この場所で、誰かが生活――あるいは仕事をしていたのは間違いないだろう。

ベッドのシーツもまだ新しいし、冷蔵庫には冷えた缶ビールやおつまみが。棚の中の菓子類もまだ賞味期限が切れていない。

 武は空腹を思い出した。そういえば結局、自分達は皆夕食を食べ損ねた形になっている。今までの緊張感のある展開が続いていた為、忘れかけてはいたけれど。

 ツマミらしきチーズの封を切って口に放り込む。外国産だからか少々塩っ辛いが、こんなものでも食べないよりマシだ。

 

「あーっジャイアンいいの!?誰のかも分かんないのに勝手に食べて」

「こんな状況だぞ?どうせもう誰も戻って来ないだろうし、いいじゃねーか」

「うわあ開き直ってる…」

 

 スネ夫の声を右から左に流し、スナック菓子の袋も開ける。なんだかんだで奴も腹は減っていたのだろう。袋を差し出してやると、少し躊躇った後スネ夫も手を伸ばしてきた。

 居直り強盗?火事場泥棒?なんだっていいではないか。多少図太くなければ生き残れやしないのだから。

 

「ありがと、ジャイアン。…さすがにお腹すいてた。聖奈さんも食べる…って聞く前から食べてるね…」

「ミカンおいしいですミカン。あと炬燵があれば最高でしたね。テーブルに椅子じゃ雰囲気出ないです」

「今夏だからね?一応」

 

 キャラがブレまくりの聖奈は、武がチーズを食べるより先にテーブルの上の蜜柑に手をつけていた。彼女の度胸と神経の太さは、むしろ見習うべきかもしれない。

 

「…のび太達にも持ってってやろうかな、あいつらも腹減ってんだろうし」

 

 ベッドサイドには、ここの住人が使っていたと思しきナップザックがあった。武はそこに、余った菓子と蜜柑をつめる。そんな武に、スネ夫が目を丸くした。

 

「…どういう風の吹き回しなのさ」

「うるせぇよ。俺はいつだって友達思いだっての」

 

 いや、分かっている。スネ夫が驚くのも当然だ。なんせ武自身だって驚いてるくらいなのだから。

 バイオハザードが起きて――学校に集まって。皆が不安で、まだ気持ちが固まっていない最初の段階から。

のび太はいち早く立ち上がり、生きることを考えていた。生きて、真実を見つけることを。誰かを守ることを。

 いつも0点ばかりとって、遅刻して居眠りして、野球も所詮ライパチ王で。喧嘩の弱さは壊滅的だし、いつもドラえもんの道具に頼るし、一発殴っただけですぐ泣くし。

普段ののび太の貧弱ぶりは酷いなんてものじゃないだろう。いざという時勇敢なのは知っていたが、それでもまだ心のどこかで見下していたのは確かだ。

 でも。今ののび太を見て、一体誰が彼をバカにするというのだろう。彼の行動と言葉が、折れそうになる自分達を支え、引っ張ってきたのは間違いない。

見解を改めるには充分だった。むしろ――今はのび太に対し、羨望と劣等感さえ抱いてしまっている。

 自分は、あそこまで真っ直ぐ誰かを信じたりはできない。皆を支える為のたった一言さえ見つからない。自分にはのび太と同じことは、けして出来ないのだ。

 ならばせめて。そののび太を助けることを、たった一つでも多くしたいと思う。それが今まで彼を好き勝手苛めてきた償い。そして。

 

 

 

『友達の言うこと、疑うわけないじゃんか!』

 

 

 

 彼の純粋かつ貴い信頼に対する、自分なりの回答だ。

 

「…と。食料もそうだけどよ。ベッドの下からとんでもないもんが出てきたぜ」

 

 武はそれを、二人に見せる。金属性の箱−−問題はその中身だ。武は二人の前でそれを開く。こちらも鍵の類はかかっていなかったのだ。

 中に入っていたのは、粘土状の物体だ。これだけでは武も、図工で使う紙粘土か何かだと思っただろう。しかし中にはご丁寧に、説明書と思しき紙まで入っていたのだ。

 

「プラスチック爆弾。それもかなり凄いヤツらしい」

「えぇ!?コレがぁ!?

 

 スネ夫がすっとんな声を上げる。

 解説書によれば――アメリカ軍を始め世界で広く使われている爆弾であるらしい。

通常の爆弾のイメージと違い、火に投げ込んでも爆発することはないし、衝撃に対しても同様で、比較的安全な爆弾であるそうな(爆弾に安全もへったくれもないという気はするが)。

 使用するには雷管と起爆装置が必要らしい。箱の中にはその二つもセットになっていた。

箱にアンブレラ社のマークがついているあたり、この部屋の住人のブツだった可能性もあるにはあるが――説明書が日本語であるあたり、これもアルルネシアが用意したものかもしれない。

 

C4爆弾…ですか。粘土状だから、隙間に埋め込んで瓦礫を除去したりするのなら役に立つかもしれませんけど。使い道あるんですかね?」

「さぁな」

 

 でも、もしアルルネシアが用意したものならば。前に進むのに必要だと、彼女が判断して置いていったということになる。

 魔女の思い通り動くのは癪だが、念の為持っておいた方がいいだろう。武はお菓子をつめこんだナップザックに、C4爆弾も箱ごとつっこんだ。

 

「…ベッド周りにゃ他にめぼしいもんはないみたいだ。聖奈さん、そのノートは何だったんだ?完全適合者って…?」

「…はい」

 

 聖奈は顔をひきしめ、ノートを開いた。

 

