「…僕も…何でこんな事になったのか、何が起きてるのか…ちゃんと知りたい」
のび太は考え、その結果を口にする。
「というか。謎を解かないと…この町から出られない気がする。単なる勘だけど」
何も分からないまま脱出したら、大変な事になるかもしれない。何故か確信に近く、そう思う。
怖くて怖くて、一刻も早く逃げ出したいけど、でも−−逃げては駄目だと、何かが叫んでいるのだ。
後悔は、したくない。ならばその為に自分が一番納得のできる道を選ぶしかないではないか。
「じゃあ…こうしませんか。脱出の手段を探しながら、学校の秘密も一緒に探るんです。
監視カメラがヒントになるかも…たくさんあるような場所は、何か大きな意味がある可能性があります」
「なるほどね」
聖奈が真っ当な意見を口にする。なるほど、監視カメラと言うからには何かを監視する為にある筈だ。
入り口や出口意外をクローズアップしていたら、そこには隠し金庫や通路があったりするかもしれない−−なんて、ちょっとゲームのやりすぎだろうか。
「いくつかグループで別れて探索しよっか。あんまり離れると万が一の時助けに行けないから…一階ずつ上に上がっていく事にしようよ」
でもその前に、とヒロトが続ける。
「みんなの所持品を確認しない?やっぱり…武器になるものはあった方がいいし」
違いない。ほぼ全員が、素直に所持品を見せた。残念ながらほぼ、である。
金田は相変わらず部屋の隅に立ったまま動こうとしない。
「私の事は放っておいてくれ!この部屋から出るつもりもない。私はここで救助を待つんだ」
この調子である。話は聞いているようだが協力する気ゼロだ。なんだか話をするだけでウンザリしてしまう。
仕方ないので無視することにする。下手に刺激して暴れられても厄介だ。
のび太はリュックサックの中身をベッドの上に並べた。非常食という名のお菓子が少しと救急箱、唯一の武器である包丁である。
武は金属バット一本とタケコプター。
静香は救急ポーチ。
スネ夫が案外しっかりしたもので、懐中電灯やライター、カロリーメイトや果物ナイフなど役に立ちそうな品を揃えていた。
聖奈は裁縫セットと水筒。
健治はバタフライナイフとカメラ。
太郎はほとんど何も持ってきていない。
そしてなんと綱海は。
「護身用にこんなモンがあったりして」
あの。ここ日本なんですが。何で当たり前のように銃なんて持ってるんですかアナタ。
ゴトリ、と床に置かれたのは、タイプの違う三つの銃だった。
「…綱海さんってナニモノ」
「普通の中学生じゃないんだよなー俺。詳しくは企業秘密だけど」
「えぇー…」
なんかものっくそ怪しいんですけど。のび太は呆れて言葉も出ない。
普通じゃない中学生でも銃は持ってないというか、日本で警官以外が銃持ち歩いてたら銃刀法違反ではないだろうか。
のび太でさえそれくらいは知っている。
「ま、まぁ。数少ない武器じゃないの。有り難く貸して貰おうじゃない。なんか見た事ない銃ばっかだけど」
深く追求したらマズいと思ったのか、現状さした問題ではないと思ったのか。
スネ夫が苦笑して銃の一つを手にとる。
スネ夫が最初に興味を示したのは、銃身が長い銀色の銃だった。何か英語が刻印されている。
「ヘルブレイズ・改・[型。それはスネ夫が持つといいぜ。装弾数は少ないが射程が長くて安定してる」
次に、綱海が手にとってみせたのは、黒い小さな銃だ。
ポケットピストルなのか。銃身に“Z”の文字が彫られている。
彼は拾ったそれを、そのままのび太の方へパスしてきた。
慌てて受け取る。思っていた以上に軽い。金属とは思えないほどに。
「そいつは同じヘルブレイズ・改シリーズのZ型だ。軽いだろ?
一発の威力は低いが一度で二十発も装填できるし、反動が少ないから短い感覚で打てる。
コントロールに自信があんならお薦めだ。
威力が低いったって、同じ場所に五発もブチこめば大抵貫けるからな。のび太が持っておきな」
コントロール。その言葉に目を見開く。のび太の射撃の腕を知ってるかのような口振りだ。
自分と綱海は今ここで会ったばかりの筈なのに、一体何故。
本当な何者なんだろう、彼は。銃刀法はとりあえず置いておきにしても、自らの護身用だけに種類の違う銃が三丁も必要だろうか?
