−−西暦1995年8月、学校校舎・3F放送室。

 

 

 

 放送室には、生き残った全員が集まっていた。のび太。武。静香。聖奈。太郎。ヒロト。

スネ夫は全員を見回し、溜め息を吐いた。随分と数が減ってしまったものだ。この一日で一体、どれだけの死に触れてきただろう。

 

「…金田さんは見つからなかったわ」

 

 静香が暗い顔で話す。

「あたしと、のび太さんと、ヒロトさんと、聖奈さん。…四人で一階を見て回ったんだけど…いるのはもうゾンビばっかりで。やっぱりあたし達以外に生存者はいないのかしら」

「僕らが生きてるのも、奇跡みたいなもんだもんね…」

 のび太も俯く。全員がだいぶ疲れているようだが、特にのび太の疲労の色が濃い。最前線に立ちっぱなしだから、当然と言えば当然だ。

普段はアホののび太のくせに、いざ戦いになるとこいつはやたら役に立つ。射撃の腕はスネ夫さえ認めているところだ。

 そして。この場から減ってしまったメンバーはもう一人いる。

 

「…綱海さんは死んじゃったわけではないんだよね?」

 

 スネ夫が尋ねると、ヒロトは頷く。

「うん。…この世界では、俺も綱海も死ぬことはない。というか死んだ事にならないみたいなんだ。

ここで死ぬほどの怪我をすると、そのダメージがリセットされる代わりに、強制的に世界の外に弾き出されて……こっちに戻ってはこれなくなる。

会えなくなるのは確かだけどそれは死ぬのとは違うね」

「異世界から来た人はみんなそうなの?もしそうなら、僕達はアルルネシアを“世界の外に追い出す”までしか出来ないことになるけど」

「……うー、なんて説明すればいいのかなぁ」

 聡明そうなヒロトが、ややガチで頭を抱えている。そんなに複雑な事象なのだろうか。スネ夫はつんつんとのび太の頭をつつく。

「マスター・オブ・ゼロこと0点の魔術師なのび太クン?ちゃんとついてってるかい?」

「そ、そういうスネ夫はどうなのさ」

「少なくともお前よりマシだろーぜ。なんたって僕この世界じゃハッカー設定だもんね」

「…そこーメタ発言自重ー」

 冷や汗だらだらののび太に胸を張って返してやると、聖奈からツッコミが入った。

何やら楽しそうな顔をしてるが大丈夫だろうか。そもそもそのハリセンはどこから来たんだろう。

 今更っちゃ今更だが。聖奈もだいぶキャラがおかしい。

 

「…結論から言うと。異世界から来た人間だって、本来は異世界で死ねてしまう筈なんだよ。

ハッキリ言っておかしいのは俺達じゃなくて、この世界の方なのさ」

 

 放送室には、落書きできるくらいの紙は山のようにある。ついでにセワシが使っていただろうペンも。ヒロトはその一組を拾い上げる。

「俺達は今回、アルルネシアが発する魔力の気配…まあ電波みたいなもの?それを辿ってこの世界に行き着いたんだ。

世界はこうやって幾つにも分かれて独立してて、俺達はこう…ケンケンパするみたいに、世界の真ん中をワープしながら行き来してるわけ」

「……し、静香ちゃん通訳…」

「つまり、どこでもドアよ。異世界を自由に行き来できるどこでもドアみたいなのを、ヒロトさん達は持ってるってこと。そうでしょヒロトさん」

「正解」

「そっか!分かったよ静香ちゃん。ありがとう!!

