−−西暦1995年8月、廃旅館・201号室。

 

 

 もしかしたら、と。のび太の頭に浮かんだのは一つの可能性。自分は彼を化け物だなんて思ったことはない。しかし一般人からすればどうだろうか。

「もしかしたら…この人を倒したの、ドラえもんかもしれない」

「あ…!」

 気付いたのだろう。静香が声を上げる。

 

「僕達にとってはドラえもんの姿って見慣れたものだけどさ。知らない人には青い化け物に見えるのかも…」

 

 化け物、っていうか化け狸。と、本人が聞いたら激怒必至なことを頭の中で呟いてみる。

 旅館なので、備え付けのメモ帳とペンが残されていた。奇跡的にまだインクも出る。のび太はさらさらっとドラえもんの似顔絵を書いた。

 うん。なんとかドラえもんに見え−−見えるかなあ。

「…これはクリーチャーにしか見えないんだが…実際そうなのかのび太の絵が画伯なだけかどっちなんだ」

「……ウ、ウルサイヨー」

「棒読みって事ぁ自覚あるな?」

 うるさい。どうせ自分の図工の成績は万年Cですよ、と腐りたくなる。

(のび太の学校は、ABCの三段階評価。Cは滅多につかないらしい…一般的には)。

「ま…まあとにかく。…ドラちゃんがここに来たかもってのび太さんは思うのよね?」

「うん。実はもう一つ根拠があるんだけど」

 この人の頭の吹き飛び方。最初はロケットランチャーやバズーカのような火力の強いものでやられたのかと思った。

傷口が綺麗に弧を描いているから尚更だ。まあ自分はそのあたり詳しくないのでアレだが。

 しかし問題は。これだけ派手にやられているのに、傷口にも周囲の壁にも焦げた跡がないということ。

普通なら、どこか燃えていてもおかしくないのではないだろうか。

 それが無い理由。ドラえもんが犯人ならば説明もつく。

 

「…ドラえもんの空気砲なら。死体や壁に焦げあとがなくてもおかしくないかなって」

 

 自分で言ってみてさらに確信を深める。あれはあくまで空気を圧縮して高める武器だ。

弾丸も熱光線も使ってないのだから、燃えた形跡がないのも道理だろう。

「でも待ってのび太さん。空気砲に人の頭を吹き飛ばすほどの威力があるのかしら」

「さあ。…今まで僕達、人を殺す為にドラえもんの道具を使ったことなんかないもん。だけど…不可能じゃないと思う」

「どういうこと?」

「アニマルプラネットの件だよ。思い出して」

 静香なら現場にいたから分かる筈だ。

あの時自分達は、人間達の小型宇宙船(いや、厳密には宇宙で戦ったわけではなあから小型飛行物体と表記すべきか)を空気砲で何機も撃ち落としているのだ。

 

「空気砲を四つか五つで集中攻撃すれば、人が何十人も乗った円盤を一撃で撃ち落とせる…それは実戦済みだよ。

だから一個でも人の頭を砕くくらいはできるんじゃないかな。パワーも多少調節できるだろうし」

 

 ドラえもんが人を殺したなんて思いたくはないが。今は残念ながらそれもやむを得ない状況だ。

それに今は犯罪云々を抜きにしても彼に会いたい。ドラえもんが来てくれれば百人力だし、そうでなくとも無事くらいは確認したい。

「…凄いやのび兄ちゃん!名探偵みたい!!

「うへへ〜もっと誉めて誉めて〜」

「あー太郎。あんまこいつを調子に乗せんな。のび太、顔が緩みまくって気持ち悪いことになってるぞ」

「健治さんはいちいちツッコミがイタイ!!(涙)」

 のび太涙目。少しくらい良い気分になったっていいではないか。ぐすん。

 

「あ、ちなみに俺ドラえもんの隠し撮り写真持ってたんだった。あげる」

 

 そしてヒロトがさりげなくポケットから写真を出して健治太郎に渡している。

大口開けてドラ焼きを食いまくってる写真なんていつ撮ったのだと言いたい。

確かに、自分達の周りは調べたとか言っていたが、これはもしかするともしかしなくても犯罪だ。

 いやまあ、対象がドラえもんだから実際どうなるかは知らんけども。

というかあるならさっさと出して欲しかった。知ってたなら恥をしのんで絵なんか描かなかったものを!

