−−ある時代。ある場所にて。

 

 

「納得して欲しいとは、言わない」

 

 彼はモニターから顔を上げることなく、言った。

 

「でも理解して欲しい。…君なら分かってくれると、信じている」

 

 僕は黙って、その横顔を見つめるしか出来なかった。彼が何を考えてか、痛いほど分かっている。

彼はただ真実を知り、未来を変えたいだけ。愛するモノを取り戻したいだけなのだ。

 彼のやり方が間違っていようとも、その想いは誰もが当然のように持ち得るもの。一体誰が否定出来るだろう。

ましてや、僕が彼を否定したら、彼の味方は誰一人いなくなってしまう。

 僕には出来なかった。彼がどれだけ狂っていようと、彼を独りにすることだけは。

 

「…現状を、報告するよ」

 

 余計なことは考えてはいけない。自分に必要なのはただ任務を遂行すること。

 自分が願っていいのは、彼の幸せと、彼の望みが叶うことだけだ。

「のび太君は、最初の関門を突破。今のところ予定調和だね。

あの子があそこで殺される可能性はシュミレーションでも一割を切っていた。

太郎君を守れない可能性は三割あったけど」

「これが意外なんだよな。いつもズボラでノロマでビビリで、昼寝ばっかりしてるような奴なのに」

「……言わないでよ、そういうこと」

「何でだ?事実だろ」

「……」

 僕は溜め息を吐いた。彼はのび太を憎んでいる。

僕個人としては複雑だが、その気持ちが理解できないわけではない。

彼はずっと思い、恨み続けてきたのだから。野比のび太さえいなければ、こんな事にはならなかったと。

 

「…のび太君の性格は君も分かってるだろ。

土壇場になればなるほど…守るべきものがあるほど、強くなる。今までもそうだったように…ね」

 

 彼は“忌々しい”という様子を隠しもしない。そして吐き捨てた。

 

「ふん…馬鹿馬鹿しい。最後の最後で、一番大事なモノを守れなかったくせに」

 

 僕は聞こえないフリをした。そうするしか、無かった。

 

「……どうしよっか、これから。今のところ歴史を大きく外れてはいけないけど…イレギュラーが起きてないわけじゃないよね」

 

 パネルを操作して、僕はその画像を出した。そこには三人の人間が映っている。綱海条介。基山ヒロト。

あと一人は、緑の髪をポニーテールにした、女の子のように可愛らしい男の子だ。

名前は緑川リュウジ。緑川聖奈が親戚だと言っていた少年である。

「…今まで繰り返した実験で、彼らが出現したのは初めてだ。無論本来の歴史にも彼らはいなかった。どういうことだろう?」

「それについては俺も気になってな。こっちでも洗ってみたんだが」

 手元の珈琲を一気に飲み干し、彼は言った。

「綱海条介も、基山ヒロトも、緑川リュウジも。ススキヶ原の住民票にない名前だ」

「…何だって?」

「緑川リュウジに至っては、緑川聖奈の親戚っていうのも真っ赤な嘘。

親戚関係にリュウジなんて名前の奴はいない。……緑川聖奈の両親なら何か知っていたかもしれないが、

奴らはとうにアンデット化して緑川リュウジに葬り去られている」

 混乱した。彼の得た情報が正しいのなら、綱海達は少なくともススキヶ原の人間ではない。

にも関わらず町の人間だとのび太達に偽り、彼らに近付いたことになる。

もしかしたらわざとバイオハザードに巻き込まれた可能性もある。

 緑川リュウジも。彼が聖奈の親戚でないのなら、一体誰だというのだろう。

何の意味があって聖奈の親戚だなんて名乗っているのか。聖奈がリュウジに初めて出逢ったのは三ヶ月前だ。

つまり少なくともその時から、用意周到に準備された計画があったことになる。

 

「…俺達と同じ。未来人の可能性があるな」

 