「お前はもう少し自力で理解する努力しろ」

 武が呆れ顔でのび太の後ろ頭をはたく。

 

「…俺達は世界の壁を壊して中に入ってるわけじゃないんだ。

だから世界を箱に例えるなら、箱を開けないで中に飛び込んじゃうわけ」

 

 ヒロトは紙に四角を書き、中に棒人間を書き込む。

「だから…もし箱の中に箱があったら。知らずに一番内側の箱に入っちゃうこともあるんだよ」

「ど、どういうこと?」

「分かりやすく言えばテレビゲームだね。君達ゲームは好き?FFとかやる?」

「僕全部持ってるよ。でもそれが何の関係があるの?」

「それが箱の中の箱だからさ。ゲームをプレイする君達が箱の外の人間で、テレビの中のFFのキャラ達が箱の中の人間なのさ」

「…!」

 そういう事か。つまり−−解釈にもよるが、自分達にとっては現実ではないゲームの世界も−−異世界の一つに値するということだ。

確かにゲーム世界のキャラ達にとっては、それはまごう事なき現実。間違ってはいない。

 これが“箱の中にさらに箱がある”状態なのだ。

 ヒロト達は知らないうちに、スネ夫達のいる“現実世界”ではなく、スネ夫達のプレイする“ゲーム世界”に飛んでしまう事があると、そう言ってるのだ。

「だから……死なない?」

「そう」

 ヒロトは肯定する。

 

「ゲームの世界でスネ夫君の操るキャラが死んだら、スネ夫君本人も死ぬ?

違うよね。一度電源を切ってもう一度ゲームを始めれば、キャラクターは何度だって生き返る」

 

 自分達のいる箱より小さい箱の住人の死は。自分達には良くも悪くも“関係ない”。

 スネ夫は少し、ぞっとした。確かに、今のはゲームの喩え。ゲームは現実ではないと誰もが知っている。

だから簡単にキャラを死なせる。敵を、殺す。しかし自分達が“所詮ゲームだから”と切り捨てた、その世界の住人からすればどうだ?

 彼らにとってはその世界が全て。その世界が現実。自分が“箱の中の箱”だなんて知らないのに、“箱の外”の人間の都合で何度も殺されて生き返る。

そして自分達が弄ばれてる事実さえ、気付くことが出来ない。

 何度も繰り返される世界。繰り返される悲劇。もしまかり間違って気付いてしまったらそれは−−どれほどの、恐怖だろう?

 

「ちょ…ちょっと待てよヒロトさん!」

 

 はっとしたように武が叫ぶ。

 

「じゃあ何か?俺達が今いるこの世界は…俺達がそう思ってるだけで現実じゃないってのか?」

 

 同じ事に思い至り、スネ夫も青ざめる。自分達は無論、今が非現実だなんて自覚はない。

認識もない。しかし、自分達が知らないだけで−−この世界は誰かの操るゲームでしかないというのか?

 

「……それが、まだはっきりと分からないんだ」

 

 ヒロトは首を振った。

「さっきはあくまでゲームに喩えたけど。それ以外にも“箱の中に箱”が生まれる状況はあるんだよ。

この世界が箱の中にあるのは確か。だから俺達は“死なない”。でもそれにしては、おかしな点が多い」

「例えば?」

「…うーん。半分は勘だからなあ。具体的なとこれだと…セワシ君かな。

もしここが作られた“世界の中に作られた世界”なら、俺は彼が創物主じゃないと睨んでるわけだけど…。

仮にこれが彼の作ったゲームのようなものなら、ちょっとあの子は真面目にプレイしすぎてない?」

「確かに…だいぶガチで僕のこと殺したいっぽかったけど…」

「そもそもあの子本人がゲームに登場しちゃってるし。ドラえもんの立ち位置がまたよく分からないし。トドメがアルルネシアだよ」

 紙に絵を書き足すヒロトさん。

 

「前にも言ったけど、アルルネシアは本来異世界の存在だ。だからこの世界にとってイレギュラーな筈なのに…“世界”に異分子扱いされてない。

これはまあ、奴と対峙して俺が気付いたことなんだけどね。だから多分君達がアルルネシアを本当の意味で“殺す”ことも可能ではあると思うよ」

 

 段々スネ夫も混乱してきた。つまりだ。異分子−−ゲームに本来登場しない“バグ”の筈のアルルネシアが、ゲーム本来のキャラクターのように扱われていると。そういう事なのだろう。

