揃ったメンバー全員での情報交換。この作業も何度目になるだろうか。

聖奈、のび太、静香、スネ夫、武、太郎に加えて、新たに出木杉。

のび太達がずっと探していた彼がまさかセワシの仲間で、アンドロイドだったとは。

 今日一日がなんと濃いことか。ファンタジー、ホラー、ミステリー、サスペンスとまさに大盤振る舞いだ。

生き残ったら今日のことを小説にして発表してやりたいくらいだと聖奈は思う。

 

「……眉唾だろ。まさかのび太がそんな……なぁ?」

「だよな」

 

 スネ夫、武が困惑した様子で顔を見合わせる。聖奈も似たような心情だ。

 のび太がウイルスの適合者で、しかも不幸輪廻因子の保有者かもしれないなんて。

確かに、適合者に関する資料は自分達の目でも見たし、可能性は誰だってゼロでは無かったわけだが。

 

「……でも。今問題なのは……実際のび太さんが“そう”かどうかじゃないんですよね」

 

 聖奈は気付く。これはそう――以前金田や健治を交えて話した“魔女幻想”と、同じ理屈が当てはまるのだと。

 

「少なくともセワシさんがそう信じこんでる。

ならのび太さんが本当に不幸輪廻因子を持っていようとなかろうと“呪い”は存在することになる。そうですよね」

 

 宗教と同じなのだ。神や悪魔が本当にいるかどうかは実は些細なことで、最大の論点は“信者がいるかどうか”なのだ。

 狂信的な信者達が、魔女は存在すると信じた結果、かつて魔女狩りの惨劇は起きた。

処刑された魔女が本物だったかどうかなど、彼女達が死んだ後にはもはや分かりようがない。むしろ本物か偽物かは大きな問題ではない。

 魔女を信じ、それによって結果虐殺が行われたのなら。

その時点で“魔女は存在した”のが確定したも同然になる。

魔女を信じた者達が勝利し、決めつけた事実が真実になる。猫箱は開かれないまま、事実が確定されるのだ。

 

「君の言う通りさ。セワシ君は、猫箱の外から中身を決めつけているに過ぎない。でも箱を開くまでは、真実はいくつでも存在出来るからね。

……その為の行動も、とれる。それこそ箱を開かないまま、猫が死んでると決めつけて、上から叩き潰してしまうことも」

「それを、セワシの奴はやろうとしてるんだよ……な。のび太がいなくなれば、不幸は終わる筈だって決めつけて」

 

 スネ夫がうなだれる。段々と見えてきた、セワシという人間の真意。そこにあるのは深い深い闇、そして虚無だ。端からいくら覗きこもうと、底なんて容易く見える筈もない。

 猫箱を叩きつけてしまえば。中の猫が最終的に死骸に変わるのは同じだ。

しかし、きちんと検査機関に回せば、潰れた猫の傷に生活反応があるかどうかは分かるだろう。箱を壊しても、その時点で猫箱を開いた後の真実はハッキリする。

 しかし。だから猫が生き返るわけではない。

猫箱を潰す前に開いていれば、その時点でまだ猫が死んでいなければ――箱の中から助け出す事が出来ただろう。だが箱を開く前に壊してしまってはそれが叶うべくもない。

 セワシがやろうとしているのはそういう事だ。

のび太が不幸輪廻因子を持つか持たざるかがハッキリしない段階で、のび太を殺してしまおうとしている。

のび太を殺せばその先の未来次第で、彼の持つ不幸が本物だったかどうかを知ることは出来るだろう。だが、どっちにしたってのび太が生き返ることはないのだ。

 猫箱を潰さずに開くには。研究所からさらなる資料を発掘するか――あるいは自分達の手で研究を続けるしかない。

それはもしかせずとも、気の遠くなるような歳月を得る事だろう。待てないと、そう考えるセワシの気持ちが分からないではない。

 だけど。それはあくまで客観的な意見。のび太の友人である聖奈個人の考えがどうであるかなどは、語るべくもないだろう。

 

