−−西暦1995年8月、学校校舎・放送室。
少しずつだが、事の実態は明らかになりつつある。予想以上に、真実という奴は汚泥のごとくどろどろと濁っているようだ。
後ろでごそごそ動く武をちらりと振り返り、スネ夫はモニターに視線を映した。
のび太達はなかなか地下飼育所への入口を見つけられずにいるようだ。廃旅館を行ったり来たり。時折やけに都合よく鍵を見つけたりしつつ、部屋を準々に回っている。
−−魔女の仕業…か。
既にインカムで報告を受けている。魔女アルルネシアの存在。ヒロトと綱海がアルルネシアを追ってきた異世界人であること。
アルルネシアがなんらかの形で事件の糸を引いていること、など。他にも有益な情報をいろいろと。
おかしな話だが、相手が魔女で、しかものび太を狙っているのであれば、幾つかの不自然な点が説明できてしまうのだ。
給食室や音楽室隠し金庫の鍵。すり替わっていた理科室の資料。行く先々での何者かの誘導。にも関わらず見えずにいる相手の姿−−。
相手が常識で図れない存在ならば。さらにはそれが最終的にのび太を手中に収める行動ならば。納得できずとも理解することは可能なのである。
『あと残ってんのは何処だ?』
モニターから映像、インカムから音。廃旅館二階の廊下にいるのび太、静香、健治、太郎、ヒロトが見える。今喋ったのは健治だろう。
『銭湯まで探したのに…入口が見つからないね。となるとあとは大広間とこの部屋くらいだと思うんだけど…』
『しかしどちらも鍵が閉まってて開かないんだぞ、と』
『どうしよっか』
スネ夫は画面を操作する。大広間は相変わらず真っ暗で何も見えない。対してでのび太達が目の前にいる部屋−−205号室は、明かりがついていて中がよく見える。
どうやら窓が割れているらしい。中には頭と腹が潰れた女の死体と、それをつついている烏が二羽。
アンデットが蘇ってくる事はないだろうが、T−ウイルスに汚染された死体を啄んだ烏は感染しているだろう。
カメラを動かす。それ以外に取り立てておかしな事は−−と思ったが。何やら他の部屋と、桐箪笥の位置が違う。しかも、その後ろの壁の色あせ具合に差がある。
これはビンゴかもしれない。続いてスネ夫が確認したのは、のび太達が開かなくて困っているドアだ。
角度的に全てを見るには至らないが、木製のドアはだいぶ腐食が進んでいる。よく見ると鍵はかかっていない。どうやら単に建て付けが悪くて開かないだけらしい。
「こちらスネ夫。今カメラで見てみたんだけど」
インカムごしに、仲間達へと話しかける。
「その205号室、桐箪笥に動かされた形跡があるんだ。その後ろに隠し通路があるかも」
『ほんと!?』
「部屋の中には死体と烏。窓が割れてるから烏はまだ増えるかもしれない。危ないけど…多分中に入れないことはないよ」
烏型のB.O.Wではなく、ただゾンビ化しそうな烏というのが幸いだろう。特異な強化などはされていないようだ。
しかし、ゾンビ化していようとしていまいと、本来烏は手強い生き物だ。集団で群れを成し獲物を襲う攻撃性と高い知恵を持っている。
見たところ烏達は人間のゾンビとは違い、その高い俊敏性と機動力を失っていないようだ。充分に注意する必要がある。
「そのドア、歪んじゃってるから開かないんだよ。鍵はかかってない。だいぶボロいし、体当たりしたりするだけで開くんじゃないかな」
というかヒロトのキックならブチ破れるんじゃ−−と思った矢先。よしきたと言わんばかりに、ヒロトが脚を振り上げていた。
『いい加減!サッカーが!やりたいいいいっ!!』
ドカバキッ!
「うお、すっげぇ」
横からモニターを覗きこんだ武が目を丸くする。
「一撃必殺☆ってか?」
「笑えないよジャイアン…(汗)」
しかもなんだ、サッカーがやりたいってそれ。どう見たってアンタの欲望じゃないデスカ。
『もーサッカーやりたい、やりたいよー』
『ああヒロトさんの禁断症状がついに…』
『欲求を八つ当たり気味にドアにぶつけたのね…』
悶えるヒロト。のび太、静香の二人が冷や汗をかいている。健治に至っては反射的に太郎を抱えて避難する始末だ。
ヤバい。ヒロトがキャラ崩壊し始めておる。ほんわかクールな美少年の面影はどこへ。
−−というか今後開かないドアは全部ヒロトさんに蹴り開けさせればいいんじゃ…。
いや、それをやったらゲームが成り立たなくなりますから駄目ですよ(BY・作者)。
「と、とりあえず中を調べてみてよみんな」
『わ、分かったよスネ夫』
互いに顔をひきつらせながらも、話を進める。余計な事気にした方が負けだ。負け。
「ところでジャイアンは何か見つけたの?だいぶ派手に散らかしたみたいだけど」
モニターの中、健治を先頭に部屋の中に突入していく面々。すぐさま烏の鳴き声と刃物が風を切る音、銃声が鳴り出す。実に鮮やかなものだ。
彼らも段々と手慣れてきている。果たしてそれが幸せな事かは分からないが。
「おう。これとこれとこれと…」
「うわ…いっぱいあったね。何ですぐ気付かなかったかな僕…」
「どう見てもアンブレラの資料じゃねぇな。どうなってやがんだ」
武に探して貰ったのは放送室の中の資料。やはりと言うべきか、探せば探すほど何かが見つかる。まるで宝の山だ。
差し出された新聞の一部に、スネ夫は眼を落とした。読むのは主に一面のタイトルと日付だけで構わない。
1995年、十二月二十四日。日中新聞
《血のクリスマス。北、ついに東京都心にミサイル投下予告》。
