「…なるほど。みんな報告しよう。新しく見つかったものとか、分かったこととか」
廃旅館の205号室からのび太達が出て来たのを見計らい、スネ夫はそう切り出した。
うしろでは武が難しい顔をしてノートを睨んでいる。のび太達が探索している間に、こちらでも新しく分かった事があったからだ。
『…スネ夫の睨んだ通り、この部屋に地下飼育所への入り口があったぜ』
モニターとインカムごしに、メンバーを代表して健治が喋る。
『箪笥の裏に隠し扉と梯子が見つかった。とりあえず降りて調べてみたんだけど』
健治によると。地下飼育所そのものはさほど広くはなかったが、梯子の後に長い通路があり、そこそこ歩かされたらしい。
辿り着いた先には破られた檻と管理人室。そして地上から繋がるダストシュートがあったそうな。
給食室だ、とすぐピンと来た。職員室と給食室にあったお知らせの紙。古肉を分けて落としていたダストシュート。なるほど、地下飼育所は給食室のほぼ真下にあったのか。
給食員の女性達が上から落としてきた肉を、地下飼育所の職員が加工してB.O.Wの餌にしていたのだろう。
彼女達は知らず知らずに、犯罪の片棒をかつがされていたのだ。そう思うとなんともやるせない。
『檻は軒並み破られてて空っぽだった。ネームプレートを見ると、主にハンター、ケルベロス、フローズヴィニルトを飼育してたみたいだな』
「豪華な面子だこと」
スネ夫は皮肉たっぷりに言う。まるで化け物博覧会だ。
『問題は管理人室だ。鍵かかってて入れねぇ。扉は鋼鉄だから破るのも無理だろうな。なんとか鍵探さねーと』
『僕達は話し合って、このあと大広間をもう一回見てみることに決めた。扉が破れるか試してなかったし』
最後の台詞はのび太である。まあ、彼らがあと調べていないのは大広間だけだから、とりあえずそうする他ないだろう−−やはり誰かに誘導されている感が否めないが。
『私達からも報告があります』
次に話を始めたのは保健室を守っている聖奈だ。
『さっき再びアンブレラの襲撃がありました。今度は二人組です。どちらもアメリカ訛りの英語だったみたいで…金田さんがいてくれて助かりました』
『ああ。…奴らの会話から分かったことがある』
金田も会話に参加してくる。どうやらのび太達の見つけたスマートフォンの履歴、その裏付けがとれた形となったらしい。
彼らは保健室に突入してくるやいなや、金田と聖奈に銃を突きつけて訊いてきたようだ。
他のガキどもは何処へ行った、と。
『あいつらは誰かを探している。私と聖奈以外の人間で…お前達の誰かだ。
同時に、奴らは私達に仲間がいることは知っていたが、その行動の把握は中途半端ということになる』
それだ。監視カメラのある放送室は今スネ夫と武でキープしている。
トイレなどに行く際も必ず交代で席を外している為、よその奴が放送室に立ち入る暇は無かった。
さらに自分達がここを占拠するまでは、あの仮面の少年がここを使っていたのである。
あの少年は明らかにアンブレラサイドではない。
彼がいつから放送室にいたかが分からないが、もしアンブレラから放送室を奪ったならその痕跡が残っていそうなもの。しかし放送室内や周辺には死体どころか血の跡さえない。
そもそも残っていたペットボトルなどから察するに、彼はそれなりの時間放送室に籠もっていたように見受けられる。
自分達が保健室に集まってからスネ夫が少年を追い出す形になるまで、さほど時間に開きはない。
アンブレラがこの部屋から保健室を見ていた可能性は低いのではないか。
「次は俺の話だな」
「あ、綱海さん」
ドアが開き、室内に綱海が入ってきた。ノックしてと頼んだのにすっかり忘れているらしい。まったくこの人は。
「スネ夫にはもう話したけどよ。この事件の発端が何にせよ、現状奴らが意図的に被害を拡大させてんのは確かだ。
校舎や学校近辺に溢れてるB.O.Wの殆どは、この学校の屋上やグラウンドにアンブレラが連れてきたもんだ。
俺はアンブレラマークのヘリから化け物降ろしてんのをこの目で見たからな、間違いねぇ」
地下からB.O.Wがエレベーターで上がってくるなんてナンセンスだと思ったが、そういう事だったのか。
ただでさえバイオハザードに巻き込まれて苦しむ町の人々を、さらに実験台にしようだなんて−−非人道的にもほどがある。スネ夫は唇を噛み締めた。
「もう一つ。…実は気になることがあって、理科室に行ってきた。
バイオゲラスの死体を調べにな。そしたら、死体の頭からマイクロチップの破片らしきもんが出て来やがった」
「何だって?」
「詳しくは分からんが。あのB.O.Wだけは、誰かの指示を受けて動いていた可能性がある。
やっぱり安雄やのび太が襲われたのもあの状況も偶然じゃねぇ」
安雄。その死にざまを思い出し、胸が痛くなった。
彼はやはり、何者かの意志によって殺されたというのか。だがあのB.O.Wだけにチップが入ってたとなると。
「…バイオゲラスを操ってたのはアンブレラ側じゃないかもしれない…?」
「ああ。…チップはかなりハイテクだった。ハッキリ言って俺らの知る2011年の技術でも難しいと思うぜ。…22世紀なら、可能かもしれねぇけどな」
『ちょ…綱海さん!ドラえもんが安雄を殺したって言いたいの!?』
「先に可能性を提示したのはお前だぜのび太」
『……っ!』
のび太が言葉に詰まる。実際、ドラえもんが関わっていたとするなら説明できてしまうこともあるのだ。
何故ならば理科室の密室の謎は未だに解けていない。
