−−西暦1995年8月、廃旅館1F・102号室。

 

 

 何で自分、あんな話をしてしまったんだろう。健治はやや後悔しながら、ヒロトの手元を見ていた。

DVだの離婚だの、聞いていて気持ちのいい話ではない。分かっていたのに、何故。

 

−−…不思議なんだよな、こいつら。

 

 のび太といい静香といい。人の警戒心を解かせてしまう何かがある。一見無垢で、綺麗事ばかり並べていると感じてもおかしくないのに−−魅了されてしまう。

 無意識に、心を許してしまっている。特に、のび太のあの言葉を−−自分は一生忘れる事はないのだろう。

 

『友達の言うこと、疑うわけないじゃんか!』

 

 いつまでも。彼にはそのままでいて欲しいと願う。静香に言った言葉に嘘偽りはない。

彼が彼である為に、自分が出来る事は何でもしたい。理由なんて分からないが、まるでそれが使命であるかのように感じている。

天啓が与えられる−−その感覚が分かる気がする。

 多分それもまた、自らが救われたいがための健治の身勝手なエゴでしかないのだろうけれど。

 

「…なんかこの人達…すごく楽しそうにメールしてる…」

 

 スマートフォンの画面を見ながら太郎が呆れたように言う。

「パパも言ってたよ?お仕事はマジメにやんないと“くび”になったり“ぼーなすかっと”されたり“させん”されちゃうって」

「た、太郎の親父さんって随分シビアな話したのな…子供相手に」

「うん。よく分からないけどこの間失敗して“させん”されちゃって“てんきん”になってー

だからもうすぐ“たんしんふにん”しなきゃいけないとか言ってた。健治兄ちゃん、それってどういう意味…」

「え…えっと…」

 助けを求めるように健治は他三人を見る。こらヒロト目を逸らすな静香苦笑いすなのび太口笛吹くな。

 

「…そ、そのうち教えてやるから。な?」

 

 左遷されてボーナスカットで単身赴任かい。太郎のお父さんだいぶ泥沼だったんじゃなかろうか。

まあさっさと単身赴任にしてれば被害は免れられたのだろうから、それは皮肉な話だが−−。

 詳しくなんて話せない。話せる筈が、ナイ。

 

「と、とりあえずこれ見てよ。このへんのメールが多分重要なあたりだよきっと」

 

 ヒロトが話題を力技で逸らそうとスマートフォンを見せてきた。太郎には申し訳ないが、現実問題としてこっちの方が大事な話だ。

 

「彼らはどうやら、何かを探しにきていたみたいだね。それも、人間を」

 

 

 

 TO:アルファ

FROM:シータ

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 学校に行った奴らから連絡あった?

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 TO:シータ

FROM:アルファ

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 一時間くらい前な。まだ発見できず、だと。そもそも生存者が殆ど見当たらないらしい。

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 TO:アルファ

FROM:シータ

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 マジかよ。やっぱ全員ゾンビ化しちまったんじゃねぇの。

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 TO:シータ

FROM:アルファ

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 ぶっちゃけ、俺もそんな気はしてきた。でも上が“絶対いる”の一点張りなんだから探さないわけにいかないだろ。

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 TO:アルファ

FROM:シータ

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 うっぜぇぇぇぇ−−(#`皿´#)

 ちゃんと超過勤務手当て出るんだろうな!?出なかったら会社ぬっ殺す!!

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 TO:シータ

FROM:アルファ

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 いやいやいや!落ち着けってば!!

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 “生存者が見当たらない”“全員ゾンビ化”“いる”−−なるほど、確かに彼らは人間を探していたように見受けられる。

 そしてもう一つ分かったのは、この会話が成された時間。

それから一時間を差し引くと、この傭兵達はどうやら、少なくとも自分達が保健室に集合していた頃には学校に来ていた事になる。

“学校に行った奴ら”という表現から察するに、いくつもの場所に班を割り振って探索に当たっていたようだ。

 

「紙に書くのもどうかとは思うけど…」

 

 静香が渋面を作って言う。

「アンブレラにとってはかなり大事な仕事をしていたわけよね?…こんなストレートなメールするのはマズいような気がするんだけど…」

「どうせ誰も見やしないって油断してたんでしょ。そうでなかったらせめてロックくらいかけるだろうし」

 携帯も持ってない健治は詳しく分からないが。ヒロトいわくこのテの携帯機器はパスワードでロックをかけられるものが殆どだという。

それをやらなかったのだから、やはり油断していたか、仕事をナメていたとしか思えない。私用に会社支給のスマホを使うような奴だ。

 

 

 

 TO:アルファ

FROM:シータ

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 つーかさぁ、何で会社はわざわざウイルス撒いてから回収させんの。最初から拉致っときゃもっと安全だったのに。

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 TO:シータ

FROM:アルファ

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 しー!その話は駄目だろ。殆どの社員は事故だって信じてんだぞ。

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 TO:アルファ

FROM:シータ

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 おっといけね。そーいやそーだった。…あー…だから俺ら事故処理のフリして送り込まれたわけ?

