『今、廃旅館の管理人室。いいものを見つけたよ』

 

 のび太から連絡が入ったのはすぐだった。金田はインカムに耳を押し付けて聞く。

やや音が悪くて聞きづらいのは、彼らが地下にいるせいか。これ以上離れると受信自体が難しくなるだろう。

『制御室のカードキーだと思う。……これもアルルネシアの罠かもしれないけど……これでシャッター開けて四階や屋上にも行けるね』

「だが問題は、四階以上が化け物だらけということだ。シャッター開けたらみんな下に雪崩れ込んでくるぞ」

『うう、困るのはそこだよねぇ…』

 金田は無意識に天井を見上げる。今、のび太はヒロト、静香、武、太郎と一緒にいる。

五人もいれば、戦力としては申し分ないだろうが−−出来ればリスクは避けたいものだ。これが誰かさんの罠かもしれないなら尚更である。

 残念ながら、窓からの侵入もお薦めできない。あれは綱海だから出来たようなものだ。

のび太にせよ静香にせよ、銃の腕と度胸は確かだが基本的な身体能力が高いわけではない。

ヒロトと、死んだ健治ならもしかして可能だったかもしれないが−−それを言ってもどうしようもあるまい。

ヒロトと綱海だけを危険地帯に放り込むわけにはいかないだろう。

 

『…だけど、もう四の五の言ってられる場合じゃないよ。安雄や健治さんの為にも、前に進むしかないんだから』

 

 化け物にびびってられないよ、というのび太は実に格好いい。そう思ったのは金田だけではないようで。

『くっそ!のび太のくせに男前とか!!生意気だぞ!!

『右に同じ!生意気だ!!

『ぎゃあ!ちょ…ジャイアン何で拳骨なの!?スネ夫も便乗しないでよう!』

『そうよ酷いわ武さん。のび太さんが格好いいのは当たり前よ、劇場版補正かかってるんだから!!

『おー、理解』

『静香ちゃんフォローになってない!しかもなんかメタ発言!!

『メタ発言は二次創作の特権だぜ?気にしない気にしない』

『綱海さんまで!?

「…お前ら、漫才はそのへんにしておけよ…?」

 誰かこいつらのストッパーになってくれ、と金田は思うが。

ヒロトは楽しんでるっぽいし綱海はむしろ煽ってるし、聖奈はさっきから“皆さん仲がいいですねぇ”と見当違いなことを言ってお花を飛ばしている。

マズい。ひじょーにマズい。これなんて深刻なツッコミ不足?

 今まで健治が殆どツッコミを担っていたんじゃなかろうか。

今後どうしてくれよう。金田は一人頭を抱えた。自分もこの際ボケに転向して現実逃避してしまおうか。

 

「まあ…結論から言うに。四階を避けて通るわけにはいきませんよね」

 

 ぐだぐだな会話(コント?)の後。ようやく聖奈が話をまとめた。

「とりあえず…皆さんも疲れてらっしゃるでしょうし。探索メンバーを編成し直すべきじゃありませんか?私なんてもう充分休ませて貰いましたし」

『俺もだ俺も!退屈で死んじまうぜ!!

 すぐさま武が便乗する。じたばたしている様が目に浮かぶようだ。

まあ金田以外のメンバー選びは半ばクジ運に依ったものなわけで−−誰かが意図したわけではないのだが。

 

−−そうだ…だから…偶然のはずなんだ。

 

 不意に頭に浮かんでしまった考えを、金田はムリヤリ追い払う。

健治と太郎が、廃旅館探索組に選ばれたことは、誰かが意図的にしたものではない。クジによる偶然である筈なのに。

 セワシとドラえもんは言っていたという。まるでそれが必然だったかのように−−その未来を予知していたのだと。

 よすべきだ。深く考えすぎると泥沼に嵌るだけである。彼がまるで運命に選ばれた結果−−殺されたのではなどと考えるべきではない。

偶々彼だっただけだ。もしかしたらあそこに転がるのはのび太だったかもしれないし聖奈だったかもしれないではないか。

 

