−−西暦1995年8月、学校校舎・3F廊下。
ここも駄目であそこも駄目。綱海は深くため息を吐いた。
さっきから4階に以上に上がる手段を探しているのだが、どこもかしこもシャッターが降りている。セキュリティーがまだ働いているのだろうか。
一応既にスネ夫には話して、なんとか解除できないものかと相談してはいるのだが。
『やっぱり駄目だよ、綱海さん。多分、四階と屋上はシステムが違うんだ。三階に制御室無かった?』
あれか、と思い出す綱海。確かにそれらしい部屋はあった。残念ながら鍵がかかっていたが。
「あの部屋ブチ破ってセキュリティー解除すればいいんだな?」
『それはやめた方がいいと思う…ああいう場所の扉って無理に破ると非常装置働いたりするし、制御してる精密機器が壊れたら元も子もないし』
「…めんどー」
だが言われてみればあの部屋だけ、普通の鍵ではなくカードキーの差し込み口があったような。下手に破ると厄介なのは間違いないらしい。
そうすると、また地道に鍵探しをしなければならない。
果たしてまだ学校にちゃんと残っているのだろうか。しかもカードキーだ。見つけても磁場が狂っていたら使えないのである。なんて面倒な。
「とりあえず屋上への道だけでもさっさと確保したいんだけどなー…」
駄目で元々。屋上にSOSだけでも書いておけば、万に一つでもヘリが来た時救助に見つけてもらいやすい。
それに高いところなら辺りの様子の確認もしやすいというもの。
「スネ夫。四階とか屋上にはカメラないのか?」
『うーん…あるにはあるけどだいぶ壊されちゃってるみたい。屋上に至ってはまったく映ってないよ。…ちょっと待ってて。確認する』
スネ夫が機械を操作する音。その間にゾンビ犬がふらふらと廊下に出てきたので、適当にボールをブチ当てて頭を砕く。
そろそろ自分も銃か何か調達した方が無難かもしれない。
ボールは威力はあるが、速さと小回りを考えるなら小さめの拳銃があると嬉しいところだ。
−−ったく聖也の奴、もうちょい銃支給してくれてもいいだろが。三丁じゃ足りないっつーの。
よろしくねーと笑ってさりげなくセクハラをかましてきた“上司”を思い出し、腐りたくなる。
綱海が持っていた銃は聖也から貰ったものだ。聖也は某未来人から買い取ったと言っていた。銃が三丁こっきりだったのは彼が金をケチったからに違いない。
帰ったら絶対タコ殴りにしてやる。心の中でドス黒い事を思う綱海。
『…四階なんだけど…ヤバいかもしんない。なんか普通のゾンビは殆どいなくて、ハンターだらけになってる。
あとフローズヴィニルトの姿も確認した。資料にあったのよりだいぶ小さいけど』
スネ夫が嫌そうな声で言った。
『四階に何かあるのかも。ここまで多いと、ちょっと作為的なものを感じるね』
「四階にあるのかもな。研究所への入口」
『それなんだけど』
カチカチと音がする。図面か何かをモニターで確認しているのだろうか。
『研究所は地下でしょ?大きな非常階段があれば話は別だけど、多分入口は隠しエレベーターか何かだと思うんだよね。階段があっても人間が通れるレベルの小さなものじゃないかって気がするんだ』
「何が言いてぇの?」
『ゾンビはともかく。ハンターとかバイオゲラスとかのB.O.Wってどっから来たんだろう?』
とっさに言葉を失った。迂闊だ。何で気付かなかったのだろう。確かに自分は頭脳派じゃないが−−と言い訳しても仕方ないが。
B.O.Wやアンデットに、エレベーターを操作する知能があるとは思えない。
そもそもサイズ的にB.O.Wがエレベーターに乗れるかどうか怪しい。
にも関わらずそれらが地下から上がってきたなんて考えるのは正直ナンセンスだ。
天井に穴を空けて這い出してきたんじゃ、とも考えたが。既に一階はほぼ探索し尽くしている。
B.O.Wが這い出せるようなどデカイ穴があったら見つけていてもおかしくない。
「上…」
綱海は天井を見上げる。四階と三階を隔てるシャッターはいつから降りていたのか。
ハンターにせよリッカーにせよキメラにせよ、天井を這う事はできても空は飛べない。空を飛んで階を移動したり、ということはない筈だ。
しかし、建物の側面を移動する事は出来るかもしれない。
窓から出て下に降りるのは人間だって不可能ではないのだから。まあ、普通のアンデットはやらないだろうが。
「…さくっと確かめてみるか」
『ちょ、綱海さん?何やる気?』
「四階より上のカクニンさぎょーです。良い子は真似しないでねん」
どう考えたって四階以上が怪しい。しかも、上からB.O.Wが降りてきているならば、地下研究所以外にB.O.Wの“発生源”がある筈である。
綱海は三階の窓を開け、外を確認した。念の為懐中電灯で照らす。今のところ異常はなし。
目が退化しているリッカーはともかく、ハンターは確か夜目がきかない。
だから夜は活動が制限される−−と資料にはあった気がする。電気のついている屋内だから自由に動けるのだ。
夜目がきかないのは人間である綱海も同じだが。
幸いこちらは戦闘経験が豊富で、あちらさんは本能丸出しな生物だ。殺気を出して襲ってくれば気配で察知して避わすくらいは出来る。
綱海は窓から這い出すと、近くにあった配管を使って校舎側面にしがみついた。そのまま配管のつなぎ目を足場にして、上へと登り始めた。
『綱海さ…無茶だってば!』
「はいはい静かにな。音で気付かれちまうから」
ハンターはともかくリッカーは非常に音に敏感だ。
アレとこの場で戦闘になるのは非常に面倒くさい。スネ夫には悪いが暫く黙っていてもらうしかない。
「んしょ」
ううん、自分もトシか?なんちゃって。運動神経を鍛えてくれた超次元サッカー様々である。
配管をじりじりとよじ登り、まずは四階の真横に到達した。
四階も明かりは点いている。綱海は気付かれないよう、そっと中を覗いてみた。
「うわお」
なるほどハンターがうろうろしている。しかもかなりの数。下で見かけた緑色以外にも赤いのがいる。
多分、緑色がα型で赤いのがβ型という奴だろう。心なしかβの方が小ぶりなようだ。緑で顔が違うのはγか?
