのだろう。
思えばのび太は健治のこと以上に、ヒロトのことを何も知らない。なんとなく、触れてはならないものを感じていたせいかもしれない。
訊いたら、答えてくれるだろうか。秘密は誰にでもあるし、あるのが当たり前だけど。
もし彼が彼の心を本当の意味で語ってくれるなら−−自分達はなれる気がするのだ。本当の意味でも、友達に。
「…なんだか、山の方からも集まってきてる気がする…」
太郎が泣きそうな声で言った。
「このままじゃ…いつまでたっても裏門に近付けないよ。あとちょっとなのに…!」
わおーん!と遠くで犬の遠吠えがした。ただの野犬ならどれだけ良かったことだろう。
残念ながら今山にいるのは悉く亡者と化した犬ばかりに違いない。鳴き声だけならそのへんの犬と変わらないのに、実態は雲泥の差だ。
「…なんかチマチマ倒すのも面倒だなあ」
ぼそっと。ヒロトが呟いた。
「もういいや。お片付けしよ」
「!」
はっとするのび太。綱海の時と同じだ。ヒロトの手に、いつの間にかボールがある。
さっきまで彼の手には刀が一本あっただけで−−ボールなんて持ち歩いていた筈もないのに。
「みんな、離れてね。このボール改良して重さ100キロくらいあるからさ」
「ひゃ…!?」
え。っていうか−−え?
聞き間違いかと思った。100キロって、どう考えてもヒロトの倍どころじゃない重さではないか。
そんなものを軽々と片手で持てるなんてまさかそんな馬鹿な−−。
混乱しているうちに。ヒロトはそれを、思い切り空へ放り投げていた。そして。
「流星ブレード…V3」
宙に飛び上がり、思い切り−−蹴った。まるで流れ星が墜落するかのよう。
眩いばかりの光を纏ったボールは、ゾンビとゾンビ犬の群の中に落下。派手に爆発を起こした。
「わわわわわわっ!?」
一体何がどうなって何が起きたんだ。爆風にあおられ、のび太はごろごろ地面を転がる。うう、砂まみれになってしまった。
これではゾンビも何もへったくれもない。亡者達は片っ端から消し飛ばされたようだ−−やや余計な被害を被ったが。
のび太はジト眼になってヒロトを睨んだ。
「ヒロトさん…あーた…」
「だから離れてって言ったのに」
「説明が!根本的に足らない!!」
しかもどうして吹っ飛んでるのが自分一人なんだろう。位置が悪かったのだろうか。
静香ちゃん頼むから“のび太さんなんかカッコ悪い”って顔しないで下さいマジで。
「強力な技なのはいいんだけどね。これ屋内に向いてなくてさあ。
綱海君の技以上に範囲広くて…ボロボロの廃旅館じゃ無理っぽかったから、今のうちにブチかましてみました」
要はストレス発散だったらしい。助かったはいいが納得がいかない。八つ当たりに巻き込まれたようなものではないか。
「…綱海といい。お前ら…一体何者なんだよ。その力は何なんだ」
健治がやや厳しい声で問いかける。ヒロトは振り向かず、木の陰に吹っ飛んだ比較的損傷の少ないゾンビに近付いていっていた。
「魔女狩りをするなら、魔女に等しい力がなきゃいけない。…それだけのことだよ」
お、いいもの発見。ヒロトはそう言うと、何かを健治に投げてよこした。健治はそれを見て、ぎょっとしたような顔になる。
「手榴弾…マジかよ」
「ピン抜かないように気をつけてね。シャレにならないから☆」
アンブレラの兵士のゾンビなら、これくらい持っていても不自然ではないが−−使って大丈夫なのだろうか。
少なくとも自分が持つのはヤメとこう、とのび太は思った。我ながらドジぶりには定評がある。うっかりピンを抜いちゃってぽーい、をやりそうで怖い。
「まあ。事故ったら諦めてくれ」
健治があっさり言うので、みんなが青ざめた。もう危機感を放り投げている様子だ。本当に大丈夫なんだろうか。
それでも彼が持ってた方がまだ自分が持つよりかはマシな筈である−−おそらく、多分。
第三十四話
理由
〜優しい人〜
真実は今何処。