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 TO:シータ

FROM:アルファ

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 事後処理、な。漢字間違えてるぞ。つーか俺お前の上司じゃねぇしんな事知るかよ。減給覚悟で上に聞いてみれば?まあ…お偉方からすりゃ、B.O.W以上に魅力的なんだろ。不老不死ってのがよ。

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 TO:アルファ

FROM:シータ

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 理解できねー。つーか本当にこの町にいんの?そんなヤツが三人も。

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 TO:シータ

FROM:アルファ

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 だから知らねーって。あ、学校班から連絡来たわ。目撃情報あったってよ。

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 TO:アルファ

FROM:シータ

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 うお、やっとターゲットがいたか!誰がいたって?

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 TO:シータ

FROM:アルファ

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 出木杉ってヤツ。眼鏡かけてない方のガキな。俺らはこのまま裏山抜けて旅館行けだとよ。こっちに来てる可能性あるからな。

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 TO:アルファ

FROM:シータ

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 りょーかい。じゃ、ポイントC3で落ち合おうぜ。

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 全員。様々な意味で、沈黙を余儀なくされた。のび太の顔は血の気が引き、静香は口元を押さえている。

太郎は不安げにそんな皆を見回し、ヒロトは険しい顔で画面を見つめる。

 

「…これでハッキリしたな。この事件は…事故に見せかけた、人災だ」

 

 いつまでも黙り込んでいるわけにもいかない。健治は口を開く。

「それだけじゃねぇ。…アンブレラの奴らがこの場所に、三人の人間を浚いに来たんだ。

うち一人は…出木杉英才。確か…のび太のクラスメートで、死んだ安雄の仲間…だよな」

「うん…」

「しかもこいつは出木杉を指して“眼鏡をかけてない方のガキ”って言った。なら、眼鏡をかけたガキってのはもしかしたら…」

「もしかしたらだけど…僕かもしれない…?」

「ああ」

 訳が分からない。B.O.W以上に価値ある何かを、出木杉が持っている?不老不死?何をどうしたらそんな方向に行くんだ。

「…少なくとも僕は不老不死なんてのじゃないよ!これでも毎年ちょっとずつ背伸びてるんだから!」

「へぇ。今年はどれだけ伸びたの」

「……3ミリ」

「それはまた残念な成長ぶりだね」

「うるさいやい!中学生になったらぐんぐん伸びるんだから!今に見てろよ!!

 どうやら身長がさりげないコンプレックスだったらしい。ヒロトのからかいに随分過剰反応だ。

まあ身長は高いに越したことないよな、と健治は遠い目。自分もあまり背が高い方とはいえないが、二年連続で1ミリも伸びなかった為諦めざるをえなかった。

 牛乳飲んだんだけども。まあ、世の中にはどうしようもないこともあるわけでして。頑張れのび太。そして人をからかうにはちょっとヒロトの身長も残念な気がするのだが。

 

「まあ冗談はさておき。…のび太君や出木杉君が不老不死だなんて誰も思ってないよ」

 

 むくれるのび太に、ヒロトが苦笑さながら言う。

 

「ただね。…問題は…それが事実かどうかって事じゃない。出木杉君や、もしかしたらのび太君が…不老不死に関わる何かを持っていると信じてる奴らがいるってことだ。

そう信じていて諦めてくれない限り、問答無用で誘拐しに来ると思うべきだね」

 

 そうだ。自分達は今のところ、アンブレラの奴らには遭遇していない。初めて見つけたのがこいつで、しかも死んでいたのだ。

しかし、現実に保健室にはもう奴らの仲間がやって来ていて聖奈達が襲われている。ならば自分達が出くわすのも時間の問題だろう。

 ゾンビだけでなく、戦闘のプロである人間と戦う羽目になるかもしれない。当然、覚悟はしておかなければ。

 

「…だったら…そのデキスギって人に返り討ちされちゃったのかな、この人」

 

 太郎がようやく健治の服にしがみつきながら言う。どうなんだろう。ヒロトがスマホを操作し、メールの最終記録を出す。

 

「あった…!」

 

 そこにあった文字は。

 

 

 

 TO:アルファ

FROM:シータ

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 助けてくれ吉田変なばけものにおわれてる、電話がなぜかつながらない!

メールを見たらすぐポイントD5に来てくれB.O.Wじゃない見たこともないばけものだ、

へんな砲弾みたいなものを打ってくるしすごいパワーがあって頑丈でとても太刀打ちできない。

今は部屋に逃げ込んでるがそれもいつまでもつかわからない早く助けてくれ死にたくないあんなわけのわからないやつに

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 中途半端な文面。おそらく本当はもっと打つ気だったのだろう。しかし恐らくは意図せずして半端に送信してしまった−−多分打っている最中に襲撃されたのだ。

 

B.O.Wじゃない化け物…だと?そんなものまでいるのか?」

 

 健治は眉を寄せる。ただでさえ厄介な状況に、まだイレギュラー要素が残っているというのか。だがのび太ははっとしたように顔を上げて−−言った。

 

「もしかしたら……」

 

 

四十八

捜索者

ィ、ワード〜

 

 

 

 

 

教習は今日中。