「…話が戻るけど。アンブレラは、出木杉君と…あともしかしたらのび太君を狙ってるかもって話だったよね。

結論から言うと、“眼鏡のガキ”がのび太君である可能性は高いと思う」

「どうして?ヒロトさん」

「俺達の任務は災禍の魔女であるアルルネシアを狩ることと…一つあるんだ。」

 ヒロトは険しい顔でこちらを見た。

 

「それは…のび太君の護衛。俺達がこの世界に辿り着けたのは、君がアルルネシアに狙われてるって情報が入ったからなんだ。

俺達の仲間には未来予知ができる人もいるんだけど。その人が見たんだ…君がアルルネシアと戦ったり、追われてる光景を何パターンもね」

 

 それが何を意味するかは、俺にも分からない、とヒロトは首を振る。

 

「でもどんな理由であれ、アルルネシアに狙われてる人を放っておくわけにはいかない。だから俺が今ここにいるんだ」

 

 そういえば誰かさんが冗談半分に、“自分達の使命は魔女をやっつけに来た”だの“のび太の護衛しに来た”だの言っていたような。

まさかのまさかでマジだったとは。

 

「ヒロトさんはどこまで知ってたの?今回の事件について」

 

 気になっていた事を、ここぞとばからに尋ねるのび太。

 

「今日この日に騒ぎが起こるのは知ってたよ。あとは何か面倒なウイルスが使われるらしいって事、それにアルルネシアが関わってるらしいって事も」

 

 黙っていてごめんね、とヒロトが頭を下げる。

「でも本当に…俺達が知っていたのはそこまでなんだ。俺達がウイルスに感染しないらしいってのもついさっき入った情報だし…どんなウイルスかも知らなかった。

今日がXデーなのは知ってたけど、正確な時間も場所も分からなくて…防ぎようがなかった」

「そうなんだ。学校って単語があっさり出たから…学校が発生源なのは知ってたのかと思ったよ」

「半分は勘さ。あとは君達に話したように、アウトブレイクが広がった時間のタイムラグから推測したに過ぎないよ。あともう一つ根拠を言うなら…B.O.Wかな」

B.O.W?」

 ヒロトは回収した資料の一部を取り出す。それは学校で見つけた、B.O.Wのデータだった。

 

「俺は君達よりだいぶ早く学校に来てたんだけど。こいつを敷地内で見かけたんだ」

 

 

 

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★ポスタル

 

 蝙蝠の特性を武器としたB.O.Wです。

普段は巨大な蝙蝠人間のような姿をしていますが、獲物を狙う際は複数の小型の蝙蝠に分裂して集団で襲いかかり吸血します。

そして血を吸われて弱った獲物をなぶりながら肉を食らいます。、

 ある程度の知性があり、蝙蝠同士の連携もとる事が可能。

また超音波を利用して暗闇の中でも獲物を見つける事ができ、大変優れたB.O.Wだと言えます。

ただしまだ実戦で使える段階ではありません。

分裂体はそれだけで長距離を飛行可能な為、一度表に出すと際限なくどこまでも被害を拡大させてしまう畏れがあり大変危険です。

限定的に使用できるよう、若干能力を制限する方法を目下思索中です。

 

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「うわあ…何このいかにも面倒くさそうなB.O.W…」

 

