――西暦1995年8月、研究所・地下1F通路。

 

 

 

 自分を手に入れる為に、静香に成り代わり、仲間から引き離した。

目の前の偽静香はそう言ったが、それだと少々やり方が遠回りでないかとのび太は思う。何故ならば。

 

「君が静香ちゃんと入れ替わったのは、ブラックタイガーと一緒に地下に落ちてみんなが気絶していた時だ」

 

 あの時。隙は静香だけでなく、全員にあったのだ。

 

「何でその時直接僕を浚わなかった?そっちの方がどう見ても手っ取り早いのに」

 

 静香と入れ替わって誘導して、なんて。リスキーで面倒なことをする必要はない。

のび太一人連れ去ってしまえば、それで終了だった筈なのに。

 

「勘がいいのね。そうね、目的が“それだけ”なら、わざわざあたしが出向く必要も無かったわ」

「それ以外にも目的があるんだね」

「当然。偽物が本物に成り代わる理由は、そう多くないでしょ?」

 

 そうだ。静香の偽物はきっと――仲間達を誘導するだろう。彼女達が望む、最悪のシナリオへと。

 自分達がこの研究所に辿り着く前に。アルルネシアは金田と綱海と聖奈を分断し、彼ら三人にそれぞれB.O.Wを差し向けている。

恐らくのび太以外のメンバーを一人ずつ消して、のび太を孤立させる為。さらにはその後自分達をネメシスに襲わせ、一網打尽を狙ってきた。

 その作戦の殆どは成功している。綱海は盤上から退場させられ、金田とヒロトは生死不明。

明確に助かったのは聖奈一人だ。一気に人数を減らされてしまった。

 作戦がまだ続いているとしたら。偽静香は皆の仲違いを招くような発言、行動をし――皆をさらに分断させるだろう。

そしてまた一人ずつ叩く筈だ。のび太が最後の一人になるまで。

 

「正解よっ!……ふふ、今まではその作戦、結構上手く行ってたんだけどねぇ」

 

 のび太が考えを口にすると、偽物は派手なアクションで褒め称えた。

 

「でも失敗しちゃったわ。この研究所まで辿り着くまで粘られたのも初めてだし……貴方にあたしの正体を見抜くくらいの余裕があったのも初めてよ」

「でも僕達を此処まで誘導してきたのもお前達だろ」

「ええ。でもいくらあたし達が導いてあげても、思い通りにならない事はあるわ。

今までのシナリオじゃ、大抵貴方は自力でここに来るまでにアンブレラに捕まっちゃってたもの」

 

 今までのシナリオ。のび太は必死でその意味を考える。

この世界がセワシの操るゲーム盤だと仮定して。まるで、このゲームが何度も何度も繰り返されているようではないか。

 この世界の本当の時間は1995年ではない、らしい。しかし自分達は1995年だと認識している。カレンダー。テレビ。新聞。全てが1995年の8月だと示している。

 ならばこの世界は現実ではないのだろうか。自分も、静香や武や――死んでしまった健治達もみんな。幻でしかないと、そういうことなのか。

 

「僕達は、セワシ君に作られたゲームのキャラクターで。そこに君達異世界の存在が介入してきた……そういう事なのか?」

 

 すると予想外の反応が返ってきた。偽静香は不満げに口を尖らせて――。

 

「ブブー。不正解」

 

 と、胸の前でバッテンを作ってみせたのだ。

 

「この世界もまた、紛れもない現実。確かに此処はゲームの盤上だけど……セワシが作ったのはこの“世界”と、

“アンドロイドの出木杉”と“あのドラえもん”だけよ。

まあ、あたしもその情報が入ったのついさっきだから、ちょっと驚いたんだけどね。

でも貴方はいい加減気付いてもいいんじゃない?真実は目の前にあるのにねぇ」

 

 のび太は混乱する。一体何が言いたいのだこいつは。現実が、そう何度も繰り返すわけないじゃないか。

 タイムマシンはない。ドラえもんは確かにそう言ったのに。

 