「そもそも出木杉兄ちゃんはロボットなんだからさ。そのウイルスの“かんぜんてきごうしゃ”ってのなわけないじゃん。アンブレラ、超いい加減」

 

 太郎がむすっとした顔で言う。

 

「なのにその超いい加減なアンブレラの言うけと、なんでセワシの兄ちゃんは信じちゃうの?」

 

 それも一理ある。聖奈も疑問には思っていた。

アンブレラが、のび太が“不幸輪廻因子”を持つ可能性があると言った――それだけでのび太が元凶と断定するには、些か根拠として弱い気がする。

 そもそも自分達に害を成した敵ではないか。そんな奴らを随分あっさり信じすぎてはいないだろうか。

 

「その完全適合者です。不幸輪廻因子は確かめようがないとして……のび太さんや静香さんがそちらに当てはまる可能性はどれくらいあるのでしょうか?」

 

 スネ夫、武と探索した坑道の一室。あの後完全適合者に関する資料がもう一点見つかった。先に発見したマウス実験、その後の様子を示したものである。

 ウイルスに適合したマウスは、能力を飛躍的に向上させ、その時点で成長をストップさせた。

正確にはほぼ完全に老化が止まったのだという。その後の経過は見つかっていないが、研究者の見込みによれば少なくとも四十年の生存が見込まれたそうだ。

マウスで四十年。それがどれだけ異常な数字かは語るまでもない。

 何故アンブレラがこんな危険地帯にわざわざ傭兵を送りこみ、のび太達を探させたのか。

不老長寿は長年の人類の夢だろう。特に金持ちの願望としてはよく筆頭に上げられる。

だが、よくよく考えてみれば、人類に一人取り残されて延々と生きる事が、どれだけ退屈で恐ろしい事か分からないわけでもなかろうに。

 もしそのたった一人がのび太や静香であったなら。下手をしたら不幸輪廻因子などより、余程恐ろしい事ではないか。

 

「静香君は分からない。でものび太君がビンゴである可能性は……限りなく高いと踏んでる」

「……!」

「実はセワシ君もそのあたり研究してたんだよ。DNAに至るまで事細かにね。

だから……のび太君がもしウイルスに触れると、感染しない代わりに…とても大きな代償を背負う事にるかもしれない」

 

 出木杉は目を逸らす。その様子に、聖奈は少し違和感を覚えた。

 漂う悲壮感は嘘じゃない。出木杉はのび太に同情し、そうならなければいいと願っているのも多分、違ってはいない。でも。

 

――何だろう……今。

 

 それでも今――彼は何か、嘘を吐いた?これは勘だ。だから確かなものではない。ただ聖奈はそう感じただけだ。

 しかし。今の言葉の中に嘘があるなら――一体どの言葉が、嘘なのだ?

 

「でも変だよね。何で僕達がその…適合者の可能性があるならさ。何でバイオハザードを起こした後で探しに来るのさ」

 

 のび太が尤もな疑問を口にする。

 

「分からないなあ。言い方は悪いけど……僕達を攫った後で事件を起こせば良かったのに。

探しに来る方だってリスク大きいじゃないか。B.O.Wもゾンビも溢れてるし、一歩間違えば自分も感染しちゃうだろ?」

「ですよねぇ」

 

 そこは確かに疑問だ。聖奈も首を捻る。ミイラ取りがミイラになっていては全く世話ないではないか。

 

「それについては可能性は……僕が思いついただけで二つある」

 

 出木杉が二本指を立てた。

 

「一つ。君達がアタリかもしれないと分かったのが、事件を起こした後だった場合。

二つ。アンブレラが一枚岩じゃない場合。事件を起こすタイミングを決めた奴と、慌てて部下に僕らを探させてる奴は、別の人間かもしれない」

「まあ、おっきい会社だもんねぇ……アンブレラって」

「大企業になればなるほど、意志統一は難しくなってくるさ。ましてや……トップのスペンサーは高い可能性で魔女にやられてトチ狂ってるだろ。

そうなるとその下についてる幹部連中も、おめおめ指示に従ってるだけにはいかなくなるだろうし」

 

