−−西暦1995年8月、学校校舎・放送室。

 

 

 のび太の話は、インカムごしに武とスネ夫も聴いていた。暫くは茶化すこともできず、沈黙が続く。

武はちらりとスネ夫を見る。彼も彼で、何かを考えこんでいるらしい。

 やがて武は口を開く。

 

「…のび太の奴さあ」

 

『友達の言うこと、疑うわけないじゃんか!』

 

「いつもグズでノロマでチキンで泣き虫で…ダメダメなくせしてさあ」

 

『だからどんなに敵がたくさんいたって…僕は友達の味方でいたい。

たくさんの人が今までそうしてくれたように。だから…ヒロトさんも僕を、信じてくれないかな』

 

「なのに…今気付いたわ、俺」

 

『僕も…いっつもジャイアンには苛められるし、泣かされてきたけどさあ。それでもやっぱり友達なんだよね。

だってあいつは絶対、友達を裏切らない。僕達の為に怒って泣いて…立ち向かってくれる奴なんだ』

 

「あいつ、どんな奴とでもすぐ友達になっちまうんだ」

 

 のび太の言葉が脳内で反響する。繰り返し繰り返し、刻まれるほどその意味を深くしていく。

 

「のび太がそんな風に思ってたなんて、知らなかったよ」

 

 スネ夫が俯いたまま、ぽつりと言う。

「でも実際あいつって。…友達を助ける時には逃げないんだよね。…どんな怖い相手でもさ」

「…そうだったな」

 昔宇宙で大冒険した時。のび太は友達になった異星人達を救う為に戦ったことがある。それも宇宙を股にかける暗殺者と一対一でだ。

本当は怖かった筈だ。いつも逃げ回るのび太だから、さっさと逃げて震えていたかったはずだ。自分でさえそう思った時があったのだから。

 でものび太は逃げなかった。命懸けなのは分かっていたのに、立ち向かった。

思えば自分達は幾度となくのび太の“土壇場の勇気”のおかげで助けられてきたように思う。

 

−−なんだよ。

 

 本当は、分かってた。

 

−−そんなあいつを…いつもウサ晴らしに苛めて泣かせてる俺のが…ガキじゃねーか。

 

 本当はもっと普通に遊んだっていい筈だ。でも自分はすぐ頭に血が上る。口より先に手が出てしまう。

気に入らないとすぐ殴って、力技で制圧しようとする。それでは根本的に解決しないというのに。

 苛つかせる奴らが悪いんだ。自分だってこんな真似したくてやってる訳じゃないんだ。

言い訳してみたところで虚しいだけだ。そもそもその“イラつくポイント”が日々違うのだから救いようがない。

 みんなが心から笑ってくれなきゃ意味がない。自分だって本当はみんなに本気で楽しいと思って欲しい。

それなのにいつも、ほんの少しの我慢ができない。皆を怯えさせてしまう、無理強いさせてしまう。

 分かってた。全部全部、分かっていたんだ。

 

−−友達だなんて言ってもよ。本当はみんな…心の中で、俺のこと嫌いなんじゃないかって思ってたんだ。

 

 臆病なのは、自分だ。

 

−−友達だって信じてんの、俺の方だけかもしれないって。

 

 こんな状況だ。本当に大変な時−−日頃の恨みもあるし見捨てられたらどうしよう、なんて。誰にも言えない不安を抱えて、怖かったのだ。

 下手にプライドが高いせいで、口にはできなかったけど。

 

−−なのに何で。…んなこと言えるんだよ、のび太。

 

 不覚にも泣きそうになり、瞼をこする武。彼は自分を見てくれていた。

いつも嫌な思いばかりさせてきた自分を。いじめっ子の自分を。そんな風に、思って−−友達だと、言ってくれた。

「…多分のび太の奴、僕達が聴いてるかもなんて考えもしないよね。馬鹿だから」

「だよな。0点マスターだもんな」

 だけど。だからこそ、真実だ。

 