1996年、一月三日。夕日新聞。
《アメリカ軍、日本から完全撤退を宣言。救援の望み、絶たれる》。
1996年、三月十日。呼売新聞。
《財前首相、大阪壊滅を宣言。残る砦は北海道と東北のみか》
1996年、三月三十日。夕日新聞。
《北京で感染者発生。ついに国外でアウトブレイクか》
1996年、五月四日。北海新聞。
《アメリカ、再三の救援要請無視。死傷者数把握できず》
ひどい。もう酷いとしか言いようがないほど−−惨たらしい、T−ウイルスの悲劇。
日本はあっという間にウイルスに浸食され、日本人が次々ウイルスが動きにくい東北地方や北海道へ逃げ延びていく様が目に見えるようだ。
そのくせ、海外は早々に日本を見捨てている。確かに自国を最優先するならば賢明な判断かもしれないが−−。
日本の新聞記者は立派だ。ススキヶ腹でアウトブレイクが起きてから一年近く、新聞を発行し続けたのだから。
しかし、それも五月を最後にぱったり途絶えている。これ以降は全て国外の新聞で、残念ながらスネ夫には読むことが出来なかった。
ヒロトか健治がいれば、英字新聞なら翻訳してくれたかもしれないが。
「…この記事が…これからの未来で、実際に発行される新聞…」
やはり、これの真偽をもはや疑うべきではないだろう。このままススキヶ腹からウイルスが広まれば、同じルートを辿るのは目に見えているのだから。
誰かが。未来まで生き残った誰か(新聞の一番新しい日付は、1998年の二月十二日だった。
少なくともこの誰かはその日以降までゾンビになることなく生き残ったのだ)が、事件を解明するべく資料を集めていたのである。
とすればやはり、あの少年がその生存した、あるいはなんとか生き長らえた世界に生まれた未来人である可能性は高い。
その未来人が何故のび太を恨むのか?のび太に原因があると思い込んでいるのか−−その疑問だけは残るのだが。
「新聞じゃなくて雑誌だけどな。…面白い記事見つけたぜ」
武が一冊の雑誌を持ってきて、スネ夫の前で広げる。その中身を見て、スネ夫は目を見開いた。
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《アンブレラは悪魔か?正義の味方か?》
東京都練馬区ススキヶ原で最初に発生したとされる暴動。これがウイルスの感染爆発によるものである可能性が高い事は既に周知の事実である。
ウイルスの異常なまでの広がりようと感染後の凶悪な症状から、政府は人為的に作られたものという見解を示しているが、未だ根本的な原因究明と解決に至ってないのが現状だ。
果たしてこれは事故か、あるいはウイルステロなのか。当誌は独自の調査で真相究明に乗り出した。
(中略)
以上のように、ウイルステロであるならば、何らかの犯行声明が行われるのが常である。
しかし1995年十月現在、どのテロ組織からもそれらしき声明は出されていない。では今回の事件はあくまで事故なのか?
そもそも今回のウイルスを製作したのはどこの組織なのか。殺人ウイルスとして生み出されたのか、あるいは医学的な目的を持って作られたウイルスの失敗作なのか。
規模と資金面からするに、国内外の大手製薬会社数社に容疑がかけられている。セキカワ薬品、砧製薬、旭川薬品、ブラウンズコーポレーション、カミラ財団、アンブレラコーポレーションなどだ。
うちアンブレラは、日本に支部を置き、早い段階で軍事支援を行い日本人の救助に当たっている。
しかしながら、東京支部は壊滅、作戦後帰投した傭兵が発症し本社で感染爆発を招いたことにより、既に社員に多数の死者を出している。
代表取締役のオズウェル氏の安否も未だ不明であり、既に会社そのものが消滅したも同然といえる。
アンブレラの行動に日本人として賞賛を送る者が多い反面、その行動の早さを疑問視する声が上がっている。
日本への上陸は、自分達が起こした事故の証拠隠滅の為であった可能性もある。
しかし、ウイルスの脅威を誰より理解しているならば、本社でパンデミックを起こすのは些か不注意が過ぎるのではなかろうか。
アンブレラは悪魔か、正義の味方か。いずれにせよ現状では調べようがない。依然、謎は深まるばかりである。
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「…僕達は既に、この事件がアンブレラの手によって起きた事を知っている。蔓延するウイルスの正体も」
しかし。アンブレラが黒幕ならば何故、事件発生からたったの2ヶ月で会社が壊滅するような事態になるのだ?
保菌者を不用意に連れ帰り、本社で感染爆発を起こしてしまうというのもあからさまに不自然だ。アンブレラが犯人だということを、日本の国が把握さえしていない段階で、である。
「…話がおかしい。なんでそのアンブレラが滅ぶことになるんだろう」
「だよな。…そもそも何で事件を起こしたんだって話になるよなぁ」
「だよね…」
スネ夫は唸る。どこまでがアンブレラにとって予定調和だったのだろう?どの時点で彼らの書いたシナリオが破綻したのだろうか?
あるいは。事件そのものが、本質を隠す為のカモフラージュである可能性もある。
「…健治さん、聴こえる?」
インカムのスイッチを入れ、スネ夫は健治に話しかけた。その部屋を調べ終わった時点で、一度会議をすべきだろう。
情報をまとめる必要がある。少しずつだが、自分達は真相に近付いている。
第五十一話
記事
〜カオティック・メイル〜
儗に謎らえ。