「……君は。君達は何故、この世界に来たんだ」

 

 同じ顔をした自分とセワシ。何かに気付きそうになって――のび太は思考を無理矢理振り払った。

まだ明確な答えに辿り着いた訳ではない。それでも本能的な“何か”が、のび太にそうさせたのかもしれなかった。

 いずれにせよ目の前の彼女がアルルネシアの配下である以上、その言葉は真実とも虚偽とも判断出来ない。

後者である可能性もそれなりに高い。考えることをやめてはならないが、かといって振り回され過ぎるのも得策ではないだろう。

頭脳派とは言い難いのび太だが、閃きと勘の良さには定評がある。

 セワシ達に関する事は、彼ら本人に直接訊くべきだ。自分達が倒すべき最大の敵、その僕に訊くような話ではない。

彼女に尋ねるべきは彼女自身と、アルルネシアの事。

 

「……ずっと考えてた。アンブレラに取り入って。

ウイルスを真逆の方向に進化させて……この世界を引っ掻き回して。それで君達になんのメリットがあるのかって」

 

 完全適合者。のび太がもし本当にそれに値する存在で。不老不死に繋がる特別な細胞か遺伝子か何かを持っているのだとしてもだ。それを欲しがるのはあくまで人間であるはず。

 アンブレラが一枚岩ではないかもしれない。その可能性はとうに示唆されている。

不老不死を望むのは、アウトブレイクに携わったのとは別の幹部で、そいつらが傭兵を送りこんでのび太や出木杉を探しているのかもしれない、とも。

 それならそれで話は通る。しかし、のび太を欲しがっているのはアルルネシアも、となると少々事情が違う。

わざわざのび太を研究せずともアルルネシアは不老不死の存在だ。必要性が全く見当たらないではないか。

 

「ゲームとかだとよくありがちなのは“世界征服”とか“世界滅亡”とか……あとは、“復讐”?ア

アンブレラそのものの目的は一番最初のに近かったんじゃないかって気がするけど……それはアルルネシアの目的じゃないよね?

だって…世界征服を狙うヤツは、自分の支配したい世界を滅ぼすわけないもの」

 

 まあ、“一度壊してその後新しい自分の城を!”ってのなら分からないでもないが。

今回メイン武器として扱われているのがゾンビを大量発生させる殺人ウイルスだ。質が悪すぎる。どこまで自然の力で浄化されるかわかったもんじゃない。

 ウイルスを限定的に撒く。アンブレラは最初そういう方針で実験していたのかもしれない。

だが現実、ポスタルのような“海を超えてウイルスを運ぶ危険性のあるB.O.W”が屋外に放たれてしまっている。

となれば、ウイルスを撒いたアンブレラや祖国に被害が及ぶ可能性はゼロではない。

同時に、世界が滅亡する可能性も。アルルネシアがそれを分からないとは思えない。よって“世界征服”が目的である率は、低い。

 次に“世界滅亡”と“復讐”だが。そうなると当然理由が必要になる。

そしてアルルネシアにそれらしい理由があるかというと甚だ疑問なのだ。

なんせこの世界はアルルネシアの世界ではない。アルルネシアが過去直接関わったような人間が、この世界にあるとか考えにくい。

 同時に。アルルネシアは自在に異世界を渡り歩けるという。ならば自分となんら関わりない世界を滅ぼしたところで、彼女自身に何の意味があるだろうか。

 

「“世界征服”でも“世界滅亡”でも“復讐”でもない。

他に僕が思いついたことといえば……この世界を使って何か“実験”がしたかった、ってことくらい。これならあり得ると思う。

でも僕はその“実験”さえ…手段であって目的じゃない気がしてるんだ。

君が僕の仲間達を混乱させようとしてるのも、アルルネシアが僕を欲しがるのも……全部、“手段”」

「へえ?……聴かせて欲しいわ。貴方の仮説を」

「いいよ」

 