「あの野郎。さりげなくプレッシャーかけんじゃねぇよ。…裏切れないだろが」

 

 自分はなれるだろうか。彼の期待に答える存在に。彼の本当の“心の友”に。

 いや、違う。なれるかどうか、じゃない。なるんだ。信じてくれた友達と、自分自身の為に。

こんな、残酷な世界だからこそ。

 

「頑張ろうぜ、スネ夫」

 

 のび太が逃げないなら。自分も絶対逃げないと誓うから。

「みんなで生きて帰るんだ」

「…そだね」

 武の言葉に、スネ夫が頷く。今友達でいる。友達でいられる。独りじゃ、ない。

 忘れてはならないと思った。それがどれだけ、幸せなことであるのかを。

 

 

 

 

 

 

 

−−西暦1995年8月、廃旅館・1F102号室。

 

 

「…この世に偶然は無い。あるのは必然だけ」

 

 ヒロトは語る。彼の知る真実の欠片を。のび太はじっとそれを耳を傾ける。

 

「有り得ないことは有り得ない。…人の数だけ物語があって…世界があるのと同じように」

 

 そう。それはのび太も学んできたことだ。“絶対ない”と言い切れることは何もないと知った。痛いほど。悲しいほどに。

「…健治さんが察した通り。俺達は未来から来た。2011年の世界からね」

「だからスマートフォンのこと知ってたのか」

「そうだよ。…でもただの2011年の世界じゃない。異世界の2011年だ。正確にはこの世界の平行世界…パワレルワールドだね。

だから日本もあるし東京もある。でもかなり昔にこの世界とは違った分岐をしてるから、俺達の世界にのび太君達は存在してないかもしれないね」

 パワレルワールド。多分、魔界大冒険の件がなければ、話を聞いてもチンプンカンプンだっただろうなと思う。

つまり、ヒロトが来たのは“もしもボックス”で渡った先の世界ということだ。

もし○○があれば、なければ。

もしもボックスの仕組みは使用者の命令に沿う形の異世界をランダムで選択し、使用者と事実を認知する人物とをパワレルワールドに転送するものだと聞いている。

「のび太君のことやドラえもんのことは一通り調べてあったよ。

…のび太君や静香さんには“もしもボックス”の先の世界と思ってもらって構わない。あれは平行世界へ渡ることのできる道具だろ?」

「間違ってないわ。でも“もしもボックス”だけじゃ、時間まで超えられなかったんじゃないかしら」

「その通り。簡潔に言えば、俺と綱海は時間と世界の両方をすっ飛ばす力を貰ってる。…ある理由からね」

 静香の疑問に答えるヒロト。やはり綱海もヒロトと同じだったらしい。

 

「“時間犯罪”を取り締まるタイムパトロール…は、健治さん達は知らないか。

そういう警察があるんだけど。俺達の仕事はそれとよく似てる。

…世界を渡って厄介事を起こす“異世界犯罪”を防ぎ、世界テロリスト達を捕まえるのが役目なんだ」

 

 なるほど。時間を管理する警察がいるならば、世界を管理する組織もあるのかもしれない。というか、あった方が自然だ。

「…ざっくりした説明になるけど。歴史を変えてしまう時間犯罪が罪であるように、その世界に本来住んでの人間が外からやってきて

好き勝手異世界を弄くり回すのも罪なんだ。だから異世界を渡る者はみんなある程度ルールを守らなくちゃいけないし、世界もまたルールを守らせようと動く」

「世界がルールを守らせようとする…って?え、どういうこと?」

「そうだな…一番分かりやすい例がウイルスかな。俺や綱海はこの世界の人間じゃないから、T―ウイルスには感染しないんだ。何故だと思う?」

 しばし沈黙。のび太は自分の脳みその軽さを呪った。

ダメだ。さっぱり意味が分からない。というか静香も首を捻っていることが自分にわかる筈もないのだが。

「…T−ウイルスがヒロト達の世界にはないから…か?」

「正解」

 しかし健治は理解が追いついたらしい。ヒロトがにっこりと笑って指を鳴らす。

 

「もし俺がウイルスに感染して、そのまま元の世界に戻ってしまったら?