 なるほど。聖奈は尊敬の眼差しで出木杉を見る。見た目は小学生だが、要はロボット。

下手な大人より余程頭の回転が早いと見える。それだけに人間でない事が悔やまれるのだが。

 

「研究所へ続く地図を見つけたんだ。それによると、この先に入口がある筈なんだけど」

 

 スネ夫が指差したのは、のび太達が落下した穴の向こう側だ。そこは土砂で埋もれてしまっている。

 

「ブラックタイガーが暴れたせいかしら。埋まっちゃってるわね」

「うん。だから爆破するしかないかなと」

 

 静香の言葉に、スネ夫が袋からそれを取り出す。

 

「じゃかじゃんっ!C4爆弾〜」

「ちょ…ドラえもんが秘密道具出すようなノリで言わないで!爆弾じゃん!」

「……地球破壊爆弾より遥かに安全だろ」

「あ、いや……それ言われるとアレですけども」

 

 いつかの“地球滅亡の危機”を思い出してか、遠い目をするのび太。

確かに、そのノリで大量破壊兵器を出されたりすると――なんというか、ツッコミ待ちかガチで逃げるべきか、迷ってしまうような気はする。

 

「ご丁寧に説明書付きであったんだよね。またそれが怪しいような気がしないでもないんだけど」

 

 スネ夫がごそごそと瓦礫に爆弾を設置し始める。粘土状になっているC4爆弾は瓦礫の除去にも適している。隙間に埋め込めば安定して使うことができる。

爆弾は爆弾だと言われてしまえばそれまでだが、他の爆発物の類に比べたら危険は少ないのだろう。

 ふと聖奈はあることに気づく。研究所の入口が――埋まっている?

 

「スネ夫さん。印刷した地図、もう一度見せて頂けませんか?」

「え?いいけど……」

 

 スネ夫から地図を受け取り、確認する。研究所の入口は二つ。

一つは今目の前にある瓦礫の向こう。もう一つはのび太達が探索した廃旅館に入口があったようだが−−。

 

「研究所の入口?あったら探索した時に見つけてそうなものだけどなあ。確かに大広間だけはちゃんと調べてないけど……あ」

 

 地図を見ていたのび太が声を上げる。

 

「あー……そっか此処か。釘で打ちつけられてた、開かずの203号室。此処だけは入ってないし、調べてもいない」

「……という事は、その部屋からは誰も出入りしてないんですよね」

 

 入口は二カ所とも塞がっている。ならやはり、学校に溢れているB.O.W達は地下から上がってきてはいない。

 普通に考えるのなら、その封鎖された研究所には関係者しかいないわけで、地下にウイルスを撒くメリットは何もない。

研究所の人間が地上から不用意にウイルスを持ち込む可能性も――ゼロではないが、低そうだ。

 とすれば、地上から化け物が入ってこれない状態にあった研究所は、むしろ安全な場所かもしれない。

――いや。でおmもし研究員達が研究所を放棄して逃げ出したなら、監視のなくなった危険なB.O.W達が取り残されているかもしれないか。

 

――そもそも……入口が二つともこんな形で塞がっていたのは偶然?それとも。

 

 まさか人為的に、中にある“何か”を封印しようとしていたんじゃ――。

 

――いや。よそう。考えたって仕方ない。

 

 聖奈は不安を振り払う。どうあろうと研究所には行くしかないのだ。

ウイルスと化け物だらけのパンドラの箱。その底にある希望があるとしたら、それは研究所にしかない。

 なんとしてでも生き残らなければ。抗ウイルス剤を手土産にして。

 

 

 

九十

 猫箱

〜開かれぬ真実のを〜

 

 

 

 

 

君に辿りつけないままで。