バイオゲラスを操れたならば、人間がB.O.Wと籠城することも不可能ではなかっただろうが、
そもそも自分達がバイオゲラスを倒した後で室内を探した時には部屋に誰もいなかったのだ。その時まで隠れていた可能性は既に消えている。
それこそ、石ころぼうしやどこでもドアを使わない限りは。
「…僕らからも話があるんだ。ショッキングな内容もあるから、心して聞いて欲しい」
スネ夫は、放送室で見つけた新聞記事と雑誌記事について皆に語った。
この部屋に、事件について調べていたと思しき未来人がいたこと。
その未来人があの仮面の少年である可能性が高いこと。これから先日本や世界がどうなってしまうかを示した新聞の内容など。
『…確かに…仮面の彼は、事件について詳しい事を何も知らなかったみたいですが』
聖奈が苦い声で言う。
『でも…未来人…なんて。そもそも何故未来人がのび太さんを殺そうとするんですか』
「それが分かれば苦労しないよ。…ただ」
綱海が見つけた、バイオゲラスを操っていたと思しきマイクロチップ。それが仮に22世紀のものだとするならば、仮説が成り立つ。
「彼は…のび太の関係者かもしれない。しかも22世紀の」
『どういうこと?』
「この部屋で…日記みたいなものを見つけたんだ。誰が書いたかも分かんないけど、字や文章がどんどん成長してるから、多分かなりの長期間」
ページはかなり欠損しているし、固有名詞が出てこないから殆ど意味は分からなかった。さらにはこれが本当に、あの仮面の少年の持ち物だという確証はない。
しかし。
「一番最初のページ。このノートで一番古い部分だ。なんせ字が子供だし漢字も少ないからね」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
みんな しんだ。
生きのこったのは、三人だけ。ぼくらは、−−ちゃんをたすけて、三人でにげだした。
ここがドコかもわからない。でも、にげなくちゃ。しにたくない。
でも、外のせかいはもう、しんでしまっていた。ゾンビだらけだ。けんきゅうじょの、人たちもみんな。生きてる人は、ほとんどのこっていなかった。
しにたくない。こわい。いやだ。
たすけて、●●●●●。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「問題は最後の一行。“たすけて”のあとが黒くペンで塗りつぶされてるんだ。
最初は何を書いてあったか分からなかった。でも…透かしてみたら、誰の名前が塗りつぶされてたか見えてきて」
恐らく書いた子供はかなり動揺していたか、切迫した状況にあったのだろう。
最初はただ汚い字だと思ったが、よく見ると汚いというより“荒れた字”であることが分かる。
書いたのは鉛筆。それも堅めの鉛筆で、力任せにガリガリ書いたのだ。だから分かった。ページの裏から、鉛筆で薄く塗ってみると−−凹凸により、文字が浮かび上がってくる。
平仮名と片仮名だ。左右逆さまでもスネ夫が文字を読むのはたやすかった。
「浮かび上がってきた名前は……“ドラえもん”。」
疑念が、確信へ。
「あの仮面の少年はのび太とドラえもんの関係者の未来人だ。のび太…心当たりとかないか」
しん、と静まり返る空間。ドラえもんをよく知る者達の動揺は想像に余りある。
のび太は特にそうだろう。しかも当のドラえもんが行方不明続行中なのだから尚更だ。モニターの中、青ざめたのび太が口を開く。
『…一人……』
弱々しい声。
『心当たりが、ないわけじゃない。でも…彼が、なんで僕を…』
『あまり考えすぎない方がいいわ。まだ証拠は何も無いの。理由は…本人に訊くしかないわ』
静香がその肩を支える。彼女の顔色も良くない。
「…それについては俺らがここで今議論しても仕方ねぇ。仮面の奴より今はアンブレラだ」
武が強引に話題を切り替えた。彼なりにのび太を気遣ったのだろう。本当は誰より仲間思いな奴なのだ。ちょっと人より不器用なだけで。
「町に長いすればするほど、化け物が増える。早いとこ脱出口を探さねぇと」
『…そうだね』
「しかしわかんねぇよな。アンブレラは何がしたいんだ?バイオハザードを奴らが意図的に起こしたのは分かった。
バイオハザード後の町で何故か出来杉やのび太を探してるってのも納得はしねぇが理解はした。
でもこれ以上被害を広げて何がしてぇんだよ?まるでウイルステロじゃねぇか」
早口にまくし立てる武。それはないよ、とスネ夫は否定する。
「もしこれがテロ行為なら普通犯行声明が出るはずでしょ。少なくとも自分達が犯人なのは隠さない。
だけどアンブレラは犯行声明どころか自分達がやったのを隠そうとしてる。否認してる」
無論それらの情報は、放送室にあった新聞記事や雑誌記事から得たものだ。
「行為そのものが目的だった可能性はある。例えば日本をウイルスで滅ぼしてやるのが目的だった…とか。
でも奴ら、最後は国際的に制裁を受ける前に、自分達が作ったウイルスで自滅するんだぜ?ちょっとお粗末すぎるよな」
『アンブレラの中で内部闘争が起きた…あるいは計画の途中で別の組織の妨害を受けた…ってことなのかな?』
「僕もそう思う。最初から一枚岩じゃなかったのかもしれないけど」
『うーん…』
ヒロトでさえ頭を抱えているようだ。どうにも、謎が謎を呼んでいる感が否めない。分かりそうなのに、分からない。
そもそも真実は本当に一つきりなのだろうか。お手上げ、と呟き。スネ夫は天井を仰いだ。
第五十二話
名前
〜忘れ難き、ペルソナ〜
栄し堺。