『…ドラちゃんのこともあるわ。あたし達もう、真実から逃げちゃいけないと思うの』

 

 静香が、いつになく堅い声でそう言った。

『奇しくものび太さんが一番最初に言った通りだった。…真実を知らなきゃ、あたし達は町から出られない気がする』

『…セワシ君やドラえもんを放っておけないから?』

『それもあるけど、それだけじゃないわ…半分は勘みたいなものよ』

 勘なんて、と。少し前の金田なら鼻で笑い飛ばしたかもしれない。

しかし極限の状態にあればあるほど、直感という奴は無視出来なくなってくる。自分も段々と理解してきたことだ。

 魔法なんて馬鹿馬鹿しいと今でもどこかで思っているけれど。その実、人はみんな魔法使いだと言われたら納得できる気もするのだ。

言葉には力が宿り、真実は時にどんな剣より深く魂に突き刺さる。時には、予想外の力や、常識ではかれない現象が起きることも−−ある。

 火事場の馬鹿力だって、大雑把な分類をすれば“魔法”と呼んで差し支えないかもしれない。

 

『ドラちゃん達は、のび太さんを殺すと言いながら…今の今まで手を出して来なかったわ。

単に真実を知りたいから…それだけが理由なのかしら。

不謹慎を承知で言うけど、のび太さんに原因があると思ったならもっと早い段階で実行してもいいと思わない?』

 

 静香の考えは筋が通っていた。なるほど、ドラえもんとセワシの行動には、まだ矛盾がある。

説明されていない、自分達の知らない理由が−−そこに、ある。

『そうしなかったのは…ドラちゃん本人の気持ちもあったかもしれないし…もしかしたら、ドラちゃん達には事件を終わらせるもっと高い確率のプランがあるのかもしれないわ』

「…なかなか君も頭が切れるな。どうにも彼らは、私達をあえて生かしているようにも見える」

 もしかしたら。金田は思った事を口にした。

 

「我々の知らない…ある真実に辿り着けば。歴史を根本から覆すような手段も…あるのかもしれんな」

 

 我ながら暴論だったが。そう考えると辻褄があわないこともない。アルルネシアは異世界の魔女。

本来はこの世界の歴史には存在しなかった筈なのだ。今彼女を排除しても過去は変えられない筈だが−−彼らには何か、策があるのかもしれなかった。

 残念ながら自分にはその手段が何かなんて、皆目見当もつかないのだが。

 

『…どっちにしたって、いずれ彼らとは決着をつけなくちゃいけない。そして聞き出すしかない。彼らしか知らない“真実”ってヤツをね』

 

 ヒロトが最終的に、まとめを口にした。

『とりあえず俺達は一端保健室に戻るよ。ちょっと遠いから時間かかるけど。あ、綱海は今どこにいる?』

『西校舎三階。…俺も結構遠いな』

『まあ仕方ないね。綱海も保健室に行ってよ。作戦会議だ』

 誰も異論はない。インカムごしの会議では少々不便だ。放送室のスネ夫以外の全員が、

保健室に集合することで話はまとまった。前の時には健治も一緒だったのに−−なんて。そんなことは、今考えるべきじゃない。

 通信を切って、金田は一つため息をついた。

彼らが無事だったことだけでも喜ぶべきなのだろう。正直、全滅していてもおかしくない状況だったのだ。

 それが出来ないあたり−−結局自分も後悔のつきない、甘い人間であったということなのだが。

 

「…?」

 

 ふと、聖奈が顔を上げる。目を見開いて、保健室のドアを見る。

「どうした、聖奈君」

「あ…いえ…気のせいかもしれないんですけど」

 少し目を逸らして考え、またドアを見る。迷っているというより、惑っているというような−−そんな顔だ。

 

「今…足音がしたような」

 