「最後のコイツは、静香ちゃんに預けたい」
「え?」
ラストの一番大きな一丁を、綱海はなんと静香に渡した。
大きいといっても、拳銃にしては大きめ、というレベルではあるが。随分重たそうだ。女の子の静香に扱えるのだろうか。
「のび太君より君の方が腕力はあるみたいだしな。…“ヘルブレイズ・改・Y型”。最新の、超小型サブマシンガンだ」
「え!?この大きさでサブマシンガン!?」
「おお。引き金を引けば連射可能だぜ。危ないから安全装置はギリギリまで外すなよ。
サブマシンガンだから多少コントロールが乱れても弾幕で圧倒できるのが魅力だが、
撃ち続けたら一分か二分で弾切れになる。マガジンを代えるタイミングを間違えんなよ」
静香が恐る恐るといった様子で受け取る。のび太より静香のがパワーがある−−いや、分かっちゃいたが。
改めて誰かに言われるとハッキリ言ってショックだ。
「なぁ!俺らに武器はねぇのかよ!?」
銃を貰えなかった武が不満そうな声を上げる。
「勘弁してくれ、限りがあるんだから。お前ならその怪力と金属バットで、雑魚ゾンビ程度わけないだろ?」
「そりゃそうだけど…」
「のび太。代わりにお前の包丁聖奈に渡してやれよ。太郎にゃまだ武器自体渡すのが危ない。
健治はとりあえずはサバイバルナイフで凌いでくれ」
「仕方ないな」
自分の優先順位は低いというのは分かっていたのだろう。渋々ながら武や健治も納得したらしい。
太郎のことはのび太も同意見だった。彼は幼すぎる。
銃の反動でいちいち吹っ飛んでいては意味がないし、暴発したら一大事だ。
「俺はこれがあるから大丈夫」
にっこりするヒロト。なんか細長いものを背中に背負ってるなと思ったら−−まさかのまさかだったらしい。
何故日本刀を持ち歩いてんですかアナタ。ある意味銃よりビックリなんですが。
「ヒロトさん…もしやツッコミ待ちですか」
「ツッコんでくれるのは有り難いけど、期待する返答はできそうにないなぁ。じゃあ剣道部だって事にでもしておく?」
「いやいやいや!剣道部は本物刀使ったりしないから!!」
別の方向で期待に答えてくれちゃったヒロトに、慌ててツッコミで白羽取りするのび太。
なんだか上手くやりこめられてるような。流されてるだけのような。
これがアレか、暖簾にナントカか。
「…逮捕されないように…気をつけてクダサイ」
それだけ言うのが精一杯だった。やめよう、この人達に付き合ってたら心臓が保ちそうにない。
まあ出どころは謎にしても、武器が手に入ったのは助かった。のび太の数少ない特技を生かすに最も適した武器だと言っていい。
ポケットピストル、ヘルブレイズ・改・Z型。
試し撃ちできる場所は無さそう、というか無駄撃ちは出来る限り避けるべきだろう。実戦で慣らしていくしかない。
「あ…あの…僕トイレ行きたい…」
その時、太郎が申し訳なさそうに手を上げた。
「ずっと我慢してたんだ…ゾンビがいるかと思うと怖くて」
無理からぬことだ。トイレにゾンビがいない保証はないし、武器も力もない子供がこの状況で一人になるのは危険極まりない。
「健治兄ちゃん…一緒に行ってくれる?」
「…何で俺」
「だってぇ…」
太郎は涙目になって健治の服を引っ張る。本当に健治に懐いてるんだな、とのび太は思った。
元々は赤の他人、ついさっき出逢ったばかりだろうに。
だが、その心理が分からないでもない。独りきりで怯えて隠れていた時、乱暴でも腕を引いて連れ出してくれた存在。
太郎には救世主に見えただろう。何が何でも縋っていたい筈。まだ親の庇護が絶対必要な幼子なら尚更だ。
「それはやめた方がいいんじゃないかな」
その時、発言したのはヒロトだ。
「健治さんはナイフしか持ってないんだもの。武君ほど腕力があるわけでもないし。いざって時、太郎君を守るのは難しいんじゃない?」
「じゃあどうすんだよ?」
「のび太君、一緒に行ってあげなよ」
彼の言葉は一理ある。一理あるが何故自分なのだ。同じく銃を所持しているスネ夫を見ると、奴は明後日の方を向いて口笛を吹いている。
お前の方が力あるくせに。のび太は恨めしく視線を投げる。
「じゃあ、のび太。付き添い頼むな!」
そして当然のように便乗するのが武だ。逆らったらギタギタにするぞ、と目が言っている。
怖い。ハッキリ言って怖い。
ゾンビと戦うのと武に逆らうの、どっちが生存率高いだろうかとガチで考えてしまう。
−−僕だって怖いのに…。
どっちにしたって地獄行きだ。しかし自分より小さな太郎の手前、弱音を吐くのは憚られる。
ましてや静香の手前でもあるから尚更だ。格好悪いところは出来れば見せたくない。自分だって男なのだ。
「…本当にヤバくなったら叫べ。トイレはすぐそこだから助けに行ってやる」
意外にも健治が優しい事を言ってくれた。それでも自分が行くと言わないのは太郎を守ることを考えてだろう。
やっぱり人は見かけによらない。太郎が懐いたのはそんな彼の気質を、本能的に見抜いたせいもあるかもしれない。
「でもな。…これから俺達はゾンビの群の中に突っ込んで行かなきゃならねぇんだ。ここで怖じ気づいてるようじゃ、こっから先生き残れねぇぜ」
「…はい」
それはのび太自身薄々気付いていた事だ。何で自分がこんな目に、と嘆き続けていたところで現状は変わらない。
何一つ進展する事はない。
化け物になってしまったた母と、その母の死に様を思い出した。また涙が滲みそうになり、ぐっと堪える。
慣れない武器を片手に、されど立ち竦む暇はない。前に進む足を止めた時点で、自分達に明日はない。分かっている。本当は、とっくに。
「分かった。…僕と一緒に行こう、太郎」
「…うん」
太郎は少し名残惜しそうに健治を振り返った後、のび太の手を握った。
自分もまだまだ子供だが、その自分より輪をかけて小さな手だ。
守らなければならない。義務という名の責任が重くのしかかる。しかし、同時に別の感情もあった。
それは、使命感。かつての冒険でも抱いた事はあるが、今までよりずっと強い気持ちかもしれない。
かつてない危険で、死と隣合わせの状況だからこそ。誰かを守り、立ち向かう心を忘れてはならないと、そう思う。
「…のび太さん」
不安そうに、静香が名前を呼んだ。
「気をつけて…」
「うん」
大丈夫。まだ全部、始まったばかり。こんな所で死んだりするものか。まだ何一つ、真実は見えていないのだから。
太郎としっかり手を繋ぎ、のび太は保健室を後にした。それが最初の一歩だと気づかないまま。
第六話
勇気
〜不可欠の、塊〜
ただ一つの、証明。