それで俺達の世界でアウトブレイクが起きたら?

…本来その世界にない筈のウイルスで、世界が滅ぶことになってしまう。それは干渉値を超えることだ」

 

 干渉値、というのが彼らの“異世界を渡る上”でのルールみたいなものである。彼はそう説明した。

「逆に。俺達の世界にしかないウイルスをこっちに持ち込んでも、多分君達がウイルスに感染することはないんだろう。不文律が崩れるからね」

「なるほどねぇ」

「世界を渡る人間は、自分の世界以外では行動を大きく制限する。しなければならない。

滅ぶ筈のない世界を滅ぼすなんてもってのほかだ。ところが…その干渉値を無視して好き勝手やる奴らがいる。俺達はそいつらを捕まえて回ってるわけ」

 どうやら、パラレルワールドというのも存外めんどくさいものであるらしい。

実は自分達の“もしもボックス乱用”もかなりマズかったのではないか。今後は自重しようと思うのび太だった。

 

「前置きが長くてごめんね。とにかくだ。…俺達が今此処にいるのは、あるテロリストを捕まえる為なんだよ」

 

 そこでヒロトは一度言葉を切って、皆の顔を見回した。そして。

 

「その名前は…災禍の魔女、アルルネシア」

 

 ヒロト以外の全員が、絶句した。

 

「え…え?アルルネシアって…」

 

 太郎が戸惑うように皆の顔を見る。アルルネシア。あの絵画に描かれていた魔女。アンブレラ関係者に異常な信望を受けていたであろう存在だ。

 のび太にとって魔女は有り得ない存在ではない。しかし、あの絵の存在を信じていた訳ではなかった。自分が宗教というものに否定的な日本人であるからかもしれない。

 アルルネシアなんてのは宗教上の実際しないカミサマか。あるいはその名を騙った人間の女だと、そう思っていた。しかし。

 実在する?アルルネシアが−−しかも異世界犯罪者だって?

「魔女はいるんだよ。あいつは自由自在に世界を渡り、長い間逃げ回ってる。俺の仲間にはあいつを千年も追いかけてる奴もいるんだ」

「せ…せんねん!?

「…ね。なかなか信じがたい話でしょ。だから…話しにくかったんだよね」

 ヒロトがぎこちなく笑う。確かに、自分が普通の小学生だったら、何の冗談かと笑い飛ばしたかもしれない。

 しかし実際。自分は普通の小学生ではないし、話してくれたのは短いつきあいと言えど“友達”だ。

 ならば何も、迷う必要はない。話を詳しく聞いたからといって、のび太の考えが変わることはなかった。

 

「信じるよ。そう言ったじゃない。だって僕は友達の味方だもの」

 

 それ以上の真実はないのだから。

 

「…本当に君は優しいね、のび太君」

 

 ヒロトは顔を綻ばせ、しかし再び真剣な顔で前を見据えた。

 

「…アルルネシアは最強最悪の魔女だ。人の命をなんとも思わない女だ。

この件にどこまで深く噛んでるかはまだハッキリしないけど…無関係ではありえない。何より奴がこの世界にいるのは分かってる」

 

 君達の力が必要なんだ。ヒロトはそう言った。

 

「俺達は制約を守って戦わなきゃいけないけど、君達は違う。

協力してほしい。全力で魔女と戦えるのは君達だけ。…俺はもうこんな悲劇を繰り返したくない」

 

 無論、答えは一つだ。魔女なんて想像もつかない相手。怖いけれど、今はそれより強い気持ちがある。だからのび太は言った。

 

「戦うよ。誰が相手だって…戦ってやる」

 

 さあ、立ち向かえ。

 

 

 

四十六

明暗

女狩りの、使徒達〜

 

 

 

 

 

郷愁は強襲。