 その時。のび太の頭の中で、声がした。のび太と同じ声。同じ意志。しかしもっと深い場所を知る、もう一人の“ノビタ”の声が。

 もう既にお前は力を手に入れている。目覚めは近い。だから我が名を呼べ――と。

 

「宿命の魔術師、ノビタの名において青き真実を行使する。

《アルルネシアがこの世界に来てやっていることは全て、自らの愉悦の為。僕達が苦しんだり逃げ惑ったりするのを見るのが愉しいからだ。》

……僕は金田さんとアルルネシアの最後の会話をインカムで聴いてるんだよ」

 

 《青き真実》は魔女を斬る言葉の剣。この仮説に魔女が赤き真実で反論出来なければ、この仮説は確定される。

 そして【赤き真実】は――魔女と魔術師だけが使える、絶対の真実。絶対の意志。実はのび太は既に、アルルネシアと最初に対峙した時に使っている。

 

【お前がそうして欲しいって言うなら、僕達は絶対にそれをしない。……折れるもんなら折ってみろ。人間をナメるな……魔女】

 

 あの時は無意識だった。しかし今、のび太は自らの力と“宿命”を理解した。だから今度は意図的に使う。

 

「赤ではっきり断言してやる。【アルルネシアは狂ってる。何故ならあいつは、人間の悪意そのものだから】

 

 力強き赤い槍が、偽静香に向けて放たれた。しかし直撃の寸前、彼女の目の前に赤いシールドが現れる。槍はそのシールドに弾かれる。しかもそれだけではない。

 

「災禍の魔女アルルネシア……その代理権限であたしも赤き真実を執行するわ。

【そうよ、アルルネシア様は人の悪意が具現化した魔女!だからけして誰にも殺せない!

何故なら人間が存在する限り、悪意が耐える事など無いのだから!】さあ、どうするのかしらのび太さぁぁん!?

 

 なんとのび太の放った赤い槍を、シールドで弾き返してきたではないか。言葉と真実が魔女の武器――今ならのび太にもその意味がハッキリと理解出来る。

言葉で追い詰め真実で切り裂き仮説で叩く。それが魔女の本領。本物の魔女裁判。

 赤き真実を防げるのは、同じ赤き真実かそれを覆す仮説たる青き真実のみ。のび太は赤と青のシールドを展開させた銃で、槍を弾き飛ばした。

 

「確かに人の悪意が消える事なんかない。でも人は理性と善意で、悪意を抑える事が出来る!

【君はアルルネシアは殺せないと言ったけど、倒せないとは言ってない!】つまり《アルルネシアをこの世界から追い出すくらいなら、僕達にだって出来る筈だ!》

 

 ガキン!と鋭い音がした。弾かれた槍が壁に叩きつけられた音。

のび太の反撃をかわしたものの、偽静香の頬は小さく裂けていた。血が出る気配はない。彼女はアンドロイドなのだから。

 

「見事だわのび太さん。偽物のあたしが本気で惚れてしまいそうよ」

「光栄だね。だけど何度やっても同じだよ。君に僕は倒せない。代理の君より、成り立てとはいえ本物の魔術師として目覚めた僕の方が力は上だ」

「そうみたいね。でもあたしも退けないわ。貴方が欲しいのはアルルネシア様だけじゃない……あたし自身もなんだから!!

 

 言いながら偽静香がホルスターから銃を抜いた――その時だった。

 

「悪いけど、そこまでだよ」

 

 どん、という音と共に。少女の体が吹っ飛んでいた。

 

「僕ものび太君に用があるんだ。その場所、どいてくれないかな」

 

 のび太は目を見開く。まさか。まさかこのタイミングで、再会する事になるだなんて。

 

「ドラえもん……!?

 

 空気砲を構えた“親友”は。ただ黙って、のび太を一瞥した。

 

 

九十八

 矛盾

攫いの適当具合〜

 

 

 

 

 

君の涙僕が今奪い去る。