 

「…2097年……」

 

 聖奈がはっとしたように言う。

 

「実は、セワシ君が奇妙な事を言ってて。『本当の世界は今、2097年だ』と…」

 

 百年以上先ではないか。スネ夫は武と顔を見合わせる。

 そういえばドラえもんが妙な事を言っていた。

 

『逆だよ。僕達が未来から来たんじゃない。君達が過去にいるんだ。…本来ならありえなかった筈の過去にね』

 

「段々と真相が見えてきた気がします。ヒロトさんの話と総合するなら…この世界の本当の時間は、1995年ではなく2097年。

…私達はセワシ君が作った1995年という世界にいる…。そういうことでしょうか?」

 

 聖奈の考えは筋が通っている。ただ、それだとまだ“この世界はセワシが作ったゲーム”の域を出ない。

あのセワシの様子からして、ただの“ゲーム”ではなさそうだ。それに1995年という時代設定がよく分からない。

 あのセワシは、どう見たって自分達と同年代。百年以上先を生きる住人が、リアルタイムの1995年を生きていた筈がない。

ならばこんな、おおよそ彼本人と関わりの無さそうな世界で、セワシは一体何をしようとしているのだろう?

 鍵になりそうなのは、彼が健治の死や聖奈の危機を予見していた事実。

 悲劇を回避し、真相を明らかにしたいといった言葉。

 そしてのび太の死が、彼にとって非常に重い意味を持つということ−−。

 

「くそっ…あとちょっとで全部分かりそうなのに…!」

 

 もし彼がゲームの創物主ならば。最初からバイオハザードが起こらないよう、シナリオはいくらでも改竄できた筈だ。

それをせず、中途半端に自身を登場させ、回りくどい手を使うのは何故だ?

「…この話は一回保留にするしかないんじゃない?…セワシ君がゲームマスターだと決まったわけじゃないし。今はまず、これからの行動を決めなきゃ」

「のび太にしちゃ建設的な意見だな」

 武の言葉に、明らかにむくれるのび太。のび太にしちゃは余計だよ、と顔にデカデカ書かれている。

それでもそこで下手に反論すると殴られる、というのはさすがに学習したらしい。

 似たような議論は今まで繰り返してきたが。いつも結局は“セワシが話してくれなきゃどうしようもない”という結論で終わる。

しかし、不毛とも言える会議を繰り返した価値はあったのかもしれない。

 何かに手が届くまでは、あと僅かだ。

 

「…みんなも見て貰えれば分かると思うけど。さっきからモニターが全然映らないんだ」

 

 スネ夫は切り出した。

「ジャミングされてる可能性が高い。あるいはコンピューターウイルス。…インカムの調子も安定しない。ごく近距離でないと、声も殆ど聞こえないみたいだ。

偶にしっかり聞こえる瞬間もあるけど…これじゃあ通信機としてあんま役に立ってないよね」

「…直せないの?スネ夫兄ちゃん」

「いろいろやってはみたんだけど、どうにも」

 アルルネシアに手を打たれたか。あるいはアンブレラが何かしたのか。

 

「モニターがこんな調子だから、今四階がどうなってるかはサッパリ分からない。

ただ、研究所への入口の場所に目星はついてる。モニターが不調になる前、不自然にカメラがピックアップしてる場所があったんだ」

 

 無駄に探し回る必要はないだろう。それでも危険は伴う。四階以上は恐らく、屋上から送りこまれたB.O.Wで溢れているだろうから。

 

「…みんなで一緒に行くしかないね」

 

 のび太は言った。

 

「もう前に進むしかないよ。…怖いけど、逃げる場所なんてないんだから」

 

 本当は誰より臆病な彼が、今前を向いて立っている。スネ夫には眩しかった。自分にはまだ勇気が足りない自覚があったから。

 

七十七

団結

ぐ手があるのなら〜

 

 

 

 

 

愛を信じてる。