 その意味を理解するまで、数瞬。金田は顔を強ばらせ、荷物を探った。これも武器になるかと無断で持ち出してきたメスを数本取り出す。

 自分達はほんのついさっきまで、インカムで皆と会話していた。のび太、武、静香、ヒロト、太郎はまだ廃旅館にいて。

スネ夫は放送室からまず出ない。そして綱海は校舎内にいるものの、話によればかなり場所が遠い。ゾンビやらなんやらが彷徨いていることを考えれば、一、二分で保健室まで戻れるとは考えにくい。

 安雄の仲間だという出来杉やはる夫、または他の生存者の可能性もゼロではないが−−ここにきてまともな人間に出逢える奇跡より、イカれた亡者かアンブレラの刺客である確率のが高いだろう。

 既に何度もアンブレラの傭兵に襲撃されている。保健室に立てこもった生存者がいることは、連中の仲間にも知られていると考えるべきだ。

二度あるならば三度ある。今まではどうにか返り討ちにしてきたが、いつまで同じことができるかは分からない。

 

 コンコン。

 

 緊張で張り詰めた空気の中。ドアをノックする音が聞こえた。聖奈は金田を振り向き、目で合図する。

自分が様子を見るから、と言いたいのだろう。彼女は拳銃を持っている上、老いた金田より体力もあり運動神経もいい。

情けない話だが、金田が矢面に立つより妥当な判断なのは確かだった。

 保健室のドアは、上半分が曇り硝子になっている。普通の硝子よりは遙かに丈夫だが、反面外の様子は薄ぼんやりとしか見えない。

施錠したドアの脇に、拳銃を構えて立つ聖奈。険しい顔で、彼女は尋ねる。

 

「…どなたですか。ゾンビの方ならお断りしますよ?」

 

 勿論、ゾンビが“私はゾンビです”なんて言う筈もない。

軽いジョークは相手の反応を見るのにも適している。聖奈も本能的に分かっているのだろう。

 聖奈の声が聞こえたのか聞こえてないのか。ドアの向こうは静まり返っている。

ノックは確かにしたと思ったが−−聞き間違いだったのだろうか。

いやしかし、ドアの向こうで何かが息を潜めているような気配がする。誰かがそこに、立っている。間違いなく。

 もしやゾンビなのだろうか。腐臭も奇怪な音もしないが−−ゾンビならばまともな口はきけまい。精々あーだのうーだの呻き声を漏らすのが関の山だ。

 あるいは。熟練の傭兵が、突入の機会を窺っているのかもしれない。

アンブレラの奴ならば、仲間が既に何人も返り討ちにあっているゆえ、警戒心を強めるのも自然な流れだ。

 

「………」

 

 睨み合いとも言うべき沈黙は、やけに長く感じられた。聖奈が曇り硝子に顔を近付け、様子を見る。一瞬だった。光の加減で−−ドアの向こうに立つ人物のシルエットが見えた。

 はねたしっぽのような髪−−ポニーテール。聖奈がはっとしたように、声を上げる。

 

「……リュウジ君?」

 

 たん、と床を蹴る音がした。聖奈が名前を呼んだ途端、まるでそれに反応したかのように相手が走り出したのだ。

「ま…待って!」

「お…おい聖奈君、何をっ…!?

 チャンスは今しかない。そう思いこむと人は冷静さを失う。

聖奈は鍵を開けて、廊下に飛び出してしまった。リュウジと思しき足音が、どんどん遠ざかっていく。

 

「ごめんなさい…金田さん。様子を見たらすぐ戻ってきます!」

 

 何かを言うより先に、彼女の姿は見えなくなっていた。後にはあっけにとられた金田だけが残される。

 今のは本当に緑川リュウジだったのだろうか。それとも。

 

「ふふ…うふふふ…ふふふふふ!」

 

 生温い魔女の嗤い声が聞こえたのは、その時だった。

 

六十八

悪意

いて、躍らせて〜

 

 

 

 

 

世界に、打ちのめされる。