「とりあえずざっと読んでみて下さい。特にこのあたりが重要そうです。読めない漢字があったらフォローしますから」

 

 

 

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1995/05/10

 

 ウイルスはどうやら、生物や個体によってだいぶ浸食スピードや度合いが違うらしい。

ウイルスは最初期段階では空気感染するものの、空気中では長く生存することが出来ない。

ウイルスが一次感染し、一次感染した生物から別の個体へ経皮感染――つまり二次感染してからは、凄まじい早さで感染爆発を起こす。

 今回使ったのは六匹のマウスだ。うちAとBとCをまず同じ箱に入れ、Aの餌にウイルスを混ぜてAを感染させる。

Aは発症まで十時間を要し、さらにBの発症を確認するまでプラス二時間、Cは五時間かかった。

 しかし二次感染したCと、まだ感染していないDとEを同じケースに入れたところ、二匹はそれぞれ二十分と一時間で発症した。これは貴重なデータと言える。

 この六匹のうち、AとBとDはゾンビ化し、Cはリッカー型への変異を見せた。

問題はEである。一度は発症の兆しを見せたものの、その後三日間観察しても変異やゾンビ化することは無かった。

 これは何を意味するのか。実に興味深い現象である。

 

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1995/07/03

 

 面白いことが分かった。どうやらどんな生物も、十万分の一ほどの極めて低い確率で、ウイルスと共存する事が可能性があるという。

 大抵の生物は、ウイルスに感染して発症すると、生体機能を著しく崩壊させアンデット化けする。

あるいは組織を変異させB.O.Wになる個体もある。だが、その例外が存在したのだ。例のマウスだ。

 ウイルス実際を生き残ったマウスEは、外見は通常と変わらないものの、ガラスケースを前歯で砕き、B.O.W化したマウスに噛みついて撃退するなどの異常なパワーを見せた。

ウイルスとの共生者――我々はこれを完全適合者と呼ぶ――は、外見はそのままにも関わらず驚異的に身体能力を飛躍させるのだ。これはとんでもない発見である。

 このメカニズムを解明すれば。人間をそのままの姿で、最強のソルジャーへと進化させる事が可能かもしれない。

量産すれば、一気に世界はアンブレラのものとなるだろう。しかもどうやらウイルスは、人間の老化を抑え込む作用があるらしい。

かねてより人類が渇望してきた不老不死の夢。それをこの発見が叶えてくれるかもしれないのだ。

 考えるだけで笑いが止まらない。研究をやめなくて良かった。あの人に感謝しなくては。

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1995/07/31

 

 

 ウイルスの適合者は人間の中にも存在する。理論上だがそれは間違いない。ただし確率は非常に低く、また人間のサンプルが手に入らない以上メカニズムの完全解明は程遠い。

 アンブレラが手に入れた百万人分の身体データと血液サンプルを片手に格闘する日々が続いている。

気の遠くなるような作業だが、どうやら無駄では無かったようだ。食生活や風土、体質、血中の成分バランス。

それらを総合するに、日本人には比較的適合者になりうる者が多い事が分かった。百万人から実際で絞った十万人の中には、日本人が圧倒的に多い。

 明日、私は日本へ発つ。治安はいい反面裏ではスパイ天国と名高い日本だ。金さえ積めば、そしてアンブレラの情報網があればいくらでもサンプルは入手出来るだろう。

 ターゲットが確定出来れば、拉致して毎日人体実験だ。早く人間の完全適合者を見てみたい。私好みの最強の戦士を作ってやろう。

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1995/08/01

 

 最近の日記を読んで愕然とした。

 おかしい。私は何を考えているのだ。生きた人間を拉致して実験なんてそんな無茶な――赦される筈が――私はおかしくなってしまったのか?

少なくともウイルスには感染していないはずでわたしは(以下、字が乱れていて読めない)

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1995/08/04

 

 そんな事より実験だ。

 素晴らしいとあの方も誉めて下さっている。適合者候補もだいぶ絞れてきた。

 日本の、東京都練馬区ススキヶ原。なんとここには三人も適合者候補がいる。たった三人だ、この際三人とも捕まえてしまえばいい。

なんなら死体を捏造して死んだことにでもしてしまえ。

黄色猿どものガキなんぞ、幼稚で低脳なクズばかりだ。火遊びして死ぬくらい不自然でもなんでもないだろう。

 ああ楽しみだ楽しみだ楽しみだ!

 

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「…確か」

 

 スネ夫がごくり、と喉を鳴らして言った。

 

「アンブレラの奴ら…のび太と出木杉を探してるっぽいんだよ…ね?しかも不老不死と関係があるとかの理由で」

 

 同じことを、武め思っていた。この文書が全ての答えとは限らない。

しかし出木杉やのび太が、適合者候補として名前が上がった三人のうち二人なら――奴らに探されているのも筋が通るのである。

 可能性は低くない。一刻も早くのび太に知らせるべきだろう。

 

「このパソコンに、地下道の地図が入ってたんだ。のび太達の道が正解だったみたい。この地図をコピーして、のび太達のところに急ごう」

 

 スネ夫の提案に異論のある者はいない。武は聖奈と顔を見合わせ、頷きあった。

 

「…のび太君が実際どうであるにせよ、アンブレラに捕まったらどんな目に遭わされるか分かったもんじゃないです。私達で、のび太さんを守りましょう」

「ま、仕方ねぇな」

 

 日誌の内容を見て、吐き気がする思いだった。絶対に、渡してはならない。こんなトチ狂った奴らに、大事な友達を。

 

八十二

 適合者

ルモット・ダンス〜

 

 

 

 

 

気づけば壊して。