 暫く考えた後、彼は言った。

「奴らの目的と正体が分からない以上、迂闊に手は出せない。

のび太と一緒に、暫く監視を続けて報告しろ。もし俺達の目的を邪魔するようなら…分かっているな?」

「…ああ」

 ヒロト達が現れなかった場合でも、のび太は何らかの形で武器を手にすることになっていた。

不思議と歴史は“そうなるように”動くのである。

万が一そうならなかった場合は、僕が裏で手を回すつもりでいたが、今回は綱海のおかげで必要がなくなったわけだ。

 彼らが何者かは分からない。今のところは僕達の不利益にはなっていない。

こちらとしても現段階でのび太に死なれてしまうわけにはいかなかった。手間が省けたという意味では、有り難いと言える。

 しかしもし彼らがこのままのび太に協力し続けるなら−−排除しなければならなくなる可能性は、大いにあった。

無関係な人間を手にかけたくはない。

しかし彼は言うだろう−−今更犠牲が一人二人増えたところで、何を躊躇う必要があるのかと。

 

「忘れるなよ。俺達の最後の目的は…野比のび太を抹殺することなんだから」

 

 僕は俯いて、沈黙した。怖いと思うのは馬鹿げているだろうか。

 思い出したくないことを、思い出しそうになる。

今更そんなことを恐れてみたところで、どうにもならないというのに。

 

 

 

 

 

 

 

−−西暦1995年8月、小学校・1F職員室。

 

 

 皆の意見やら要望やら欲望やらを吟味した結果、まずは一階から、三つの班に別れて探索することになった。

 ただし何をするにもベースは必要であり、今のところそれは保健室しか有り得ない。

一班は保健室に居残りだ。いくら我が儘人間とはいえ金田一人を残していくのは少々気が引ける、というのもある。

 今回の班分けは以下の通り。

 A班はスネ夫、武、聖奈(ちなみにのび太が入手したハンドガンは彼女に渡した)。

 B班はのび太、健二、太郎、綱海。

 C班は静香、ヒロト。

 ちなみにC班に人間が少ないのは、彼らが待機組だからである。のび太としては、静香と一緒に行けないのはやや残念だったが仕方ない。

彼女が危ない場所に行かなくて済むと考えれば、喜ばしいではないか。

 ちなみに、さすがに三人や四人の班は人数が多すぎから二人組でいいのではないかという意見もあったが、それだと健治太郎のペアが厳しいことになる。

健治は太郎を守るだけで手一杯だろうし、何より彼はまだ飛び道具がないのだ。

 又、複数階を同時進行で探索すべきという意見も出た。これはのび太自身が却下した。

万が一という事態もある。他班に何かあった時、すぐに駆けつけられる距離を保った方がいい。長い目でみればこちらの方が効率的だ。

 互いの連絡には通信機を使う事になった。何故こんなものがあるのか?なんと保健室の棚の中から見つかったのである。

 

「やっぱり、何かおかしいぜ…この学校はよ」

 

 通信機をまじまじと見つめて、健治が言った。

「普通の学校にこんなモンがあるわけねぇし。何故か人数分ピッタリの数だったんだぜ?

埃もかぶってなかったり…まるで俺達の為に用意されたみてぇじゃねぇか」

「だよね…」

 そういえば、とのび太は思い出す。

アンデット化した母に襲われ、地獄絵図と化した町に飛び出した時−−自分を導いた、誰かの声。

結局、あれが誰だったか分かっていない。聞き覚えのある声だと思ったのだけどまだ思い出せずにいる。

 ひょっとしたら彼が、自分達をサポートする為に通信機を用意してくれたのだろうか。いや、まさかとは思うけれど。

 

−−誰かに…ずっと見られてるような気がするんだけど。気のせいかな…。

 