 蜥蜴の次は蝙蝠か。次は巨大鼠でも出てくるんじゃなかろうか。

−−ドラえもんが遭遇したらまたカオスって地球破壊爆弾でも出しそうだ。あ、マジで洒落になってないぞ。

「問題は。このB.O.Wが他のB.O.Wを数体引き連れてたってこと」

「うげ!」

「で、保健室に行く前に、暫く学校と町を行ったり来たりして調べてみたら。

確かに学校の外にも化け物はいたんだけど…やっぱり学校の中と比べるとだいぶ少ないんだよね。

学校の、特に上の階はハンターだらけだった。その上変な監視カメラや警備システムもあるし…此処に何かあるって思うのは自然な流れだよね」

 そういうことか。ついのび太は学校のある方角を見てしまう。

この廃旅館の探索が終わったらまた学校に戻らないといけないだろうが−−そう考えると非常に憂鬱だ。

 

「ポスタルね…どんなに性能が良くても失敗作だったんだろ?いくらこの事件が人災とはいえ、何でこいつまで離しちまったんだ?」

 

 首を傾げる健治。

「アンブレラはアメリカの会社だろ。他のB.O.Wならともかく、資料によればこいつの飛行距離はヤバい。

海を越えて飛んで来る可能性もゼロじゃないし…つーか少なくとも日本壊滅の決定打にはなりかねない」

「そして日本そのものがウイルスに徹底的に汚染されれば、ウイルスが海に流れ出したり渡り鳥なんかを介して外国に飛ぶ可能性もゼロじゃない。…ウイルスだから熱には弱いだろうけど」

「意味わかんねぇぞ。アンブレラは一体何をしたかったんだ?」

 ヤバい。頭がそろそろオーバーヒートしそうだ。

頭のいい健治とヒロトはきちっと理解して会話しているかもしれないがこっちは普通の小学生。理解力は彼らに遠く及ばないことに気付いて欲しい。

 

「な…なんか一端情報を整理した方が良さそうだな?」

 

 のび太がプシューっとなっているのを見かねてか、健治が苦笑いをしていった。

「とりあえず分かったことからな。…今回の事件は、何らかの理由でアンブレラがT−ウイルスを“意図的”に撒いたことで起きた。

しかし、アンブレラの上層部以外殆どがこの事件を“事故”だと思っている」

「うん」

「そしてアンブレラの奴らは、事件後にも何か目的があるんだ。“不老不死”に関わる三人の人間をススキヶ原で探して拉致しようとしている。

そのうち一人が出木杉。ひょっとしたらのび太。あともう一人は不明。…で、それを考えると、どうもこの事件が単なる自滅とは思えねぇ」

「自滅?」

「…アルルネシアの絵と碑文を見ただろう?代表取締役のオズウェルは…恐らくだけどアルルネシアを神のごとく狂信していた。

だからアルルネシアが“やれ”と言えば、町一つ生贄にするような滅茶苦茶な儀式だって喜んで実行したと思う。

だから、後先考えない行動だったとしても納得出来なくはないんだけど…」

 最後の補足をしたのはヒロトである。

 

「…なんか…辻褄が合わないんだよね。アルルネシアは異世界の人間だから、中途半端に未来の薬や機械が学校にあってもおかしくないし、

アルルネシアがアンブレラの裏にいるのはほぼ確定なんだけど。どうにもアンブレラ側の行動に一貫性がない」

 

 言われてみれば確かにそうだ。今回の事件を起こしたことそのものが無茶苦茶だが、その後も意味不明だ。

アンブレラが一枚岩でない事を考えれば、事件を起こした派閥と不老不死を求めて町を探索させた派閥とで分かれている可能性もある。

 それに。謎はまだ、残っている。

 

「…一番分からないのはアンブレラより、スネ夫さんが会った仮面の男の子だわ」

 

 一体誰なのかしら、と静香が唸る。

 

「のび太さんを殺すって。…スネ夫さんは殺さなかったのに、一体どうして?」

 

 それが一番気になるところだ。しかし、残念ながら今はまだ答えなど出そうにない。誰もがただ黙りこむ他、術がなかった。

 

四十九

選手宣誓

ざ、立ち向かわん〜

 

 

 

 

 

今日中の機構。