視線を動かす。ゾンビもいるかと思いきや、壁にもたれたそいつは首があらぬ方向に曲がっていた。
ハンターにやられたのか。なるほど、ハンターの奴らは動くもの皆敵と見做しているのか−−ならばいっそ同族争いしてくれればいいものを、
恐らく同じ姿の奴は敵ではないと認識しているらしい。ハンター同士が擦れ違っても知らんぷりだ。
−−T−ウイルスに侵されると、体が急激な新陳代謝を行うようになる。それにより、エネルギーが足りないとどんどん細胞が壊死していってしまう…。
既にウイルスに関する資料は健治達が見つけていたが。さっき綱海はもう少し詳しく補足した資料も発見していた。
T−ウイルスを除いた内蔵を急速に腐敗させ、そのエネルギーが筋肉と骨を強靱なものにする。
ただしこの時、脳と胃の一部に機能が残る事が分かっており、ウイルスに侵されたゾンビやB.O.W達は生きる為ひたすら食事を続けるようになる。
理由は急激な新陳代謝に耐えられず、体が壊死し最終的には腐敗して動けなくなってしまうから。
欲しがるのは肉。しかし胃に入ればすぐ、強すぎる胃酸であっという間に溶かされてしまう為(正確には腹に入れた肉を腐敗させることでエネルギーに変えているようだ)、
いつまでも腹が膨れることはない。よってゾンビ達は延々と不毛なまでに食料を求めるようになるのである。飢えて飢えて餓えて餓えて−−まるで餓鬼道に堕ちた餓鬼のように。
では何故ゾンビ同士の共食いはないのか?簡単なことだ。ウイルスに重度に侵され、ゾンビ化した存在はもう体の殆どが腐っている。
つまり食ったところでそれ以上腐敗せず、エネルギーに変える事が出来ない。彼らも本能的にそれを理解しているのだろう。
それはB.O.Wにとっても同じ。本来ならばゾンビとB.O.Wがかち合う理由なんてない。
それが何故だかハンターがゾンビを倒す事態に発展しているならば、ハンターの行動理念はゾンビ達とは少々異なっているという事になる。
実に興味深い。自分が研究者なら、あるいはこれが現実でなければ、そんな感情を抱いていたかもしれない。
−−さて。問題はこいつらが、どっから湧いてるかって事なんだよな。
研究所から上ってきたのでないなら、別の場所から発生したことになる。
また、校舎の側面を這うのが苦手そうなバイオゲラスのようなB.O.Wが外にいたのを考えると、発生元は一カ所ではないのでは?という予測が成り立つ。
綱海は再び配管を登り始めた。なんとか屋上まで行けそうだ。残念ながらあのメンバーで自分と同じことができるのは、ヒロトとリュウジくらいなものだろうが。
−−俺の予想が正しけりゃ、屋上にも何かある筈なんだよな。
屋上のすぐ下まで来た。幸いハンターやリッカーの気配はない。フェンスの一番下に掴まり、そろそろと頭を出して様子を伺う。
屋上にはライトがついていた。目を見開く。大きなHの文字−−まさか、ヘリポート?ここは一応小学校なのに?
「!!」
ブルブルとプロペラの音。視界が眩しくなる。綱海はとっさに身を屈めて隠れた。ヘリだ。しかもかなり大きい。ヘリが屋上に降りてこようとしている。
救助が来たのかと一瞬思ったが、すぐに希望は打ち砕かれた。ヘリコプターの機体には大きな赤と白のパラボラのマーク。アンブレラのヘリである。
やがて安全を確認したヘリが、屋上に着陸。そこからいかにも傭兵といった黒いマスクの男達が降りてきた。人数は、三人。
「よし、安全確認完了。下ろせ」
「イエッサー」
リーダー格らしいがっしりした体つきの男が指示を出す。すると部下達が大型ヘリから複数のコンテナをローラーで転がしてきた。何が入っているのか。観察している綱海の前で、男達が会話する。
「これで全部だな」
「はい。第八便はこの十六体のみです。本当はキメラ五体も輸送予定だったのですが、最終調整が間に合わなかった為次の便に見送られたようで」
「相変わらずお偉方も趣味が悪い。こんなに大量に化け物下ろしてどうする気なんだ。もう生存者なんて殆ど残ってないだろうに」
「パフォーマンスだから仕方ないでしょう。被害が大きいほど、B.O.Wの宣伝になるし価格も跳ね上がるんですから」
「分かってる。まったく気分が悪いぜ」
日本語だったので内容は全て筒抜けだった。引き上げていく男達を綱海は唖然として見送る。
−−つーことはあのコンテナの中身は…!
ヘリが離陸し、ある程度遠ざかったところで−−コンテナに仕掛けられていた爆弾が爆発した。
蓋が弾け飛び、培養液が飛び散る。ガラスの檻から解放され、ぬっ、と姿を現したのは−−フローズヴィニルトの量産型だ。
綱海は慌て三階まで引き返した。とんでもない。アンブレラは積極的に悲劇を拡大させている。
第五十話
実験
〜空からの、襲来〜
機能の謎。