 そんなのび太達B班は、現在職員室の棚の中を物色中である。

こんな場所に脱出の手がかりなんて、とは思うが、有り得ない事は有り得ないのだ。

現に通信機なんてものは普通保健室にあるようなものじゃないのだから。

「時にのび太…この学校の校長ってショタコンでゲイだったのか?」

「え?」

「さっき入った校長室で…うん、俺は何も見なかったと思い込もうとしたんだけどよ…」

 何やら凄まじい顔をしている健治。

 

「校長室の棚の中に…裸の男の子のポスターがあった。しかもキスマークつきで」

 

 沈黙。のび太は自分の学校の、冴えないハゲ頭の校長を思い出していた。

いつも催眠術ばりに退屈な話を延々とするイメージしかない。

地味なオッサンという認識しか無かったのだが−−よもやムッツリスケベのド変態だったとは。ドン引きだ。超ドン引きだ。

 太郎が不思議そうに首を傾げる。

「ねーのび兄ちゃん。しょたこんとか、げい、って何?」

「う……」

 思わず健治を睨んでしまう。健治もマズいと思って明後日の方向を向いた。

子供の教育上よろしくない発言をした自覚はあるらしい。

「……危ない人ってことだよ、太郎。うちの校長先生…ゾンビになっててもまだ人間やってても、

絶対近付いちゃ駄目だからね。太郎みたいなのはショタコンホイホイだと思うから」

「ホイホイ…?」

「のび太も気をつけた方がいいんじゃねぇの小学五年生」

「金髪美形高校生も充分美味しいと思いますけどね健治サン」

 漫才のようなやり取りをしつつ、無理矢理話題を切り上げた。これ以上校長を話題をしたら寒気で風邪を引きそうな勢いだ。

ヤバいのは校長だけだったと信じたい。そして不謹慎ながら校長だけは普通に死んでてくれるのが平和だと思いました、ええ。

 

「…しかし…この騒ぎがウイルスで起きたとしたら…とんでもない話だよな」

 

 教職員ファイルをペラペラ捲りながら健治が言う。

 

「町全体でバイオハザードだぜ?これが日本中に広まったら大変な事になる。

…普通に電気や水道が来てんだから、今のところ町の外は無事なんだろうが。

もしかしたらこの町が既に封鎖されてる可能性もある」

 

 それは、考えもしなかった。ウイルスを広範囲に撒かない為には、感染爆発〈アウトブレイク〉が起きた地域を隔離するのが最も安全だ。

となれば、自分達は既に容易く町の外から出られなくなっている可能性がある。

無論それは外の人々が町の現状を把握していたらという話だが−−。

 警官の考察によれば、ウイルスは空気感染はしない可能性が高いとのこと。

ならば自分達はまだ大丈夫な筈だが、それを町の外達が信じてくれるかは別問題だ。

 

「おりゃっ!」

 

 ばっこん!

 窓際でドでかい音がした。襲撃ではない。どうやら綱海が何かしたらしい。

 

「…ビンゴ!いいもん見つけたぜ」

 

 綱海が何か紙を持ってひらひら手を振っている。のび太は机の間を縫うようにして近付いていった。

「何やったんだよ綱海さん…すごい音したけど」

「鍵かかった引き出しを力技でこじ開けた。やってみるもんだな」

「…引き出し、めちゃくちゃ歪んでるんですけど」

 この人見かけによらず怪力なのだろうか。少々乱暴すぎやしないか。

 綱海がこじ開けたのは、六年生の学年主任の机のようだ。彼が見つけた文書の表題がを見て、目を見開くのび太。

「T〈タイラント〉-ウイルスに関する注意事項…?」

「タイラント、っていうのはギリシャ語で暴君って意味だな」

 書類を覗きこんで健治が言う。

 

「どうやらこの事件は…人災確定らしいぜ」

 

 文書の下には傘のようなマークと社名が入っていた。

 

 

 

も触れるべからず〜

 

 

 

 

 

誰にも譲れやしない。